154話 新たなスキル
コンコンコン
「失礼します」
薄暗い地下にノックの音が反響する。
此処は第1連隊駐屯地の地下にある独房だ。
俺が捕らえた狂気の教授ことグラシャ大将軍は、此度の戦いが落ち着くまで此処で拘束される事になったらしい。
なんでも、1人でも兵士が欲しいこの状況下。如何にグラシャ大将軍といえど、王都まで連行する余裕が無かったのが理由らしい。
で...... そのグラシャ大将軍は今、鉄で出来たこの扉の向こう側に監禁されていた。
「っ! き、貴さ...... 」
俺はヴァルツァーと共にグロウ連隊長閣下の下に赴き、グラシャ大将軍と話す許可を貰っていた。
重々しい鉄のドアを開けると、鉄と木で作られた寒々しい室内が見えた。
俺とヴァルツァーは室内へと足を踏み入れる。
そして独房の中に居たグラシャ大将軍は、俺の姿を見るなり椅子から立ち上がって目を見開き、俺を指差した。
「誇り高き覇龍7将軍が1人、グラシャ大将軍閣下。
先程は閣下のお名前を知らず、失礼を働いてしまいました。多くの無礼、何卒お許し下さい」
「なっ...... 」
俺はグラシャが叫ぶ瞬間、言葉を遮る様に謝罪の言葉を述べ、頭を下げた。
人が怒ろうとした時、その怒ろうとした相手に先に謝られてしまうと普通の人はばつが悪くなり、何も言えなくなる。
俺は開口一番で謝罪すればグラシャの出鼻を挫き、会話の主導権を握れると考えた。
俺の一歩後ろで、壁に寄りかかるヴァルツァーは面白くない。と言う様に仏頂面になっていたが気にしない。
「大将軍閣下。また無礼を働く事を承知で言わせていただきますが、平にご了承下さい」
「...... 」
狙い通り、完全に出鼻を挫かれ、やり場のない怒りを噛み締めたグラシャはドサッと椅子に座り直した。
隙を逃さず、俺は冷静に畳み掛ける。
「大将軍閣下は我等ラルキア王国軍の捕虜となりました。しかし、我等は閣下の命まで取ろうとは考えておりません。
我等は軍民を問わず、皆平和を望んでいるのです。
しかし不条理な戦を仕掛けられれば、我等は座して傍観する愚行は犯しません」
「...... 何が言いたいのだ。野蛮人」
少々回りくどい言い方だったが、グラシャは口を開いてくれた。
此方は終始冷静に徹し、敢えて回りくどい言い方をして、本当は何を言いたいのかを相手に言わせる......
実は、これ等の交渉テクニックは数時間前に解放されたスキル【交渉術】を発動させた時に頭に思い浮かんだ物だった。
この交渉術は名前からして交渉に関係するスキルだと睨んだ俺は、グラシャ大将軍と話す時に役に立つかも知れない...... と、部屋に入る直前このスキルを発動させていた訳だ。
ちなみに、敬語で話しているのも、プライドの高いグラシャ大将軍に不快感を感じさせない様に...... と、スキルが判断したのか、俺の頭に思い浮かんだ。
それとは別に、物は試しでもう1つ別のスキルも発動させているんだけど。
「はっ。我等はこの理不尽な戦いを終わらせる為、貴方にお話を聞きたくお伺いしました」
「私に...... ?」
「そうです。貴方にです。兵站部隊の総大将にして、同時に武器開発部門トップでもあらせられるグラシャ大将軍閣下に」
「 ...... 」
グラシャはこの後の展開が分かった様だ。
グラシャ大将軍は、60万を超すエルド帝国軍に僅か7名しか居ない覇龍7将軍の1人。
そして俺の予想だが、此奴は魔導兵の製造に関わっているとみて間違いない。
魔導兵に並々ならない誇りを抱いていた点と、武器開発部門のトップという立場からそれは予測出来る。
と、言う事はだ。
この男は、第1連隊駐屯地の前で陣取っている帝国軍の1部...... 奴隷達を操っていると思われる催眠魔法具の製造に関与している可能性も高い。
今回はこれ等の情報を聞き出す為に、此処へ来た訳だ。
「閣下。どうか我等にご協力下さい」
「馬鹿め...... お前達に話す事など無い。協力など以ての外だ」
「閣下、平にお願い申し上げます。我等は偉大な大将軍閣下を苦しめる真似は極力避けたいのです」
「 ...... 」
俺の言葉を聞いたヴァルツァーが、微かに身を動かし、グラシャ大将軍を睨みつけた。
「私の後ろに居る彼...... 彼は少し前まで暗殺を生業にしていた者です。
閣下が我等に積極的に協力して下さらねば、此方としては乱暴な事をしなければなりません」
