番外編 1日特別訓練教官レーヴェ・グリュック
「総員気を付けぇえ! 休め!」
ザッ!
「喜べ新兵共! 今日はあのギルド部隊、ヴィルヘルムがお前等に訓練を施してくれる事になったぞ!」
「「「「「はっ!」」」」」
「彼等は独自の訓練方法で、1ギルド部隊でありながら我等王国軍に勝るとも劣らない戦闘能力を身に付けた!
俺達も彼等の訓練方法を参考して、更なる高みを目指そうじゃねぇか!」
「「「「「おぉ!」」」」」
「よろしい! んじゃ嬢ちゃん‥‥‥ じゃなかった。特別訓練教官殿、ご挨拶を」
「おう! 僕が1日特別訓練教官のレーヴェ・グリュックだ! ビシバシ鍛えてやるから覚悟しろよ!」
「同じく、1日特別訓練教官の西園寺 帝だ! 今日は俺達の他にヴィルヘルムから8名の隊員も同行してる。訓練に関して分からない事があれば、俺達に聞いてくれ」
「「「「「よろしくお願いします!」」」」」
「「「「「はっ! 此方こそよろしくお願いいたします!」」」」」
幾つもの野太い声と、可愛らしくも迫力がある声が周囲に反響する。
俺はそんな光景を見て、頼もしさを感じ目を細めた。
本日の総監督官の任を受けた第7駐屯地所属隊員シュタークの言葉を聞き、ヴィルヘルムの訓練服を着た俺とヴィルヘルム攻撃科隊長のレーヴェ・グリュックは立ち並ぶ500人のラルキア王国軍新兵達に声を投げかけた。
俺とレーヴェの1歩後ろには、同じ様に訓練服を纏ったツィートやベティ、フクス達が凛とした雰囲気で佇んでいる。
今俺達はラルキア王国王都、ペンドラゴに在る第7駐屯地の広場に立っていた。
今日此処を訪れたのは他でもない。
なんと俺達ヴィルヘルム宛に、ラルキア王国軍から新兵を鍛えて欲しいと依頼が届いたからだ。
こんな珍妙な依頼が届いたのには様々な経緯がある。
聞けばこの依頼を出したラルキア王国軍は、どこで聞いたのか分からないが、俺がヴィルヘルムに入隊したばかりの新人隊員達に3ヶ月の短期集中型の訓練を施していると聞き齧ったらしい。
現状、人間大陸の全国家‥‥‥ 取り分けエルド帝国と国境を接している国はある問題が取り沙汰されている。
以前として変わらないエルド帝国の脅威だ。
数ヶ月前、エルド帝国との戦争を経験したラルキア王国を始め各国の軍は、またいつ襲ってくるか分からないエルド帝国軍を警戒し、大規模な徴兵等の戦力増強に踏み切っていた。 それに伴い、各国軍にある問題が発生した。
急遽大量の新兵を招集した結果、この新兵達を鍛える士官・下士官の数が足りなくなってしまったのだ。
各国は独自の方針・方法で新兵と同様に士官・下士官も増やしている。
それはラルキア王国軍も同様で、これまでラルキア王国軍は、志願制と一領具足制度 ( 希望者を対象として、平時は田畑を耕し、月に数回訓練を受け、戦時になれば召集される所謂半農半兵の民間人 )の2つの枠組みで軍を形成していたが、これを機にラルキア王国軍は更に1つの枠を追加した。
それが、【特定の職に就く者を除いた】ラルキア王国に住む20歳の男性を対象に、任期を最長2年と定めた徴兵制度の実施だ。
( この【特定の職】と言うのは、ギルド関係者だったり、貴族や王族の側仕えの事を指す。
この徴兵制度の実施で、対象の男性は20歳になると軍に徴兵され、最長2年間の訓練を積む。 そして任期を過ぎれば元の生活に戻れる。が、戦時になれば半農半兵の民間人と同様に軍へ召集されると言った流れになるらしい )
同時に徴兵制開始以前から軍務に着いていた志願組の兵の多くを士官・下士官に昇格させ、徴兵された新兵の教育係りとなる者を増やし、これまで各新兵教育部隊でバラバラだった訓練内容を一元化。少ない士官で効率よく新兵を鍛えようと言う計画を打ち立てた。
