165話 正式入隊
「み、ミカド隊長、プレゼントとは?」
広場に集まったツィート他、新人隊員達は不安そうな表情を見せる。
だが、そんな隊員達を見ても俺やセシルを含めた各部隊隊長クラスと他2名。そして1匹は笑みを浮かべた。
「コレだよ。ほら!」
そして俺も笑みを浮かべ、セシルが置いた木箱からある物を取り出し、皆に見えるように高く掲げる。
「そ、それは!」
「ヴィルヘルムの制服ですか!?」
「おぉぉお! 何度見てもカッコいいです!」
「もしかしてプレゼントって」
俺の手には、漆黒の服が握られていた。
そう、この服は俺やセシル達が論功行賞式等で着たヴィルヘルムの制服だった。
ティナは俺が言ったプレゼントの意味がわかったらしく目を見開く。
「そうだ! お前達は今日からこの制服を着用する事を許可する!
この制服に恥じない働きをして欲しい!
分かったな!」
「「「「い、イエス!サー!!」」」」
「いい返事だ。さて、では11:00時より諸君の入隊式を執り行う! 制服を着て1時間後、此処に集合だ!」
「「「「サー!イエス・サー!」」」」
訓練期間を無事に乗り越え、召喚したての真新しい制服を見た新人隊員達のボルテージは最高潮に達した。
彼女達は元気よく声を張り上げ敬礼すると、セシル達が運んで着た制服一式と、ロルフが身体に括り付けていたサーベルを手に、足早に自室へと戻っていく。
「んじゃミカド、僕達は歓迎会の準備に向かうぜ?」
「おう。そっちは任せた。入隊式に間に合うように頼む」
「任せて! さ、行こう皆!」
「ん‥‥‥ 」
「はい」
「かしこまりましたセシルさん」
「は〜い!」
「ロルフは俺の手伝いを頼む」
『承った』
新人隊員達を見送ったレーヴェが俺に声を掛ける。
俺は前もって、セシル達に今日フロイラ達の入隊式を行うと同時に簡単な歓迎会をしようと相談していた。
この案に、セシル達は大絶賛し賛同してくれた。
「さて、チャチャっと終わらせちまおうぜ!」
「「「「「お〜!」」」」」
皆が笑顔で拳を空へ突き上げる。
皆新しい仲間の入隊を心から歓迎して、とても晴れやかな笑顔を浮かべていた。
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「総員気をつけ!」
俺の腕時計の針が11:00を指した。
俺の目の前には、手早く着替えを終え、10分前集合したフロイラやティナ他、総勢15名の新人隊員達が気を付けの姿勢をとっている。
彼女達は真新しい制服を身に纏い、興奮からか顔を微かに紅潮させていた。
「戦士諸君! 先程も言ったが、今日から諸君は我らの仲間だ!
只今より、諸君らの入隊を記念し入隊式を執り行う!
名前を呼ばれた者は前へ来い。歩兵科所属隊員ティナ・グローリエ!」
「はいはい、サー」
ピリッとした静かな広場にティナのどこか呑気な声が響く。
今、ヴィルヘルムの本部前広場は俺とロルフが協力して張った白い垂れ幕で覆われている。
そんな垂れ幕で囲われた広場の中心で敬礼をしたティナが、俺や隣に立つセシル達の前に歩み寄った。
「ティナには色々と迷惑をかけたな。これからも力を貸してくれると嬉しい」
「言われなくてもそのつもりよ。 私の思ってた状況とはだいぶ違うけど、最近じゃ魔術研究機関に居るより、こっちに居る方が当たり前になってきちゃったし」
「ほんとに悪ぃ‥‥‥ 感謝してもしたりねぇな‥‥‥ ありがとうティナ」
「どういたしまして」
「ふふ、ミカド」
「っと、そうだったな」
「ん? それは?」
ティナと言葉を交わしていた俺に、隣で立つセシルが手の平サイズの黒い箱を手にして俺を見上げた。
その箱へ、ティナが不思議そうに目を向ける。
「これはティナ達が正式に俺達の仲間になった記念の品だ」
「受け取ってくれると嬉しいな」
「そうなの? まぁ貰えるなら貰っておくわ」
「良かった〜。と、ちょっとごめんね?」
