143話 撃退 1
※6月6日追記
活動報告にも書きましたが、親戚の通夜等に参加する関係で予定通りの更新が困難になってしまいました。
時間が出来次第、更新をします。
申し訳ありません。
ラルキア王国軍第1連隊駐屯地前方300m、上空100m地点。
「王国軍め!待ち伏せとは小賢しい真似を!行くぞ龍騎兵隊!小細工を浪するラルキア王国軍など踏み潰してしまえ!」
「「「「「ウーラー!」」」」」
ドラルが狙撃を開始する1分程前、眼下で味方が謎の少女達に虐殺されているなど想定すらしていなかった龍騎兵隊隊長、覇龍7将軍序列3位のアスタロト大将軍は、手にしたランスを構え、後方の部下達に檄を飛ばしていた。
漆黒の鎧を身に纏い、同じく漆黒の龍を駈る兵士達は弾丸の様なスピードで第1連隊駐屯地へ迫る。
「ラルキア王国軍よ!奇策が成功したからと言って図に乗るな!貴様らは我が龍騎兵隊で引導を渡してくれる!総員、突撃!!」
ダァァァァン!
装飾が施された派手なランスの先端を王国軍へ向け、アスタロトは部下達に突撃を命じる。刹那、第1連隊駐屯地の一角から甲高い音が響いた。
「っ!アスタロト大将軍!今前方で不審な音が!」
「音......?それがどうし......っ!?」
「「「あ、アスタロト大将軍!!」」」
「今だヒメユリ!攻撃開始!!」
「「「「サー!イエス・サー!」」」」
「っしゃぁあ!M2初めての実戦だ!喰らえぇぇえ!!」
ドドドドドド!!
ダン!ダン!ダン!
「「「「「がぁぁぁ!?」」」」」
この音にアスタロトの部下は気が付いたが、それを先頭に立つ大将軍アスタロトへ報告した直後、【何か】がアスタロトの鎧を砕き、右胸を貫く。
謎の音とほぼ同時にバランスを崩したアスタロトは、手にしたランスを落とし、自らも龍から崩れ落ちる様に落下した。その姿を見た部下達は、アスタロト大将軍は攻撃されたのだと本能的に察する。
すると、先程前方から聞こえた爆音とはまた違う...... 複数の太鼓を同時に叩く様な重い音と、幾つもの小さな閃光が見えた。
鋭く風を切る音が聞こえる......
黒き龍に跨る彼等はそれを感じた瞬間、アスタロトの後を追う様に血を撒き散らし、龍の背から落下した。
「な...... 何だと...... 」
重力に従い、地面に向かうアスタロトは薄れゆく意識の中、信じられない光景を見た。
ある者はまるで鋭い槍で貫かれた様な...... あるいは矢で射抜かれた様な丸い傷が数え切れない程身体に刻まれ、またある者は、邪龍の身体諸共、内部で爆発が起こったかの様な状態になっていた。
前者はまだ人としての原型を留めている分まだ注視出来たが、後者はもはや、それが人だったのかすら分からない程悲惨な姿に変わっていた。
地面にぶつかる直前、アスタロトは王国軍から攻撃魔法を喰らったのか。と、薄れ行く意識の中考えてた。だが、アスタロトの知る限りでは、超級魔術師の放つ攻撃魔法は例外として、低級から高級魔術師の放つ攻撃魔法の直撃を食らったとしても、体が吹き飛びこそすれ四散する事は無い。
しかも今回はその攻撃魔法が発射された前兆...... 呪文の詠唱や、飛来する火球や水球、土球すら無かった。
何が起こった。
エルド帝国軍が誇る覇龍7将軍序列第3位、龍将軍アスタロト大将軍は、その疑問を口にする事はなかった。代わりに口から血を吹き出し、大きくも鈍い音を響かせて、大地にその身を横たわらせた。
エルド帝国皇帝、ルシュフェール・ジーク・エルドラージがラルキア王国戦の為に考案・新設した部隊...... 龍を馬と見立て立体的な機動で上空より攻撃を仕掛け、敵を殲滅する使命を持った龍騎兵隊は、その真価を発揮する事なくラルキア王国上空で壊滅したのだった。
