161話 反撃の時
日付は1月2日。時刻午前04:50分。
日の出まで10分を切った。
前日1月1日から勃発したラルキア王国対エルド帝国の戦争は山場を迎えていた。
膨大な軍勢を要し、ラルキア王国に侵攻してきたエルド帝国に対して、ラルキア王国は予想以上の善戦を繰り広げ、紙一重だが王国内部への侵攻をなんとか防いでいる。
目下ラルキア王国の国境を守りしは、増強されたラルキア王国軍第1連隊。兵員は2千数百名。
そこへギルド部隊【守護者】改め22名と1匹から成る義勇兵部隊ヒメユリと、同じく義勇兵として参戦したヴァルツァー率いるギルド部隊、【白狗の光】15名。計37人と1匹が加わっている。
対するエルド帝国軍は、破壊者ビルドルブ・ダントーレ大将軍を筆頭に、先遣軍並びに龍騎兵隊を率いる龍将軍ことアスタロト大将軍。 対ラルキア王国用に製造された大型兵器【魔導兵】を率いる特務兵站軍の狂気の教授グラシャ大将軍。
その他第50軍団を指揮する戦棍と盾の申し子サブナック・ドールギス将軍。
第26軍団を指揮する煉獄男爵ベリト・アンプトン将軍。
エルド帝国軍特別遊撃隊縛れぬ者達等、エルド帝国内でも名高い将軍達と、正規軍奴隷軍混合の10万から成る大兵力を有していた。
この圧倒的な兵力差を見れば、誰の目から見ても10万を要する帝国軍の勝利は明らかに思えたが、ラルキア王国軍はこの大軍に現在も善戦していた。
これまでの戦いで、エルド帝国軍が犯した失態は幾つもある。
まず王国軍の作戦にまんまと引っかかったアスタロト大将軍部隊の敗走。
次に対ラルキア王国戦に用意した魔導兵の存在を知られ、これを破壊された事。
並びに魔導兵を秘匿とし、使用を躊躇った事。
次にこの魔導兵破壊作戦の際、囮となった王国軍を警戒し、兵力を小出しにしたビルドルブの判断ミス。
最後に、王国軍が行った全ての作戦で良い様に掻き回され、後手に回った事等、挙げればキリがない。
もし開戦当初、アスタロト大将軍が後方の主力と足並みを揃え、グラシャ大将軍が魔導兵を指揮し、総大将ビルドルブが全軍を率いて王国軍を強襲すれば王国軍は一溜まりもなかった筈だ。
更にここで帝国軍に不幸だったのは、王国軍に西園寺 帝という男が居た事だろう。
帝は戦国時代から続く武家の家系の生まれ。それ故に戦術に明るく、更に個人的な趣味や過去の戦争から得た知識。 咲耶姫という神から授かった加護の力で強大なエルド帝国軍の侵攻を最前線で防いでいた。
だが、これまでは運が良かったに過ぎない。
以下に帝が過去の戦争から学んだ知識を活かそうと、以下に強力な兵器を使おうと、2千弱の兵力しか持たないラルキア王国軍では、10万のエルド帝国軍を完璧に打ち負かす事は不可能だった。
「くそったれ...... マジで最悪だ」
「ど、どうするミカド! そろそろ撤退の時間だぞ!」
「それにセシル副隊長の安否が!」
「弾丸も心元ありません!」
暁闇の奇襲作戦は最終局面に入っていた。
この作戦は早朝と共に総攻撃を仕掛けてくるだろうエルド帝国軍に先んじ、夜襲を仕掛けて帝国軍を漸減。 そして帝国軍の出鼻を挫き、本日の正午頃に到着する予定の援軍が来るまで駐屯地で籠城し、持ち堪える為に行った作戦。
これまで幸運に恵まれ、奇跡的に帝国軍と渡り合っていた帝だったが、此処でその幸運が尽きてしまった。
更に......
「敵は兜に白い羽飾りを付けているぞ! 羽飾りを付けている者を狙え!」
「各部隊は足並みを揃えろ!」
「落ち着け! 敵は少数だ!」
夜襲を受けた帝国軍は完全に立ち直りつつあった。
夜襲を受けた帝国軍は初めは混乱し、一部では帝の狙い通り同士討ちも起こっていたが、ビルドルブや他の将軍達は王国軍が同士討ち防止の為に兜に付けた黒隼の白い飾り羽の存在にも気付いていた。
明確に敵の存在を認識すると、敵将等は各部隊に怒号を飛ばす。
結果、混乱は直ぐに収まってしまった。
今も帝国軍の将軍達が部下を鼓舞している。
これでは各個撃破されるのも時間の問題だった。
「クソ! 此処までなのかよ!」
この土壇場での度重なる不幸。
以下に冷静に頭を働かせようとしても、帝は焦るばかりで思考が纏まらない。
そもそも、僅かな兵力で夜襲を仕掛けたのが間違いだったのか。
たった2千の兵力で、10万の大軍を防ごうとした事自体が無謀だったのか。
自分は此処で死ぬのか。
様々な負の感情が帝の頭を駆け巡る。
その時......
