175話 入隊の返事
「失礼しますミカド隊長」
「おう、アイヒ。どうした?」
「はっ! ビルドルブ様、サブナック様、ベリト様がお越しになりました」
「おぉ、待ってたぜ! 応接室に案内してくれ」
「イェッサー」
ギルド主催の交流祭から1週間程経ったある日。執務室で書類整理に勤しんでいた俺の元にアイヒが来た。
彼女はノックをして入室すると、ビシッと綺麗な敬礼をした。
彼女から出た言葉を聞き俺は小さく叫ぶと、ビルドルブ達を応接室に案内する様に頼み、軽く身嗜みを整えてから執務室を飛び出した。
「皆さんお待ちしてました」
「ん、すまぬなミカド殿。訪問が遅れてしまった」
「少々武具の発注に手間取ってしまいまして‥‥‥ お待たせして申し訳ありません」
「ルノール技術王国まで行くのには骨が折れたぜ‥‥‥」
「そうだったのですか。お気になさらず」
俺が応接室に着くと、既にビルドルブ達はソファに腰掛け紅茶を嗜んでいた。
ビルドルブは此方に気づくと、律儀にも孫程離れている俺に頭を下げ、それにベリトも続く。
サブナックは相変わらずサッパリしておりソファに身を預けたままだが、これも愛嬌だと捉えておこう。
ベリトやサブナックの言葉から察するに、どうやらビルドルブ達はわざわざルノール技術王国に足を運び、己が使う武具の発注をして来たらしい。
それなら1週間も音沙汰が無いのも納得だ。
「すみません。さて‥‥‥ では単刀直入に、この前のお返事をさせて頂きます」
「うむ。ミカドよ、ワシ等で良ければ、是非お主のギルド部隊に入隊させて頂けぬか」
「よろしくお願いします」
「って訳だ。世話になるぜ」
「っ! はい! 喜んで!」
「快諾頂き感謝します。ですが、入隊に当たり幾つか心配事が‥‥‥」
ベリト、ビルドルブは丁寧に頭を下げ、サブナックはぶっきら棒に。だが、ハッキリとヴィルヘルムに入隊を希望すると意思表示をしてくれた。
以前話した時に彼等の人間性を良く理解していた俺は、二つ返事で彼等の入隊を快く快諾する。
しかし、次の瞬間、ベリトは困った様な表情を浮かべた。
「心配事?」
「あぁ‥‥‥ まず、今は停戦下にあるとは言え、俺達とそっちは元々敵同士だ。 俺達はエルド帝国で咎人の烙印を押されて亡命して来た訳だが‥‥‥」
「以前軍を率いお主等の国に攻め入ったワシ等が入隊する事で、お主等の不利益になる場合もある‥‥‥ と考えてな」
「と、言うと?」
「俺達が入隊する事で、お前等の部隊の評判が落ちるかも知れねぇって事だ」
「加えてラルキア王国軍が我等の存在を許すとも限りません」
「成る程‥‥‥ 」
確かに。言われてみればその通りだ。
幾ら俺達がビルドルブ達はもう敵ではないと言って彼等をヴィルヘルムに入れたとしても、他の人やラルキア王国軍の人達からしたら不安に思うのは当たり前。
しかもビルドルブ達は2つ名を付けられている程有能な将軍達でもある。それは敵であるラルキア王国軍の軍人達にも知れ渡って居る程だ。
彼等は自分達がヴィルヘルムに入隊する事で、ヴィルヘルムの評判や俺達への信頼が揺らぐのでは無いかと危惧しているらしい。
ん?‥‥‥ 待てよ?
