147話 鎧破壊作戦 3
「って、なんだ。変な奴が居ると思ったらただのガキじゃねえか。
妙なナリしてるが...... まぁ良いか。ほら、てめぇ等。怪我したくねぇだろ?とっとと家に帰りな」
「ま、マリアさん...... 」
「大丈夫...... 落ち着いて.....」
フードとアフガンストールで顔を隠したマリアとフロイラから成る、偵察科一個組。 彼女達はたった2人にも関わらず、帝国軍陣地への偵察任務を勇敢に果たしていた。
彼女達はエルド帝国領内に侵入後、身体能力強化を使い韋駄天の如く突き進んだ。駆け出してから約10分後。彼女達は木で作られた、些か急ごしらえな印象を受ける簡素な帝国軍陣地の目の前に到着していた。
彼女達は、陣地の近くに積み重なった材木の陰に隠れる。
折り重なる材木の隙間から顔を覗かせ、彼女達は陣地内の詳しい状況を偵察した。
今回は潜入任務という事で、帝国軍陣地への偵察には、ヴィルヘルムの本来の基本原則に添い、偵察科が行なっている。
先程の様に、空を飛べるドラル達支援科でも偵察任務は一応は出来る。だが、敵地の真っ只中で援護射撃能力に特化した支援科を偵察任務に充ててしまうと、不測の事態に陥った際に迅速な援護射撃が受けられなくなってしまう。
先程の場合では、ヒメユリは第1連隊駐屯地に待機し、敵に襲われる心配は皆無だった。ここに付け加えると、あの時マリア達に偵察を任せたら、両国家間を迅速に行き来させる為に馬を使わざる負えなかった。
だから、不測の事態に陥っても生還の可能性出来る可能性を最優先し、その身1つで空を駆ける事の出来る支援科に偵察を任せていた。
現在ヒメユリはエルド帝国領内の敵陣地に向けて潜入中である。
故に帝は臨機応変に状況を見極め、支援科の援護射撃部隊を保持しておき、同時に近距離での偵察なら馬より目立たず、身軽に動ける偵察科に今回の偵察任務を任せた。
この陣地内には、1時間程前に支援科ドラル達が齎してくれた情報の通り、巨大な鎧が確認出来た。数は約50体だった。
その鎧達はまるで隊列を組んでいるかの様に、右膝を立て鎮座していた。
( 鎧達は其々5体ごとにグループ分けされてる...... このグループは上から見れば【Λ】になる様に鎮座してるみたい...... )
マリアは、鎮座する鎧達が【Λ】の形の隊列を取っている事に気がついた。
この事を後方に居るヒメユリの総隊長、帝に報告しようとしたマリアは、不意に背後から乱暴な言葉遣いの帝国軍人の男に声を掛けられた。
( 大きい....... )
慌てて振り向いたマリアが、この男を見て感じた第一印象はコレだった。
( 自分を奴隷商人から助け出してくれた神様......。ミカドと同じ位の身長。
それに身長より高い位の戦棍に獅子の顔が描かれた巨大な盾......。まさか、この人は...... )
この戦棍と盾を見て、マリアはの脳裏にはある人物が浮かんだ。
「戦棍と盾の申し子...... 」
「お!なんだお前、俺様を知ってるのか!いやぁ、俺も有名になったもんだ」
マリアの呟きに、戦棍を持つ男は照れた様に頬をポリポリと掻き、そして笑った。そんな呑気な男とは打って変わり、マリアとフロイラの顔には冷や汗が滲む。
軽薄そうに笑うこの男は、以前アンナが言っていたエルド帝国の将軍...... エルド帝国軍の次期覇龍7将軍と名高い闘将、サブナック将軍と分かったからだ。
( まさかこんな場所で遭遇するなんて...... )
マリアは、腰にぶら下げた武器、ベレッタ・ブレードに手を掛けた。今この男は隙だらけだ。
この隙を突けば、戦棍と盾の申し子の2つ名を持つこの男を倒せるかも知れない...... そう思っての動きだった。
しかし......
