169話 交流祭 3
「お集まりの紳士淑女の皆々様! 今日は交流祭に来てくれてありがとう!
今から俺達の実力をちょろっとだが披露させて貰うぞ!」
「おぉ〜! 待ってました!」
「生でヴィルヘルムの魔法具が拝めるなんてな! 来て良かったぜ!」
「期待してるわよ〜!」
パフォーマンスを行う広場に立った俺は、例によってギルド職員からマイクの様な拡声魔法具を借り、集まった人々に語りかける。
交流祭会場のど真ん中。コの字型に設けられたスペースには、ザッと見ても700人程の参加者が詰め掛けていた。
「早速パフォーマンスに移りたい所だが、その前に簡単にだけどヴィルヘルムの説明をさせてくれ!」
俺は各兵科がパフォーマンスを始める前置きとして、ヴィルヘルムの部隊運用を噛み砕いて説明する事にした。
ちなみに、今回ロルフとリズベル・リリベル姉妹はパフォーマンスには参加しない。
俺はロルフやリズベル・リリベル姉妹の戦闘能力等に目を付け、彼女達の能力を活かす為に新しい兵科を増設しようと思っていたのだが、その兵科を増設する前に交流祭の参加依頼が来た。
そんな訳で俺は交流祭の準備に時間を取られ、結果としてその兵科の増設が交流祭に間に合わなかった所為だ。
なのでこのパフォーマンスの間、ロルフ達は各兵科の役割・概要を書いた紙を観衆に配る役目を与えている。
「俺達ナイト級ギルド部隊ヴィルヘルムは所属隊員達の長所を見て、計4つの兵科に分かれている!
近い内にもう1つ2つ兵科が増えるが、今日は今ある4つの兵科の実力を見て欲しい!
あ、ちなみにこの兵科ってのは、その人の長所を活かしつつお互いをサポートする為のもんだ。 要は適材適所ってヤツだな!」
それはさておき、俺は会場をグルグルと回りつつ喋る。
観衆は俺の言葉を聞き、もしくはロルフ達から受け取った紙に目線を落としつつ、関心したように頷いていた。
「まずパフォーマンスを披露するのは、高い身体能力を生かし、全兵科に先駆け身体を張り地形や魔獣の索敵をするヴィルヘルムの尖兵‥‥‥ 偵察科だ!」
「「「「「おぉおー!!」」」」」
「ミカド、いつでも行ける‥‥‥ 」
「マリア隊長には負けませんよ!」
テンションを上げて観衆に語りかける俺の言葉を聞き、偵察科隊長のマリアとフロイラが1歩前に出た。
「よし! さて皆、会場を見てくれ!」
いつも通り無表情だが、微かに闘志の篭った目付きを向けるマリアと、鼻息を荒くするフロイラの言葉に頷いた俺は、改めて会場を見渡した。
「ご覧の通り、この会場はギルド職員の協力で幾つか障害物を設けてもらった!
まずは右手側! 乱雑に建てられた丸太群! そして3mの壁!
我等が偵察科隊員はまずこの丸太群の上を駆け抜け、3mの壁を越える!」
俺は会場を見渡し、これから偵察科が行うパフォーマンスの説明を開始する。
まずマリア達は、俺が言った様に会場の右手側に乱雑に、そして高さがバラバラに設けられた十数本の丸太の上を落ちる事なく駆ける。
この丸太群を駆け抜け先には、木製の木の壁が立ちはだかっていた。
高さは3m。
この壁を越える事で、マリア達は会場の中心に行き着く。
「2つの障害物を乗り越えた次に、偵察科は敵と遭遇する! アレが敵だ!」
「アレは‥‥‥ 木の的か?」
「人型や魔獣の形になってるぞ」
「そう! 偵察科の主な任務は索敵だが、敵と鉢合わせした時に備え撃退する術も持っている! 偵察科は障害物を乗り越えた後、この的を魔法具で撃ち抜く!」
「「「早速ヴィルヘルムの魔法具を見れるのか!」」」
観衆達のボルテージが上がってきたのを肌で感じつつ、俺は説明を続ける。
パフォーマンス会場の中心‥‥‥ 背後に草原が広がる会場中央部には、計12枚の的が事前に設けられていた。
右側の障害物を乗り越えたマリア達はこの的をそれぞれ6枚づつを撃ち抜き、ゴールへ向かう手筈になっている。
「この的を撃ち抜いた後は、会場左手側、高さ50cm長さ3mに設けてもらった網のトンネル。そして横幅30cm長さ15mの平均台を渡りゴールまで駆け抜ける!