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「「「「お、おぉお!!」」」
目の前に迫り来る龍の背に跨った帝国軍が次々と落下していく。その様子を見たシュターク達ラルキア王国軍は、何が起こったのか分からなかった様だが、邪龍の背から崩れ落ちる帝国軍を見て大きな歓声を上げた。
龍に跨る帝国軍...... 文字通りの【竜騎兵】と呼べる帝国軍は、俺達の持つ銃火器により壊滅状態に陥っていた。数十秒前まで50匹も居た龍の編隊は、その数を3匹まで減らしている。
50匹の内、半数以上の邪龍は、レーヴェの持つM2重機関銃から放たれた12.7×99mmNATO弾と、ドラル達狙撃科の放つ7.62×51mmNATO弾の雨の前に沈黙した。
レーヴェとドラル達の放った弾丸は、邪龍の黒い鱗を打ち砕き、どす黒い血を空に撒き散らす。
それでも10匹程の龍が第1連隊駐屯地の前方、100m地点にまで接近したが、それ等はセシル達歩兵科と、マリア達偵察科、そして攻撃科所属のツィートとベティー2人の攻撃で撃破された。
最も、5.56×45mmNATO弾を使用するHK416Dや、M249を持つ歩兵科やツィート達攻撃科、5.7×28mm弾を使用するNPP90を使う偵察科の銃弾は威力が足らなかった様で、キンキン!と甲高い音を響かせ、邪龍の強靭な鱗に跳ね返されてしまった。
だが、邪龍の背に跨るか弱き人間には本来通りの威力を発揮した。セシル達は放った銃弾が邪龍の鱗に弾かれると、直様自分達の使う銃弾は邪龍には効かないと悟り、背に乗る帝国軍人に狙いを定めた。
如何に鉄の鎧で全身を守っていようと、俺達から見て至近距離とも言っていい100m地点からの銃撃には、鉄の防具は意味を成さなかった。
ヒメユリ達の活躍によって第1連隊駐屯地へ接近した邪龍達は、操っていた帝国軍人の死により束縛から解放され、俺達に背を向け何処かへと飛び去ってしまった。
銃火器の発砲音に驚いた所為でもあるだろう。
ヒメユリの中で特に目覚ましい活躍をしたのは攻撃科所属、守護者の切り込み隊長ことレーヴェだ。彼女の持つM2重機関銃の弾丸は、鉄以上の硬度を持つと言われている邪龍の鱗を易々と貫き、そのまま背に跨る帝国軍人達を邪龍諸共粉砕、肉片へと変えた。レーヴェ1人で恐らく、20匹以上の邪龍と同人数の帝国軍人を倒しただろう。
無論セシル達も己の持つ能力を遺憾なく発揮してくれた。ドラルは言わずもがな、この竜騎兵を率いていたと思われる覇龍7将軍の1人、アスタロトの右胸に鉛玉を見事命中させたし、セシル達は駐屯地に迫る竜騎兵を片っ端から撃ち落としていった。
『ミカド!残った龍達が逃げるよ!追撃は?』
「追撃は不要だ!それより王国軍の援護を...... 」
不測の事態に陥りながらも、俺達は竜騎兵達を完璧に粉砕した。
爆音が大地に響き、硝煙のツンとした刺激臭が鼻をつく。金属製の薬莢がキンキンと音を奏で、各種銃火器に付けた薬莢受けへと飛び込んでいく。そんな中、俺の耳に魔通器から発せられたセシルの声が聞こえた。
前方では何とか俺達の攻撃を避けた3匹の邪龍が帝国軍人を背に乗せ、国境へと逃げていく真っ最中だった。
邪龍が如何に強靭な鱗に守られているとは言っても、銃火器の前では宛ら、第2次大戦中銃火器で武装したナチス・ドイツ軍に対し、馬に跨り突撃したポーランド騎兵の如し...... 言い方は悪いが、俺からしたら犬死しに来ている様なものだ。
銃火器が登場する前まで、騎兵は軍の決戦兵力として見られていたが、銃火器...... 主に機関銃の登場により騎兵は活躍の場を奪われた。