「おいガキ。妙な真似はすんなよ。俺はガキを殺す趣味はねぇんだ」
「っ...... !?」
「てめぇ等が何をしてたか...... 今の行動で察しは付いたが、ガキを殺すのは寝覚めが悪ぃ。
まだてめぇ等は俺以外に見つかってねぇ。今回限りだが、今なら特別に見逃してやる。早く消えろ」
マリアがベレッタ・ブレードに手を掛けた瞬間、蒼髪の青年サブナックから笑みと、漂っていた軽薄な雰囲気が消える。
代わりに眉間には皺が寄り、空色の瞳はまるで猛禽類の様に爛々と輝いた。
それと同時に、サブナックの身体から剃刀の様に鋭く、それでいて斧の様に重厚な殺気が漏れる。
マリアは、サブナックから溢れ出る殺気に僅かに怯んだ。
そして悟る。
この男は自分達が何をしていたのか見抜いのだと。
「退く...... わかった?」
「は、はい!」
それでもマリアは冷静だった。
この男は、殺気を含みながらも「見逃してやる」と言った。それは彼女達からしたら有難い提案だった。マリアはフロイラを見つめる。
今は余計な騒ぎを出来るだけ起こしたくないと判断し、マリアは大人しく逃げる事を選択した。
「...... ちょっと待ててめぇ等」
「「......!」」
マリアの言葉に、フロイラは安心した様に頷いた。
だが...... 彼女達が警戒しつつ背を向けた瞬間、サブナックは彼女達を引き留めた。
「てめぇ等...... もしかして先遣軍の正規兵共やアスタロト大将軍の龍騎兵隊を殺った奴等か?」
「...... なんの事?」
「てめぇ等から嗅いだ事のない匂いがする。殺られたアスタロト大将軍達は皆、俺達が見た事もねぇ攻撃でやられた。
ありゃ攻撃魔法の類じゃねぇ。とすれば、残ってる可能性とすりゃ、アスタロト大将軍達が殺られたのは、俺達が知らない特殊な魔法具を使われたか...... それ位なもんだ」
「な、何が言いたいんですか!」
殺気を隠そうともしない鋭い目線をマリアに向けながら、サブナックは淡々と言葉を発する。
その言葉を聞いていたフロイラは、ギュッとP90のグリップを握り締め、声をうわずらせながら叫んだ。
「何がって...... その変な匂いがする板切れみてぇな物......お前が持ってる【ソレ】が、アスタロト大将軍達を殺った魔法具なんじゃねぇのか?」
サブナックはゆっくりと人差し指を伸ばし、フロイラの持つP90を指差した。
( マズイ!)
「偵察科撤退!逃げて!早く!」
「え、で、でも!」
マリアは産まれて初めて声を荒げた。
そして同時に必死に頭を働かせた。
今、目の前立つ脅威から生還する為に。
( マズい事になった......。銃の存在が敵にバレた......。この男が言った匂い...... それは間違いなくP90から漂う火薬の匂いの事......。
戦棍と盾の申し子は、この火薬の匂いだけで、さっき邪龍達を撃破した存在、銃の正体を見破ったみたい......。敵ながらなんて洞察力...... )
マリアは頭をこれ以上ない程働かせ、フロイラに撤退の指示を出す。
マリアはギリっと奥歯を噛み締めた。
( それに目の前に立つこの男は、闘将と呼ばれる程の武芸者...... そんな男が相手じゃ、いくら銃を持ってると言っても、私達が挑んで勝てるかどうか分からない。
なら、ここはフロイラの安全確保を最優先にしないと...... その為には私が時間を稼いで、フロイラを逃がすしかない。それが偵察科隊長の私の務め......!)
