156話 暁闇の奇襲作戦 2
「ミカド隊長、寝室で寝ていた10名の敵兵、捕縛が完了しました」
「彼等は縄で縛って猿轡もしておきました。少なくとも、直ぐに救援を呼ぶ事は出来ません」
「上出来だフクス、ハーゼ。第1分隊。今度は俺達が活躍する番だ」
「「「「了解」」」」」
俺が率いる第1分隊、8名は、建物の2階と1階の殆どを制圧した。
2階で寝ていた10名の操導士達は、第1分隊の歩兵科所属隊員、兎獣人のフクス、狐獣人のハーゼ組により捕縛。無力化に成功した。
後は、この扉の向こう側に居る5名を無力化出来れば、催眠魔法具が保管されているこの建物を完全に制圧出来る。
俺は3週間の地獄の訓練の際、ハールマンの一件に学び、フロイラ達に建物の制圧訓練をさせていた。
その真価を発揮する時が早くも到来したのだ。
ヒメユリ達は凛子とした雰囲気を纏っている。
ヒメユリ達は、今自分達が行うべき事を理解している。
ヒメユリ達は俺を見て頷くと、其々が突入準備を整えた。
「アイヒ、【S手榴弾】投擲用意。シルシュはアイヒのカバーを」
「サー。S手榴弾投擲準備に入ります」
「了解。これよりS手榴弾投擲経路を確保します」
俺は壱型暗視装置のサイバー部を上に上げ、消音器とホロサイト、赤外線照準器を付けたHK416Dを握り直す。
薄暗い廊下にポツンと設けられたドアに、第1分隊歩兵科所属隊員、鹿獣人のシルシュが歩み寄る。
シルシュが微かにドアを開けた。
その隙間、シルシュのバディ、栗鼠獣人のアイヒが円柱状の手榴弾を隙間めがけ投げ込んだ。
▼▼▼▼▼▼▼▼▼
「突入!」
「「「「「了解!」」」」」
アイヒが手榴弾を投下してから1分後。俺は腕時計を見て小さく叫び、ドアを蹴破って室内へ駆け込んだ。
マリアやフロイラ、シルシュやアイヒ達から成る第1分隊総員も、口と鼻を覆う【ガスマスク】を付け、俺の後に続き素早く室内へ雪崩れ込んだ。
「クリア!」
「室内の敵、全て睡眠状態!」
「オールクリアですミカド隊長!」
「了解。アウリ・ルール組は5人を捕縛! 残りは催眠魔法具を探せ!」
「「「「「イエス・サー!」」」」」
俺の指示を受け、鼻息を立て床に寝転ぶ5人の操導士を、歩兵科の人間族アウリと、同じく歩兵科の猫獣人ルール組が手早く縄で縛り上げる。
これでこの建物は完全に俺達の手中に落ちた。
「ミカド、今のS手榴弾って、睡眠手榴弾だよね...... 」
「あぁ。さっきみたいな場面こそ、S手榴弾の出番だって思ってな」
催眠魔法具を探すヒメユリ達を見て一息付きガスマスクを外した俺に、同じくガスマスクを外したマリアが見上げてくる。
先程、アイヒが投げ込んだ手榴弾の事を俺は思い返した。
アイヒが投げ込んだ手榴弾。
その名は、【S手榴弾】と言う。
これは無色無臭の睡眠ガスを発生させ、出来るだけ静かに室内を制圧する際に使用する非殺傷兵器の1つだ。
勿論、俺の居た世界にこんな便利な物は無い。この兵器は俺のオリジナルだ。
S手榴弾のSとは、【sleep】の頭文字から来ている。
使用方法は、S手榴弾の上部に付けられた安全ピンを抜き、投げるだけ。
このS手榴弾は安全ピンを抜いてから、きっかり3秒後に睡眠ガスを1分間噴射する。
