166話 平和的依頼
「おぉ、見ろ!ナイト級ギルド部隊の守護者ヴィルヘルムだ!」
「あの獅子の子が【撃滅者】ね!」
「【沈黙の瞳】に【死神射手】も居るよ!」
「先頭を歩いてるのは副隊長の【慈愛の女神】と隊長の【黒き指揮官】か! ヴィルヘルムの【2つ名】持ちが勢揃いだ!」
今日は4月14日。第2日龍日。
俺を始めとしたギルド部隊ヴィルヘルムの面々は、ラルキア王国王都ペンドラゴの城門前で大歓声の下、多くの人達に迎えられていた。
ペンドラゴの城門前は、種族を問わず、国内外から足を運んだ人で埋め尽くされている。
「す、凄い人の数だね‥‥‥ 私の想像以上だよ」
「そうですね、軽く見ただけでも数百人は居ます」
「くぅ〜! 良いね良いねぇ! まさに祭り! って感じじゃんか!」
「レーヴェ、今日は仕事の一環。あまりはしゃぎ過ぎない‥‥‥ 」
そんなごった返す人達へ、馬上の人となり、ヴィルヘルムの制服を綺麗に着こなしたセシルやドラルが少し苦笑いを浮かべ、ヒラヒラと手を振っている。
そしてドラルの真横には、馬上でブンブンと尻尾を振るレーヴェと、呆れた様な表情のマリアが居た。
この4名の他にも、2週間前にヴィルヘルムに正式入隊したフロイラ達が俺の後方を2列縦隊で歩く。
フロイラ達もまた、人々に声を掛けられ歓迎されている。
今この場所はまさにお祭り騒ぎの様相を呈している。
しかし、今日俺達が此処へ来たのは、マリアが言った様に仕事の一環。
ノースラント村ギルド支部支部長のミラから直々に頼まれた【依頼】だった。
時は2週間前に遡る。
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「皆様、本日はご足労頂きありがとうございます。本日の進行役を務めさせて頂きますギルド一級書記官アンナと、そして‥‥‥」
「議長を務めるミラだ。急に呼び出してすまなかったな」
「よぉ、お疲れさん」
フロイラ達の正式入隊を終えた後日、俺とセシルの下へ、ノースラント村ギルド支部支部長のミラから直々に、同支部に出向く様にとの手紙が届いた。
こう言った手紙での出頭願いは今回が初めてでは無いので、別段気構える事なくノースラント村ギルド支部に足を運んだのだが、案内された会議室で待っていたミラやアンナは何故か険しい表情を浮かべ、堅苦しい挨拶で俺達を出迎えた。
「いや、別に構わねぇよ。ってか、わざわざ俺達を呼び出すなんて、何か有ったのか? それにヴァルツァーまで居るなんて聞いてねぇぞ」
「そりゃ俺も同じさ。手紙には至急此処に来てくれとしか書かれてなかったから来ただけだ」
ちなみに、この会議室で俺達を待っていたのはミラやアンナだけではなかった。
会議室には椅子の背凭れに体を預けるヴァルツァーが居た。
彼は軽く手を挙げ俺達に挨拶をする。
俺の問いに、椅子に座っていたヴァルツァーは挙げた手を頭に置き、白い犬耳をポリポリと掻いた。
「お前達の聞きたい事は分かっている。手紙で要件を伝えなかったのは、今回の案件は手紙で伝えるより、面と向かって相談した方が良いと判断したからだ」
「要は文字で説明するよりも、口で説明した方が手っ取り早い。と、ミラ支部長は判断した訳です」
「さて、前置きはこれくらいでにして、早速今日呼んだ理由を説明するぞ」
その様子を見たミラが、険しい表情のまま重苦しい声を出す。
ミラ達のこの雰囲気‥‥‥
それに面と向かって相談したいという言葉。
これは何か緊急の‥‥‥ しかも重大な事件や凶悪な魔獣が出現したのか?