「良いから!逃げて!」
「は、はい!」
マリアの叫ぶ姿を初めて見たフロイラは困惑したが、この状況がそれだけ危機的な状況だという事は直ぐに理解出来た。マリアに発破をかけられたフロイラは、その鬼気迫る表情に反論出来ず、来た道を全速力で引き返す。
マリアは此処でフロイラと共にこの男と戦うよりも、自らがこの場に止まりサブナックを足止めし、フロイラを確実に逃がす事を優先したのだ。
「...... その反応。まさか図星か?」
「うるさい...... 」
頭の中で自分が為すべき事を判断したマリアは深く深呼吸し、気持ちを落ち着かせる。
数回深呼吸をし、気持ちを落ち着かせたマリアは再度ベレッタ・ブレードのグリップを握り、抜き放った。
対するサブナックの顔には、何処か悲しんでいる様な色が浮かんでいた。
「へ...... 口の悪いガキだ」
「貴方にだけは言われたくない...... 」
遠くから銅鑼やラッパの音色が、そして男達の雄叫びが聞こえてくる。2人の頬を撫でる風には、鼻をつく血の香りが混じっていた。
( 此処は戦場で、敵地の真っ只中...... そして目の前には武芸者の将軍...... ツイてない...... 最悪...... )
生臭い風を身体全体で感じながら、マリアは両手に持ったベレッタ・ブレードをしっかりと握りしめ、構えを取る。
そんなマリアを見たサブナックは、悲しそうな表情を一瞬だけ見せたが、直ぐに晴れ晴れとした笑みを見せた。
「それよりもガキ。お前、仲間を逃がす為に武器を抜いたのか?」
「そうだと言ったら...... ?」
「いや。仲間を逃がす為に武器を取ったお前に敬意を払おうと思ってな」
「それが貴方が笑ってる理由......?」
「そうだ。俺の2つ名を知って尚挑んでくる奴は帝国軍の中でも数人しか居ねぇ。
そんな俺に、お前は仲間を逃がす為に立ち向かって来た。その心意気...... 気概が嬉しくてな」
「 ...... 」
「でも武器を抜いたなら、幾らガキでも話は別だ。今度はさっきみたいな警告もしない。俺はお前の気概に敬意を払うが...... 確実に殺すぞ」
「御託はいい...... 殺されるのはお前...... 」
「はっ、本当に口の悪いガキだ...... よく聞け!俺はエルド帝国軍、第50軍団軍団長サブナック・ドールギスだ!ガキ、お前の名は!」
「...... 私は...... 私に名前は無い。強いて名乗るなら、私の名はヒメユリ。ラルキア王国を守護する沢山のヒメユリの1つ......!」
「あ?どう言う意味だ?」
「そんな事はどうでも良い...... 殺るの?殺らないの?」
「ちっ!本当に掴み所のねぇガキだ!殺るに決まってんだろ!」
片手で軽々と戦棍を操る男が、鎧に包まれた太い脚で大地を踏みしめる。対する小柄な少女は、特殊な形をした武器を両手に構え、静かに闘志を燃やした。
生臭い血の香りを乗せた風が、また大地を吹き抜ける。
この時、遥か後方で魔獣の遠吠えが木霊したが、相手の一挙一動に集中していた2人はその事に気が付かなかった。
エルド帝国領内に2人の男女が相対する。
ラルキア王国征服軍・中央軍麾下の第50軍団軍団長、【戦棍と盾の申し子】サブナック将軍と、ギルド部隊守護者偵察科隊長...... 後に【第2次人間大陸戦争】と呼ばれる事になるこの戦争の終戦後、【沈黙の瞳】と呼ばれ、ギルド組員達からは元より、各国軍からも畏怖されるマリア・グリュックの闘いの火蓋が、此処に切って落とされた。
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「り、リズベル!王国軍が出撃したよ!?なんで!?」
「私にもわからない...... 何故ラルキア王国軍は出撃なんて...... 」
帝・ヴァルツァー義勇兵部隊と、ラルキア王国軍第1連隊が其々の任務を遂行し始めた直後、ラルキア王国軍の動向に目を光らせていた少女が困惑した声を上げた。
だがその少女以上に、隣でその言葉を聞いた少女の方が混乱していた。
その少女これまで鉄仮面を被っているが如く終始ほぼ無表情だったが、今回ばかりは流石に予想の斜め上を行く出来事に、口元が微かに歪んでいた。
この少女...... リズベルは、ラルキア王国軍は籠城作戦をとり、積極的な出撃は小部隊での追撃以外ではほぼ行わず、ましてや、大部分の兵を率いて出撃する事は絶対に無いと考えていたからだ。
「え、わかんないの!?さっきリズベルはラルキア王国軍は積極的な出撃はしないって言ってたよね?」
「だから混乱してるのよ。普通の神経の持ち主なら、砦を無防備な状態にして出撃なんかしない...... 考えられるとすれば、何か作戦があるのだろうけど...... 」
ラルキア王国軍は、初戦において撤退するエルド帝国軍に騎兵を用いて追撃を仕掛けた。あの時、帝国軍を追撃をした王国軍の騎兵は約300騎程。
それ位の少数なら、【出撃は追撃時のみ認める】とか、【相手の兵力が此方と同等か、それ以下の場合にのみ限る】と言った具合に、この様な条件を定めた上での行動なら、砦を出て帝国軍に攻撃を仕掛けたとしても不思議はない。
冷静に努めようとするリズベルは、顎に手を置きこれまでのラルキア王国軍の動きをおさらいした。
( 今の状況で出撃する事になんの意味がある?
