21話 ノースラント村ギルド支部
俺は始源の森を抜け、以前ダンさんに描いてもらった地図を頼りに、ノースラント村へ通じると思われる道を歩いていた。
多分こっちの方向であっているはずだが、何故か人通りが皆無だ。
かれこれ30分程歩いているが、誰1人としてすれ違わない。
「暑っ...... 」
あと暑い。
今日は気温が高いせいでジメジメしており汗ばむ。暑いと愚痴りながら、胸元を手で扇ぎ風を送りながら歩いていると、目の前から白い何かが走ってきた。
「なんだ?」
まだ遠いせいで大きさは分からないが、そんなに大きくはないようだ。だいたい小型〜中型犬くらいだろうか......
「魔獣か?マズイな、いくら小さくても今武器になりそうな物は持ってねぇし...... 今すぐ何かしらの武器を召喚するか...... ん?白い小型犬くらいの大きさの生き物?」
まさかとは思いながら俺は走ってきた物をよく見てみた。
元気に尻尾を振りながら走ってきたのは......
『ワン!』
親譲りの真っ白な毛並みを靡かせるルディの子供だった。
ルディの子供は俺の前にペタンと座り込み、ハッハッと鼻を鳴らす。
「お前、なんでこんな所に......」
こいつが寝ていた大木は、今居るこの場所から大分離れていた。だから俺は目の前に座るこいつに声をかけた。
『ワン!』
座ったまま呑気に吠える毛玉は、また嬉しそうに鳴く。
ダメだ。こいつに関わると情が湧いてしまう。今は人畜無害そうだが成長したらこいつは凶暴な獣になる。
俺は無視を決め込み再び歩き出した。
テトテトテト
歩き出した俺の数歩後ろを白い毛玉が付いてくる。こいつは俺を親か何かと勘違いしているのではないか......
確かに多少血で汚れるとは言え、親の匂いが染み付いた皮の一部を持ってはいるが......
「付いてくるなよ......」
『アウ?』
俺は一旦担いだ荷物を置くと、白い毛玉を抱き抱えた。この毛玉は暴れもせず大人しく俺に抱かれている。
少しは暴れるとかしろよ。それでいいのか野生動物。
抱き抱えた毛玉を道から少し外れた林の中に降ろすだが、再び戻って荷物を手に取ると毛玉は俺の後ろにペタンと座っていた。
再度毛玉を林の中に置く。
後ろを振り返ると、すぐ後ろに座っている。
この行動を5回程繰り返しても、毛玉は俺から離れようとしなかった。
「はぁ...... 仕方ない......」
俺は毛玉を森に返すことを諦めた。
深いため息をつき、荷物を持ち歩き出す。
こいつは無視だ。心を鬼にして無視していれば、いずれ飽きて元居た場所に戻るだろう。
そう考えていたが...... 毛玉は結局ノースラント村の入り口に着くまで俺の後ろを離れなかった。
付いてきてしまった物は仕方ないので、俺は毛玉が離れたり暴れたりしない様にと革製の首輪と、同じく革製のリードを召喚し首につけた。
嫌がるかと思ったが、抱き抱えた時同様に特に嫌がりもせず、すんなり付ける事が出来た。
これでこの毛玉が勝手に何処かに行って悪さをする事はないだろう......
って言うかこの毛玉、本当にルディの子供か?
警戒心無さすぎて逆に心配になってきたぞ......
首輪を付けられても首をかしげて座り、尻尾を振る毛玉を見ながら、俺は首輪から伸びるリードを左手で持ち、右手で荷物を抱えた。
毛玉、もといルディの子供を引き連れノースラント村に入ると、これまで通ってきた道とは打って変わり、メインストリートと思しき幅20m程の大きな道には人が大勢居た。
道沿いにはレンガや木で出来た建物がズラリと並んでいる。
目につく限りで雑貨屋、花屋、防具店などなど......
想像とは違い以外と大きな村だった。村とはいうが街と言っても良いくらいだ。このメインストリートから150m程先に見える、小さなレンガ作りの壁に囲まれた小城の様な建物がギルドの支部だろうか?
とりあえず俺は白い毛玉のリードを引っ張り、小城に向かって歩く。
白い毛玉は大人しく俺の横をトテトテと付いてくる。
そう言えば、この村に入ってからやたら見られている気がする。
俺が自意識過剰なだけか?
いや、自意識過剰な訳じゃないみたいだ。
すれ違う村人達はあからさまに俺の方を見ながらボソボソ話している。
うん。何を話しているのか気になるが、いきなり......