噴射される睡眠ガスはクロロホルム等の睡眠作用のある薬品を気化させた物で、少なくとも30秒間この睡眠ガスを嗅ぎ続ければ、大抵の人は昏睡する様に調整し召喚した。
しかし、S手榴弾にも欠点もあった。
噴出する睡眠ガスは時間を置けば自然消滅するが、室内で使用した場合、噴出された睡眠ガスが完全に消えるまで最低3分は時間がかかる点。
誤ってガスを吸い寝てしまうのを避ける為、対策としてガスマスクを召喚し、着用しなければならない点。
そして、開けた空間では余り効果が無い点だ。
だが言い換えれば、上記3つの欠点さえクリアすれば、この兵器は余計な血を流さない最強の兵器になるのだ。
「ミカド隊長! マリア偵察科隊長! 此方に来てください!」
「っ!」
「どうしたシルシュ!」
不意に、催眠魔法具を探していたシルシュが俺を呼んだ。
少し慌ててシルシュに駆け寄ると、彼女の目の前には既に開け放たれた扉があった。
「これが...... 」
「この杖の様な物が催眠魔法具なんですか?」
「恐らくな...... 」
扉の向こうは奥行きがあり、畳15畳程の空間が広がって居る。
室内は窓こそ設けられていたが、照明は無く薄暗かった。
操導士の捕縛を終えたアウリやルール達も合流し、俺達は薄暗い室内へ入る。
簡素な木の壁で覆われたこの部屋の四隅には、無数の杖が部屋の四隅の棚に立てかけられていた。
確証こそ無いが、俺はこの杖が催眠魔法具だと確信した。
「第1分隊良くやった! これが標的の催眠魔法具だ!
こちら帝。催眠魔法具は確保したぞ!」
『お疲れ様です! でも気を抜かないで下さいね!』
『さすがミカドだぜ!』
『これで作戦の半分は完了な訳ね。了解よ』
『本当!? 了解だよ! 私達の方も、今皆に声を掛けてるから! 皆の為に頑張ろう!』
標的の催眠魔法具を確保した俺は、第1分隊全員のを労いつつ魔通機のスイッチを入れ、全魔通機への同時通話機能をオンにした。
ドラルの持つ魔通機からドラルの声とレーヴェの声が。
そしてレーヴェの魔通機を事前に受け取っていたティナと、別行動しているセシルの声が次々に響く。
今は離れて行動しているセシル達も、自分のすべき事をしている様だ。
俺達も気張らなければ。
「勿論だ! 其方はもう少しだけセシルに任せるぞ!」
『うん!』
「ドラル、 ドラルは上空へ行って周囲を警戒! レーヴェ達を援護を!」
『わかりました!』
「それとレーヴェとヴァルツァー達には手分けしてポイントB全域の奴隷達の安全確保を頼んでくれ!」
『了解です! 伝えておきます』
「さて第1分隊諸君! 此処からが正念場だ! 大変だとは思うが、気張れよ!」
「任せて下さい隊長。あの訓練より大変な事なんかありませんよ」
「ですです。今のルール達はこれくらいじゃへこたれませんです!」
「私達が暮らす国の危機ですから!」
魔通機をオフにし、改めて気合を入れ直す様にと、俺は第1分隊の面々に檄を飛ばす。
その檄に、アイヒやルール、フクスが頼もしく答える。
彼女達は、3週間罵倒され続け、戦う基礎を叩き込むという地獄の日々を送ったお陰で、簡単には挫けない強い精神力を培ってくれていた。
「頼もしいじゃねぇか。っし! 俺達第1分隊は操士達に気取られない様に、ポイントC全域に居る奴隷達の安全確保をするぞ!
