177話 メイド
「はぁぁ‥‥‥ 疲れたぁ‥‥‥」
ビルドルブ達に専用の武器を届けに来たサーヴェラと諸々の話をした後、彼女達を見送った俺は執務室の机に突っ伏し、大きく息を吐いた。
時刻は既に19:00。普段ならそろそろ晩飯の時間だが、俺にはまだやる事が残っていた。
例えば明日から始まる中期訓練でひよっこ達に与える銃火器の最終決定とその用意。
例えば今月のヴィルヘルムの収入や出費、現時点での総資産額等の纏め。
例えばヴィルヘルムに届いた依頼の確認。
例えばサーヴェラから聞かされた頼み事の詳細を煮詰める等々。
早急に処理しなければいけない仕事が多数あった。
コレは隊長の俺でなければ判断出来ない、もしくは処理出来ないので必然的に俺がやるしかない。
今頃セシルや他の子達は一緒に晩飯の用意をしているだろうが、残念ながら今の俺にゆっくり晩飯に舌鼓を打つ時間的余裕は無かった。
だから俺は「ミカド〜 ご飯出来たよ〜」と呼びに来たセシルに、先に食べて休む様に伝えるとペンを手にして、先ずは今月の支出等を纏める事にした。
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「よ、ようやく終わりが見えて来たぞ‥‥‥」
モソモソとセシルが持って来てくれた晩飯兼夜食のサンドイッチを頬張りながら俺は呟いた。
俺の机の前にはヴィルヘルムの収入、支出、総資産等が纏められた書類や、ひよっこ達に与える銃火器を纏めたリスト等が積まれている。
銃火器は既に召喚し、武器庫に厳重に保管済みだ。
時刻は22:00を回っていた。
しかしやるべき事はまだ残っている。
「やっぱセシル辺りに手伝って貰った方が良かったなかぁ‥‥‥ クソ眠い‥‥‥」
口から何度目か分からない欠伸が出て、堪らず目を擦った。
日中はひよっこ達と共に訓練し、サーヴェラとの会談。 夜は事務仕事と流石に疲労が溜まっている。 少し前から睡魔の攻撃も始まっていた。
遅まきながらセシル辺りに手伝って貰った方が効率的だったのでは? とボンヤリする頭で考えたが、セシルはセシルでマリア達を率いて依頼をこなしたり、ひよっこ達の面倒を見たりと俺と同じぐらい多忙だ。
あー、もう後の祭りだけど、パソコンとか事務処理を助けてくれる道具を召喚しておけば、もう少し楽に仕事が進んだんじゃないかなぁ‥‥‥
この時点で、俺は疲労と睡魔。更には深夜テンションで思考能力が低下し始めていた。
「‥‥‥ そうだよ! ならそんな道具を召喚すれば良いじゃないか! 」
睡魔にノックアウト寸前まで追い込まれた脳裏に突如電流が走る。
何で俺は気が付かなかったんだ!
仕事が多いならその仕事をサポートしてくれる道具を召喚すれば良いんだ!
俺には咲耶姫から授かった加護がある! この力があれば大抵の物は召喚出来るじゃないか!!
「でも普通のパソコンを召喚するのはつまらないなぁ‥‥‥ あ! 加護で生命体は召喚出来ない事になってたけど、ロボット‥‥‥ 例えば人造人間なら召喚出来るんじゃねぇか!?」
ここで深夜テンションの影響からか、俺はある事を思い付いた。
普段の俺なら普通にソーラーパネルを付けたパソコンやそれに類する物を召喚して、この話は終わっていただろう。
しかし、どうせなら普通にパソコンを召喚するのではなく、咲耶姫の加護を最大限使い事務処理能力のある人造人間の召喚にチャレンジしようと思い立ったのだ。
咲耶姫から授かった加護の規約には【生命体は召喚出来ない】という決まりがあるが、コレはつまり、機械なら俺の想像力次第で大抵の物は召喚出来るという意味でもあった。
「試してみるか! どうせなら事務処理能力だけじゃなくて炊事洗濯も出来る様にして、なんだったら戦闘能力も付け加えて!!