「っ...... 」
ヴァルツァーが、目をモチーフにした刺青が彫られた頬をグラシャ大将軍に向け、眉間に皺を寄せる。
普段のヴァルツァーは実に気さくな男だが、怒った時は本当に怖い。
かつてヴァルツァーに脅しをかけられた奴隷商人、ハールマンは恐怖から一気に老け込んで見えた程だ。
ヴァルツァーは言葉こそ発しないが、尋常ではない迫力でグラシャ大将軍を睨む。
グラシャは微かに恐怖に顔を歪ませた。
ヴァルツァーが同行してくれれば脅しの役に立つかなと思ったが、正解だったな。
「グラシャ大将軍閣下。私はあの巨大な鎧を作った貴方を尊敬しています。
あの鎧を造るには、並々ならぬ努力と労力がかかったとお見受けしました。
私はそんな素晴らしい発明をされた閣下を傷付けなくないのです」
「 ...... 」
「それに閣下。失礼を承知で申し上げますが、捕虜となった閣下をエルド帝国皇帝はお許しになるでしょうか」
「うっ...... 」
「エルド帝国軍の頂点に君臨すると言っても過言ではない閣下が捕虜となった...... と、エルド帝国皇帝の耳に入れば、仮に閣下が救出されても、エルド帝国皇帝は激怒し、閣下の地位を剥奪するやも知れませぬ」
「...... だが、この国の国王は寛大な人だ。俺みたいな奴は兎も角として、ラルキア王国には人間と変わらない生活をしている元奴隷の獣人や龍人達が沢山居る。
国王なら、お前が俺達に力添えしてくれると言えば快く迎えてくれる筈だ」
「お前達...... 私に寝返れと言っているのか」
ヴァルツァーが静かに口を開いた。
飴と鞭...... というと少し違うかも知れないが、ヴァルツァーの言葉はグラシャ大将軍を動揺させるのに役だった様だ。
俺は実際のエルド帝国皇帝の事は全くと言っていい程知らない。
が、人には想像能力が有る。
不測の事態に陥った時、それは凡そマイナスな方向へ考えがちになる。
俺の放った言葉は、グラシャ大将軍の不安を掻き立て、ヴァルツァーの言葉がその不安を和らげる。
ここだ。ここで決める。
「それが理想です。閣下の様な優秀で偉大な方を仲間に迎え入れられれば、これ以上心強い事は御座いません。
それに我等は、多種族民を操っている催眠魔法具の存在も知っております」
「なっ!? お、お前達何処でその存在を!」
「やはり...... 獣人達は催眠魔法具で操られているのですね」
「っ...... 」
「大将軍閣下。どうかご決断下さい。双方の国の為、我等と力を合わせこの無意味な戦争を1日でも早く終わらせるか。それとも、救出され地位を剥奪されるのを黙って待つのかを」
やはり睨んだ通り、エルド帝国軍の隊列に加わっている獣人達は催眠魔法具で操られている様だ。
グラシャ大将軍はしまった。と、顔を顰めている。
言質は取れた。俺は最終選択肢を突き付ける。
「...... 分かった。所詮私は何も出来ぬ捕虜の身だ。私は力で全てを掴み取る軍人達を、魔法と科学の力で見返してやりたく軍に入ったに過ぎぬ...... 」
「と、言う事は...... 」
「私の力作...... 魔導兵はお前達に呆気なく破壊された。
これが私の限界。なれば、ただ1人のグラシャとなった私に最早帝国軍への未練は無い。お前達に協力してやろう。
しかし、其れ相応の対価を要求させて貰うぞ」
「御英断で御座います閣下。我が駐屯地の隊長に、閣下が不自由なく過ごして頂ける様お願いしてまいります」
やった。
グラシャ大将軍から協力すると言わせる事が出来た。
筋金入りの軍人相手なら、こうまで上手くはいかなかっただろう。
グラシャという人物は軍人というより学者肌な所があったから、エルド帝国皇帝に対する忠誠心が乏しく付け入る隙が有った。
学者肌で、生粋の軍人達を科学と魔法で見返したいという行動原理...... この2つの要因があったから交渉...... と、いうか、説得に成功したのだろう。
狂気の教授なんて大層な2つ名を持っている様だから少し警戒していたが、存外、話せば分かる相手だったな。
ピコン
その時、脳内にレベルアップした時に聞こえる機会音とは別の機会音が響いた。
【交渉成功。経験値を獲得。ならびにスキル好感度アップ発動の効果で、狂気の教授の好感度がアップ】
脳内に文字が浮かぶ。
おぉ! 交渉術を発動させて交渉が成功すれば経験値が貰えるのか!
