19話 生きる命と死にゆく命
梟の様な薄気味悪い鳴き声が響き、暗闇に包まれた森の中、俺は歩いていた。
『ガチャガチャ』と音が聞こえる。その音は、俺が背負った白い袋に入れた物が、袋の中でぶつかりあう音だった。
袋が、鎧が肩に食い込む。
俺は微かに顔をしかめながら、後ろを見た。
どこまでも暗く黒い闇の中に、今日の依頼で拠点として使った丘がボンヤリと見えた。
その丘の上には、拠点が残っていた。
俺は、1人でこの拠点を撤去するのは時間がかかると判断し、今日は拠点をそのまま放置して、一先ず拠点に置いてあった依頼達成の証拠品と、副収入になるブラウンヴォルフの牙、そして皮が入った大きな袋を持ち帰路につく事にした。
「あ...... 」
数歩歩き出した時、俺はある事を思い出した。
「これをしなきゃ、帰れねぇよな...... 」
ポツリと呟いた俺は、クルリと振り返って暗い森を歩き続ける。そして暫くして、その目的の場所に着いた。
目の前には樹齢を数える事すら烏滸がましくなる様な、荘厳で雄大な巨木が佇んでいた。
しかし、荘厳な巨木の周囲は血の匂いが充満し、付近に生えた草木は所々が黒く染まっている。更に、この巨木の前には、木を護る様にして2つの白い獣が倒れている。
そう。此処はダンさん達やルディとその番が死んでいった場所。穴のある大木の生えている場所だった。
そこは昼に感じた神聖な雰囲気とは別の、何とも言えない不気味な雰囲気を醸し出している。
生まれて初めて大泣きし、目を真っ赤にした俺は、静かに横たわっているルディとその番の前に立ち、頭を下げた。
「勇敢な狼とその番。お前達の命、有り難く使わせて貰う。だから...... どうか安らかに眠ってくれ...... 」
頭を下げた俺は、物言わぬ骸となった獣達の前に腰を落とし、新しく召喚したナイフを突き立てた。
セシルが待っている家とはほぼ反対側の此処にわざわざ来たのは、この巨木の側でその身を休めているルディと、その番に別れを言う為に。
そしてこの2匹を狩ったとギルドに証明する為に必要な牙や爪、皮といった恵みを貰う為だ。
ダンさんから聞いた話だと、狼系の魔物を討伐した際の証拠品は牙だけで良いらしいのだが、俺はまだギルドに登録していない身。
証拠品が牙だけだとギルド側から不審に思われるだろうと思った俺は、保険として爪や皮もギルドに持って行くことにしたのだ。
生々しい音を立て、ナイフが白狼に刺さる。白狼から流れ出ていた血は既に凝固し始め、神々しいまでに白く輝いていた白狼の毛は赤黒くなっていた。
俺がこの世界に来て初めて会った敵。
俺の父親のような存在を殺した敵。
怒りが無いと言えば嘘になる。
だが、これも弱肉強食のこの世界の理。彼等は彼等が生きる為に、俺達は俺達が生きる為に戦い、そして俺が生き残った。それだけだ。
真っ暗で視界が悪い中、俺は2匹の獣の牙と爪、皮の一部を剥ぎ取ると、茶狼の牙などが入っている袋に入れた。
剥ぎ取りが終わり、白狼達の方を向いた俺は、改めてこの2匹の獣に合掌した。
「安らかに眠れ...... ルディ...... その番の白狼......」
数分間の黙祷。
やがてゆっくり目を開け、巨木から歩き出そうとしたその時、巨木に空いた穴の中から生き物の息遣いが聞こえた。
「ん?」
俺は誘われる様に、巨木の穴に近づき、その中を覗き込む。
「これは...... 」
俺は思わず息を飲んだ。ポッカリと開いた穴の中には、なんと小さな白い狼が丸まり寝息を立てていたのだ。
この白く綺麗な体毛。ルディが身を賭してここを守っていた理由。
俺は悟る。
この寝息を立てる小さな狼はルディ達の子供で、この巨木は巣なのだと。
本来白狼と呼ばれる魔獣は、茶狼が長い年月をかけて成長した姿。
遺伝子的に考えれば、白狼が子供を生んだとしても、生まれた子供の毛は茶色の筈だ。
だが、この小さな子供の体毛はルディの様に白く、雪の様に光り輝いていた。
突然変異の類か......