「「「「「ぎゃぁぁあ!!」」」」」
エルド帝国軍後方から、断末魔が上がった。
「...... 何事だ!」
「そ、総大将! サブナック将軍! 敵襲! 我が軍の後方から敵襲です!」
「何だと!」
その絶叫と共に、巨馬に跨り今まさに襲いかかって来てもおかしくないビルドルブへ突然声が掛かった。
その声の持ち主は漆黒の鎧を纏う帝国軍の兵卒。
そしてこの兵卒は、ビルドルブ達の後方から走って来た。
それが指す事は1つしかなかった。
「そうか...... 背後の奇襲の効果が出たんだ!」
「バカ言え! 3千ぽっちの王国軍が後方に兵を回す余裕がある訳...... 」
「「「「あ、あぁぁ!?」」」」」
帝の横に居たレーヴェが叫んだ。
その前方では、敵襲の報告を聞きいたサブナックが報告をしに来た兵卒の胸倉を掴み、叫ぶ。
するとその声を遮る様に、またも帝国軍の後方から絶叫が聞こえる。
「っし! 俺達はまだ女神に見捨てられてないぞ!」
帝は確信した。
やっと目に見える形で、帝国軍の後方に回り込ませたリズベル・リリベル姉妹とロルフの奇襲攻撃が効果を発揮したのだと。
「くっ!」
ビルドルブ他、帝国軍の面々もその報告が正しいと悟ったのだろう。
苦々しく顔を歪め、後方を睨んだ。
如何に強大な軍を有しているとは言え、背後に敵が居れば前方に集中する事は難しくなる。
いつ背中を襲われるか分からないからだ。
リズベルとリリベル。そしてロルフの奇襲は、完璧に帝国軍の動揺を誘った。
今度は帝国軍が狼狽え、浮き足立つ。
更に幸運は続いた。
「こ...... ! こち......シル! こちらセシル! ミカド、左翼に展開していたベリト将軍を撃破したよ!」
僅かだが希望を抱いた帝の魔通機に、雑音混じりだが、安否不明だった相棒の声がハッキリと聞こえたのだ。
「っ! セシル、無事だったか! 」
「うん! ベリト将軍は重症で部隊と一緒に後退! こっちはいつでも撤退出来るよ!」
( 良かった...... 本当に良かった。
セシルは無事だったんだ。
しかも、帝国軍のベリトを打ち倒す大金星を挙げたらしい。
これで不安要素が1つ消えた。)
「皆、別働隊がやってくれたぞ! 日の出も近い! このまま後退しつつ攻撃し続けろ!」
「お、応よ! リズベル達も頑張ってんだ! 僕等だって負けてられるか!」
リズベル達の奇襲のタイミングはほぼ完璧と言っても良かった。
そしてセシルの無事も確認出来たのも大きい。
後は当初の予定よりも少し遅れてはいるが、日の出と共に撤退出来れば本作戦は終了となる。
その朝日が、今登った。
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「カリーナさん! グロウ閣下!」
「貴女達! 無事だったのね!」
「はい! 後方からの奇襲も成功した模様! 敵に大打撃を与えました!」
「ん...... 攻撃は充分。後は撤退」
「早く撤退しねぇと、ヤバイ事になりそうですぜ!」
時刻04:55分。
ポイントD4地点に軍人カリーナ・アレティスとその父、グロウ・アレティス。
そして彼女等と合流したドラルとマリア、そしてヴァルツァーは居た。
帝達が縛れぬ者達やベリト等と死闘を繰り広げている時、カリーナ、グロウ達ラルキア王国軍は作戦通り縦横無尽に大地を駆け、手当たり次第に帝国軍を攻撃していた。
作戦終了の合図となる日の出も近い。
与えた打撃は申し分ない。
後は1人でも無事に撤退するだけ。
しかしこの場に居た5人は焦っていた。
彼等の予想に反し、帝国軍が立ち直るのが早かったかだ。
「うむ。左右に展開している彼等の事も心配だが、今は彼等の無事を信じ撤退するぞ!」
「賛成です。それと、あの子達なら大丈夫ですよ。あの子達は...... 」
「カリーナさん、その件の事は...... 」
「ふふ、そうだったわね」
「......? 兎も角、総員に退却指示を!」
「わかりした。シュタークちゃん! クリーガちゃん! アルちゃん!」
グロウ、カリーナ両名もヴァルツァーと同じ事を感じていたようで、これ以上この場に残る事は危険だと判断。 撤退を選択した。
作戦終了を間近に控え、緊張がほぐれたのかカリーナが言葉を漏らした。
ドラルがそれをやんわりと嗜める。
ドラル達はギルド組員という身分を隠して此処に来ていた。
だからカリーナがその先の言葉を言う前に釘をさす。
そんなカリーナの反応を見て頭にハテナマークを浮かべつつも、グロウはカリーナに総員撤退を指示する様に命じた。
「「「っす! 」」」
「夜襲は成功したわ。シュタークちゃんは左翼に、クリーガちゃんは右翼に、アルちゃんは中央の部隊に撤退を知らせて来て」
「「「了解っす!」」」
カリーナは凛とした表情で、信頼する部下の名を呼ぶ。
すると何処からともなく、厳つい3人の男達が姿を見せた。彼等は力強く返事をすると、直ぐさま指示された戦線に向け駆け出した。
しかし......