催眠魔法具は皆で協力して運び出せ!」
「「「「「イエス・サー!」」」」」
▼▼▼▼▼▼▼▼▼
『ふむ。お2人が主人殿の言っていた新たな仲間か。我はロルフ。以後お見知り置きを』
「おぉ〜! ヴァイスヴォルフが喋ってる!」
『正確には喋っている訳ではないがな』
「なるほど...... あのタイミングでヴァイスヴォルフが帝国軍陣地に突っ込んだのは妙だと思っていたけど、貴方は隊長さんの仲間だったのね...... 私はリズベルよ。よろしくね狼さん」
「あ、私はリリベル! よろしく!」
『よろしく頼む。では移動を開始しよう』
「そうですね。急ぎましょう」
帝が催眠魔法具を確保し、セシル他ヒメユリとヴァルツァー部隊が奴隷達の安全確保に奮闘している丁度その頃。
帝にある任務を任された不死者族のリズベル・リリベル姉妹は、同じく帝より任務を任された白狼・ロルフと合流し、ある場所を目指して走っていた。
その場所とは......
「それにしても...... 隊長さんも無茶な事をお願いした物ね」
「でもリズベル。この任務は私達不死者族じゃなきゃ無謀だよ〜」
『我輩も主人殿から大凡の事は聞いた。主人殿の作戦...... 暁闇の奇襲作戦はお2人の力添えなければ成功は覚束ないだろう。
我等の働きが、勝敗のカギを握っていると言っても過言ではない』
「だよね〜。何と言っても、私達とロルフちゃんは帝国軍の背後から奇襲を仕掛けるんだもん!」
そう。今、リズベルとリリベル、そしてロルフは帝国軍陣地の背後を突く為にエルド帝国領内の奥地を移動していた。
帝がロルフと不死者族の姉妹に任した任務。
それは、帝国軍地の背後へ秘密裏に迂回し、夜襲開始時と共に背後から帝国軍を攻撃せよという任務だった。
「ロルフさんの言う通り、隊長さんは、作戦の成功確率をより上げる為に私達にこの任務を与えたと言っていたわ。私達の力が必要だとも」
「ん〜。これって、信頼してくれてるって事で良いんだよね?」
『無論だ。主人殿は何処までも真っ直ぐで正義感も強い。
主人殿はお2人に生きる喜びを教えると申したのであろう?
ならば、主人殿はお2人を捨て石にする様な真似は絶対にしない』
「そうですね。この任務を頼んできた時も、危なくなったら直ぐに逃げろ。
絶対に死のうとするなとも言ってましたし...... 」
『主人殿はお2人の力を見込んで、この任務を与えたのだ。
お2人なら、危なくなれば必ず逃げ切ってくれると信じて』
「そうだね。部隊の皆と一緒に戦えないのは少し残念だけど、私達を必要としてくれたお兄さんに報いなきゃ!」
「えぇ...... 勿論よ」
不死者族の姉妹は小さく笑みを浮かべた。
彼女達は多くの人々に恐れられ、妬まれ、蔑まれてきた種族の末裔。
彼女達は、これまで生きて来た途方もなく長い時間、たったの1回も他人から必要とされる事は無かった。
そんな彼女達を、彼女達が認めた男が必要としてくれた。
言い様のない幸福感で彼女達は胸が一杯になっていた。
初めて人から必要とされた。
今、彼女達の戦う理由はこれだけで充分だった。
「と、リズベル! 彼処なら陣地の様子が見渡せそうだよ!」
「あら、良い場所ね。合図があるまで彼処で待機しましょう」
『承知!』
不死者族の姉妹と、白亜の狼はエルド帝国領内に在った小さな丘へ駆け上る。
その頂上からは、強大な帝国軍陣地の全貌が見渡せた。
「この強大な陣地にはエルド帝国軍約10万人が居る...... でも...... 」
『3分の1は自我を押さえ込まれ無理矢理戦わせられている奴隷に過ぎない。