帝国軍は自国の領内に戻り陣を張っている。王国軍からすれば、下手に帝国軍を刺激したりせず、砦に閉じ篭っていれば、結果として人的被害を減らし、平和条約の名の下に参戦する筈の他国軍の到着を安全に待てる......
けど、出撃したからには明確な目的か作戦がある筈...... でも一体どんな目的が?考えられる可能性としては、さっき帝国軍の先遣軍や邪龍達を撃破した人達による攻撃作戦位な物だけど...... )
「作戦?この状況で出撃する必要がある作戦があるの?」
「...... もしかしたら、作戦なんて無くて、さっきの奇襲作戦が成功したから調子に乗ったのかもね」
「え〜?幾ら何でもそれはないと思うよ〜?」
「ならお手上げね。この出撃が国の為に散る事を目的とした集団自殺志願か、調子に乗った故の行動じゃないのなら私には意図が読めないわ」
「むぅ...... リズベルが分からないならリリベルが分かる筈無いよ〜...... 」
急かす様に声を上げる少女...... リリベルの問いに、思考にふけっていたリズベルは肩を竦め、降参といった様に息を吐いた。
どれだけ頭を働かせても、様々な観点から見ても、ラルキア王国軍が出撃した明確な意図が読めなかったからだ。
少なくとも、大部分の部隊を割いて出撃などせず、砦に籠っている方が王国軍の損害は少なくなる。
戦力差が数十倍もある相手に向かい出撃するのは、挑発行為にはなるだろうが、帝国軍が追撃をしない筈がない。
それは自滅に一直線に進む、自殺行為以外の何物でもなかった。
この事からリズベルは、出撃したこの部隊は、ラルキア王国軍の先駆けとして帝国軍へ突貫。そして撃滅する事を目的とした生還の望みの無い決死攻撃を仕掛けたか......
あるいは帝国軍の先遣軍を撃退し、襲って来た邪龍を退けるという法外な勝利に驕り高ぶった故の行動の何方かだと結論付けた。
『ワォォォオン!』
「「?」」
リズベルが考えをまとめたその時。
少し離れた場所から獣の遠吠えが聞こえた。
少女達がその遠吠えがした方を見ると、丘の上に白い毛並みの狼を見つけた。
「あれ...... ヴァイスヴォルフ?」
「なんでこんなの所に...... 」
「あっ!リズベル!ヴァイスヴォルフが!」
不思議そうに丘の上に現れた白狼を見ていたリリベルが声を荒げた。
白狼が国境に向けて駆け出したからだ。
声を荒げるリリベルは、2、3歩踏み出して丘を降る白狼の背を見つめる。
「あ、あれは...... !」
その隣で白狼を静かに観察していたリズベルは、偶然にも遥か北にある物を見つけた。
「リリベル、彼処を見て!」
「え?どこどこ?」
「ほら彼処よ!此処から真っ直ぐ北の方向!」
「あぁ!?誰かが国境を越えてる!?」
そう。彼女達は、今まさに国境を越えようとしている帝・ヴァルツァーの義勇兵部隊を見つけたのだ。
「なるほど!そういう事ね...... これで王国軍が出撃した理由がわかったかも知れない」
「え?本当!?それって...... 」
「移動しながら話すわ。それより、私達も行くわよ」
帝達を発見したリズベルは、不敵にニヤッと口元を歪めた。
「出撃?やったぁ! あ、でも夜になるまでは様子を見るんじゃないの?」
「それはこのまま両軍に動きが無かった場合の話よ。それよりも今は、たった数十人で国境を越えた命知らずさん達に会いに行くの。良い?」
「っ!勿論!そっちの方が待ってるより楽しそう!それにリズベルが出撃するって言うなら反対する理由は無いもん!」
「ありがとう、それじゃ行きましょう」
丘を駆け下りた白狼...... ロルフから遅れる事数分後、少女達は新たな戦いを求め再度鎌を握り締めた。
少女達の目線の先に居たのは、エルド帝国領内へ潜入した小隊。帝・ヴァルツァーの率いる義勇兵部隊だった。
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「くっ......!」
「おらおら!そんな逃げ腰じゃ俺様は倒せねぇぞ!」
「偉そうにして...... ムカつく......!」
ガギィン!