「お前達を呼んだのは他でも無い‥‥‥ 」
「「「ゴクッ‥‥‥」」」
「本日より2週間後、ラルキア王国の王都ペンドラゴでギルドと市民の交流祭の開催が決定した」
「「「‥‥‥は?」」」
しかしミラから出た言葉は、俺の想像とは全然違った。ミラ達の表情と言葉の差に、別の意味で驚いてしまったくらいだ。
「えっと、交流祭‥‥‥ ですか?」
「はい。現在ギルドは職員、並びに組員の人手不足が深刻化しています。
それを解消する為に、ギルド本部主催で交流祭の開催が決まりました。
そこで御二方が隊長を務める部隊に、この交流祭に参加願いたく本日は御足労頂いたのです」
「‥‥‥なんで人手不足なのに交流祭なんかするんだ? それだと余計に人手が足らなくなるだろ?」
「それを1から説明する」
セシルやヴァルツァーも、呼び出された理由が予想外だったらしく進行役のアンナへ声をかける。
そんな2人の言葉を聞き、アンナを遮る様にミラが俺達を見据えた。
「お前達も周知しているだろうが、現在ギルドでは、先の大戦後野盗と化したエルド帝国軍‥‥‥ 賊の逮捕を、通常の魔獣討伐依頼等と同時に、各国の警務機関と共同で行なっている。此処までは良いか?」
俺達は頷いた。
今年頭に勃発したエルド帝国と周辺諸国の戦争は、エルド帝国皇帝ルシュフェールの命で開戦した。
が、開戦から僅か数日後、急死したルシュフェール皇帝の跡を継いだ新皇帝バエルが突如として停戦と鎖国を宣言。
この停戦に異議を唱えた帝国軍は新皇帝バエルの統制下を離れ、ラルキア王国やその周辺諸国を跳梁する野盗と化していた。
これに手を焼いた各国首脳は、俺の提案を受け、ギルドに依頼という形で賊逮捕の協力を要請。
現在ギルドは魔獣の討伐依頼等に加え、賊の逮捕にも積極的に協力している。
「これが人手不足を招いた要因だ。 この賊達は私達の想像以上に多く、その逮捕に駆り出される組員や、事後処理をする職員が増えてしまった」
「なるほどな‥‥‥ 」
ふむ。ミラの言いたい事はだいたい察した。
「いくら魔獣と戦う事があるギルド組員でも、それなりのやり手じゃないと元軍人の‥‥‥ それも部隊規模で行動している賊には対応出来ない。
で、賊逮捕は形式上警務局からの依頼になってる。
依頼という形で組員が動く事になれば、報酬金の支払いで職員の手が必要になるって事か」
「その通り。ざっくり纏めれば、警務局からの賊逮捕の協力依頼が殺到し、ノースラント村ギルド支部を始め、各支部は何処も人材不足となってしまった訳だ」
「あぁ‥‥‥ すまん」
俺は申し訳ない気持ちで一杯になった。
ラルキア王国やエルド帝国周辺諸国に跋扈する賊を逮捕する様に提案したのは、他でも無い俺だからだ。
「ん? 何故ミカドが謝る? まぁ、何処の誰が提案したから知らないが、ギルドに目を付けたのは正しい。
本来賊を逮捕する役目もある軍は国境警備に人手を割かれ、警務局は最低限の訓練しか受けていない。
となれば、我々ギルドが動かなければ罪の無い市民が犠牲になってしまう。
我々は市民を助ける有志の集まりだからな」
この言葉で、俺の気持ちは幾分か楽になった。
それに、何故ギルドが人手不足の状況下で交流祭を行うのかも大体察した。
ギルド本部は、このままでは人手不足で各種依頼に手が回らなくなってしまうと考え、苦肉の策として多少の人手を割いてでも、多くの人を集める手段として交流祭を行い、そこでギルドの職に興味を持つ人をスカウトする腹積もりらしい。
ギルド主催の交流祭に来るという事は、その来た人は少なからずギルドという存在に興味があるという事になる。
やりよう次第だが、この交流祭で人手不足問題は一気に解決するかもしれない。
考えたな。
「そう言う事か。だからこその交流祭なんだな」
不意に、これまで思考していたヴァルツァーが声を発した。
ヴァルツァーも何故このタイミングでギルドが交流祭を行うのか目星が付いたらしい。
「え? ど、どう言う事ですかヴァルツァーさん」
「ギルドは人手が足りない。つまり多くの人材が欲しい。
なら、多少の人手を割いてでもその人材を集めよう。あわよくば、集まった奴等でギルドの職に興味がある奴にギルド職員なり組員なりになって貰おう。って事だろ?」
「あぁ! そう言う事だったんですね!」
「そうだ。そこでお前達を呼んだ訳だが‥‥‥ はぁ‥‥‥ 」
不意にミラが大きな溜息をついた。
普段はサバサバとしたミラらしくない。
「なぁアンナ。どうしたんだミラの奴。だいぶ疲れてる様だけど」
「実は‥‥‥ この交流祭を行うに当たり、ギルド本部からミラ支部長へある要請が届いたのです」
この会議室に入ってから感じていたが、ミラは疲れ切っている。
様子から察するに、その疲労の原因はこの交流祭にあるらしい。
俺はアンナに耳打ちした。
「要請?」
「はい。ミラ支部長は交流祭の話題性を集める為に、名前が売れているギルド部隊を集める様にと本部から指示を受けたのですが‥‥‥ 目星を付けていた部隊の殆どに断られてしまった様で‥‥‥ 」