序でに見た目はメイド風にしよう! 何でもこなせる万能メイドさん! 良いね!! これで俺の負担が減る!!!」
皆、これが疲労と睡眠不足と深夜テンションで頭のネジが落ちた人の思考回路だ。
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「んぁ‥‥‥ 寝ちまってたか」
窓から差し込む朝日が顔に差し込み、俺は目を覚ました。
どうやら書類整理の途中で寝落ちしてしまった様だ。
総隊長室の壁にある時計によれば、時刻は07:45を指している。
「ん、やらなきゃいけない事は全部終わってるな。流石俺」
椅子から立ち上がり寝惚け眼を擦り、チラリと机の上を見た。
机の上には処理された書類や依頼の手紙が積まれている。
寝落ちするまでにやるべき処理は全部終わらせていたらしい。 記憶に無いけど。
「っ痛てて‥‥‥」
「おはようございます我が主人。どうぞ、モーニングティーで御座います」
「ん、おはよう。ありがとな」
椅子に座ったまま寝落ちした為、身体の節々がやや痛む。
少々痛む肩を回していると、肩まで綺麗な黒髪を伸ばし、細いフレームの眼鏡をかけた知的な印象を与えるメイドさんが優雅にティーカップを机に置いた。
このメイドさんは黒と白を基調にし、ゆったりした袖の特徴的なロングスカートのメイド服を見事に着こなしている。
彼女の放つ雰囲気を例えるなら、澄み切った水面の様だ。何処と無くマリアの放つ雰囲気と似ている。
が、それと同時に、彼女の瞳からはとても強い意志を感じた。
洗練された立ち振る舞いに、落ち着いた雰囲気を纏う彼女が給仕をする姿はとても絵になった。
執務室にあるミニキッチンで淹れたのだろう紅茶の甘い香りが部屋に広がる中、俺はこのメイドさんにお礼を言い、湯気が登る紅茶をゆっくり味わう。
うん、清々しい朝日を浴びながらメイドさんが淹れてくれた紅茶を飲む‥‥‥ 実に優雅だ。
ん?
「お味はいかがでしょうか。我が主人」
「あぁ美味いよ。温度も味も俺好みだ」
「お口に合った様で幸いです」
「うん、ちょっと待とうか。馴染んでるね。メイドとしての立ち振る舞いが板に付いてるね。で‥‥‥ お前は誰だ!?」
違和感の無さ。
まるで何年もメイドとして俺に仕えてきた様な立ち振る舞いと寝惚けた頭の所為でスルーしかけたが、俺はこんなメイドは知らない。雇った記憶もない。
無論ヴィルヘルムの隊員でもない。
見た目や立ち振る舞いこそ完璧にメイドさんだが、今の俺には完全に不審者に思えた。
「‥‥‥ 我が主人、私が誰か分からないのですか?」
「あ、あぁ」
「はぁぁ‥‥‥ 我が主人、私は悲しいです。昨晩はあれ程私の事を思って下さっていたのに」
「昨晩? え、待って!? 俺昨日何かしたの!?」
ヤバいヤバい! 完全に身に覚えがない! 昨日は夜まで書類整理をしててそのまま寝落ちしちまったから、俺が夜の街に繰り出して見ず知らずのメイドに変なちょっかいを出した可能性はない筈!
でも寝落ちする前に何か‥‥‥
あ。
「な、なぁ。お前もしかして‥‥‥」
「はい、我が主人が察せられた通りです。
私は我が主人が召喚した【人工知能搭載式汎用アンドロイド】。 我が主人の為に働くメイドのアーシェで御座います。 ちなみにそちらに積まれている書類は私の方で処理させて頂きました。後程記載漏れ等が無いかご確認をお願い致します」
「‥‥‥思い出したぁぁぁあ!!」
「ど、どうしたのミカド!?」
「何だ何だ敵か!?」
「何事ですか!」
「ミカド大丈夫‥‥‥?」
「何よ朝っぱらから騒がしいわね!」
『主人殿何事だ!?』
「「「「「どうかしましたか隊長!!」」」」」
「あ、あれ? ミカドこの人は誰?」
全てを思い出した俺の絶叫がヴィルヘルム本部に響いた。
そうだった! 確か昨日変なテンションになって仕事を手伝ってくれるアンドロイドを召喚したんだった!
良く良く思い出せば、寝落ちする直前「後の処理は任せた‥‥‥」って言って寝落ちした記憶がある!
