149話 鎧破壊作戦 5
こんにちは。いや〜、睡眠って気持ちいですよね。僕は睡眠ってヤツを、この世で最大の娯楽だと思ってます。
タダで出来て、時間も潰せて。
睡眠最高!
そして、すみませんでした。
( 訳:寝過ごして、更新が2時間も遅れてしまいました。申し訳ありませんでした )
「よし、標的を視認したぞ!攻撃科、支援科、偵察科は周囲を警戒!歩兵科は鎧を破壊する準備を!」
「了解!」
「はい!」
「ん...... 」
「「「「「イエス・サー!」」」」」
セシルが、ドラルが、マリアが、計18人のヒメユリが頼もしく答え、其々の役目を果たす為に動き出す。
ドラル、ファルネそしてアミティアから成る支援科が羽根を広げ、上空を旋回する。
その下では、ツィート、ベティの攻撃科と、マリア、フロイラ偵察科が其々持つ銃火器のグリップを握り締め、歩兵科を守る様に周囲に散らばった。
時折、ダダダダダッ!と、鋭い発砲音が響く。
四方を警戒し、接近する敵に射撃を浴びせかけるドラル達の中心では、セシルやティナ達歩兵科の隊員が、重い音と共に背負っていたバックを下ろしていた。
「ねぇミカド。本当にこんな柔らかい物でこの鎧が壊せるの?」
そのバックの中から、縦20cm、横9cm、高さ7cmの乳白色の物体を取り出したティナ・グローリエが、不安そうに俺を見つめる。緊張からか、不安からか...... 乳白色の物体を持つティナの指に力が篭った。
すると物体はグニャッと形を変え、ティナの指跡を残す。それはまるで粘土の様に見えた。
「あぁ。壊せる!この【C4爆薬】なら確実にな!」
俺は自信を持って、この乳白色の物体...... 【C4爆薬】なら鎧を確実に破壊出来ると断言した。
この爆薬は、本作戦の標的である巨大な鎧を破壊する為、出撃の直前にこっそり召喚した物だ。外見は先に書いた様に、乳白色で縦が20cm、横は9cm、高さが7cmの長方形になっている。
重量は、この長方形のブロック1つで約1kgだ。
【C4爆薬】とは、オクトーゲンやニトロセルロースといった物質を、主成分であるトリメチレントリニトロアミンと混ぜて形成した爆薬の一種だ。
ただし爆薬の一種と言っても、このC4は普通の爆薬とは一線を画す。
C4という爆薬は、衝撃を与えても爆発物せず、火に投げこんでも単に燃えるだけ...... そして粘土の様に自由に形を形成出来るという特徴を持っているのだ。
C4爆薬...... 別名【プラスチック爆弾】は、これを爆発させる【信管】と言う部品を付け起爆させなければ、乱雑に扱ってもほとんど爆発する可能性が無い、極めて安全性の高い爆発物だ。
それでいて、この塊が爆発した時の威力は、先に発射したRPG7やパンツァーファウストの爆発を大きく凌駕する。
粘土の様に自在に形を変えられ、多少乱暴に扱っても爆発する事の無い高い安全性、そして起爆した際に発揮する高い爆発力......。
俺はこの特徴に目をつけた。
C4の持つ可塑性の高さは、爆発対象に合った形に変形させ、限定された対象をより効果的に爆破するのに適していた。
俺も背負っていたバックを下ろし、中から長方形に形成して召喚したC4を取り出す。
「まぁ、今更狼狽えても何にもならないわよね...... わかったわ!それで、このC4?は何処に設置するの?」
「ちょっと待ってろ!」
ティナの言葉を聞きつつ、俺は素早く鎧の前に立った。
この鎧は左膝から下を地面につけ、右膝を立てている。それはまるで、騎士が王に傅いている様にも見える。それと同時に、俺は改めてこの鎧の大きさに圧倒された。
片膝立ちなので正確な数値は分からないが、直立した時の全長は優に5m程になるだろう。