「そうなんだよ‥‥‥ ラルキア王国で名前が売れてるギルド部隊は元より、各地に居るクイーン級ギルド部隊やキング級ギルド部隊、レギオン級ギルド部隊に赴いてこの話を持ちかけたんだが‥‥‥ 話を持ちかけた部隊も賊逮捕やらで忙しいからとほぼ全て断られたんだ‥‥‥」
「それでそんなに疲れた表情を‥‥‥」
俺とアンナの囁きが聞こえたのか、ミラはまた大きな溜息をついた。
話を聞く限り、ミラはわざわざ自分の足で各地のギルド部隊に出向いていた様だ。
しかし結果は見るも無残。
自分の足で出向いて、それでいて成果が少ないとなれば、肉体より精神的にキツイ物があるな。
ミラが疲れ切ってる原因はこれか。
「お前達も忙しいのは重々承知している。
だが、要請を受けてくれたギルド部隊は少ない。既にギルド本部は交流祭の開催を告知してしまっている。
だが、このままでは交流祭の成功は覚束ない。すまないが、交流祭成功に一役買って欲しい‥‥‥」
「私からもお願いします。ミラ支部長も、ミカドさん達が年明けから働き詰めのは知っていますが、頼れるのはミカドさん達だけなんです!」
ミラとアンナは深く頭を下げた。
こんな疲れ切っているミラは初めて見た。
人手不足の原因を作ってしまった罪悪感はまだあるが、ならばこそ、せめて俺はミラ達の力に‥‥‥ これまでの恩を返さなければ。
「2人とも頭をあげてくれ。交流祭、喜んで協力させてもらうよ。
なぁセシル? ヴァルツァー?」
「うん! 勿論だよ!」
「あぁ、支部長さんには依頼を融通してもらった恩もあるからな」
俺達は当然2つ返事で快諾した。
少しばかりの罪悪感も確かにあったが、それを抜きにしても、今まで世話になりっぱなしだったミラ達に少しでも恩を返したい。
確かに俺達の部隊にも指名依頼等が届く様になり、忙しい日々を送っているが、断るつもりはなかった。
「って訳だ。俺達に任せてくれ!」
「っ! ありがとう! では早速詳しい打ち合わせをしよう! アンナ頼む!」
「はい、ではまずは会場の説明から始めていきますね」
「おう!」
現金なもので、俺達の返事を聞いたミラはパァと満面の笑みを浮かべた。
隣に立つアンナも安心した様に微笑んでいる。
こうして、俺とヴァルツァー率いるギルド部隊の交流祭出演が決まったのだった。
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「確かに今回は仕事の一環でもあるけど、今回の仕事は魔獣討伐や賊逮捕じゃなくて市民との交流だ。気負わず気楽に行こう」
時を戻して交流祭当日。
この交流祭参加は形式上こそミラからの依頼となっているが、依頼内容は【交流祭に来た人達と親睦を深め、ギルドの仕事に興味を持ってもらう事】となっている。
つまり、普段俺達が行なっている血生臭い依頼とは正反対。
そこまで肩に力を入れなくても良いだろう。
「ん‥‥‥ わかった」
「あ! ミカドさんお久しぶりです!」
「イーリスか。元気そうで安心したよ」
「遅かったなミカド。待ってたぜ」
そんな感じで市民の歓迎を受けつつ少しばかり歩くと、拓けたスペースに出た。
この場所はミラの要請を受けて交流祭に参加を決めたギルド部隊や主催のギルド本部が、自分達はどんな組織で、普段はどんな仕事をしているのか等を集まった人々に宣伝するスペースになっている。
ギルド部隊側は、此処で多くの人に自分達の名前を売れば、指名依頼が来る可能性が増えたり、入隊を希望する人達と接点が持てる。
対してギルド本部側は、そんな各ギルド部隊をサポートしている立場だと改めて多くの人に知って貰えるし、ギルドへの就職を斡旋も出来る。
つまり交流祭に参加するギルド部隊は、悪い言い方をすれば客寄せパンダの様なモノだが、今はギルドも部隊も人手を必要としている。
交流祭の開催にあたりギルドは少なくない人手を使っただろうが、此処で市民達と繋がりを深める事が出来れば、長期的に見て利がある催しだ。
閑話休題
その一角に、ヴァルツァーやその妹のイーリス他、ヴァルツァーが隊長を務めるギルド部隊【白狗の光】の面々が居た。
俺達より先に到着していたらしいヴァルツァー達が歩み寄って来る。
ヴァルツァー達も事前の打ち合わせでヴィルヘルム同様、この場所で自分達の宣伝を行い、ギルドの仕事に興味を持ってもらう任務に就いていた。
「悪い、待たせちまったか?」
「あぁ、お陰で準備は終わらせちまったぜ」
「マジか! んじゃ、俺達もヴァルツァー達に負けねぇくらい働くさ」
ただ、普通に仕事の宣伝しても面白味に欠ける。
そこで俺はある出し物をしようと企画していた。
その準備は、既にヴァルツァー達が終わらせてくれたらしい。
俺達も負けてられないな。
「んじゃヴィルヘルム諸君!」
「てめぇら!」
「「交流祭出演任務開始だ!」」
「「「「「お〜!!」」」」」
セシルが、イーリスが、皆が拳を突き上げる。
プォォオオ〜!
「お集まりの皆様お待たせしました!
只今よりギルド交流祭を開催致します!」
俺達が拳を突き上げた直後、金管楽器の音と開催宣言が響き渡った。
集まった市民達も待ってましたと言わんばかりに歓声を上げている。
ギルド主催の交流祭が始まったのだ。
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