「ルディ達の子供...... 」
そう呟いた瞬間、眠っていた白狼の子供が小さな欠伸し目を覚ましてしまった。
目を覚ました小さな白狼は、俺の方を向き『ワン!』と子犬の様に吠えながら歩み寄って来る。
その声に敵意は感じられない。
ただただ初めて見る玩具を貰った子供の様に、好奇心から出た鳴き声だった。
俺の足元まで来た子供は、スンスンと鼻を鳴らし俺の匂いを嗅ぐ。
その仕草が、この子から親を奪った俺には痛ましく、そして哀れに思え、同時に罪悪感を感じた。
「なぁ...... 俺はお前の親を殺したんだぞ......」
俺は屈み込み、無邪気な声を出した白狼に語りかける。
無論言葉が通じるとは思っていない。
だが言わずにはいられなかった。
『ワン!』
語りかけた白狼は、白銀の尻尾を左右に振りながら嬉しそうに鳴いた。
その子供の姿を見て、俺は俺が生きる為にこの子の親を殺してしまった事の罪悪感に押しつぶされそうになる。
この先この子は生きていけるのか。
この弱肉強食の世界で......
この子を今ここで親の元に送ってあげた方が幸せなのでは...... と頭の片隅で考えるも、今の俺にそんな事をする気力も勇気もなかった。
「ごめんな......」
俺は頭を振って泣きそうになりながら、謝罪の言葉を言う。
これも自然界の理。
仕方のない事...... 俺が生きる為に仕方なかったんだと何度も心の中で自分に言い聞かせ立ち上がる。
これ以上ここに留まっていると、この子に情が湧いてしまう。
ここは一刻も早くこの場を立ち去るべきだ。
「強く生きろよ......」
俺は足にその体を擦り付ける白狼の子供にそう言う。白狼の子は、意味が分からないと言う様に頭を傾げる。
そんな子供の姿を見て涙が出た。
これ以上涙が出ない様に手で涙を拭うと、俺は後ろを向く。
小さな白狼はペタンと座り込みながら俺の方を見つめていた。
最後に一瞬だけ、この子の姿を見て俺は歩き出した。
セシルの待つ家に向かって。
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行きより倍の時間をかけて、俺はダンさんの家に着いた。
茶狼達の牙等を入れた袋が肩に食い込む。鉄で出来た腹巻や小手が体に重くのしかかる。
家の方を見ると窓に明かりはなく、真っ暗だった。
それもそうだろう...... 時計が無いので正確な時間は分からないが多分あと1、2時間で日付が変わる頃だろう。
今日は色々な事が起こり俺の頭はパンクしそうだった。
初めての本格的な戦闘、レベルアップ。
そしてダンさん達や白狼の死。
これらの出来事が頭の中でグルグルと回る。冷静に今後の事などを整理しようとしても到底出来る精神状態ではなかった。
ふと、入り口の前に誰かが立っているのに気がついた。セシルだ。
日が暮れてたからずっと待っていたのだろう。体が微かに震えていた。
「セシル...... 」
声を微かに震わせながら入り口の前に立つセシルに声をかける。
「ミカド...... お父さんは......」
「っ......ごめん......」
泣かない様に必死に左手を握り締め、堪えながら何とか一言だけ呟き、ダンさん達の形見の品を入れた小袋からある物を右手に握り締め、それをセシルに差し出す。
それはダンさんが首から下げていた、骨で作られたネックレスだった。
ネックレスに付着している血痕が全てを物語っている。
俺は左手を強く握り締めすぎた所為で掌から出血し、ポタッと一滴地面に落ちた。
「ぁぁぁあああ!!!!」
その一言で全てを察したセシルは、その場で顔を手で覆い泣き崩れてしまった。手で覆われた顔から、止めどなく溢れる涙が地面に落ちる。
俺はただただ、ごめん...... と呟くしかなかった。
暫くしてセシルは泣き疲れたのか眠ってしまった。
俺はセシルを抱き抱え、セシルの自室まで運びベットに寝かせ毛布をかけた。
眠っているセシルは目元が赤くなっていて痛々しかった。
俺も似た様な顔になっているだろう。
セシルを運び終えた俺は、ノロノロと貸してもらっている部屋に戻ってきた。
腹巻や小手を外すのさえ億劫で、俺は白狼達の血で染まっていた事も忘れ、倒れこむ様にベットに寝転ぶ。
静まり返った部屋の中にいると色々な事を思い出してしまう......
「うぅ......っ......」
今日あった事を思い出しまた涙が溢れる......
そして俺はいつの間にか意識を手放していた。
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