しかもこの鎧は人の形をしていた。
人の形をして、かつ片膝立ちの姿勢を取れるという事は、それなりの可動域とバランスを持っている事になる。
それは、仕組みは兎も角、この鎧が自立して二足歩行出来る可能性が高い事を示していた。
こんな巨人が歩き出して第1連隊に攻撃を仕掛けでもしたら、如何に勇猛果敢なラルキア王国軍と言えど動揺し、混乱してしまうだろう。
それを阻止するのが、俺達の使命だ。
そこで俺は、何処を爆発すれば最もこの鎧にダメージを与えられるかを見極める為、この鎧を観察し、そして気付いた。
人間でいう所の太腿や脛、爪先に当たる部分は分厚そうな鉄で覆われているが、足首や膝...... 関節部と思しき場所には鎖帷子しか確認出来なかったのだ。
「ここだ!皆、この膝の部分にC4を付けろ!」
俺はこの鎖帷子の部分が、太腿や脛等、各部の鉄を繋ぎ止める皮の役割を果たし、同時に可動域になっているのだと睨んだ。
この部分を破壊すれば、鎧はバランスを崩し、歩行はおろか立ち上がる事すら出来なくなるだろう。
矢継ぎ早にC4を持つセシルやティナ達歩兵科に指示を出した俺は、C4を2本、鎧の右膝をグルリと囲む様に巻き付ける。
こういった設置方法は、ダイナマイ等の固形爆薬では真似出来ない。加えて、信管の付いていないC4は粘土とさほど変わらない。
鎧を破壊する為にC4を選んだが、早くもその利点を活用する事が出来た。
「膝だね?わかった!皆、良い?ミカドがやったみたいに鎧の膝にC4を設置して!」
「「「イエス・サー!副隊長!」」」
セシルの号令の下、歩兵科の皆が鎧達の足元に群がり、膝にC4を巻き付けていく。
その周囲ではマリアやフロイラ達が周囲を警戒し、時折接近する敵に鉛玉を浴びせかけている。
「こっちは順調だけど、レーヴェ...... 」
1体目の鎧にC4を巻き付け終えた俺は後ろを向き、サブナックと死闘を演じているだろう少女の名を呟いた。
ズゥゥン!
その時、この陣内の東側の方角から、何か重い物が大地を踏み締めた様な、重厚な音が響き渡った。
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「だりやぁぁあ!」
「ちっ!」
ギン!ガギィン!
帝が名を呟いたその少女は、戦棍と盾を持つ男に善戦していた。
金属同士が激しくぶつかり合う音が周囲に響き渡る。
少女の振り下ろす斧の一撃を受ける度に、戦棍や盾でその一撃を防ぐ男は苦しそうに口を歪めていた。
「中々やるな!だけど...... へっ!
戦棍と盾の申し子って言っても、さすがに連戦は辛そうだな?」
「あぁ?何言ってんだ?俺様は全然余裕だ!」
まるで小枝を振る様に重厚な戦斧を肩に担いだレーヴェは、微かな笑みを浮かべてサブナックを見つめた。
相手を気遣うだけの余裕のあるレーヴェの笑みを受け、サブナックは再度強い屈辱を感じ、戦棍を強く握り締める。
( ちっ...... さっきガキと戦った所為か、息が切れるのが早ぇ......。
体力が万全なら、こんな奴に引けは取らねぇのに!
いや...... そんなのただの言い訳だ。
そもそも!俺様がこんな所で負ける訳がねぇ! )
「てめぇも手加減なんかしねぇで本気で来いよ」
「そうか...... なら僕の全力を見せてやる!」
内心で生まれた僅かな焦り。
腕力だけで今の地位まで上り詰めたこの男は、初めて尻餅を着かされた屈辱から激しい怒りを感じると同時に、負けた時の言い訳を考えている自分が居る事に気付いた。
そんな後ろ向きな思考を振り切る為、サブナックは戦棍を持った手をレーヴェに向け、クイクイと人さし指を動かす。
ズゥゥン!
