25話 信じるという事
セシルが作ってくれた少し遅めの晩ご飯に舌鼓を打ちながら、俺はこの世界で気になった事や疑問に思った事を雑談を交えながら質問した。
この世界には、時間と言う概念はあるのか?
この世界には、暦と呼ばれるものはあるのか?等だ。
俺が別の世界から来たと言っても信じてもらえないだろうから、【この世界】の部分は【この地域】と一応言い換えたが......
これらの事をセシルに聞いたらセシルは全て分かりやすく丁寧に答えてくれた。
まず、この世界に時間と言う概念は有った。
俺が元居た世界と同じで1日は24時間。1時間、2時間や1分2分、1秒2秒と言った概念も全く同じだった。
次に暦だが、これも有った。
暦も時間と同じく俺が元居た世界とほぼ同じだった。
違う点を上げれば、1ヶ月が全て30日で統一されている事と、月曜日〜日曜日の呼び方が違うくらいだ。月曜日は月龍日、火曜日は火龍日と言った具合だ。
纏めると......
月曜日 : 月龍日
火曜日 : 火龍日
水曜日 : 水龍日
木曜日 : 木龍日
金曜日 : 金龍日
土曜日 : 土龍日
日曜日 : 日龍日となる。
この呼び方になった理由は、この世界は7匹の龍によって作られた。と、この世界に古くから伝わる伝説が元になっているらしい。
月龍は月を、火龍は火を、水龍は水を生み出し、木龍は木々を生やし、金龍は金を授け、土龍は大地を、日龍は太陽を作った...... と言う伝説だ。
まぁ、呼び方が違うだけで、基本は俺が元居た世界と変わらないのは有り難い事だ。
色々新しい事を知る事が出来た有意義な時間だった。今にして思えば、こうしてセシルと2人でゆっくり話をした事は無かったような気がする。
セシルはこの家に居る時は、大体ダンさんと一緒に居て会話をするとしてもダンさんを交えた3人で話す事が多かった。
僅かな時間ではあるが、俺は一緒に住んでいるセシルの事を全く知らない。
趣味は何なのか、得意料理は何なのか......
俺はセシルの事を考えながら、陶器製のコップに入れられた水を飲み干した。
それから暫く後、晩ご飯を綺麗に完食したセシルは手に持ったナイフとフォークを置き真剣な目で俺を見てきた。
その目は先程まで話をしていた時のような喜の感じではなく、何か決意を秘めた様な......そんな目をしていた。
「ねぇミカド.....ミカドは何で旅をしているの?」
これまで俺に踏み込んだ事を聞かなかったセシルが、初めて俺に踏み込んだ事を聞いてきた。
セシルの目を見る限り、ただ会話をする為の話題ではない様に感じる。
俺は少し俯いてしまった。
本当の事を言うべきかどうか迷ったからだ。だが、セシルには本当の事を告げてもいい様な気がする......
「セシル...... 今から言う俺の話は現実味がなくて信じられないかもしれないけど、本当の事なんだ。
俺はこの世界とは別の世界から来た。
俺は元居た世界に戻る為に、訳あってこの世界で生き抜かないとならなくなったんだ。
この世界に来た直後にルディに襲われて、セシルやダンさんに助けてもらったんだ。旅をしているなんて嘘をついてごめん......」
俺は悩んだ挙句、セシルには本当の事を言おうと決めた。言っても信じて貰えるとは思っていないが、セシルには本当の事を知っていてもらいたかったからだ。
「そう...... なんだ......」
予想通りセシルは目を見開いた。
ノースラント村のギルド副支部長、ミラと同じ様な顔をしていた。妄想癖があると思われて拒絶されるだろうな......
「私、ミカドの言う事信じるよ......」
俯いていた俺は驚いて顔を上げた。
拒絶されると思ったが、セシルは違った。
こんな突拍子もない事を信じてくれたのだ。
「信じてくれるのか......?俺でさえ、未だに信じられないのに......」
「ちょっとの間だけど、ミカドと一緒に過ごして貴方は優しくて、素直な人だって知ったから...... 旅をしてるって嘘をついたのは、私達にその事を言っても信じて貰え無いって思ったからだよね?でもね...... 私は信じるよ」
セシルは優しく微笑みながら俺を見つめる。そんなセシルの言葉を聞いて涙腺が緩んだ。信じて貰えるのがこれ程嬉しい事だとは思わなかった......
