番外編 マリア・グリュックへの依頼
ブィィィイン
地平線まで続く雄大で広大な平原。空には太陽が燦々と輝き、野鳥達がまるでダンスを踊るかの様に自由に飛び回っている。
聞こえるのは風が草木を撫でる音と野鳥達の囀り。そして微かなモーター音のみだ。
「どうだマリア! 電気式二輪駆動車の乗り心地は!」
俺はヴィルヘルムの漆黒の制服を身に纏い、跨っている【電気式二輪駆動車】のアクセルを回しながら、同じく制服を纏い背後から俺に抱きつく様に乗車しているマリアに語りかけた。
「中々‥‥‥ ミカドが召喚した電気式四輪駆動車より揺れるけど、身体が風を切る感覚は良い‥‥‥」
「気に入ってもらえたみてぇだな」
この【電気式二輪駆動車】は、先日セシル達にお披露目した電気式四輪駆動車と共に俺が召喚した物だ。
【電気式二輪駆動車】は、以前俺が乗っていた中型バイク YZF-R15をネイキッド化して車体を一回り大きくつつ、座席を2人乗り出来る様に改良し、更に座席後方に取り外し可能な左右対称のバッグを付けたバイクだ。
この電気式二輪駆動車、通称【二駆】も四駆同様太陽光を電気に変換し充電した【バッテリー】で動いている。
ビルドルブ達を仲間に誘ってから早3日。
未だにビルドルブ達は訪れない。
しかし依頼はそんな事御構い無しに次々とヴィルヘルムに届けられる。
今、俺とマリアはとある指名依頼を受け二駆に跨り、依頼主が待つ家へと向かって居た。
「おーい!」
「お、あの人が依頼主か」
ヴィルヘルム本部からひた走ること約1時間、俺とマリアは立派な大木の側に寄り添う様に作られた依頼主の家に到着した。
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「依頼内容はわかった‥‥‥ 」
「では、早速仕事に取り掛かります」
「よろしくお願い致します沈黙の瞳様! 黒き総隊長様!」
「任せて‥‥‥」
依頼主の男性‥‥‥ ウィルさんの家に着いた俺達は、改めて今回の依頼の内容をおさらいした。
事前にミラから渡されたウィルさんの手紙には『我が家に代々受け継がれて来た【神樹】に実が付かなくなってしまった。その原因を探って欲しい』と書かれていた。
詳しく聞けばこの神樹とは、ウィルさんの一族が代々育てて来た特別な木だそうで、神樹は地中に溜まっている魔力を肥料とし根から吸収して、枝には魔力が宿った実を付けるらしい。
しかし年々この実は減少し、今年には遂に1つの実も成らなくなってしまったとか。
このままでは神樹を育てて来たご先祖や子孫達に顔向けできないと、ウィルさんは俺達に依頼を出したと言った。
ちなみにこの依頼は、我が部隊では初となる個人指名依頼だった。
指名されたのは偵察科隊長マリア・グリュック。
依頼内容を聞く限り、今回は植物に関する依頼みたいだから、動植物の発する【気】を感じる事の出来るエルフ族のマリアが指名されたのだろう。
今回俺は付き添いと言う形でこの依頼に同行した。
こう言った植物に関する依頼は初めてだから俺達に何が出来るか否か‥‥‥ ハッキリと言葉に表す事は難しい。だがウィルさんは俺達に助けを求めた。
ならそれに全力で応えるのが俺達の使命だ。
やれる事は全てやろう。
俺は拳を握り締めた。
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「こちらが件の神樹です」
「立派な木‥‥‥」
「あぁ、神秘的な位デカイな」
俺とマリアは案内された神樹を見て息を飲んだ。
幹は人が10人で輪になっても囲む事は出来ないだろう程太く、そこから広がる枝枝はまるで空を覆い尽くさんとする程である。
優に樹齢数百年は経っているだろう大木は、荘厳な雰囲気を醸し出して佇んでいた。