「あ! その点は何とかなるかも知れません」
「なに?」
「どう言う事でしょうか?」
「御三方、お耳を拝借」
俺はある事を思い出し、そっとビルドルブ達に耳打ちした。
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「おいおいおい! ミカドの旦那! 何だよコレ!?」
「コレは俺が最近開発した自動荷車だ。 ちょっと揺れるけど速いだろ?」
「た、確かに速いですが‥‥‥ 」
「何と面妖な‥‥‥ 」
「どう? ウチの隊長さんは凄いでしょ?」
「こらリリベル、狭いんだから大人しく座ってなさい」
ビルドルブ達にある事を耳打ちした俺は、早速ビルドルブ達と正式入隊前で暇を持て余していたシュテルプリッヒ姉妹の計5名を、最近召喚した電気式四輪駆動車に乗せある場所を目指した。
ちなみに四駆の助手席にはビルドルブが。後部座にはベリトとサブナック、そしてリズベル、リリベル姉妹と言った具合で座っている。
乗車前、サブナックから気楽に接して欲しいと言われていた俺は、四駆のスピードに驚愕しているサブナックに笑いかけながらアクセルを踏んだ。
しかし改めて思ったが、自動車ってのは凄い発明だな。
ちょっと前までは今目指してる場所まで馬車で片道2、3時間はかかってたが、この調子なら1時もしないで到着しそうだ。
「そ、それよりミカド殿! 今から王都ペンドラゴに向かうとは正気ですか?」
「お主に考えが有るとの事だったが‥‥‥」
不意に後部座席に座っていたベリトと、助手席に乗ったビルドルブが身を乗り出して俺に声をかけて来た。
ベリトが言う様に、俺達は一路ラルキア王国の王都、ペンドラゴを目指していた。
ビルドルブ達は俺の事を信頼して乗車してくれたが、やはり数ヶ月前に戦った国の王都に行くのは気が進まない様だ。
「心配しなくても大丈夫ですよ。 だって王都には彼が居ますから!」
「彼?」
「あっ‥‥‥ もしや!」
「さぁ着いたぜ!」
そんな彼等の心配も最もだが、俺には確信があった。
現在、ペンドラゴにはビルドルブ達と似た境遇の男が住んでいる。彼と彼の滞在を認めたゼルベル陛下に会えば、ビルドルブ達が感じている不安も解消される筈。
俺はアクセルを更に踏み、四駆を走らせた。
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「息災だなミカドよ。よく来てくれた」
「お久しぶりで御座いますミカド様」
「はっ! ゼルベル陛下もギルバートさんもお変わりなく」
「お主は‥‥‥ グラシャ殿! 無事だったか!」
「ビルドルブ殿‥‥‥ お久しゅう御座います。此度は大変な思いをされた様で」
「グラシャ様もお変わりなく安心しました」
「心配してたんですぜ?」
「‥‥‥ ご心配をお掛けした様で申し訳ありません」
「さて‥‥‥ 早速ですまぬが本題に入ろう。相手が相手ゆえ近衛兵も同席するが構わぬな?」
「はっ! 問題ございません。急な願いを聞き入れてくださりありがとうございます」
「うむ。して、貴兄等が勇名名高きビルドルブ殿にサブナック殿、そしてベリト殿か」
「我等をご存知いただいているとは光栄の極み。しかし今の我等は祖国で反逆者の烙印を押され、亡命して来たただの老人と若者で御座います」
四駆を走らせる事約1時間後、俺達はラルキア王国王都、ペンドラゴのラルキア城に到着した。
ラルキア城に着いた俺達はそのまま四駆を広場に停めさせてもらうと、暫く客間で待たされた後、メイドさんにラルキア城の謁見の間に案内された。
謁見の間には事情を説明し急遽謁見の機会を作ってくれたラルキア王国国王ゼルベル陛下、その執事のギルバートさんが。
そして、先の1週間戦争で捕虜となり、その後ラルキア王国で1市民として暮らしている元覇龍7将軍のグラシャが待っていた。
彼はペンドラゴに連行された際、【魔法具の研究等を自由に行える権利を保証すれば、自分の有する知識をこの国の技術者に伝える】と言う条件をゼルベル陛下に打診し、その条件を飲んだゼルベル陛下の計らいで現在はペンドラゴに暮らしていた。
そんなグラシャの事を風の噂で聞いた俺は、グラシャとゼルベル陛下に会えば、ビルドルブ達が危惧している事が解消出来るかもと思ったのだ。
余談だが、ここに来るまでの道中、道すがらすれ違うペンドラゴの住民達は、馬を使わずに走る得体の知れない自動車に目を見開いていた。
