日常編 若返りの香水
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「ミカド様! ようやくお話出来る機会を得られて光栄です!」
「お前の熱心さに負けたよ。でも余り時間は取れないぞ? この後ノースラント村の魔法具職人や大工達と会合があるからな」
「全然構いませんとも! さぁ、早速品物をミカド様にお見せしなさい」
俺はヴィルヘルムの応接室に案内された男に語りかける。
ヘンドラと名乗ったこの男はニタニタと媚びる様な笑みを浮かべ隣に座っていた部下に命令し、部下はいそいそと大きなカバンを開けた。
守護者がナイト級ギルド部隊に昇格してから早数ヶ月。
ルノール技術王国に拠点を置くナイト級ギルド部隊の魔法兵団と部隊同盟を結んだお陰か、ルノール技術王国軍が手も足も出なかった邪龍をあっさり撃退したお陰か、何時の間にかヴィルヘルムの名は人間大陸全土に広まっていた。
それに伴い、最近ある人達が俺達の元に訪れる事が増えていた。
そのある人達とは行商人の事だ。
行商人とは特定の店舗を持たず、自らの足で各地に赴き品物を売り買いする人の事を指す。
彼等が此処に来た理由としては、ヴィルヘルムが新たな取引先になると考えたのかも知れない。
ヘンドラもヴィルヘルム本部に訪れた行商人の1人なのだが、今まで俺はヴィルヘルム本部に押し掛けてくる行商人達は極力相手にしない方針を取っていた。
相手にしないと決めていた訳は、コレが訪問販売だからだ。
別に訪問販売が悪いと言う訳ではないが、訪れた行商人1人1人に時間をかけて話す訳にもいかない。
それにもし1人でも相手にしてしまえば、「何故私とは商談して下さらないのですか」と、他の行商人からやっかみを受け、結局全ての行商人達と対話せざる終えなくなる可能性もあった。
そんな訳で、最初はヘンドラにもやんわりと営業はお断りだと伝えていたのだが、彼は例え追い返されても数日おきにヴィルヘルム本部の門を叩いた。
コレが5回も続けば流石の俺も根負けし、彼と部下を応接室に案内して話くらいは聞いてやる事にしたのだ。
「ミカド様、どうぞご覧下さい。今私が扱っている品の中でも特にお勧めの品物達です」
ヘンドラはそう言って部下のカバンから出した品々を机の上に置き、色取り取りの装飾品や雑貨、魔法具と思しき物を前に手を広げる。
彼は顧客のニーズに応え、食品以外のあらゆる物を扱う行商人だと言った。
それを物語る様に、綺麗に並べられた商品は多様性に富んでいた。
「へぇ、食品以外は何でも取り扱ってるって言うだけあって色んな物があるんだな」
「えぇ! 最近はゼルベル陛下が率先して他大陸との関係改善に努めて下さってるお陰で、他大陸の珍しい品も扱える様になりまして。 そんなミカド様にオススメの一品が此方でございます!」
「これは?」
俺はこれまで見た事もない品々を見て少し興味を持った。
生粋の行商人であるヘンドラがその隙を逃すはずもなく、オススメの一品なる物を俺の目の前に差し出す。
それはレガッタブルーの液体が入った小瓶だった。
「そちらは東大陸の妖精が作った若返りの香水でございます!」
「若返りの香水だぁ?」
「はい〜。聞けばミカド様の部隊には女性が多く在籍していらっしゃるとか。 勿論その方々がお若いのも存じておりますが、女性は何時迄も美しく綺麗でいたいもの」
「まぁ、そうかもな」
「そんな時にこの香水の出番! これをひと吹きすればあら不思議! 肌に水を弾く様な潤いを与えるのです! それこそ正に若返ったかの如く! 肌が痛みがちな職に就く女性に一押しの品となっております!」
「お、おぉ‥‥‥ そりゃすげぇ代物だな」
俺は手渡された小瓶とヘンドラを交互に見つつ呟いた。
若返りの香水と聞いて最初はどんなもんかと思ったが、聞けばこれは肌に潤いを与える保湿液とか美容液みたいな物らしい。
正直胡散臭さマックスだが、信頼第1の行商人がまさか嘘を言う筈もないだろう。 効果は肌に潤いを与える程度らしいし、危険性は少なそうだ。