「栄えあるエルド帝国軍将兵よ! 総員突撃!」
「「「「「ウーラー!!」」」」」
「ちっ! 帝国軍め!」
「くっ...... 撤退目前で...... 皆、何としても逃げ延びるのだ!」
完全に混乱から立ち直り、部隊を纏め上げた帝国軍が攻勢に出た。
グロウやカリーナの顔に強い焦りの色が滲む。
「...... 閣下。閣下達は先に逃げて下さい。此処は俺等が引き受けます」
その時、ヴァルツァーが呟いた。
「なに?」
「な、なにを言ってるんですか! 無茶です!」
「ヴァルツァー...... 」
「てめぇ等、付いてきてくれるか」
攻勢に出たエルド帝国軍を見て、ヴァルツァーは短く深呼吸し決意を込めた目で言った。
そんなヴァルツァーにドラルやマリアが声を掛けるが、ヴァルツァーはあえて無視を決め込み、仲間へ声を掛ける。
彼の仲間は優しく微笑んだ。
「その質問、今更聞きますかね?」
「だな。ったく、ウチの隊長も変わったもんだ」
「違ぇねぇ」
「隊長1人でどうこう出来る状況じゃないでしょうや。お伴しますぜ」
「「「「「応!」」」」」
彼等はさも当然の様に頷いた。
彼等はヴァルツァーと同じ村で暮らしていた。そして彼等は、以前ヴァルツァーが率いていた暗殺者部隊【黒鷲の影】時代から共に戦っていた者達だった。
彼等は1度、黒鷲の影の決まりでヴァルツァーを見捨て逃げはしたが、今はこうして肩を並べて戦っていた。
それは何故か。
彼等は見たからだ。
ベルガスの反乱失敗後、これまでの行いを悔い懺悔し、心を入れ替えて弱き人達の力になりたいと奮闘していたヴァルツァーの姿を。
彼等は知ったからだ。
ヴァルツァーが心の中で抱えていた葛藤を。黒鷲の影隊長ではなく、1人の人として初めて語ってくれたヴァルツァーの心を。
彼等は心に決めていたからだ。
以前不意を突かれハールマンの奴隷に堕ちた時、危険も顧みず助け出してくれたヴァルツァーに恩を返したいと。
ヴァルツァーを此処まで追い込んでしまった一因は自分達にある。なら、今度は自分達がヴァルツァーを支えよう。
もう2度と、ヴァルツァーだけに重荷を背負わせない為に。
荒んでいた彼等は、ヴァルツァーという男の中に新たな希望に光を見た。
どんなに辛いくとも、どんな困難が立ち塞がろうとも、もう2度とヴァルツァーを見捨てない。
自分達もこれまでの行いに懺悔して、この人と一緒に十字架を背負おう。
自分達はヴァルツァーへ付いて行こう。
それが例え地獄へと続く道だとしても。
彼等の気持ちは既に決まっていた。
だから彼等は、笑って死地に臨めるのだ。
「ヴァルツァー...... 行くの?」
「あぁ。やっと来た見せ場だ。奪うなよ?」
「ヴァルツァーさん...... 」
「さぁ行け!」
悲しそうにマリアがヴァルツァーを見上げた。
そんな少女に、男は軽口を持って答える。
その顔に悲壮感は無く、彼等の顔にはある種清々しい笑みが浮かんでいた。
「「「っしゃぁあ! 来いやぁ!」」」
「ま、待て! あれは...... なんだ?」
「「「「「......え?」」」」」
黒い津波の様に、帝国軍の軍勢が迫る。
そんな帝国軍を見ても、ヴァルツァー達は笑い、立ち塞がった。
その時、不意にグロウの間の抜けた呟きを発した。
その呟きにカリーナは勿論、死の覚悟を決めたヴァルツァー等もつられ目線を移した。
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「くっ! 後は逃げるだけだってのに! 」
「絶対に僕達を逃がさないつもりらしいな!」
日が昇った。
時刻は05:00丁度。
帝を始めとした義勇兵部隊ヒメユリ、ラルキア王国軍は帝国軍陣地から撤退を始めていた。