世界大戦が勃発するとそれは更に如実になり、程なくして軍の決戦兵力は騎兵から銃火器で武装した歩兵・戦車に代わる。馬に乗った騎兵が攻撃可能範囲に入る前に、遠距離からの射撃でバタバタと撃ち倒されたからだ。
この時点で、騎兵の長所は戦場を縦横無尽に駆け抜ける機動力だけになってしまった。だが、その唯一残った長所も自動車の登場で奪われ、遂には歴史や伝統を残すと言う理由で、第2次大戦後は、儀礼を目的とした部隊として各国が少数の騎馬隊を保護しているに留まっている。
つまり何が言いたいかと言うと、銃火器という近代兵器で武装した俺達の前では、その身1つで突撃してくる騎馬隊...... この場合は竜騎兵隊だが、彼奴らは落ち着いて対処すれば、何ら怖い存在ではなかった。
そして俺は、この逃げる邪龍達を無視する事にした。確かに邪龍に跨った竜騎兵隊の接近は想定外だったが、問題なく撃退出来た事で、この竜騎兵隊は脅威ではなくなった。逃げたければ逃げれば良い。
今は逃げる邪龍に攻撃を仕掛けるより、王国軍の援護に回る方が大事だ。
『主人殿! 主人殿!』
それをセシルに指示しようとした直後、俺の頭にロルフの声が響く。ロルフにはロケット弾の攻撃で混乱している後方の部隊を攻撃する様に命じていた。
そのロルフが尋常じゃない程慌てている。
まさか...... 後方で何かあったのか!?
「ロルフ?どうかしたのか!」
『あ、主人殿!後方に居た部隊が...... 全滅している......! 』
「何だって!?後方の部隊はまだ1500は居た筈だぞ!?」
『し、しかし!現に此処には亡骸しか居らん!』
ロルフから発せられた予想外の言葉に、俺は声を荒げ、胸元の望遠鏡を前方へ向けた。確かに...... 遥か前方は血の海と化し、1000を超す重武装兵の亡骸が横たわっていた。
俺は思考の渦に飲み込まれた。
何故後方の正規部隊がやられている? 少し前、俺達のロケット弾は確かに彼奴らに大打撃を与えたが、その時はまだ1500人以上は健在だった筈だ。
しかも、横たわっている亡骸の殆どは鋭利な刃物で切られ、絶命している様だ......
ロケット弾の爆発ではあんな鋭利な傷は出来ない。王国軍は眼下の奴隷軍に押され、正規部隊へ攻撃すら出来ていない。と言う事は、考えられる可能性としては、この正規部隊は仲間割れを起こしたかのか...... それとも俺達の知らない第3の勢力が居て、其奴等にやられたのか?
「あ!おい見ろ!エルド帝国軍が!」
「後退していくぞ!っしゃぁぁ!」
「連隊長閣下!今です!」
「うむ!カリーナ以下特別騎馬隊よ!作戦は最終段階に移行する!逃げる敵に鉄槌を下せ!」
この不可思議な状況の整理をしていたその時、シュターク達が声を荒げた。
シュターク達にロルフの声は聞こえない。俺は声を荒げるシュターク達が指差す方向に目線を向けた。そこにはまた不可思議な光景が広がっていた。
帝国軍...... というか奴隷軍は妙な事に、まだ王国軍の10倍近い兵力を有しているにも関わらず、国境へ撤退を開始していたのだ。シュターク達はそんな奴隷軍達を見て叫んでいた。
「了解しました父上。特別騎馬隊、逃げる敵を追撃するわよ〜!」
「「「「「はっ!」」」」」
撤退する奴隷軍を見て、グロウさんが好機とばかりに、城壁の下で馬に跨り待機していたカリーナさんに声を掛けた。
カリーナさんに命令が飛んだと言う事は、エルド帝国邀撃作戦が第3段階...... 【一時的に積極的な攻勢に出て、此方側は攻撃を仕掛けるだけの潤沢な兵力を持っていると思わせる】という、最後の局面に至った事になる。
エルド帝国の奴隷軍がゾロゾロと撤退していく。ギギッと重厚な音を奏で、第1連隊駐屯地の西側の城門が開いた。
「特別騎馬隊〜!準備は良いかしら〜!」
「「「「「応!」」」」」