主人殿の作戦が成功し、奴隷達が奮起してくれれば、帝国軍へ全滅に等しい打撃を与えられる』
「その為にはリリベル達の攻撃のタイミングが重要だね!」
『その通り』
「一先ず私達の方は暫く待機ね。後は隊長さん達が攻撃を仕掛けるのを待つだけ」
「もし帝国軍を撃破出来たら、お兄さんは英雄だね」
「ふふ、そうね。さて...... 攻撃が始まるまで暇だし、鎌の手入れでもしましょう?」
「はーい!」
『ふっ。敵地の真っ只中に居るのに豪胆な事だ』
リズベルとリリベル、そしてロルフは眼下に広がる陣地を見下ろし不敵な笑みを浮かべた。
時刻は03:30。
日の出まで残り2時間半を切った。
▼▼▼▼▼▼▼▼▼
『ミカド! こちら第2分隊セシル! ポイントA全域に居た皆の安全確保完了だよ!』
「了解! 敵の歩哨は居たか?」
『10人位見かけたけど、ファルネちゃん達が撃破してくれたよ!』
「そうか! 良くやった!」
『ミカドさん、こちらドラルです。
ポイントB全域の安全確保、完了しました』
「わかった! そっちは問題ないか!」
『特に問題はありません。私達はこのままB地点の警戒をしていれば良いですか?』
「あぁ頼む。俺達がポイントCの安全確保が終わったら再度連絡する!」
『了解です! 私は警戒任務に戻ります』
時刻は03:40。
俺の魔通機に、別行動している部隊の報告が次々飛び込んでくる。
セシル率いる第2分隊に任せていたポイントA。
ドラルにレーヴェ、そしてヴァルツァー部隊に任せていたポイントBの安全確保は既に完了したらしい。
『私達の方も準備完了してるわ。後はミカドの指示さえあれば、いつでも攻撃出来るわよ』
「了解した! ティナとリートはもう少し待っててくれ!」
『了解。 でもあまり無茶するんじゃないわよ?』
「言われなくてもわかってるさ!」
更に、最も重要な任務を与えていたティナ・グローリエからも準備完了の報告が届く。
後は俺の第1分隊がポイントCの安全確保を終えれば、作戦は最終段階に突入する。
作戦は順調に進んでいた。
「ミカド隊長!ポイント C1からC3の安全確保完了です!」
「C5からC7の安全確保も終わった...... 」
「了解! ご苦労!」
魔通機の通話スイッチを切ると、同時にポイントC1からC3の安全確保に向かっていたアウリ・ルール組、フクス・ハーゼ組達が。
そしてポイントC5からC7の安全確保に向かっていたマリア・フロイラ組、シルシュ・アイヒ組が帰還する。
アウリとマリアから、ポイントCの安全確保が完了したと報告が飛ぶ。
反撃の準備は整った。
「こちら帝! ヒメユリ各員に伝達!
第1分隊はポイントBとポイントCの安全を確保した!
只今より暁闇の奇襲作戦は第3段階へと移行する!」
『こちら第2分隊セシル! 了解だよ!』
『ドラル、レーヴェ共に了解です」
『此方ティナ別働組了解したわ』
魔通機からセシル達の声が聞こえる。
セシル達の声には覇気が籠っていた。
「行くぞヒメユリ! エルド帝国軍をぶっ潰せ!
反撃の狼煙をあげるぞ!!」
俺は魔通機に向かい叫ぶと、手にしたC4爆薬の信管のスイッチを押した。
次の瞬間、地面に置かれたC4爆薬が音を立てて爆発し、その周囲に置かれた催眠魔法具が甲高い音を立てて砕け散った。
眩い光が催眠魔法具から発する。
目が眩む程の光が四方へ飛び散った。
今ここに、約10万のエルド帝国軍に対し、2千弱のラルキア王国軍の反撃の火蓋が切って落とされた。
ここまでご覧いただきありがとうございます。
次回投稿は10/4。21:00頃になります。
ご意見ご感想いただけましたら幸いです。