口元を綻ばせる俺とセシルの言葉に、ティナはむず痒そうに頬を掻いた。
その様子を見て安堵の表情を浮かべたセシルが、箱を開ける。
その箱の中には、銀の盾と金の剣を模したバッチが入っていた。
これは俺が歩兵科をイメージして作った【兵科章】だった。
兵科章とは、読んで字のごとく、簡単に言ってしまえば自分が部隊のどの兵科に属しているかを一目で分かる様にする目印みたいな物だ。
今まで彼女達は、俺が作った各兵科に暫定的に組み込まれていたが、俺は彼女達の入隊と同時に、正式に各兵科に組み込もうと考え、前もってこの兵科章を召喚しておいた。
俺の隣では、セシルがティナの右胸元に歩兵科の兵科章を付けている。
無論この盾と剣を模した歩兵科の兵科章以外にも、弾丸と雷を模した攻撃科の兵科章や、スコープと羽を模した支援科の兵科章。ククリナイフと草を模した偵察科の兵科章も俺は召喚していた。
「ありがとうセシル。私の名にかけて、これからも出来る範囲で協力する事を誓うわ」
「うん! よろしくねティナちゃん!」
「期待してるぞ!」
「えぇ。任せてちょうだい」
セシルに兵科章を付けてもらったティナが小さくはにかむ。
その後も俺は1人1人前に呼び、声を掛け続けた。
11:00から始まった入隊式と兵科章授与式は、12:00を少し過ぎた頃に恙無く終了した。
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「さて諸君、 グラスは持ったな!」
「「「「「持ちました〜!」」」」」
ティナ達新人隊員の入隊式と兵科章授与式を終えた俺達は、ヴィルヘルム本部の食堂に場所を移していた。
今、俺を含めたヴィルヘルム総員は、果肉が入ったジュースで満たされたグラスを片手に、グルリと円形になり向き合う様に立っている。
更に俺達の後ろに置かれたテーブルの上には、セシルやマリア達お手製のサンドイッチやクッキー、サラダにローストビーフ等、見るだけで涎が出そうな料理が所狭しと並べられていた。
食堂はさながら立食パーティーの様相を呈している。
これから彼女達の正式入隊を祝う歓迎会が始まるのだ。
「歓迎会を始める前に1つ言っておく。
皆も知ってると思うが、ヴィルヘルムは先日ルーク級ギルド部隊からナイト級ギルド部隊に昇格した。
後日、此処に居るリズベル、リリベル姉妹がポーン級ギルド組員として入隊予定だし、他にも新たな隊員達が入ってくるだろう。
その時、お前達は新人隊員の手本にならないといけない!
ヴィルヘルムの心得を忘れず、今後とも精進して欲しい!」
余談だが、数日前ルーク級ギルド部隊ヴィルヘルム総員は、多数の賊確保に協力した功績を認められ俺やセシルのギルド級がルーク級からナイト級へ。
マリアやレーヴェにドラル、ティナはビショップ級からルーク級へ、そしてポーン級のフロイラ達はビショップ級へと其々ギルド級を1つづつ上げていた。
これにより、ヴィルヘルムは同時に最高50人の人が所属出来るナイト級ギルド部隊へと昇格し、名実共に中堅ギルド部隊の仲間入りを果たす事となった。
全員のギルド級が上がった事で、ナイト級ギルド部隊の構成に必要な人員は問題なく確保出来ている為、俺はナイト級ギルド部隊への昇格を二つ返事で快諾。
そして同時に、数日前ギルドへ登録したリズベル、リリベル姉妹の入隊が既に決まっていた。
この両名は、俺が生きる喜びを教えると啖呵を切った事と、血の契りを結んだ事で、俺と共に行動するとだいぶ前から決めていたらしく、その為ギルドに登録したと言っていた。
この両名以外にも新たに新隊員が所属する事を考えれば、フロイラ達はその新人達を引っ張り、部隊の中核を担う存在となる。
今更改めて言う必要は無いとは思ったが、俺は歓迎会が始まる前に、皆が気を緩めないようにと言葉を掛けた。
「「「「サー!イエスサー!」」」」
「堅苦しいのはこれまでだ。諸君、入隊おめでとう。 今日は無礼講だ! 沢山飲んで沢山食ってくれ! 乾杯!」