「っと。今のは中々の踏み込みだったぞガキ!」
「ちっ...... 」
ブォン!ブォン!と戦棍が鈍く空を切り、唸る。
戦棍と盾の申し子の2つ名を持つサブナックに、マリアは苦戦を強いられていた。
サブナックの巻き起こす戦棍の旋風は周囲の空気をねじ伏せ、マリアは近寄る事すらままならなかった。
それでも何とか隙を見つけ、マリアは持ち前の軽快さを活かし攻撃を繰り出すも、放った斬撃は尽く獅子が描かれた盾に弾かれてしまっている。
( 強い...... 戦い方はこれまで何度も模擬戦したレーヴェと似ているのに、盾の所為でこっちの攻撃が弾かれる...... )
マリアは歯を噛み締め、一旦後方に下がり距離を取った。
「はぁ...... はぁ...... 」
「息が上がってんじゃねぇか。訓練が足りねぇぞ訓練が」
「うるさい...... 」
想像以上の強さを誇る敵に押され、マリアの呼吸が乱れた。
肩で息をするマリアは、この窮地を打開すべく頭を働かせる。
( 今の状況は圧倒的に不利...... 今はまだ近くにこの男しか居ないとは言え、此処は敵地の真っ只中...... いつ増援が来るとも限らない。
少しでも早くこの場を離れて、ミカド達と合流しないといけないのに、私の攻撃は盾で弾かれる...... 逃げようにも、この状況で背を向ければ間違いなく攻撃される...... なら、この状況を打開するには【コレ】を使うしか無い...... )
「ふぅ...... 」
「お?」
マリアはゆっくりと息を吐くと、静かに構えを解いた。
これまでマリアは右半身を前に、左半身を後ろにし、右手が右胸へ来るように配置。左手は左脇腹へ置くボクサーの様な構えを取っていた。
それが今は、肩の力を抜き、重力に従うままに腕をダランと下げ、身体はサブナックの正面に向けている。
それは一見すると、戦意を無くし、戦う事を諦めて立ち尽くしているかの様に見えた。
「どうしたの...... 来ないの?」
脱力したマリアは、訝しげに首を傾げるサブナックに若緑色の瞳を向ける。
「...... 何を考えてんのか本当に分かんねぇ。お前感情表現が乏し過ぎんぞ?」
「だから......?ふ...... もしかして怖気付いた?」
「あ?」
脱力した少女は、これまでほぼ無表情だった顔に少しだけ笑みを含み、小さく鼻を鳴らした。
「この戦棍と盾の申し子様が怖気付くだぁ?寝言は寝て言えクソガキ!」
「っ!」
自分より明らかに歳下の子供に挑発され、血の気の多いサブナックはピキッと、額に血管を浮き上がらせた。
吠える闘将は戦棍を振り上げ、猪の如く少女に向かって突進する。
状況はマリアのシナリオ通りに進み始めた。
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「閣下!帝国軍の騎兵約4000が国境を越えました!敵は我等に向かい、一直線に突っ込んで来ています!」
馬に乗り、国境沿いを駆けているグロウ・アレティスへ配下の部隊長が声を投げかける。
部隊長は南東の方角を指差した。
そこには、土煙を上げ、国境の塀に架けられた幅数mは有る板を駆け下りる敵騎兵の姿があった。
「敵は騎兵を用いてきたか!」
「はっ!それと先程現れたヴァイスヴォルフが、敵騎兵の一部を引きつけていると報告が来ています。
兵力が分断されている今が好機!我等はこのまま、あの義勇兵部隊の隊長の策通りに動きましょう!」