「この神樹から取れた実を味わうのが我が一族の楽しみでした。ですがこの様な状態が続けば、私は未来の子供達にこの実を食べさせてあげる事が出来ませんし、ご先祖様に申し訳が立ちません」
「わかりました。全力を尽くします」
「【土龍石】は使ってみたの‥‥‥?」
「はい、ですが無駄でした‥‥‥」
「そう‥‥‥ 」
マリアが言った土龍石とは、火龍石や水龍石と並ぶこの世界ではポピュラーな魔法具の事だ。
土龍石は元となる魔龍石に土壌を豊かにする術式が刻まれた物で、この土龍石を土壌に埋めれば、魔龍石に宿った魔力の力で、ひび割れ、作物が育たない位痩せ細った土壌でさえも豊かな土壌に生まれ変わらせる事が出来るらしい。
要はこの世界ならではの肥料の様な物だが、ウィルさんは既にこの土龍石を使い、改善の見込みがない事を確認している様だ。
「マリア、何か気付いた事はあるか?」
「‥‥‥ ん」
「おぉ!」
「この神樹‥‥‥」
俺はマリアにこの神樹を見てもらい、何か気が付いた事がないか尋ねた。
俺の問いに、マリアはコクリと頷くと、静かにウィルさんに眼差しを向けた。
「枯れ始めてる‥‥‥」
「え‥‥‥ ど、どう言う事ですか!?」
「それにこの神樹、痛がってる‥‥‥ 」
「痛がってる?」
ギュゥウ!!
「な、なんだっ!?」
マリアから出た言葉は、この立派な大木に死期が迫っていると言う物だった。
更にマリアは気になる事を呟いたが、その時、神樹からやや離れた地面が盛り上がったと思うと、地中から巨大な獣が姿を見せた。
「こ、コイツは土中獣!? なんだこのサイズは! こんな巨大な土中獣見た事ない!」
「土中獣‥‥‥ レベルは30か!」
「っ! ミカド! コイツの口元!」
「あれは‥‥‥ 木の根? まさか!」
地中から姿を見せた魔獣の上部に土中獣の名とレベルが浮かび上がった。
体長は3m程。モグラの様に尖った鼻先に大きな爪が生えた前足が特徴的だ。
この魔獣を見てマリアが小さく叫ぶ。
マオルヴルフの口元から、ヒョロリと木の根が覗いていた。
「ウィルさん、コイツは!?」
「コイツは土中獣! 地中に住み、草木の根を食べる草食魔獣です! それにしても‥‥‥ 土中獣は成体でも体長は1m程ですが、コイツのデカさは異常です!」
「ミカド‥‥‥ 」
「あぁ、コイツが神樹を枯らした原因だ!」
「え‥‥‥ あっ!」
俺とマリアは瞬時に理解した。
そしてほんの少し間を置いたウィルさんも全てを察した様だ。
地中に分散している魔力を吸い上げ養分とする神樹の存在。
そしてその近くから姿を見せた異常成長した草食魔獣と、口から覗く植物の根。
神樹が実を付けなくなったのはマオルヴルフが神樹の根を食べ、神樹に栄養が行き渡らなくなったから。
そしてコイツの異常な図体は、地中から魔力を吸い上げる特殊な神樹の根を食べていたからだと俺達は推測した。
ギュゥゥウウ!
「マリア! 狩れ!」
「任せて‥‥‥ !」
マリアを避けられぬ強敵として迎え撃とうとしたマオルヴルフが、その太い爪を振り乱しながら迫り来る。
まさか魔獣と戦う事になるなんて予想していなかった俺は護身用として持っていたサーベルとベレッタを。 マリアは2丁のベレッタ・ブレードを抜き放ち戦闘態勢を取った。
ダンダンダン!!
クギュル!?
「今だ! 行け!」
「ふっ!」
俺はベレッタのトリガーを引き、マオルヴルフ目掛け弾丸を放つ。
弾丸に見舞われたマオルヴルフは絞り出した様な声を上げて突進のスピードを緩める。
そこにマリアが大地を蹴り飛翔した。
マリアは無防備に頭を晒す魔獣目掛け飛び掛かり、空中でベレッタ・ブレードをぶっ放した。
ダダダダダダ!
キシャァァァア!!