この工夫で何とか士官・下士官の数は揃ったのだが、どの様にしてバラバラな訓練内容を統一させるべきかと新たな問題が発生した。その時白羽の矢が立ったのが、俺がヴィルヘルムで行なっていた短期集中型の強化訓練、別名「ミカド式ブートキャンプ」だった訳だ。
この依頼を受けた俺は各隊員に経験を積ませる為、訓練教官向きな性格のレーヴェを筆頭に、各兵科から1組づつをこの依頼に同行させていた。
「それじゃ早速訓練を始めるぞ!」
「「「「「はい!」」」」」
「よし、それじゃ100名で1つのグループに分かれろ! 1つのグループにヴィルヘルムの隊員2名が付くから、今から一緒の訓練を行うぞ!」
「「「「「はっ!」」」」」
「今回は各方面軍のお偉いさんも来てるみてぇだけど心配すんな。ヴィルヘルムの隊員達もこの訓練を乗り越えてる。 王国軍の皆も乗り越えられるだろ」
「「「「「はっ! 勿論です!」」」」」
俺は早速訓練に移る事にした。
余談だが、今回の訓練には視察の為にと、各方面から集まったラルキア王国軍のお偉いさん達が大勢遠巻きから見守っている。
新兵の皆よ、色んな意味で頑張ってくれ。
▼▼▼▼▼▼▼▼
「おら、チンタラ走ってんじゃねぇぞテメェ等ぁ!」
「私達はまだピンピンしてますよ!漢気を見せてみなさい!」
「な、なんでこんなに元気なんだヴィルヘルムの人達は‥‥‥ 」
「 も、もう嫌だ‥‥‥」
「そこ、遅れてます! 顔を上げなさい!」
「「ひぃぃぃい!」」
「うへぇ‥‥‥ こりゃキツイな」
「だな、予想以上だ」
「久しぶりねミカドちゃん〜」
「こんにちはミカドさん。本日は依頼を受けて頂きありがとうございます」
「あ、皆!」
第7駐屯地に集められた新兵達が肩で息をしながら広場を永遠と走り回り、時折レーヴェや補佐要員のツィートやベティ、フクス達の怒号が響く。
その様子を見て、お偉いさんの中に居た数人が俺に話しかけて来た。
まずシュタークと同僚の軍人アルとクリーガ。彼等の隊長のカリーナさん。
そして、ヴィルヘルムにこの依頼を出した張本人、ラルキア王国軍参謀科所属の軍人ハル・オコーネルだ。
「しかしミカドの兄ちゃんの部隊はこんな訓練をしてるんだな」
「あぁ、ちょっと内容は違うけど同じ様な訓練はさせてるぜ」
「俺達志願組でさえこんなハードな訓練はやった事ねぇぞ」
「そうね〜 重さ40kgの鎧を纏って武器を所持したままランニング、それが終わると次は鎧を着たままで各種筋力トレーニング‥‥‥ 私達もやり切れる自信はないわよ」
「彼等は明日間違いなく筋肉痛になりますね」
「でしょうね、でもそれも計算してこの訓練内容は組み上がってます」
「それがコレね?」
「はい。まず彼等には剣術よりも先に根本的な基礎体力や精神力、筋力を付けて貰おうと思ったので」
カリーナさんは俺が事前に渡していた【訓練スケジュール】と書かれた紙の束に目を向ける。
俺は今回の依頼を受けるに当たり、ヴィルヘルムで行なっている訓練内容を王国軍用にやや変えていた。
ヴィルヘルムでは戦闘に銃火器を扱う為体力は極論最低限あれば良いが、剣や槍をメインで扱う王国軍はそうはいかない。
腕力や基礎体力が物を言う前時代的な武器を扱う彼等には、何よりも基礎体力が必要だ。
王国軍に徴兵された新兵は、各教育部隊に配属されある程度の訓練を受けた後、各地の実戦部隊に配属。そこでより実戦的な戦闘訓練漬けの日々を送るらしい。
しかし任期が固定された徴兵制の実地に伴い、王国軍は1日でも早く練度の高い兵を大量に育成する必要が出てきた。そこで俺は戦闘訓練等は二の次にして、まずは今後行なわれる厳しい戦闘訓練を乗り得られるだけの体力を付けなければと判断。 筋力トレーニングを主軸にした訓練内容を組み立てた。