「あの、僕の事を話してるんですか?」
なんて言える程、俺は神経が座ってない。それこそ俺の勘違いだったら恥ずかしい。
俺は村人達が何を話しているのか気になりながら、レンガ作りの門の前に立つ。門にある入り口の両脇には、門番と思しき人が左右1人づつ立っていた。
この2人は俺を見ると、一瞬目を見開いたが直ぐに営業スマイルを浮かべながら近寄ってきた。
「ノースラント村ギルド支部に御用ですか?」
見事な作り笑いだった。
声色も僅かに変えているみたいだ。
「はい、先日受けた始源の森のブラウンヴォルフ討伐の依頼について報告をしに来ました」
「かしこまりました。どうぞ付いてきてください」
完璧な営業スマイルを浮かべた門番の1人が門を開け、先頭を歩いて案内してくれる。俺は数歩後ろを毛玉と付いて行き、小城の前に立つ。
遠目からでは分からなかったが、近くで見ると以外と大きな城だった。
見た目に派手さは無い。
質実剛健なレンガの城だ。
「お連れの子犬はこちらに......」
案内してくれた門番が、城の内部に通じるのだろう扉の近くに植えられた棒を指差す。
ここにリードを固定しろということか。
こいつはルディの子供だが、今は幼くブラウンヴォルフやヴァイスヴォルフの特徴である牙もまだ短い。
その為子犬に見えたのだろう。
こいつが実はヴァイスヴォルフの子供で、当然変異で生まれながらに白い毛並みを持っているとバレたら...... それはそれで厄介な事になりそうだから、俺は黙ってリードを木の棒に縛り付けた。
この毛玉には少し待っていてもらおう。
そして案内をしてくれた門番が扉を開いてくれた。
扉の向こうは、元居た世界で言う病院や役所の受付に近い形をしていた。
城の中も外観同様にレンガや木で作られていて、所々に観賞用植物が置かれている。
入り口からまっすぐ10m程進んだ所には、木枠で囲われた窓口らしきカウンターが5席並び、その上に文字が書かれていた。
そしてその周囲には木製の大きなベンチやテーブルが並んでいる。ここで書類を書いたり休憩するのだろう。
他には依頼を貼る掲示板や、売店らしきスペースもあった。
ここで俺は大変マズイ事態に陥った。
「ヤバい...... 字が読めない......」
そう字が読めないのだ。
前にダンさんからこの世界の文字の事について教えてもらったが、すっかり忘れてた......
マズイぞ......
ダンさん達に説明したみたいに、遠くから旅をしてきたからこの国の文字が分からないと説明すればイケるか?
冷や汗を垂らしながら立ち尽くす俺に、門番が「あちらのお席にどうぞ」と右端の席を丁寧な仕草で指した。
「わかりました」
俺は動揺を悟られない様、門番さんと同じ様に張り付いた営業スマイルで答える。
指示されたブースの前に行くと綺麗な茶髪の受付嬢が、これまた見事な作り笑いを浮かべていた。
椅子に座っているせいかだいぶ小柄な人に見える。
「ようこそノースラント支部へ。依頼達成の報告ですか?」
「はい。始源の森のブラウンヴォルフ討伐の件で......」
「かしこまりました。少々お待ちください」
受付嬢さんは分厚いノートを取り出し、パラパラとページをめくっていく。
そのノートに依頼の詳細が書かれている様だ。
「お待たせ致しました。始源の森のブラウンヴォルフ討伐依頼の件ですね?」
「はい、それで何点か報告したい事が......」
「かしこまりました。その前に、ご依頼を受けたダン・イェーガー様はどちらに?」
「...... ダン・イェーガーは、件のブラウンブォルフ討伐依頼時に亡くなりました......」
「なっ...... では、貴方は一緒にご依頼を受けた狩人の方ですか?」
俺の発言を聞いた受付嬢さんは営業スマイルから一転し、真面目な顔付きになる。
声のトーンも落ち、少し怖い。
「いいえ...... 違います。ダンさんと一緒に依頼を受けていた他の3名は皆亡くなりました......」
「えっ!? ご、ごほん。申し訳御座いませんが、詳しく話していただけますか?」
最初に見た営業スマイルとは真逆の顔付きの受付嬢が、冷たい眼差しで俺を見つめる。
元よりそのつもりでここに来たのだ。
俺は先日の事を詳しく話した。
ギルド登録していない俺がダンさんの仕事を手伝いたく、依頼に同行した事。
俺が居た拠点の近くにブラウンヴォルフの群れが来て、自衛の為にブラウンヴォルフの群れを狩った事。
依頼を受けた狩人の1人が行方不明になり、その人を捜索中にヴァイスヴォルフに遭遇し俺以外の皆が亡くなった事。
そして俺がヴァイスヴォルフとその番を討伐した事。
俺が全て話し終わるまで受付嬢さんは厳しい顔をしていたが、黙って聞いていてくれた。
「なるほど...... 貴方様のお名前をお伺いしてもよろしいですか?」
「帝...... 西園寺帝です。」
「ミカド...... 様ですね。ミカド様、少々お時間を頂いてもよろしいでしょうか」
「ええ......」
やっぱりギルド登録してないのにブラウンヴォルフを討伐したのが不味かったのか......