これは様々な地形に対応する偵察科の任務を想定した実戦的なパフォーマンスだ!」
「「「おぉ!」」」
俺は観衆に負けない様更にテンションを上げる。
会場中心部で的を撃ち抜いたマリア達は、そのまま網のトンネルと平均台を渡ってゴールを目指す。
実戦的なパフォーマンスという言葉を聞き、観衆は声を上げた。
皆期待に目を輝かせている。
「2人共、用意は良いか!」
「ん‥‥‥」
「はい!」
スタート地点‥‥‥ 会場の右手側に立ったマリアは【腕時計】を付けた右手で腰にぶら下げたベレッタ・ブレードを撫でる。
その真横では、同じく右手に腕時計を付けたフロイラがP90のグリップを握り締めていた。
この腕時計は当然ながら時計としての機能を備えると同時に、ある機能も搭載していた。
それは【鍵】。
先に書いた様に、ヴィルヘルムが扱う銃火器は、盗難された場合等を想定し、ある【鍵】を使わなければ発砲が出来ない様に改良されている。
マリア達が付けている腕時計こそ、俺が各員に与えた鍵だった。
この腕時計と各種銃火器のグリップには、レベルが70を超えた事で召喚出来る様になった精密電子機器‥‥‥ ICチップが組み込まれていた。
簡潔に言ってしまえば、この鍵は車の鍵等で使われる【スマートキー】の技術を参考にした物だ。
スマートキーとは、主に車のドアを施錠する時に使われる物で、ポケットやバッグにキーを入れたままドアノブに手を近づける。ドアノブを引くなどの動作だけでドアの解錠が出来、ドアから離れれば自動的に施錠される優れ物だ。
俺はこの仕組みを利用した。
この腕時計を付けた状態で銃火器のグリップを握れば、各種銃火器のグリップに組み込まれたICチップが反応し、ロックが解除され引き金が引ける様になり、グリップから手を離せばロックがかかり、引き金は引けなくなる。
仮に銃火器本体が盗まれても、この腕時計が無ければ絶対に発砲は出来ないという訳だ。
カチッ。
不意に小さな音が聞こえた。
その音は、無事に銃火器のロックが外れた事を意味する音だった。
「それでは! よーい‥‥‥」
「「っ!」」
「スタート!」
ロックが外れた事を確認したマリア達は俺を見て頷く。
それを見て、俺はマイクを片手に、スタートの掛け声と共に振り上げた左手を下ろした。
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「おい見ろ! あの2人速いぞ!」
「まるで稲妻だ!」
「壁もあっさり飛び越えた!」
「さぁ2人共まずは順調に右手側の障害物をクリア!
そして皆お待ちかねの魔法具の登場だ!」
「待ってました!」
「ドキドキするわ!」
大観衆に囲まれた会場の右手側を、凄まじいスピードでマリア・フロイラ両名が駆け抜ける。
身体能力の高い2人の前には、高さも距離もバラバラに置かれた丸太や、そこそこ高い木の壁も障害物としての機能を果たさなかった。
マリアとフロイラはスタートと同時に身体能力強化を使い、丸太群を一気に駆け抜けると、勢いそのままに立ちはだかる3mの木製の壁に迫る。
次の瞬間、少し屈んだマリアとフロイラがほぼ同時に飛んだ。
ザッ!
