16話 決着
「へへっ......。ルディ、久しぶりだな。前に会った時よりデカくなってんじゃねぇか?」
グルルルル.....
「お前にやられたあの日からずっとこの傷が疼いてたんだ......。 散っていった仲間の仇!この腕の傷の借りも返してやる!」
ダンさんは腕に出来た大きな古傷を触りながら呟くと、緊張と歓喜が入り混じった表情で弓に矢を番え白狼ルディを睨みつける。
気高き白狼は、大きな穴の開いた大木の前で静かに佇んでいた。先程のブラウンヴォルフ達は、北側の林から姿を見せた。
そしてこの白狼は、その北側に居る。
つまり、先程のブラウンヴォルフ達は、この圧倒的強者に怯え、俺が居た丘まで逃げて来たのだった。
草木が風で微かに揺れ、木漏れ日の光を受けてキラキラと輝く。辺りが血の海でなければ神秘的な光景に思えただろう...... だが俺の前に居る者が、その神秘的な光景を淀ませる。
俺の目の前に居るのは、その身を血で汚すこの森の頂点。
名高い狼。栄光の狼だ。
少しでも油断したら死ぬかもしれない...... 俺もダンさんにつられて短弓に矢を番える。
ルディは逃げもせず、静かにただただ俺達を見つめていた。俺はルディが向ける視線に怒り以外の別の感情が有るように感じた。
「行くぞルディ!」
俺の思考を遮るかの様に、ダンさんは声を荒げ矢を放った。が、ルディはその巨体からは想像できない軽やかな身のこなしで矢を避ける。
標的を失った矢は虚しく宙を駆け、やがて重力に引かれて地面に突き刺さった。
「っち!やっぱブラウンヴォルフみてぇにはいかねぇな...... っと!?」
ダンさんの放った矢を避けたルディは、電光石火のような速さで大きな牙をむき出しにし、ダンさんに噛み付く。
それを何とか右側に転がって避けたダンさんだが、微かに掠ったのかダンさんが来ていたレザーアーマーの一部が裂けていた。
地面を転がりながらルディの攻撃を避けたダンさんは、再度攻撃する為に新しい矢に手を伸ばす。
「ダンさん援護します!」
俺はダンさんの邪魔にならない様に気を付けつつ、白狼に向け矢を放つ。
当たるとは思っていないが気にしない。
あくまで、ダンさんが矢を放つまでの時間を稼げればいい。
ようは牽制だ。
「喰らいやがれ!」
矢が空を切り飛翔する。俺の攻撃は案の定掠りもせずに避けられた。しかし、ルディが避けに徹した事で多少の時間は稼げた。
体制を整えたダンさんが叫ぶ。
「悪りぃなアンちゃん!いくぞルディ!」
キリリッと弦が軋み、ダンさんが2本目の矢を放った。ルディは横に飛び矢を避ける。ダンが矢を番えるまで俺が変わりにルディを攻撃する。
この後も同じ様にお互いカバーし合い、ルディに攻撃を繰り返す。
なのに、此方の攻撃は一向に当たらない。ルディの攻撃も今の所ギリギリで避けているが、このままでは矢に限りの有る此方がジリ貧になってしまう。
そして僅か数分後、その恐れていた事が現実味を帯びてきた。持って来た矢の本数が半分を切ったのだ。
しかし、矢の本数が2人合わせて10本を切ろうかという頃、俺はある事に気が付いた。
何故かルディは積極的に攻撃をして来ないのだ。ルディが攻撃を仕掛けてくるのは、俺かダンさんがルディの後ろに聳え立つ大木に近づいた時だけ。
それはまるで、後ろに生えている大木を護っているかのように思えた。
「試してみる価値はあるか..... ダンさん!ルディの後ろの大木目掛けて矢を撃ってください!」
「なに!?何で木なんか狙うんだ!?」
「1回だけで良いんです!お願いします!」
「何か考えがあるんだな...... 分かったぜアンちゃん!」
俺は自分の中で生まれたこの疑問を確かめようと、既に矢を放てる状態だったダンさんに頼み、大木目掛けて矢を放ってもらった。
もしルディが後ろの大木を護っているのなら...... きっと勝機はある!
ヒュッ!っと鋭く風を切る音を発しながら放たれた矢は大木の穴に向かって真っ直ぐ飛ぶ。
次の瞬間......
ドスッ!
「よしっ!」
当たった。
30本近くの矢を使い、初めての命中だ。ルディは大木から少し離れた所に居たのだが、矢が大木の穴に向かって飛んでいくのを見ると、なんと自ら矢の進行方向に立ち塞がり矢を受けた。
正確に言えば、避けれたのに自ら当たりに行ったみたいだが......
だが今の攻撃で確信した。あの大木には何かある!
「当たった!?あの木には何かあるのか!」
ダンさんは驚きの声を上げるも、直ぐに俺と同じ結論にたどり着いた。
ダンさんは素早く新しい矢を番えると、再度大木の穴に向かい矢を放った。
ドス!