9mmパラベラム弾が雨の様にマオルヴルフに降り注いだ。 しかしそれだけではマオルヴルフを倒すには至らない。
それでもダメージは与えられてる様で、マオルヴルフは悶える様に叫び、マリアを睨んだ。
「これで‥‥‥ 終わり!」
ザシュッ!!
マリアとマオルヴルフがすれ違う。
数秒後、ドスンと音を立ててマオルヴルフは地面に崩れ落ちる。
マリアがすれ違いざまに放った斬撃が、見事マオルヴルフにトドメをさした。
「‥‥‥ 」
崩れ落ちたマオルヴルフにマリアが目線を向ける。
何時もの様に無表情だった彼女は、少しだけ悲しそうな表情を浮かべてベレッタ・ブレードを捧げる。
それはまるで、マオルヴルフを弔っているかに見えた。
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「力になれずすみませんウィルさん‥‥‥ 俺達がもっと早く来ていれば‥‥‥」
「いえ、黒き総隊長様達は何も悪くありません。 神樹が実を付けなくなった理由が分かっただけでも充分です。どうかお気になさらず」
「ウィル‥‥‥ 」
マオルヴルフを討伐し終わった俺は、依頼主のウィルさんに頭を下げた。
お気になさらずと言ってくれたウィルさんだが、やはり先祖代々受け継いできた神樹が枯れかけている事実は応えてる様で、浮かべている笑みに力は無い。
そんな空元気を出しているウィルさんの袖を、クイクイとマリアが引っ張った。
「マリア?」
「な、何でしょうか?沈黙の瞳様」
「確かに神樹は枯れかけてる‥‥‥ でもまだ完全に枯れた訳じゃ無い」
「え‥‥‥ 」
「ふっ!」
「なっ‥‥‥ま、マリア何を!?」
何事か? と、俺とウィルさんがマリアに目線を向けると、彼女は呟く様に声を発し、次の瞬間には驚異的な身体能力を生かして神樹へと飛び乗った。
「これ‥‥‥ この芽はまだ枯れてない。これを植え直して育てれば、神樹は生き返るかも‥‥‥」
数秒後、困惑しきった俺達の前に再度マリアは立った。
マリアの手には、青々とした新芽が生えた枝がしっかりと握られている。
「なるほど、挿し木か!」
確か俺が居た世界でも、株や枝の一部を切り落として植え直し木を発芽させるある種の再生方法があった筈だ。
マリアは持ち前の気を発揮させ、まだ枯れていない枝を見つけ出しそれを【挿し穂】として使おうと提案したのだ。
「な、成る程! ありがとうございます! 早速試してみます!」
「ん‥‥‥ 」
「ギルド部隊ヴィルヘルム、本当にありがとうございました!」
ウィルさんの顔に浮かんだ笑みには先程見せた悲壮感は無くなっていた。
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「‥‥‥」
「どうしたマリア」
無事に依頼を成し遂げた俺達は帰路に着いた。
ふと、来た時と同じ様に、俺の背に身を寄せるマリアから普段とは違う雰囲気を感じる。
マリアとも長い付き合いだから、最近は表情からだけでなく雰囲気からも感情を読み取れる様になってきた。
「‥‥‥ ミカドも言ってたけど、私達がもう少し早く来ていれば‥‥‥」
背中からマリアのか細い声が聞こえる。
マリアは神樹が枯れる前に駆け付ける事が出来なかった事に罪悪感を感じているみたいだ。
「成る程‥‥‥ でもマリア、ウィルさんの笑顔見たか? 」
「ん‥‥‥」
「ウィルさんはマリアが頑張って想いに応えたから笑顔になってくれたんだ」
「私がウィルの想いに応えたから‥‥‥ 」
「そうだ。だから胸を張れ。マリアは立派に依頼を成し遂げたんだからよ」
「ミカド‥‥‥わかった。私、これからも頑張る‥‥‥」
「おう、頼りにしてるぜ」
モーターが動く音が小さく響く。
俺の腰に回された小さな腕に力が篭った。
そして、マリアの綺麗な声がハッキリと聞こえた。