ハルやカリーナさん達各お偉いさん方に渡した訓練スケジュールには、1週間の基本的なスケジュールの他『ランニングは決まった距離を走るのではなく、決まった時間ずっと走る様に』やら、『各種筋力トレーニングも同様に、決まった回数をこなすのでなく決まった時間ずっとトレーニングをする様に』やら、『筋力トレーニングをした次の日は座学に当て、痛めた筋肉の回復を図りつつ戦闘に必要な陣形を覚える為に使う様に』等、事細かく指示等が書かれている。
今後ラルキア王国軍には、この【訓練スケジュール】を参考にしてもらう事となっていた。
「よぉし、ランニングは終了だ!」
「「「お、終わったぁあ!」」」
「ん、ランニングは終わったみたいだな」
「みたいですね」
不意に広場にレーヴェの声が響いた。
ランニング終了を告げられた新兵達は、持っていた武器を手放し実戦で着用する40kgの鎧を着たまま地面に横たわる。
そんな彼等を見守るレーヴェを含め、ヴィルヘルム隊員達は汗こそかいているが呼吸を乱している者は1人も居ない。
彼女達も新兵達と同じ装備を纏っているのだが、これも日頃の訓練の賜物だろう。
「んじゃ20分小休止の後は筋トレな!」
「「「え‥‥‥ ?」」」
「え?じゃねぇ! 皆は1日でも早く戦いに打ち勝つ肉体を作らなきゃならないんだぞ! 」
「その通りです! 我等がミカド隊長が編み出したこの訓練期間を乗り越えてこそ、何人にも負けない戦士になれるのです!」
「鬼‥‥‥ だな」
「あぁ、お前も参加してみたらどうだクリーガ」
「遠慮しておく。テメェこそ参加したらどうだアル」
「なら2人共仲良く参加してきたら〜? 」
「「姐さん!?」」
クリーガ達の漫才を横目に、俺はレーヴェ達に目線を向けた。
地面にへたり込みつつ、この世の終わりの様な表情を浮かべる新兵達にレーヴェやベティが怒鳴っている。
レーヴェ達の心には、彼等を1日でも早く戦士にさせると固い決意があった。
この訓練に乗り越えれば、皆は確実に強くなれる。そしてそれは、彼等が戦場に赴いても無事に生き延びる事に繋がる。 そう信じているからこそ、彼女達は彼等に厳しい指導をしているのだ。
「た、戦いに勝つ為と言うならこんなトレーニングより剣術を教えて下さいよ!」
「おや、様子が‥‥‥」
「そ、そうです! 自分達は剣術を覚えて戦に備える為に徴兵されたんです!」
「トレーニングでは無く剣術を覚える方が重要だと思います!」
「へぇ‥‥‥ 言うじゃねぇか。なぁミカド! ちょっと10人くらい借りて良いか!」
しかし、新兵の中から不満の声が上がった。 その様子を見たハルさんが険しい表情を浮かべる。
この場に集まった多くの新兵は、こんな地味な基礎トレーニングではなく剣を使った訓練を望んで居るらしい。
確かに彼等の言いたい事も分かるし理解も出来る。
でも‥‥‥ 基礎が伴ってなければ、いくら剣術を学んだとしても身に付くものも身に付かない。
不満を口にした新兵達を見て目を光らせたレーヴェが俺に声をかけてきた。
何か企んでる様な目付きだった。
「あぁ、怪我はさせるなよ?」
「任せとけ! おぉい! そこのお前とお前、あとお前達ちょっとこっち来いよ!」
「「「な、何ですか?」」」
「お前達が不満を持ってるのかよく分かった! だから特別に僕が直接剣術を教えてやるよ。木剣を用意してくれ!」
レーヴェは不満を声に出した10人の新兵を前に呼ぶと、他の新兵が持って来た訓練用の木剣を持たせた。
「ほら、好きな様に攻撃して来いよ。それを見てアドバイスしてやる」
「「「「「っ!」」」」」
「どうした? ヴィルヘルムの切り込み隊長、攻撃科の撃滅者様が直接指導してやるって言ってるんだ。掛かってきな!」
「む、胸を借ります!」
「おう! 全力で来い!」
「でりやぁぁ!」
新兵達と同じ様に木剣を手にしたレーヴェは、木剣を担ぎながらクイクイと指先を曲げ新兵達を挑発する。
それを見た新兵達は、レーヴェをグルリと取り囲む。そして1人がレーヴェに斬り掛かった。
ガギィィン!