それにどうやらグラシャ大将軍の好感度も上がったみたいだ。
とりあえず、交渉術は発動すると交渉を有利にする様な考えが思い浮かび、交渉が成功すれば経験値が貰える事がわかった。
ここに加えて言うなら、もしかしたら交渉術は交渉成功確率を上げてくれるスキルなのかも知れない。
そして、グラシャ大将軍の好感度なる物もアップしたらしい。
これはスキル【交渉術】を発動させると同時に、一緒に発動させたスキル【好感度アップ】の成果だろう。
この好感度アップのスキルとは対象とした人物の好感度を上げ、印象を良くするスキルかも...... と、俺は睨んでいた。
結果は見ての通りで、好感度アップとは文字通り、対象とした人の印象が良くなるスキルと見て間違いない。
この好感度アップが交渉成功に一役買った可能性もある。
まだ暫定的な結果だが、これは使えそうなスキルだ。
だけど...... これでやっとスタートラインに立ったに過ぎない。
本題はこれからだ。
「ではグラシャ閣下。早速ですが、貴方に聞きたい事が御座います」
俺は改めて、此処に来た本来の目的の為に頭を切り替えた。
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「なるほど。グラシャは我等に協力すると言ったのだな」
「はっ。間違いありません」
「俺もこの耳で確かに聞きました。彼奴はもう帝国軍に未練は無いとも」
「グラシャ閣下は此方の質問に淀みなく答えて下さいました。 協力すると言うグラシャ閣下の言葉に嘘はないかと思います」
「そうか...... 良くやってくれた!」
「始め聞いた時はどうなるかと思ったけど、2人に任せて正解だったみたいね〜」
時刻は午後20:00。
協力すると言ってくれたグラシャ大将軍から、様々な情報を聞き出した俺とヴァルツァーは、鎧破壊作戦を無事に成功させ、満面の笑みで労をねぎらってくれたこの駐屯地の隊長、グロウ連隊長や、その娘のカリーナさん達の前で得た情報を全て説明した。
「我が駐屯地を襲った獣人達は魔法具で操られていたのか...... 」
「しかも、その魔法具はあの大罪人ベルガスの協力の下製作したと...... 」
「ベルガスが反旗を翻した本当の理由も判明しましたな。エルド帝国許すまじ!」
同席していた参謀や各部隊の隊長達が次々に口を開く。その言葉には、怒りがハッキリと見て取れた。
グラシャ大将軍から得た情報は、実に有益な物だった。
巨大な鎧...... 魔導兵の性能は勿論の事、帝国軍の編成及び人数。更に帝国軍に居る獣人達を操っている催眠魔法具の事。
そして、本来の目的とは反れたが、ラルキア王国を乗っ取ろうとクーデターを起こしたベルガスとエルド帝国との繋がりも聞き出せた。
グラシャ大将軍の話を聞く限り、膨大な奴隷を抱えるエルド帝国は奴隷1人1人に【隷属の首輪】という、魔力と腕力等を抑える魔法具を付け、彼等を酷使していた。
しかし隷属の首輪は魔法具故に製造コストがかかり、性能に関して言えば、着用者の魔力と腕力を抑え込むだけと、お世辞にも優れた魔法具とは言えなかった。
そこで、もっと効率的に奴隷を操る方法はないかとエルド帝国人が模索していた時、エルド帝国軍の【軍師長】なる人物は、催眠魔法という特異魔法を使えるベルガスの情報を得た。
そしてこの軍師長はベルガスに秘密裏に接触。金品を餌にしてベルガスから催眠魔法具開発の協力を得ると同時に、ラルキア王国で反乱を起こし、ラルキア王国を乗っ取る様にけしかけた。
この時、軍師長は反乱を起こすなら、我等はあらゆる援助を惜しまない。
反乱が成功した暁には、エルド帝国はベルガスをラルキア王国の統治者と認め、ラルキア王国を治める権利を与える。ラルキア王国には2度と戦火が降りかかる事は無いだろうと言ったらしい。
催眠魔法具開発の協力要請はまだ分かるが、何故軍師長はベルガスに反乱をけしかけ、反乱が成功した暁には統治者として君臨する事を認めたのか。
簡単に言ってしまえば、エルド帝国はベルガスを頂点としたラルキア王国を衛星国...... 支配下に置くつもりだったらしい。
軍師長はベルガスに、ラルキア王国の繁栄を約束する代わりとして、エルド帝国皇帝に忠誠を誓えとも迫ったとか。