「な、なんだ?」
「この音は...... 」
サブナックがレーヴェを挑発した直後、前方の帝国軍陣地から地鳴りがした。
その地鳴りの正体をサブナックは察する。【魔導兵】が動き出したのだと。
対するレーヴェは、地鳴りの正体迄は分からなかったが、何か良くない事が起こったという事は分かった。
「...... 次で決めるぞ!」
レーヴェの脳裏に、前方で任務を果たしている帝達の姿が過る。
レーヴェは、あの地鳴りから言い様のない不気味な気配を感じた。
( この男は強い。さすがマリアを追い詰めただけの事はある。
それに男の待つ盾...... この盾には、9mmパラベラム弾の弾痕が幾つもあった。って事は、マリアのベレッタ・ブレードはこの男に通用しなかったって事になる......。
音速を超す弾丸を防ぐなんて、並の奴には出来はしない。この男は段違いに強い。でも、僕の銃斧の20mm弾なら! )
レーヴェは20mm弾を放とうと、鉾先に開けられた銃口をサブナックに向け、柄の後方に設けられたトリガーに指を掛けた。
「はっ、はは!」
「な、何が可笑しいんだよ!」
不意に、サブナックが笑い声を漏らした。突拍子もない笑い声に、レーヴェは目を見開く。
「獣人。てめぇの持ってるその斧。
その斧も、さっきのガキが持ってた妙な魔法具と似た物なんだろ?」
「は、はぁ?何の事だ?僕には何の事だかわからないな」
「へっ。てめぇはさっきのガキと違って考えが顔に出るから分かり易い。
おおかた、その斧から何か飛び出してくるんだろう? 良いぜ、受けてやるよ!俺様の盾を砕く自信があるならな!」
「っ!」
盾を構えたサブナックの言葉を聞き、レーヴェの頭に電流が走った。図星を突かれ、レーヴェの顔に動揺の色が微かに滲む。
誤魔化そうにも、レーヴェは戦いに関する事以外で頭を使うのは不得意だった。
逆にレーヴェの動揺した表情を見たサブナックは、レーヴェの不思議な動作を見て、この斧も、さっきのガキ...... マリアが持っていた妙な形のナイフと同類の魔法具だと確信した。
( 此奴、僕が何をしようとしたのか見抜いた!? マリアから射撃を受けたから、僕の考えに気づけたのか!
なのに此奴は、それでも臆する事なく勝負を挑んできた......。
僕は...... こんな堂々と勝負を挑んできた奴に20mm弾を撃つのか? )
「...... わかった 」
「お?」
レーヴェは、僅かな間を置き、ゆっくりとトリガーから指を離した。
レーヴェの持つ戦斧、ガン・アックスには巨大な20mm弾を発射出来る射撃機能が有るが、レーヴェはそれを使わず、斧でこの男を倒すと決めた。
一刻も早く仲間と合流しなければならないが、レーヴェは正々堂々勝負を挑んできたサブナックを見て、自分も自分が持つ純粋な力だけで戦う事が、この戦士に対する礼儀だと考えたのだ。
レーヴェは姉妹を追い詰めたこの男の実力を、心の何処かで認めていた。
戦士には敬意を表し、戦士の流儀で接する。
この行動は、それを踏まえた上での選択だった。
「止めだ。お前はあの機能で倒して良い相手じゃない!お前は正々堂々、僕の力だけでぶっ倒す!」
「はは、面白ぇ。俺はさっきのガキよりお前の方が気に入った!
尻餅着かされた借り、返させて貰うぜ!」
「返せるもんならなぁぁあ!!」
「上等だぁぁあ!!」
戦斧が。戦棍が。蒼穹の空へ高く掲げられる。
互いの全力を込めた斬撃が、鋭く空を切った。
ガギィィィイイン!!
「がはっ!!」
互いの斬撃が正面から衝突する。
これまでで1番大きな金属音が大地に響き、衝撃波が広がる。
2人の身体を、凄まじい衝撃が貫いた。
「へへ......!よっしゃあ!僕の勝ちだぁあ!」
「ち、畜生が...... 」
レーヴェは会心の笑みを浮かべた。
サブナックの持つ1m85cmを超す特注の戦棍は音を立てて砕け散り、その破片がキラキラと太陽光を反射させ宙を舞う。
対してレーヴェのガン・アックスは、真正面から戦棍とぶつかり少し刃こぼれしこそしたが、重厚な存在感を放つガン・アックスはその無骨な姿を完全に留めていた。
サブナックは身体を再度吹き飛ばされ、今度は身体全体を地面に横たわらせる。一方のレーヴェは、2本の脚で大地を踏み締めていた。
地面に横たわるサブナックと、直立不動のレーヴェ。勝敗は誰の目にも明らかだった。勝利の女神は、レーヴェに微笑んだ。