「勢いは良いな! でも振りが遅い!」
「うわっ!?」
「い、行きます! はぁぁ!」
「失礼します!」
「やぁぁあ!」
「腕だけで振るな! 全身を使って剣を振れ! お前は踏み込みが浅い! 体重を剣に乗せろ! お前は脇を閉めろ!剣に力が伝わってないぞ!」
「「「「「おぉ‥‥‥」」」」」
「凄いわねレーヴェちゃん〜」
「新兵共、まるで相手になってねぇぞ」
「さすが撃滅者だな。2つ名持ちの実力ってヤツか」
斬り掛かった1人の斬撃は呆気なくレーヴェによって受け止められ、弾き返された。
それを皮切りに新兵達は次々とレーヴェに斬りかかるが、レーヴェは戯れる様に四方から迫る攻撃をいなし、其々の悪い所を指摘する。
以下に新兵とは言え、10人の男達を次々と捌くレーヴェの姿にハルやお偉いさん方、更にはカリーナさん達が声を漏らす。
それ程までに、新兵とレーヴェの実力差は圧倒的だった。
▼▼▼▼▼▼▼
「「「「「ま、参りました‥‥‥」」」」」
「っし、お疲れさん。皆筋は悪くなかったぜ! でもやっぱ体力がねぇな」
「つ、痛感しました‥‥‥」
レーヴェが新兵達に剣技指導を始めてからおよそ15分後、新兵達は手にした木剣を放しレーヴェに降参した。
彼等は息も絶え絶えで、酸素が身体に行き渡ってないのか顔が青白くなっている。
対するレーヴェは少しばかり汗を滴らせながら爽やかな微笑みを浮かべていた。
「よく分かったろ? いくら筋が良くても筋力が無きゃ威力のある攻撃は繰り出せないし、相手より体力が無けりゃ先にバテちまう。そうなると後はヤられるだけだ」
「「「「「はぃ‥‥‥ 」」」」」
「でも強い身体を作れば、相手の攻撃を完璧に受け止められるし強い攻撃も繰り出せる! んで体力が有ればその力を充分に発揮出来る!
確かに剣術も重要だけど、それは基礎が有ってこそだ!」
「「「「「っ! はいレーヴェ訓練教官殿!」」」」」
「よっしゃ! 良い返事だ! さて‥‥‥ 身体も温ったまったし、このまま掛かり稽古してやるよ! 良いよなミカド!」
「「「「「え‥‥‥ 」」」」」
「ちょ、ちょっと待てレーヴェ!? それじゃスケジュールが狂う!!」
「はは! 良いではありませんかミカドさん! 彼等にも良い経験になるでしょう!」
「ハルさん!?」
レーヴェの突拍子のない発言を聞き新兵やお偉いさん、更に俺も絶句した。
これじゃ俺が寝ないで考えた訓練スケジュールが‥‥‥
しかし1人、ハルさんはノリノリだった。
「ハルさんから許可も取れたしヤろうぜ皆! 今の自分の実力を把握するのも強くなる為に必要だからな!」
「わ、わかりました!」
「よろしくお願いします!」
「やってやりますよ!」
「皆もその気になってくれて嬉しいぜ! どうせなら何かご褒美でも付けてやる! 僕から一本取れたら‥‥‥ そうだなぁ、超褒めてやる!!」
「「「「「っしゃぁあ! やったるわぁぁ!!」」」」
「はぁぁ‥‥‥ 折角スケジュールを作ったのに‥‥‥ 」
「「「「ミカド隊長‥‥‥ 」」」」
ニカっと、レーヴェの爽やかな笑みを見た新兵達は拳を握りしめて叫ぶ。
新兵達のやる気は最高潮に達した。
そんな彼等を他所に、俺は寝ずに考えたスケジュールが大幅に狂った現実を突きつけられ深い溜息を吐く。
フクス達の哀れみの目線が辛かった。
▼▼▼▼▼▼▼▼
数時間後、第7駐屯地には地面に横たわる500人の新兵達の姿と、その中心で仁王立ちするレーヴェの姿があった。
この出来事は後程【撃滅者の新兵500人斬り】と呼ばれ、ラルキア王国軍内でちょっとした伝説になった。
余談だが、この一件以来レーヴェに直接指導を受けた新兵はそれを他の新兵達に自慢し、レーヴェを尊敬して師と仰いだ。
我等がヴィルヘルムの特攻隊長様の名は、それ程までに新兵達の心に刻まれたのだった。