「よろしい。攻撃開始よ!」
カリーナさんは鋭い眼差しで前方を見つめつつ、覇気の篭った声をあげて抜刀した。
キラキラと輝く刀身の切っ先が、奴隷軍の背を捉える。それを合図に、エルド帝国邀撃作戦第2段階に参加していなかった300名の騎馬隊...... 第1連隊駐屯地に集結した部隊から、馬術に優れた隊員を選抜し構成された【特別騎馬隊】が、背を見せる奴隷軍に怒涛の攻撃を仕掛けた。
「何かが起こってる...... 俺達の知らない何かが...... 」
数刻前、俺達に降伏勧告してきた帝国軍人が言った事と真逆の事が起こっていた。カリーナさん達300名は鎧袖一触...... 300名もの人間が必ず敵を倒すという1つの意志の下、背を向ける敵を次々に喰いちぎる。
そんな頼もしい光景を尻目に、俺は何かが事が起こっていると感じた。
そう、ラルキア王国対エルド帝国の戦争以外の何かが......
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第1連隊駐屯地。
「此方の被害と帝国軍の被害は如何程だ?」
「はっ。此方の被害は、奴隷が我武者羅に投擲した棍棒等で傷を負ったものが9名出ただけです。死者は居ません。
対する帝国軍は、死者だけでも3000を超え、手傷を負わせた者を含めれば最低でも5000程に上りましょう」
「連隊長閣下のご令嬢、カリーナ殿が指揮した特別騎馬隊の成果も合わせれば、6000を超えたやも知れません」
「エルド帝国軍の先遣軍は敗走。初戦は我等の完全勝利と言っても過言ではありますまい」
「そうか! 僅か2000余の軍勢で皆良くぞやってくれた!」
第1連隊駐屯地に、連隊長のグロウさんの豪快な笑い声が木霊する。
グロウさんの側には側近の参謀や、畏まった様に頭を下げるカリーナさんを始めとする指揮官クラスの校官が集まり、その内の数名は興奮し顔を赤く染めながら、王国軍と帝国軍の現状を報告していた。
今ラルキア王国軍、第1連隊駐屯地周辺は静寂に包まれていた。
それは何故か...... 謎の撤退をした奴隷軍が、国境の塀を越えエルド帝国領内に後退してまったからだ。グロウさんはこのタイミングを逃さず、王国軍の受けた被害状況や、敵に与えた損害の確認等、情報収集に部下達を走らせた。そして今はそれ等の報告を聞いている真っ最中だった。
ちなみに、グロウさん等は帝国軍の再度襲来を警戒し、駐屯地内に在る会議室には行かず、城壁の上に集まって前方の帝国軍の動きに警戒していた。
「しかし、帝国軍が邪龍まで用意しているとは予想しておらんかったな...... 」
「はっ...... しかも龍を馬に見立て、上空から奇襲を仕掛けてくるとは...... それだけエルド帝国は本気でラルキア王国を征服するつもりでしょう...... 」
「彼等が居なければどうなっていた事か...... 」
グロウさんが唇を噛み締め小さく呟く。それを聞いた参謀科の軍人達も、同じ様に唇を噛み締めつつ俺の方を向いた。
俺は先遣軍の後方に展開していた正規兵部隊と、飛来した邪龍の部隊を撃退した義勇兵部隊の隊長として、これらの敵の詳細を聞きたいと、この場に呼ばれていた。
これは丁度良いとばかりに、俺は先程まで第1連隊駐屯地を攻撃したのは奴隷達から成る部隊で、この部隊の後方には、重装備で身を固めた部隊が居た事や、邪龍の部隊は龍を馬に見立た龍騎兵隊だと言う事も伝えた。
勿論、この重装備の部隊は純粋なエルド帝国人で構成された部隊で、直接第1連隊駐屯地を攻撃してきた奴隷達に、無理矢理攻撃を強いている可能性がある事も伝えていたし、敵正規部隊を虐殺した第3者が居る可能性も伝えてある。
この話を聞いたグロウさんは力強く頷き、今後の作戦を立てる際に考慮すると言ってくれた。