「「「「「かんぱーい!」」」」」
『わぉぉん!』
今日はフロイラ達の目出度い門出の日。
本当の意味で、新たな生活の始まりの日だ。
俺は堅苦しい訓示もそこそこに、声を張り上げてグラスを掲げる。
セシルは勿論、マリア達やリズベル姉妹、ロルフやフロイラ達が満面の笑みを咲かせる。
無礼講の歓迎会は、日が沈むまで続いたのだった。
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帝達が歓迎会に興じている丁度その頃‥‥‥
「バエル皇帝陛下。国内の反乱軍の鎮圧が粗方終わりました。
残りの反乱軍鎮圧も直ぐに終わる事と思います」
「そうか。良きに計らえ」
「はっ」
ラルキア王国の隣国、軍事大国エルド帝国の首都、ドラゴニアに在る大宮殿、聖偉大な龍の大宮殿では、新たにエルド帝国皇帝の座に着いたバエルが、玉座の間で配下の衛兵から報告を受け、灰色の瞳を衛兵に向けていた。
「反乱軍鎮圧は順調の様ですわね皇帝陛下」
深々と一礼した衛兵が玉座の間を去る。と、不意に皇帝の脇に控えていた女が声を掛けた。
女の表情は伺えない。この女は、口元以外を黒いベールで覆っている所為だ。
しかし、ベールから覗く口角は異様な程上がっていた。
「そうだな。これでお前の言う通り、私に忠誠を誓う者とそうでない者との選別が出来た。
叔父が始めた戦争を強制的に停戦させ、誰が私の命に従うかを見極める。 そして逆らった者は皆殺しか。悪魔だな、お前は」
「陛下にはとても及びませんわ。それに私と陛下の望みを叶える為には、忠実な『駒』が必要でしょう?」
「あぁ‥‥‥ その為に俺は、叔父が始めた戦争で国内の兵が手薄になった隙を突き、皇位継承権が有る者を全て誅殺した。
俺達の望みを叶えるには、俺が皇帝になり、多くの『駒』を持つ必要があったからだ」
玉座に座る皇帝は淡々と呟く。
皇帝の瞳に、僅かだが燃える様な殺気と決意が滲んだ。
「貴方の叔父が夢見た人間大陸全国家の征服‥‥‥ 私からしたら何て小さな望み‥‥‥ しかし貴方の望みは私の心を震わせました。
貴方は前皇帝とは違う。私を幻滅させないで欲しいわね」
「無論だ。お前と契約したその日に、俺は全てを敵に回す覚悟をした。
その覚悟が分かるからこそ、お前は叔父達の誅殺に協力したのだろう」
皇帝は横を向き、灰色の瞳をベールの女へと向ける。
女は更に口角を歪めた。
「ふふ‥‥‥ 良いですわぁその瞳。残虐で冷酷な‥‥‥ それでいて全てを焼き尽くさんとする炎の様な狂気の瞳。協力のし甲斐が在るというものです」
「抜かせ。俺達はまだスタート地点に立ったに過ぎない。まずは俺の命に従わぬゴミ共を全て消し、この国を完全に手中へ収めるぞ」
「そうですわね。所で、獣人等の奴隷は如何するおつもりで?」
「奴隷? この国に住まう全ての者は種族を問わず俺の『駒』だ。
これからは多くの『駒』が必要になると同時に、多くの『贄』も必要になる。この国の者全ては、その『駒』と『贄』にする」
「グラシャとか言う人が作った催眠魔法具等は? あの道具を使えば、『駒』も『贄』も扱い易くなるのでは?」
「確かに、あれは便利な物だ。しかし、乱用すれば俺達に必要な『アレ』が手に入らなくなる。だから必要な時が来るまで催眠魔法具等の使用は控えろ」
「御意に」
皇帝の顔は依然として無表情のままだが、瞳に宿す狂気の色は更に色濃く燃え狂う。
隠しきれない狂気を見せた皇帝へ、女は口角を歪めなが頭を垂れる。
すると、女の身体をどす黒い靄が包み込んだ。
皇帝が瞬きをした次の瞬間、女は黒い靄となって玉座の間から消える。
「魔女め‥‥‥ ふっ、だが、その魔女と契約した俺はさしずめ魔王か‥‥‥ いや、親族郎等皆殺しにした俺は既に魔王だったな」
1人になった玉座の間に、父を、叔父を、親族全てを皆殺しにし皇帝の座に付いた男のか細い呟きが微かに響いた。