2人がこれまたほぼ同時に足音を立てた直後、マリア達の姿が一瞬消える。
観衆が2人の姿を認識したのは、2人が壁を乗り越え、会場中央部に向かい走り出してからだった。
驚くべき事に、マリアはなんと悠々と壁を飛び越えていた。
実戦と訓練で鍛えたれた肉体が身体能力強化の効果と相乗効果を生み出し、マリアの身体能力を更なる高みへと押し上げる。
対するフロイラはまだまだ実戦経験も訓練も少ない。
その為跳躍がやや足りず、マリアの様に壁を飛び越えるまでには至らなかったが、片手で壁のてっぺんをガッチリと掴むと、フロイラはそのまま弾丸の様な勢いで壁を乗り越えた。
この間に2人の間には約5歩程の差が付いたが、まだどちらが先にゴールするかは誰にも分からない。
俺はマイクを握り、実況者役として観客を煽る事にした。
俺の声と観客の声が会場を包む。
しかしマリア達は、まるで聞こえていない様で目の前の目標に集中していた。
そして2人が会場の中心部、的の前に立った。
「あの武器っ! あれは‥‥‥」
ドドドドドッ!
ダンダンダンダンッ!
爆音が会場に響き渡る。
的の背後は誰も居ない大草原。
跳弾し観衆に当たる可能性もないので、マリア達は心置きなく其々の相棒をぶっ放した。
フロイラは的から約30m離れた場所に立ち、流れる様な動作でP90を撃ち込む。
一方のマリアは、発砲した地点こそフロイラとほぼ同じ場所からだったが、発砲しつつドンドン的に接近している。
そして残り1つとなった的目掛け、マリアはベレッタ・ブレードに付けられた刃を振り下ろした。
「お‥‥‥ おぉぉお! 凄ぇ!」
「こ、これが噂に聞いたヴィルヘルムの魔法具か!」
「な、何よコレ‥‥‥ 私の魔撃槍は1発撃つ度に魔龍石を装填しなきゃいけないのに‥‥‥これがヴィルヘルムの魔法具なの!?」
爆音が消えた会場は、一瞬シンと静まり返った。
観客達は初めて生で見た銃火器の迫力に呆然としていた様だが、爆音が消えた次の瞬間には歓声と拍手を上げる。
俺はこの歓声と拍手を聞きながら、因縁を付けてきた相手‥‥‥ 魔法兵団隊長のサーベラに目線を向けた。
彼女はまるで信じられない物を見た様に目を見開き、マリア達に目線を向けていた。
そんなサーベラの視線を受けたマリア達がゴールしたのは、これから僅か数十秒後の事だった。
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「ゴール! 1着は偵察科隊長マリア・グリュック!! 2着は偵察科隊員フロイラ・フロイン!!」
「「「「「おおお!!!」」」」」
「すげぇぞ偵察科隊長!」
「フロイラちゃんも良く頑張った!」
マリアとフロイラが全速力で、会場左手側の地面に引かれた白線の上を駆け抜けた。
結果はマリアがフロイラに10歩程の差を付けて勝利した。
マリアは的を撃ち抜く際、観衆を盛り上げる為かワザワザ的に接近し斬撃を浴びせたのだが、そのタイムロスを持ち前の身体能力で一気に巻き返す。
第3の障害物、網のトンネルの中間地点でフロイラに追い付き、第4の障害物、平均台を降りる頃には逆転していた。
この両名の接戦を見て、観衆は惜しみない拍手をマリア達に送る。
マリアはクールに一礼し、元居た場所へ戻り、フロイラはペコペコと何回もお辞儀をするとマリアの隣へ立った。
フロイラの横顔には、少しばかり悔しさが滲んでいる様に見えた。
「偵察科ご苦労だった! さぁお次は偵察科の得た情報を元に敵へ接近。
魔法具で敵を殲滅する事を主眼に置く超攻撃的な部隊! 攻撃科の出番だ!」
観衆のボルテージは最高潮に達している。
俺も楽しくなってしまい、マリア達に労いの言葉を掛けて攻撃科の紹介に移った。