しかし撤退は遅々として進まない。
完全に立ち直った帝国軍が、その余有る兵力で波状攻撃を仕掛けて来た為だ。
その為撤退は当初の予定通りとはいかなかった。
現に残り少ない弾薬で帝国軍を抑えている帝達の顔には焦りが浮かび、歩兵科の隊員数名は誤射を恐れて、もしくは残弾が尽き、HK416Dの先端に付けられたスティレットで帝国軍を攻撃している。
1歩を踏み出す前に、5人の帝国軍兵が襲ってくる。
しかもその5人を倒しても、後方にはまだまだ敵がひしめき合っていた。
「あっ!?」
「きゃっ!」
「アウリ! バーゼ!」
そして遂に恐れていた事が起こった。
体力の限界を迎えたヒメユリの隊員達が地形に、もしくは兵士の亡骸に足を取られ転倒したのだ。
「「「貰った!」」」
帝は駆け出し手を伸ばす。
が、その手が彼女達に届くよりも前に、帝国軍兵が剣を振り上げた。
「やめろぉぉおお!!」
プォォオオ〜!
「!?」
「な、なに!?」
「「「なんだ!」」」
剣が振り下ろされる。
その瞬間、ラッパの音が戦場に木霊した。
アウリやバーゼを狙い剣を振り下ろした帝国軍兵は、突然のラッパの音に驚き狙いを外す。
剣の切っ先は、大地に深く突き刺さった。
「あ、あれは!」
帝はラッパの音が聞こえた方角に目線を向ける。
帝の目線の先に居たのは......
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「間に合った...... のか?」
「はい、間に合ったかと思います。見てください、2千程の集団と3万程の集団が激しく動き回っています。
恐らくですが...... 第1連隊は鎧を黒く塗って帝国軍へ斬り込み、帝国軍を混乱させる策を取ったのかも」
「成る程。流石グロウ閣下の部隊! で、残りの3万の集団は?」
「遠目から見た限りでは帝国軍の奴隷達の様ですね。彼等も帝国軍を攻撃している様です」
「という事は、第1連隊は何らかの方法で奴隷達を仲間に引き入れたのだな!」
「そう見て間違いないでしょう。間に合って本当に良かった...... 」
蒼色の髪の少女と桃色の髪の少女は、丘の上から見えた状況をそのまま呟いた。
彼女達は小高い丘の上に居た。
その眼下では、数え切れない程の黒の点がひしめき合い、蠢いている。
桃色の髪の少女は、鍛え上げられた観察眼で瞬時に状況を把握した。
心の底から安堵した。本当に良かったと、少女達の表情が物語っている。
「皆さん。よく昼夜を問わず、弱音も吐かず付いて来てくれました。礼を言います」
「「勿体無きお言葉!」」
「皆さんのお陰で何とか最悪の事態は回避出来そうです」
「「「「「はっ!」」」」」
そんな蒼色の髪の少女と桃色の髪の少女達を、プラチナブロンドの髪を靡かせる少女が見つめ、後ろを向く。
彼女の後ろには、泥や砂に塗れるも光り輝く鎧を纏う少女達や、硬く口を紡ぐ男達の姿があった。
「我等の英雄達を殺させはしません! 総員抜刀! 」
プラチナブロンドの少女は腰に下げた剣を抜き放つ。
「自らの命を投げうち、敵を食い止めた彼等の心意気に答えます!
ラルキア王国軍並びにスノーデン公国軍総員、いざ戦士達の宮殿へ!」
「「「「「いざ戦士達の宮殿へ!」」」」」
少女は眼下を鋭く睨み、力の限り叫ぶ。
それを合図とし、戦乙女と白百合のエンブレムを鎧に刻むラルキア王国第1王女ユリアナ・ド・ラルキアが。
彼女の護衛騎士団戦乙女騎士団が。
そして、2万を数えるラルキア王国軍と同盟国スノーデン公国軍1万から成る連合軍は、声高らかに丘を駆け下った。
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