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「な、なんだこの音は!」
レーヴェとサブナックの戦いに決着が着いた頃。
ベリト率いるラルキア王国軍追撃部隊3982人は、前方のラルキア王国軍部隊が居る方角から聞こえる鏑矢の音に浮き足立っていた。
王国軍には、個々の武力よりも策に重きを置く知将が居ると、サブナックを始めとする帝国軍の面々は考えていた。
そんな知将が率いて居ると思しき部隊から、合図と思しき甲高い音が上がったのだ。
王国軍はまた何か仕掛けてくるのかと、帝国軍に動揺が走るのは当然だった。
「王国軍は何か仕掛けてくるかも知れない!周囲を警戒しろ!」
「「「「ウーラー!」」」」
しかし彼等は止まらない。
否、止まれなかった。
ベリト率いる王国軍追撃部隊は、グロウ率いる部隊の後方、約500mまで接近していたからだ。
そして、彼等は馬に乗っていた。馬は急に止まれないし、無策に止まると返って危険だ。
故に王国軍の追撃任務を帯びている帝国軍追撃部隊は、周囲を警戒しつつ突撃を図る他無かった。
「周囲に敵の姿は見えるか!」
「はっ、今の所周囲に敵はおりません!」
「わかった。皆、伏兵に注意しつつ、前方の敵を打ち砕くぞ!総員、突撃!」
「「「「「ウーラー!」」」」」
炎の揺らめきを思わせるフランベルジュと大きく見開かれた瞳が、キラリと力強く光る。
フランベルジュの鋭い切っ先と、燃える様な紅い目線は、逃げるラルキア王国軍の背中をしっかりと捉えていた。
「勇敢なる王国軍兵士達よ!今だ!」
「「「「「おぉお!!」」」」」
「なっ!?」
「「「「「なにぃい!?」」」」」
馬足を速め、背後から王国軍を攻撃しようとしたベリト達ラルキア王国軍追撃部隊は、前方からグロウ連隊長と、王国軍兵士達の声を聞いた。
その直後、帝国軍に先程の鏑矢の音が聞こえた時以上の動揺が走る。
「お、王国軍が!!」
「2つに別れた!?」
目の前を走っていた王国軍が、突如として左右に別れたのだ。
「此方を混乱させる策か!?」
またしても理解不能な王国軍の行動に、ベリトは叫ぶ。
王国軍と帝国軍の距離は凡そ300m。目と鼻の先まで帝国軍の接近を許した王国軍は、何故か1500人の部隊を其々750人の2つに別け、東西に向かって走り出した。
フランベルジュを持つ将軍はこの王国軍の行動を見て、此方の標的を1つに絞らせない様にする為の策と睨んだ。
だがそれは違った。
まるで旧約聖書に出てくるモーセが、奴隷として酷使されていたヘブライ人達と逃げる際、目の前に広がる海を2つに割ったと伝えられる伝説の様に、王国軍は綺麗に左右に割れる。
その向こう側から、大きな土煙を上げる【何か】が、割れた王国軍の間を縫う様に驀進してきた。
「戦車隊!第7駐屯地隊!攻撃開始よ〜!」
「「「「「おぉぉおお!!」」」」」
「なっ!?」
左右に割れた王国軍の間を突っ切る様に、【何か】がベリト達を目掛けて突撃してくる。
ベリトはその【何か】を見て、余りの衝撃にフランベルジュを落としかけた。
ガラガラガラガラ!
「行け行け行け!突撃だおらぁあ!」
「突っ込めぇえ!!」
「エルド帝国軍をぶっ潰せぇえ!」
ベリト達、ラルキア王国軍追撃部隊に一直線に向かって来る【何か】。
それは、盾や鉄板やらで身体を覆う無数の馬と、馬同様に盾や鉄板で車体を覆い、馬に牽引されガラガラと4つの車輪を転がす50台の荷馬車の軍団だった。
「な、なんだあれは!?」
帝国軍に向かい、真っ直ぐ突っ込んでくる馬車の軍団を見て、ベリトは叫んだ。
これこそ、帝が囮の王国軍を追撃するだろうエルド帝国軍騎馬隊に対し、対抗する為に【特殊な細工を施したある兵科】の正体。
それは古代エジプトや古代中国で使われた古の兵器。特別騎馬隊と、第7駐屯地部隊から成る即席の【戦車隊】だった。
このチャリオット隊を指揮するのは、ベルガス反乱の際、第7駐屯地部隊を率い、反乱軍に押されていたラルキア王国軍の救援に駆けつけ、戦局を覆す切っ掛けを作った優秀な指揮官、カリーナ・アレティス。
そのカリーナ・アレティスの指揮の下、即席の装甲を施した4輪の馬車の上では、馬車を牽引する2頭の馬を巧みに操る特別騎馬隊の隊員や、弓や槍を構え、第7駐屯地隊員達を鼓舞するシュタークやクリーガ、アルの姿があった。