「無論だ!総員、身体能力強化!駐屯地の東側に向け直走れ!」
「「「「「おぉお!!」」」」」
配下に指示を出しながら、グロウ・アレティスは手綱を強く握り締める。
( 敵は我等を追撃する為に、やはり行動力に勝る騎兵を用いてきた。
此処までは、不思議な魔法具を操る義勇兵部隊の青年が言った通りの展開だな...... )
グロウ・アレティスは数時間前、義勇兵部隊ヒメユリの隊長が発案した本作戦を聞いた時の事を思い出していた。
帝は帝国軍の秘密兵器と思しき巨大な鎧を破壊する作戦...... 鎧破壊作戦を思い付いた時、同時に作戦の成功率を上げる為に、王国軍へ囮役を頼む事を思い付いていた。
帝は連隊長のグロウ・アレティスに本作戦の概要を説明する直前まで、頭の中で鎧破壊作戦のシュミレーションをしていた。その時、この様な状況になるだろうと予期していたのだ。
自分がエルド帝国軍の総司令官なら必ずこうする...... そう考えた上で、帝は帝国軍の総司令官は囮の王国軍を追撃するにあたり、騎兵を使ってくると確信していた。
確信したが故に、対抗策を建てる事も容易だった。帝は敵の騎兵隊が追撃をして来た際に備えた対抗策を、事前にグロウ・アレティスに伝えていた。
「敵は我等に食いついた...... 後は彼の対抗策が成功する事を祈り、一時退却する事に専念しよう」
グロウ・アレティスは誰に言う訳でも無く小さく呟くと、懐から、この策を立てた青年から渡されたある物を取り出す。
グロウが手にした物。
それは帝が以前、奴隷商人ハールマンからヴァルツァーの妹...... イーリス達を救出した際、待機していたドラル達に救出成功の合図を送る為に召喚した【モリンス NO.1信号拳銃】をモデルにして作った超小型の【弩】だった。
ピュゥゥゥゥゥウ!!
「おぉ!」
事前にこの道具の使い方を教わっていたグロウ・アレティスは、弩の先端に付けたれた【鏑矢】を空へ向け引き金を引く。
すると、その道具から打ち出された矢は、甲高い音を奏で空に吸い込まれていった。
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空に甲高い音が響く数分前。
マリアと対峙していたサブナックは、マリアの手前僅か5mにまで接近していた。
サブナックは速度を緩めない。
サブナックは、マリアの若緑色の瞳がハッキリと見える距離にまで迫っていた。
「ここ...... で!」
「なっ!?」
彼我の距離が3mを切った。
その時、戦意を無くし立ち尽くしていたかの様に見えたマリアが、サブナックの前から消えた。
いや、正確には消えていない。
マリアはサブナックの目線を自分から逸らす為、低く...... それこそ地面に身体が触れるギリギリまで屈んでいたのだ。
そしてマリアは、力を込めて握れば折れてしまいそうな程細い足に、己が持つ力を全て込める。それはまるで限界まで引き絞られた矢が、今まさに放たれようとしている様に見えた。
刹那。
マリアという一閃の矢が放たれ、電光石火の速さでサブナックに肉薄した。
ダダダダダダッ!!
2人の目線が猛スピードで交差する最中、真新しいベレッタ・ブレードの2つの銃口がサブナックを捉える。互いの距離は僅か数十cm。そんな至近距離から連射で、爆音と業火。そして鉛玉がサブナック目掛けて撒き散らされた。
ここまでご覧いただきありがとうございます。
次回投稿は、7/12。21:00頃になります。