はたまた、依頼を受けた人が亡くなった事が不味かったのか......
色々と思い当たる点が多く、ビクビクしていると受付嬢さんは立ち上がり……
「お部屋をご用意致しますので、付いて来てください。
案内したお部屋で少々お待ち頂きたいのですが、よろしいですか?」
と言った。
よろしいですか?と言ってはいるが、嫌とは言わせませんよ?と、俺を威圧する様なオーラが全身から漏れている。
いつの間にか俺の後ろに2人の警備員らしき人も居るし......
「はい」
嫌です!と言うつもりは毛頭無いし、多少ややこしい目に会うのはここに来る前から想像は出来ていた。
だから俺はこの受付嬢の指示に大人しく従った。
受付嬢さんはカウンターの仕切りを外し俺の目の前に立つと、俺を観察する様に全身をジロジロと観察する。
俺もお返しとばかりにこの受付嬢さんを観察した。
背丈はおそらくセシルより小さく、160㎝を下回っているかもしれない。
その小さい背丈でジロジロ見られると、終始上目遣いになるのでちょっと可愛らしく思えたのは内緒だ。
疑われてるのに呑気なもんだな俺......
「こちらで少々お待ちください。」
受付嬢さんの観察が終わり、後ろに警備員さんを引き連れてしばらく小城内部を歩くと、受付嬢さんは木で出来たドアの前で立ち止まった。
真顔でドアを指し、受付嬢さんは俺に部屋に入るように促す。俺は黙ってその指示に従い、ドアを開けた。
ドアの向こう側は窓1つ無く、刑事ドラマで見る様な取り調べ室を連想させる。
5m四方の部屋に椅子が2つ、机が1つしか無い簡素で寒々しい部屋だ。窓が無い所為で薄暗く、この部屋の光の源は机に置かれているロウソクだけだった。
( まるで牢屋みたいだな…… )
そんな事を思いつつも、俺は大人しく部屋に入った。
俺が部屋に入るのを確認すると、2人の警備員さんも部屋に入って来て、1人が机の上のロウソクに火を灯す。
2人の警備員は出入り口の左右に立ち、俺が不審な行動をとらない様に凄まじい眼力で睨み付けてきた。
うん、あからさまに警戒されてますね。本当にありがとうございます。
とりあえず俺は悪い事をしたつもりはないので、警備員さん達を極力気にしない様にしつつ、椅子に座りさっきの受付嬢さんが来るのを待った。
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さてさて、20分程経過しても誰も来ないぞ。
いい加減に待つのに飽きてきた俺は、この暇をどうやって潰そうか考え始めた。だがそんな矢先、部屋のドアが開かれ、赤髪をポニーテールにした女性が入ってきた。
後ろには先程の受付嬢さんが控えている。2人共お揃いの制服を着ていた。
いや、ポニーテールの人が着る制服には細かな装飾が施されていた。
装飾が施された制服から見るに、この赤髪ポニーテールの女性はもしかして受付嬢さんの上司か......?
「貴方がミカド・サイオンジですね? 申し訳ありませんが、貴方を拘束させていただきます」
「えっ...... 」
その細かな装飾が施された制服を纏うポニーテールの女性が口を開いた。
知的な印象を与える迫力ある声だった。
「単刀直入に言いますが、我々ギルドは貴方が盗賊の類ではないかと疑っています。
その為、貴方の身柄を一時的に拘束させていただき、身元調査や現場調査を行います。無論拒否権はありません。
正確に言えば拒否権は有りますが、調査協力して下さらなければ、我々は貴方を盗賊として扱いますのでご理解を」
え...... つまり、俺は一時的とは言え逮捕されたって事か?
予想よりヤバい事態に発展しつつあるこの状況に、俺は冷や汗を止める事が出来なかった。
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