「私達は出来る事をしたまででございます」
「謙遜する事は無いぞ青年。あの邪龍の部隊に攻撃されれば、我等は今頃地べたに横たわっていただろう。良くやってくれた」
「はっ!ありがとうございます」
「時に義勇兵部隊ヒメユリ隊長の青年よ。お主等が使ったあの武器は何だ?魔法具の一種か?」
グロウさんのこの言葉を聞き、俺は僅かに頬を引きつらせた。俺達ヒメユリは、あの大衆の中で今まで極力秘匿にしていた銃火器をこれでもかと使用したのだ。その圧倒的な攻撃力を目の当たりにしたグロウさん達軍人が、この武器に興味を示さない訳が無い。
如何にラルキア王国軍相手でも、銃火器の詳細を教えるのは時期尚早だと俺は考えている。ヴィルヘルムの唯一の取り柄を損なってしまう可能性があるし、他にも不安な点が多かったからだ。
特に不安な点を挙げるとすれば、銃火器の威力に目をつけた王国軍に銃火器の貸与を強制、または没取され、この強力な武器が俺の管理下から外れる事だった。何とか穏便にこの場を収める為に、上手い言い訳を考えなければ......
俺はすぐ様、理にかなった言い訳を考えて頭を下げた。
「ご明察でございます閣下。あの武器は閣下がおっしゃった様に、特別に開発された攻撃用魔法具でございます」
「ふむ...... その魔法具に予備は有るのか?もし予備が有るなら、我等もそれを使いたい。さすれば我等の軍も、お主達の部隊に劣らぬ働きが出来ると思うのだが」
ほら来た。
やはり王国軍はこの魔法具...... 銃火器に目を付けていた。ここで選択を誤れば、良くて王国軍から糾弾。悪ければ銃火器を奪われるかも知れない。
慎重に答えなければ......
「申し訳ありません...... あの魔法具は大変特殊な為数が少なく、また使用するには大変な訓練が必要となります。仮にこの場で私が王国軍へ貸与出来る程の攻撃用魔法具...... 我々は銃と呼んでおりますが、この銃を持っていたとしても、我々が与えた様な打撃を与えるのは難しいかと...... 最悪、銃が暴発し味方が被害を被る可能性もありますので...... 」
「そうか...... それ程あの魔法具は扱いが難しいのだな。威力が強力なのはそれ相応のリスクが有ればこそ...... か。その武器を我等も使えればと思ったのだが......
理解した。お主の部隊には今後、その攻撃力を活かし攻撃の中心になって貰うかも知れぬが、協力してくれるか?」
「...... はっ!我等は元よりそのつもりで馳せ参じたのです。全てはラルキア王国で暮らす者の平安の為に」
俺の言葉を聞いた参謀や、校官の何名かは気難しい顔をしていた。だがグロウさんは俺の言葉を信じ、右手を差し出してくれた。実際扱いが難しいと言うのは本当だし、現時点で貸与出来る程の銃火器と弾が無いのも事実だ。
( 召喚すれば話は別なのだが...... )
さっきも言ったが、俺は王国軍とは言え銃火器の詳細を教えるつもりは無い。貸与なんて以ての外だ。そりゃ俺が銃火器を召喚し、王国軍がこの銃火器を使えば、アホみたいな兵力を持つエルド帝国にも善戦するだろう。
だが仮に銃火器を王国軍に貸与した場合、貸与した部隊が寝返ったり、滅茶苦茶に乱発され、同士討ちでも起こしたら目も当てられない。
兎も角、俺は心の中で申し訳ないと謝罪しつつ、差し出されたグロウさんの手をしっかりと握り返す。
グロウさんの手の平はゴツゴツとしており、俺の手を握る握力はとても初老に差し掛かろうという男の力では無かった。
「よし!皆の者、帝国軍が再度攻勢に出る前に対抗策を考えるぞ!」
「「「「「はっ!」」」」」
「王国軍の勇者達よ!良く戦った!だが、まだ帝国軍は目の前に居る事を忘れるな!