2本目の矢も命中した。このままいけば勝てる!そう思ったのもつかの間......
グルァァァァァアアアアア!!!!!
体に矢を受けた白狼が今まで聞いた事のない叫び声を上げた。
この白狼が、このまま殺られるのを大人しく待つ筈が無かった。
その刹那、ルディの巨体が消えたと思った瞬間、俺の目前にルディが現れた。
「えっ......」
「アンちゃん!!!!」
「ぐっ!?」
あまりにも唐突の事に動きが止まった。その時、鈍い衝撃が俺の体を貫く。
衝撃に突き飛ばされた俺は地面に叩きつけられた。
俺はルディにやられたのか?
そんな事を考えていた俺の口の中に血の味が広がった。
突き飛ばされ、地面に倒れこんだ俺はジンジンと痛む身体を起こし、顔を上げる。
「ぐぅう!!」
「だ......ダンさん!?」
俺は目の前の状況に声を荒げた。
ダンさんの太く逞しい左腕に、ルディが短剣の如き牙を突き立てていたのだ。
その瞬間理解した。
ダンさんは襲われそうになった俺を突き飛ばし、身代わりになったのだと......
「へへっ...... やっと捕まえたぜルディ!くらいやがれぇええ!!」
痛みで顔を顰め、息を荒げるダンさんが叫ぶ。ダンさんは腰に差してあったナイフを無事な右手で抜き放ち、渾身の力を込めてルディの右目目掛けて振り下ろした。
ナイフはルディの右目に深々と突き刺さった。
ギャオオオォォオオオオ!!!!
右目にナイフを突き立てられたルディは、悲痛な叫び声を上げながら首を左右に振る。
その拍子に、噛み付かれていたダンさんの身体が吹き飛ばされた。
「ダンさん!」
「お、俺に構うな!ルディに止めを刺せ!!」
倒れ込んだダンさんに駆け寄りつつ声を掛けると、腕から滝の様に血を流すダンさんが叫ぶ。
その声を受け、ルディの方に目線を向けると、雪の様な毛並みの一部を赤く染め上げるルディが、ヨロヨロと頼りない足取りで体勢を整えていた。
今回攻撃した右目と、以前ダンさんが塞いだ左目のお陰で今のルディの視力はゼロだ。
辺りが血の匂いで満ちているから、犬類特有の鼻の良さも意味を成さない筈。
絶好のチャンス...... でもダンさんの治療もしないと......
「で、でも!」
俺は再度ダンさんの方を見ようと、後ろを向くとダンさんは再度叫んだ。
「これくらい怪我のうちに入らねぇ!それに治療くらい自分で出来らぁ!俺の事は心配すんなアンちゃん!」
「ダンさん...... わかりました!」
この言葉を聴き俺は決心した。
白狼ルディの止めは俺が刺す!!
俺は手にした短弓を見る。
だがダンさんに突き飛ばされた衝撃で、短弓は半分に折れていた。
俺は使い物にならなくなった短弓を投げ捨てると、腰に差した太刀を抜き放った。
前回使った中脇差では、ルディに傷を負わせる事は出来たが、命を奪うまでには至らなかった。
だが今回は違う。
今俺が握っている武器は、中脇差よりも刃渡りがある太刀だからだ。
俺は腰を下げ、太刀を腰の部分で構える。剣道で言うと脇構えに近い構えだ。
俺の殺気を感じたのか右目から血を滴らせるルディがこちらを見た。
グルルル......と喉を鳴らし威嚇をしてくる。
先に動いた方が殺やられる......
俺は白狼の動きに【集中】した。
集中した瞬間、白狼以外、全ての情報が遮断された。
風の音さえしない、無音の世界には白狼と俺の小さな息遣いだけが響く。
どれくらい時間が経っのたか。その瞬間は唐突に来た。
シュッ!!
白狼の筋肉が躍動する。
ルディが足に力を入れた瞬間、俺の目の前から巨大な白狼の姿が消えた。
だが集中した事もあり、白狼が俺に突っ込んで来るのを何とか捉える事が出来た。
俺はほぼ同じタイミングで足を踏み出した。
「でぇりゃぁぁぁぁぁあああ!!」
ルディの息遣いが肌で感じられる程近づいた俺は、手に持った太刀を横から左薙ぎした。
白狼とすれ違い、静寂が辺りを包む。
ワォォォォォォオオオンン......
静寂に白狼の遠吠えが響き、その遠吠えが消えると、俺の後方でドサッと倒れる音がした。肩で息をしながら後ろを振り返る。
其処には、ルディがその巨体を地面に沈めていた。
「勝った......」
俺はそう呟くと、脚から力が抜け地面に座り込んでしまった。足に力が入らない......
でもダンさんの手当てをしないと......
俺は太刀を杖代わりにして立ち上がると、ダンさんの元に歩み寄った。
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