「ありがとう......」
俺は微かに浮かんだ涙を拭った。
「それで、ミカドは今後どうするの......?」
「悩んでる.....俺は本来この世界に居ない存在だ。
このまま此処にいたらいつかセシルに迷惑がかかるかも知れない......でもダンさんに......ダンさんに死に際、セシルを守って欲しいと言われた......それに、この世界でやりたい事も出来た......だから悩んでる......」
俺は自分が思っている事を素直に伝える。
そんな俺を、セシルは優しい眼差しで見つめてくれた。
「ミカドのやりたい事って......なに?」
「俺は...... 俺はギルドに入りたい......
ギルドに入って依頼を受けて、少しでも悲しい思いをする人を無くしたい..... でも、それだとセシルを守れなくなるかも知れない。だから悩んでる...... 」
頭の中に微笑んでいるダンさんの顔が浮かび上がる。危険な依頼を受ければその分、命の危険も高まる。
もしかしたら命を落とすかも知れない...... そうなったら、セシルを守る事が出来なくなる......
それでも俺は、他の人達が俺達と同じ目に遭う可能性を少しでも減らしたいと思った。
これは俺の完全なエゴだが、そう思わずにはいられなかった。
「そっか...... ねぇミカド。私ね、お父さんが死んじゃったあの日から考えてたの...... これから私はどうしようって。それで決めたの。
私、ミカドの力になりたい」
セシルの青く輝く瞳は俺の顔を反射させていた。セシルは言葉を紡ぐ。
「ミカドが居なかったら、ミカドに初めて会ったあの日、私はルディに殺されていたと思う。それを救ってくれたのが貴方...... 私は命を救ってくれたサイオンジ・ミカドの力になりたい。
ミカドが旅をするなら、私も着いて行く。
ミカドがお父さんの言った事を気にしてるなら、私は強くなる。
ミカドに守ってもらわなくても生きていける様に......私はミカドの力になりたいの......
だから...... だからこれからの事は一緒に考えよう?」
「セシル..... 」
この言葉で俺がどれほど救われたか......
俺は俯いたまま「ありがとう」と呟くのが精一杯だった。
俯き続ける俺に、セシルは優しく
「落ち着いたら今後の事を考えよう?」
と言い食器を下げて自室に戻って行った。
俺はセシルが居なくなったリビングで暫く座り続けた。その時俺のポケットが赤く輝いた。
この光は......
「咲耶姫か......なんだよ......」
「お主の辛気臭い顔が見えたものでな。どうした帝よ。何を思いつめておるのじゃ?」
「うっせぇ...... 色々事情があるんだよ......」
俺はポケットから咲耶姫に貰ったお守り兼通信機の馗護袋を取り出し、聞こえてきた咲耶姫の声に応える。悩んでる俺の事など関係なしに、話し出した咲耶姫の声が頭に広がった。
「はぁ...... 帝よ。お主に1つ助言を授けてやろう。
お主が何を考えているか...... お主が何を思い詰めているのか...... そんな事わらわは関係ない。
じゃが、あの女子はお主を信じ力になりたいと言ったのじゃろ?
ならお主は自分が正しいと信じた事を貫き、困った時は力を借りれば良いじゃろう。
お主が正しいと信じた道を進まず、頼るべき時に頼らぬ事こそ、あの女子への裏切りになるぞ」
咲耶姫の言葉を聞き、俺は顔を上げ赤く光を放つ馗護袋を見た。
馗護袋が灯す赤い光が温かく俺を照らす。
不思議だ。此奴の言葉を聞いていると、心に重くのしかかっているモノが軽くなっていく気がする......
此奴の神としての力がそうさせているのか分からないが、大分気持ちが楽になった。
「ん...... そうだよな...... 俺は俺が正しいと思った事をやるよ...... 困った時にはカッコつけずに力も借りる...... それが俺を信じてくれたセシルに出来る事だもんな」
「それで良い。まだ七豫咫鏡とお主の元居た世界を繋ぐ道が出来るまで、だいぶ時間が掛かる......
そちらの世界で大いに悩み、何度も挫折し、数多の悲しみを噛み締め、そして成長するが良い西園寺 帝。その経験は、お主が元居た世界に戻っても、お主の力となるじゃろう」
「お前...... やっぱり良い奴だな」
「神という者はすべからく良い者じゃぞ。
さて、吹っ切れたようじゃな...... 通話を終えるぞ。
今から見たいドラマが始まるのでな」
そう言うと馗護袋から出ていた光は消えていった。
最後の一言が無ければ、こいつの事を見直したが...... それでも、咲耶姫は咲耶姫なりに俺事を心配してくれたのだろう。
光が消えた馗護袋に「ありがとう」と呟くと俺は借りている部屋に戻った。
今はしっかり休んで明日、今後どうするかを考えよう。俺を信じてくれたセシルの為に......
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