「第7駐屯地総員〜!敵を蹴散らしなさ〜い!」
「「「「「応!」」」」」
「がはっ!?」
「ごぁあ!!」
「ぎゃっ!」
そして血生臭い戦場に、緊張感を感じさせないカリーナ・アレティスの緩い声が響く。
彼女の指揮下の戦士達は、素早く、そして忠実に命令を実行した。
追撃部隊の先頭を突き進む騎兵達は、第7駐屯地隊の放った矢を、もしくは投擲された槍を受け、次々と落馬する。
チャリオットを操るのは、第1連隊駐屯地に集結した部隊から、馬術に秀でた者達で構成された特別騎兵隊の兵士達...... 初戦で撤退する奴隷軍に追撃を仕掛けた部隊の面々だ。
馬術に秀でた彼等が操るチャリオット隊は、まるで1つの生物の様に、一糸乱れぬ見事な陣形を組んでいる。
そんな勇者達が牽引する馬車の上には、大量の矢や槍が詰め込まれている。
この豊富な武器を惜しげも無く使い、帝国軍追撃部隊を打ち砕いているのは、阿修羅の如く、鬼気迫る表情を浮かべた第7駐屯地の強面の面々だった。
このカリーナ・アレティス率いるチャリオット隊は、囮の王国軍と帝達エルド帝国領内潜入組が出撃した更に後、第1連隊駐屯地の北門から静かに出撃していた。
その後彼等は事前に決めていた通り、いつでも攻撃をしかけられる様北門の陰に姿を隠し、攻撃の開始を告げる鏑矢が昇るのを待っていた。
帝国軍が接近した事を帝達に伝える鏑矢は、同時にこのチャリオット隊へ攻撃開始を告げる合図でもあった。
チャリオット隊は王国軍の真正面から攻撃を仕掛けた。その姿は、帝国軍から見れば逃げる王国軍の背で隠され、ベリト達は攻撃を受けるその瞬間まで、チャリオット隊の存在に気付けなかった。
「くそッ、伏兵は想定していたが、こんな兵器の登場は想定外だ!
全部隊、一時撤退!体制を立て直すぞ!」
「待ってください将軍!敵はたかだか歩兵が1500と馬車が50台です!
この様な少数の敵相手に背を向けるなどあり得ません!」
「作用!我らは無様に退却した先遣軍の腰抜け共とは違います!敵は少数。しかし背を向け撤退をすれば、被害は更に大きくなります!
ここは多少の被害を覚悟で攻勢に出るべきです!」
ベリトは初めて目にする兵器の登場に一瞬狼狽えた。だが、直様気持ちを切り替えると全部隊の安全を確保する為に撤退を指示する。
しかし、1000の騎兵を指揮する部下の1000人将2人が、この指示に真っ向から反発した。
( 不味い!彼等は奇襲を受けて頭に血が上っている!)
「馬鹿者!この分だと、まだ何か策があるかも知れないんだぞ!
先方の者は馬車からの矢撃で動揺している。兵が浮き足立てば、勝てる戦も勝てない!この状況で貴公らが突っ込めば、それは犬死しに行くようなモノだ!
多少の被害どころの話ではなくなるんだぞ!」
「しからば!我らが敵の小細工を打ち砕き、目の前の馬車共を薙ぎ払ってご覧にいれます!」
「我等が動揺の根源たる馬車共を蹴散らせば、兵の動揺も静まりましょう!御免!」
「ま、待て!!」
「「べ、ベリト将軍!」」
「くそっ!あの2人を見殺しには出来ない!我等も後を追うぞ!」
「「は、はっ!」」
怒り心頭し、状況を冷静に判断出来なくなってしまった2人の1000人将は、ベリトの制止を無視して直属の部隊を率い、迫る馬車の群れに突撃した。
残った2人の1000人将が、どうするのかと不安げな表情をベリトに向ける。
普段から冷静だと定評のあるベリトは、珍しく怒りを露わにした。
それは奇襲を仕掛けた王国軍へ向けた物ではなく、撤退の指示を無視した1000人将達へ対する怒りだった。
如何にベリトが冷静に状況を判断し指示を出しても、部下達が指示通りに動いてくれなければ、最悪自分を含めた全部隊が壊滅する恐れが有る。それがベリトが怒った理由だった。
しかし、如何に指揮官に意見をするという愚行を犯したとしても、彼等がベリトの部下なのには変わりはない。
彼等を指揮する立場のベリトに、彼等2人とその部下達2000を見捨て、撤退する選択肢は無かった。
ベリトは残った2000の騎兵を率い、先走った2人の1000人将の後を追う。
そのベリト達の前に、馬と鉄の壁が前に立ちはだかった。
次回投稿は、8/2。21:00頃を予定しています。
励みになりますので、ご意見ご感想いただけましたら幸いです。