などと心の中で叫んでいた直後、執務室のドアが勢いよく開け放たれる。
俺の目線の先には、絶叫を聞き執務室に雪崩れ込んできたセシルやレーヴェ、ドラル・マリア他、ヴィルヘルムの主だったメンバーが、俺と不審なメイドを交互に見つめていた。
「あ、えっとですね、この人はですね‥‥‥」
「皆様おはようございます。私は本日より我が主人、並びに皆様のサポートをさせて頂くメイドのアーシェで御座います。以後お見知り置きを」
「メイドだ? ミカドいつの間にメイドなんて雇ってたんだよ」
「あ! もしかして例の力で‥‥‥?」
「そ、そうそう! その通り! アーシェみたいなサポート要員が居れば、皆の負担が減るかなって思ったのですよ! 皆も仲良くしてやってくれ!」
テンパりやや変な口調になってしまったが、そんな俺を横にアーシェは落ち着いた様子で頭を下げる。
本当は俺の負担を減らす為に召喚されたアーシェだが、気を利かせて自ら皆のサポート役を買って出てくれた。
察しの良いドラルは彼女が俺の加護で召喚された存在だと察した様で、ポンと手を打つ。
その様子を見て、俺はアーシェの機転に心の中で何度も感謝しつつ、この気遣いに乗る事にした。
「な、成る程? 兎に角新しい仲間なんだね? よろしくアーシェちゃん!」
「はい。皆様の事は我が主人から伺っております。精一杯サポートさせて頂きます」
「ミカドの加護で召喚された人なら信頼出来る‥‥‥ よろしく」
「ふぅん? まぁ何にせよサポート要員は助かるぜ!」
「また仲間が増えましたね。嬉しいです!」
アーシェはスカートの裾をつまみ優雅に頭を下げる。
そんなアーシェをセシル達が取り囲み言葉を交わす。
こうしてヴィルヘルム運営のサポート要員として、新たにアンドロイドのアーシェが加わったのだった。
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「なぁアーシェさんや」
「何用でしょう我が主人」
ゆっくりと皆で朝食を取り、頼れる副隊長にひよっこ達の中期訓練を任せた俺は、執務室の椅子に腰掛けアーシェを見つめる。
声を掛けられたアーシェは、直立不動のまま目線だけを此方に向けた。
どうやらアーシェの性格は俺がイメージするメイドさんの印象をそのままトレースした物の様だ。
人によっては取っつきにくい、堅っ苦しいと感じるかも知れないが‥‥‥
「いや、昨日アーシェを召喚した時は半分寝ぼけててさ‥‥‥ どんな性能で召喚したのか忘れちまったんだ。 だからアーシェの性能を教えてくれ」
「‥‥‥ 全く。我が主人は仮にも私を召喚したお方なのですから、それくらいの事は覚えておいて貰わないと困ります」
「ごもっともです‥‥‥すみません」
「はぁ‥‥‥ 仕方ありませんね。では、順に説明させて頂きます」
それはさておき、確かに俺はアーシェの生みの親なのだが、あの時は半分意識が飛んでおりアーシェの性能は全く覚えていない。
そんな俺を冷めた目で見つめるアーシェだったが、ワザとらしく溜息を吐くとキラリと細身のメガネを光らせつつ淀みない口調で自身の性能を語り出した。
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「【超小型核融合炉電池】って何だよ‥‥‥ 内蔵式武装多数って何だよ‥‥‥ 」
「はぁ、しかしコレは我が主人のアイデアですので、私がとやかく言える物ではないかと」
「まぁそうなんですけどねぇ‥‥‥」
アーシェから自身の性能を聞く事数分後。
俺は昨晩の自分の謎テンションに軽く頭痛を覚えていた。
アーシェから聞いた性能は以下の通りである。
●動力源は超小型核融合炉電池。この電池から発生する熱エネルギーを電圧に変換し動いている。 定期的なメンテナンスは必要だが、理論上は半永久的に動き続ける事が可能。
( ちなみに現時点で俺が召喚出来る超小型核融合炉電池は、アーシェに搭載されている1本のみ )
●身体が動く仕組みは、カーボンナノチューブを加工して作られたCNT筋繊維の【人工筋肉】のお陰で、全身に張り巡らされた人口筋肉に電圧を送り伸縮される事で人間と変わらない動きが出来るとか。
●人工筋肉の露出を防ぐ為に、人工筋肉の上には高密度で硬い外殻や、弾力がありかつ厚みのある人工皮膚に覆われている。
これは外部からの衝撃に対する装甲、衝撃吸収材の役割も担っている。
●アーシェに搭載されている人工知能には、召喚した段階で俺が知り得るありとあらゆる情報がジャンル問わずインプットされている。
●眼球にはサーモグラフィーや暗視機能他、ズーム機能等が搭載されている。
この他、両手の拳にはスタンガン、手首や踵、爪先部には収納式の刃。
それ以外にもアラミド繊維のワイヤーが両手の指先に内蔵されていたり、腰部にはアンカーが先端に付けられた打ち出し式のワイヤーが‥‥‥
と、言った具合に、アーシェの身体の各部には内蔵式の武器が多数埋め込まれており、極め付けには5キログラムのC4に匹敵する威力の超小型ミサイルが各1発づつ、彼女の両肩に内蔵されていた。
なんだこの戦闘兵器は‥‥‥ 昨日の俺よ、色々とハッチャケ過ぎだろう‥‥‥
深夜テンション怖い。
「以上が私の簡単な性能になります。 この他にも、我が主人から銃火器他、試験的に召喚した武器もお預かりしております」
「なに? 銃火器は兎も角、試験的に召喚した武器だ? 」
「はい。覚えてらっしゃらない様子ですので、実際にお見せ致します」
「ちょ!? 何してんの!?」
軽く痛む眉間を押さえているとアーシェが気になる事を呟いた。
試験的に召喚した武器?