つまり、エルド帝国は、ベルガスを頂点に置いたラルキア王国を丸々自国のエルド帝国の領土に組み入れる狙いがあったのだ。
エルド帝国皇帝の配下になるとはいえ、実質一国の王となれるこの提案を了承したベルガスは、エルド帝国から金銭的な援助を受け、催眠魔法具の開発に協力しつつ、同時進行で反乱の要とも言える秘密兵器、魔力式爆弾を開発。
そして反乱を起こした。
ちなみに、ベルガスはこの反乱の際、計画に携わる全ての人員をラルキア王国内から選別、調達していた。
理由としては、エルド帝国の人間を不用意にラルキア王国へ招き捕まりでもしたら、反乱を画策したのがエルド帝国だとバレる事を警戒したらしい。
無論、これは軍師長なる人物の指示だとか。
まさかこんな形で、ベルガスがクーデターを起こした真相を聴く事になるとは思っても見なかった。
ベルガスの反乱は、裏でエルド帝国が暗躍していたのだ。
「皆、ベルガス反乱の件で怒りを覚えるのは良く分かる。
しかし、今は眼下に居座る帝国軍を蹴散らす事が最優先ぞ」
「ですね。恐らくですが...... 初日に予想以上の大損害を被った帝国軍は、明日にでも総攻撃を仕掛けてくると思います」
「我等参謀科、各部隊長も、閣下やカリーナ殿と同じ考えで御座います。
帝国軍は、日の出と共に数万の大軍でこの駐屯地に攻撃を仕掛けて来る見て良いでしょう」
「うむ。カリーナ、王都から連絡は?」
「今から数刻程前、総司令部より伝令が来ました。伝令からの言付けでは、明日の昼に王都から援軍が駆け付けるとの事です」
「昼か...... 早朝から攻撃が始まると仮定しても約6時間...... それまで我等は持ち堪えられるのか...... 」
「「「「「 ...... 」」」」」
グロウ閣下が、カリーナさんが、各参謀や部隊長が悲痛な表情を浮かべる。
皆、たった2千弱しか居ない第1連隊が少なくとも6時間という長い間、数万のエルド帝国軍相手に戦い切れると、胸を張って言い切れなかった。
それ程までに、兵力差は圧倒的だった。
「...... ならよ。夜襲を仕掛ければ良いんじゃねぇか?」
「なに?」
「夜襲...... ですか?」
不意に佇んで居たヴァルツァーが口を開いた。
彼の口から出た言葉を聞いたグロウ閣下が、鋭い眼光をヴァルツァーに向ける。
カリーナさん達も、首を傾げながらヴァルツァーを見た。
「えぇ。今の第1連隊駐屯地が総攻撃を受ければ、贔屓目に見ても3時間が限界でしょう。
なら、闇夜に乗じて敵を攻撃。敵が総攻撃をおっ始める前に出鼻を挫ければ...... 」
「しかし、夜襲を仕掛けても同士討ちの危険ある...... 」
「それに我等は闇夜に乗じて戦う訓練はしておりません。夜襲は確かに効果的かも知れませんが...... 」
「夜襲...... そうか! 夜襲だ!」
「どうかしましたか? ミカ...... ごほん。 ヒメユリの隊長さん? 何か良い案が?」
「はい! 皆さん、私に良い案が御座います!」
どうすればこの状況を乗り越えられるか。
そればかりを考えていた俺は、ヴァルツァーの言葉を聞き少し着眼点を変えて考え直した。
そして思い付いた。
効果的な夜襲の方法を。
帝国軍に最も打撃を与えられる作戦を。
「...... 鎧破壊作戦を成功させたお主の案だ。案を聞かせてくれ」
「はっ!」
俺の事をミカドと言いかけたカリーナさんに笑みを持って答えた俺は、自信を持ってグロウ閣下達に作戦の詳細を教えた。
休んでる暇は無い。
この作戦が失敗しても成功しても、この作戦を実行するもしないも、どの道明日の朝には総攻撃が始まるだろう。
もしそうなれば、俺達は援軍が来る前に全滅するだろう。
ならば、僅かでも勝利に繋がる方に賭ける。
全ては明日を生きる為に。
ここまでご覧いただきありがとうございます。
お陰様で最近やっと私生活の方が落ち着き、纏まった執筆時間を取れる様になりました。
今後は今まで通り、毎週水曜日更新を心掛けていきますので、何卒よろしくお願いいたします。
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