が、ヴィルヘルムの隊旗を掲げ、車体にヴィルヘルムのエンブレムが描かれた四輪を見て、「ヴィルヘルムはまた妙な魔法具を開発したんだな?」と、苦笑い混じりの目線を向けていた。
話を戻して‥‥‥
俺にはグラシャの元に行くより前に、まずはこうなった経緯をゼルベル陛下に説明する義務があった。
ビルドルブ達は既にラルキア王国に敵対するつもりは無いとは言え、元は敵国の将軍。ビルドルブ達の安全を確保する為にはゼルベル陛下に安全を保障してもらう必要がある。
その旨をゼルベル陛下に伝えた訳だが、それを聞いたゼルベル陛下は、それならば‥‥‥ と、わざわざグラシャをラルキア城に呼び、ビルドルブ達と会う場を設けてくださったのだ。
謁見の間にはゼルベル陛下にギルバートさん、ビルドルブ達の他20名程の近衛兵が居たが、当のビルドルブは気圧された様子もなく流暢に言葉を紡いだ。
グラシャとビルドルブ達は、あの戦争以降会っていない。
安否さえ不明だったかつての仲間に久方ぶりに会えた事で、ビルドルブ達は表情を緩め、グラシャはバツが悪そうな笑みを浮かべていた。
「うむ、事の経緯はミカドから聞き及んでおる。
我等と敵対するつもりが無いのであれば、軍に手出しはせぬ様に伝えよう。一先ずは出稼ぎに来て居るスノーデン公国民と同じ、滞在者登録をしておこう。これで諸兄等は問題なくラルキア王国に滞在出来る」
「っし!」
「ゼルベル陛下の寛大なお心に感謝致します!」
「ありがとうございます!」
俺はソファに腰掛けながら小さくガッツポーズをした。
そんな俺の前では、ベリトとサブナックが安堵の声を漏らす。
これで不安要素の1つ‥‥‥ 軍に狙われるかも知れないというビルドルブ達の危惧は解消された訳だ。
「礼には及ばぬ。 しかし、ワシが滞在を許可したとは言え、この国に暮らす民達は諸兄等を恐れるだろう。
ミカドが諸兄等をギルド部隊に入れる事にワシがとやかく言うつもりは無いが‥‥‥ 」
「陛下、彼等なら大丈夫です。 研究しか知らない私が、今ではこの国の民達に受け入れられているのが証拠です。 彼等は私より人として優れていますから、直ぐに民達の信頼を勝ち得ましょう」
「ふむ‥‥‥ グラシャ殿は魔術研究機関の調査や研究等に協力してくれたからな。 その働きを見た民達がグラシャ殿は信頼に足ると判断したのだろう」
「えぇ、自賛する訳ではありませんが、その通りだと自負しております。
なれば、ビルドルブ殿達も民達の為尽力すれば、民達が感じるだろう不安も直ぐに解消されると確信しております」
「そうだな‥‥‥ グラシャ殿は自らの行いで民達との信頼関係を築いた。 諸兄等に対する風当たりはグラシャ殿以上に強かろうが、諸兄等の行い次第でそれは変わる。
ギルド部隊ヴィルヘルムに入り力無き者達の為に戦うのであれば、直ぐに信頼を得られる事だろう」
「「はっ!」」
「ゼルベル陛下の仰る通り。 罪滅ぼしの為、今を生きる者達の為、微力を尽くしましょう」
ビルドルブやベリト、サブナックはソファから立ち上がるとエルド帝国軍式の敬礼をしてゼルベル陛下に感謝の意を伝える。
もう1つの不安要素‥‥‥ 皆からの評判や信頼は自らの行いで勝ち取る他無い。
改めてそう告げられたビルドルブ達の瞳には、強い光が戻っていた。
「時にミカド、この少女達は?」
「あ、この子達は1週間戦争の時仲間になったアンデット族の姉妹です。 いい機会ですのでご挨拶をと思い同行させました」
「あ、アンデット族!? あの伝説の!」
「お〜 聞いたリズベル!? 私達伝説になってるっぽいよ!」
「‥‥‥やはり貴女達は魔導兵を倒した‥‥‥ 」
「はい、その節はご無礼を」
「いえ、お気になさらず。既に終わった事ですので。 なるほど、貴女達はあのアンデット族だったのですね‥‥‥ なれば対攻城戦を主目的とした魔導兵が歯が立たなかった訳です」
「彼女等がグロウ連隊長の報告にあった姉妹か‥‥‥ アンデット族は当の昔に滅びたと聞いていたが、生き残りが居たとはな」
「その戦いぶりは伝説とまで称される程‥‥‥ まさかその生き残りと対面出来るとは」
「えっと‥‥‥ アンデット族ってそんなに有名だったんですか?」
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こうして、ゼルベル陛下の計らいでラルキア王国の滞在を認められたビルドルブや俺達は、暫く雑談に花を咲かせ、足取り軽くラルキア城を後にしたのだった。