試しに1つ買ってセシル達女性陣にサンプルとして渡してみようか。 で、セシル達が気に入ればまとめて複数個購入するのもアリかも知れない。
「如何でしょうかミカド様。今ならお近づきの印として、此方のお値段でお譲りさせて頂きますが」
「ふぅ‥‥‥ わかった、ヘンドラの熱意に負けたよ。 1つ貰おう」
「おぉ! ありがとうございますミカド様!」
結局俺はヘンドラの熱意と根気に負け、若返りの香水を1つ購入したのだった。
まさかこれが後程あんな事になるとも知らずに。
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「しっかし、若返りの香水か。本当に効果あんのかねぇ?」
「相手は仮にも信用を売りにしていると言っても過言でない商人。 嘘を言うとは思えません。 何でしたら我が主人が効果の程を検証されては?」
無事に商談を成功させたヘンドラは満面の笑みを浮かべ、「またお邪魔させて頂きますね」と言って帰っていった。
彼等を見送った俺は執務室に戻り、購入したばかりの小瓶を眺める。
その小瓶は工芸品と呼んでも差し支えない程細かな細工が施され、高級感を醸し出している。
そんな小瓶を眺める俺に、執務室で待機していたアーシェが語りかけてきた。
「検証ねぇ。確かに勢いで買っちまったけど、効果も分からない物をセシル達に使わせるのはマズイよな」
「その行商人、ヘンドラ様の言葉が確かなら、ひと吹きくらいでしたら問題は無いかと思います。
本来はその様な役目は私が行うべきですが、機械の私に効果があるかは疑問ですので」
「ごもっとも。よし、会合までまだ時間はあるな。んじゃ早速‥‥‥」
この香水は普段世話になっているセシル達の為に購入した物。
もし使ってみたら変な副作用が出ないとも限らない。
そこで俺は試しに自分へこの香水を使ってみる事にした。
アーシェが言った様にひと吹き程度なら特に問題はないだろう。
プシュッ。
「あ‥‥‥」
「どうだアーシェ。特に変わった所は無いか?」
これが大きな間違いだと知る由も無い俺は、小瓶の上に設置された突起部を押す。 一応香水と言うだけあって芳醇な薔薇を思わせる香りが周囲に広がり、噴出口から出た霧状の液体が身体全体に降り注ぐ。
ふむ、特にこれと言った違和感は感じ‥‥‥ ん? 待てよ。 心なしか着てる制服がデカくなってる様な気が‥‥‥
「ま、我が主人‥‥‥ どうか落ち着いて鏡を見てください」
「え、な、なんだよ‥‥‥」
「これを‥‥‥」
普段クールなアーシェは何故か俺の方を見て言い淀むと、執務室に置かれていた鏡を手に取る。
そして鏡をゆっくりと俺に向けた。
「な、なんじゃこりゃぁぁぁあ!?」
その鏡には、10歳くらいの少年が写っていた。
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「ほらミカド〜 あ〜ん」
「‥‥‥ あーん」
「ミカドさんよく噛んで食べるんですよ?」
「あ、隊長さん口元が汚れてます。ジッとしてて下さい」
「可愛いぃい! ちょっと生意気そうな目元とか隊長そのまんま〜!」
「不満そうな顔も可愛いかも〜 よしよし〜」
「きゃぁあ! ほっぺプニプニ〜!」
「あぁズルイです! ルールにもプニプニさせるです〜!」
「‥‥‥」
「も〜 皆、今ミカドはご飯の時間なんだからあまり構っちゃダメだよ?」
「でもセシル副隊長〜 こんな可愛い隊長を前にお預けは酷いです〜」
地獄。あのクソみたいな香水を使ってからはまさに地獄だった。
午後から満腹食堂で行われた会合に参加すれば、俺はノースラント村の皆に笑われ、抱っこされたり撫で回されたりと辱めを受けた。
見た目が子供に戻ってしまった為、せめて服装で俺だと分かってもらえる様にと、サイズを縮めたヴィルヘルムの制服を着ていったのが皆のツボにハマったらしい。