何だっけ?
そう思っていた矢先、不意にアーシェが着ているロングスカートの裾をめくり上げた。
何だいきなり!?
そう思って慌てて顔を背けてから数分後‥‥‥
「お待たせいたしました、もう振り向いて頂いて大丈夫ですよ。私の様な物にお気遣いは無用なのですが」
「いやそう言う訳にもいかんだろ‥‥‥」
「流石は我が主人。ご立派で御座います」
「んで、コレが俺がお前に与えた武器か‥‥‥ は、 はは‥‥‥」
振り向いた目線の先にある机の上には、多種多様な銃火器や爆発物、刃物が山の様に積まれていた。
その中に用途の分からない棒状の物体や円盤がいつくか鎮座していたが、コレが試験的に召喚した武器なのだろう。
この武器の山を見て、俺は乾いた笑みが止まらなくなった。
「左様で御座います。詳細はダブルデリンジャーが2挺、コルトベストポケットが2挺、ベレッタが1挺、Vz61スコーピオンが1挺、銃身と銃床を切り詰めたM79グレネードランチャーが1挺。
他にMK3手榴弾が計10個とS手榴弾が計5個。 合計10キロ分のC4爆弾に投擲用ナイフが計10本となっております」
「戦争でも始める気か俺は‥‥‥ 」
シレッとした様子で机に置かれた武器の詳細を報告をするアーシェ。
この報告を聞いて俺の頭痛はさらに酷くなった。
1人に持たせるには明らかに過剰な量の武器達。 エルド帝国軍の1小隊程度なら簡単に壊滅させられそうだぞ‥‥‥
それにこの武器達は何処に収納されてたんだ‥‥‥
「乙女の秘密で御座います」
「え、読心術?」
「そうお顔に書かれて御座いましたので」
「さいですか‥‥‥ そ、それでコレが俺が試験的に召喚した武器か?」
クールで何処か掴み所のないアーシェにタジタジになりつつも、俺は用途の分からない棒状の物を1つ手に取ってみた。
俺が手にしたそれは、見た所刀の柄の様だが、柄頭に当たる部分にガスボンベの様な物が付いている。
何だろコレ。 どんな武器なのか全く分からん。
いや俺が召喚したんだけどね。
「はい。其方は柄顔の部分に付けられたガスボンベを利用し、炎の刃を形成する【バーナー・ブレード】で御座います」
「‥‥‥ コレは?」
「其方は刃が超高速で微振動を繰り返し、その振動と発生する熱エネルギーで斬撃能力を高めた【バイブレーション・ソード】です。動力源は私に内蔵された超小型核融合炉電池を流用しております」
「こっちは‥‥‥」
「此方はケブラー繊維で作られた折りたたみ式の盾で御座います。 ちなみにその隣にある丸い物体は、タングステンで造られたヨーヨーですね。上下の円盤に刃が内蔵されており、私の指のワイヤーと組み合わせる事で不規則な攻撃が可能となっております。勿論刃を出さず、この様に玩具として使用する事も可能です」
「わぁ凄ぇや‥‥‥」
あぁ、何故だろうか。昨日の俺に全力で説教をかましたい。
俺はそう思いながら、プロ顔負けのヨーヨーの技を披露するアーシェを眺めるのだった。
凄くシュールな光景だった。