まるで子供がヴィルヘルムの仮装をしているみたいだと、皆が生暖かい目で俺を見てきた。
それは会合が終わりヴィルヘルムに帰還した後も変わらない‥‥‥ いや、むしろ酷くなっていた。
セシルやドラルは完全に俺をお子ちゃま扱いして晩飯のシチューを交互に食べさせてくるし、リズベルは弟の世話を焼く様に口元を拭ってくる。
今の俺には自分で食事をする事すら許されていない。
何故なら俺の手元にはスプーンが用意されていなかったからだ。 加えて言えば、スプーンを取る為に席を立とうにも「食事中は出歩いちゃダメだよ〜」とセシルに釘を刺され、席に座る事を強制されていた。
なので大変不服だがセシルとドラルの奉仕を甘んじて受けている訳だが、そんな俺の苦労を知る筈もないアイヒやハーゼ、ルール達は早々と食事を終え、俺の頭を撫でたり頬を突っついたりとチョッカイを出してくる。
今の俺を側から見れば、死んだ魚の様な目でセシル達に揉みくちゃにされている事だろう。
「‥‥‥ ミカドが子供になったって噂、本当だった」
「あは、本当に子供になったみたいだねぇ〜」
「ぷふっ‥‥‥ ぷぷぷっ‥‥‥」
「あはははは! ヤベェ腹痛ぇ! あははは!」
「モテモテで羨ましい限りっすね旦那〜」
『それにしても、その香水は危険だな』
「えぇ、恐らくそのヘンドラなる行商人が言った効能は妖精族から見た基準で、人間には効果が強過ぎたのかも」
「妖精族はエルフに勝るとも劣らない長命な種族‥‥‥ そんな長命な種族の肌によく効く香水なら、人間が使用すればあまりの効果で文字通り若返ってしまったのやも知れぬな」
そしてマリア、リリベル他、笑いを堪えるティナや腹を抱えて笑うレーヴェは俺を助ける気は毛頭無いらしい。
サブナックも同様で、この惨状を見て楽しそうにケラケラと笑い声を漏らしている。 ロルフ・ベリト・ビルドルブに至っては俺を完全に無視して件の香水について論議を交わしていた。
加えて食堂で一緒に晩飯を食べている第弐期隊員達は俺に同情的な視線を送る者、玩具にされてる俺を見てニヤニヤする者に別れている。
彼女達も俺を助ける素ぶりは見せない。
唯一頼りになりそうなアーシェは、現在執務室に籠っている。
若返りの香水の成分を調べる為だ。
「だぁぁぁあ!! 喧しぃい! 暑苦しいから離れろぉおお!」
助けてくれそうな人が誰も居ない。
そう結論付けた俺は取り囲む面々に向かって叫び、暴れた。
「あ! こらミカド! 大人しくしなきゃダメでしょ〜!」
「めっ! ですよミカドさん」
「だぁから! 俺を子供扱いするんじゃねぇぇ!」
「生意気な隊長も可愛い〜!」
「弟が居たらこんな感じなのかなぁ〜」
「やっぱり子供はこれくらい元気じゃないとね〜」
「子供じゃねぇって言ってんだろ! 見た目はガキでも中身は大人だぁあ!」
「はいはい、お食事の時は行儀良くしなきゃダメですよ〜」
「それにしても可愛いぃ〜 普段の隊長もカッコいいけどこの姿も良いかも〜」
わいのわいの。
うん、こりゃダメだ。
「はぁ‥‥‥ もう好きにしてくれ‥‥‥」
俺は抵抗を諦めて天井を仰いだ。
俺はこれからこの姿のまま生きてく事になるのか‥‥‥
とりあえずヘンドラ。彼奴は今度会ったら絶対に殴り飛ばす。
で、元に戻る方法を聞き出してやる。
心の中でそう決意し、夜が更けるまでセシル達の玩具となる運命を受け入れた。
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明くる日。
俺が起床すると身体は元通りの姿に戻っていた。
アーシェ曰く、使った香水の量が僅かだった為すぐに効果が切れたのだろうとの事。
とりあえず俺は心の底から安堵の息を吐くと速攻で金庫を召喚し、この劇物を厳重に封印。セシル達に受けた辱めを記憶から消去した。
「さぁて‥‥‥ 今日はいい天気だなぁ‥‥‥絶好の訓練日和だぜぇ‥‥‥」
そして俺は昨日受けた辱めのお返しにと、セシル達に特別訓練を施す為満面の笑みを浮かべながらベッドから飛び起きた。