まだ戦争は始まったばかりなのだ!ここで死ぬ事は許さん!ワシ等は生きて、皆で明日を迎えるのだ!」
「「「「「おぉぉおお!!」」」」」
俺の手をゆっくり離したグロウさんは、軍人達を見つめ拳を突き上げた。頼もしい檄が駐屯地を覆い、参謀達や兵士達の咆哮が木霊する。
国を侵されそうになった軍人は特に強くなる。我が身を賭してでも生れ育った国を守ろうという気概がそうさせるのだ。
少なくとも、この光景を見た俺は、彼等は銃火器なんか無くても立派に戦い、己の使命を果たす...... そう感じた。
俺は拳を握り締め、国境に目を向けた。
王国軍に変な疑問を抱かせずに済んだが、安心してはいられない。グロウさんの言う通り戦争はまだ終わっていない。戦争はまだ始まったばかりなのだから......
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エルド帝国領内。
ラルキア王国軍が腹の底から響く雄叫びを上げていた丁度その頃、ラルキア王国征服軍・中央軍総大将に任命されたビルドルブ・ダントーレは、全滅の憂き目に遭った龍騎兵隊の報告を聞き、拳を握りしめていた。
「くっ...... 龍騎兵隊が全滅するとは...... 」
「無念でございますビルドルブ閣下...... アスタロト大将軍は戦死...... 我等龍騎兵隊も此処に居る3名を除き、皆散華しました...... 」
「うむ...... お主等の無念は我等が必ず晴らす。別命あるまで待機して傷を癒せ」
「「「はっ...... 」」」
「この被害は流石に予想外ですね......
先遣軍の生き残りの報告によれば、ラルキア王国軍は砦に隠れ、先遣軍が最も接近した段階で奇襲を仕掛けて来た......
その奇襲で、奴隷軍は5000もの死傷者を出した...... 」
「更に正規軍は謎の爆発と、その直後に現れた少女達の攻撃で手酷い打撃を被った様です...... 正規軍の中心で起こったあの謎の爆発で、1度に300名も死傷したとか......
加えて、その直後に現れた少女達の攻撃で、正規軍に同行していた【操導師】が錯乱してしまい、撤退を叫んでしまいました。
これにより、比較的優勢だった奴隷軍は操導師の指示通り撤退...... 砦を落とせる好機を逃した形になります」
「しかも何とか此処に戻って来た正規軍の話じゃ、正規軍を攻撃した2人の女、手当たり次第に正規軍を皆殺しにしたって言うじゃないっすか。
この女達の所為で、先遣軍に居た正規軍2000の内、700人近くが討ち取られた。
全滅と言ってもいい被害っす。
それにアスタロト大将軍が率いていた龍の部隊...... 龍騎兵隊とか言う部隊も、王国軍の訳分んねぇ攻撃で壊滅しちまった...... んで、ビルドルブのオッさんはこの邪龍の部隊と、生き残った先遣軍の正規軍、奴隷軍を吸収。俺達は安全に先遣軍の再編成を出来る様って、エルド帝国領内に逆戻りと...... 」
ビルドルブの呟きに、ベリトとサブナック、グラシャが其々言葉を発した。
今、ラルキア王国征服軍・中央軍はサブナック達の言う様に、予想外の被害を受けてエルド帝国領内に後退していた。
1時間程前、ビルドルブは予期せぬ奇襲で浮き足立った先遣軍の援護の為に、主力の7万余の兵と共にラルキア王国領内に侵攻したが、侵攻の拠点となる橋頭堡の構築を終える前に先遣軍が撤退を始めてしまった。
こうなってしまうと、背後は国境を示す塀に退路を阻まれ、前方は撤退して来る先遣軍に挟まれる形になる。退路を断たれた状況では思う様に動けない。
加えて言えば、先遣軍を蹴散らし、勢いに乗った王国軍がそのまま此方へ攻めて来る可能性もあった。
橋頭堡の構築も儘ならぬ中では、兵力で優っているとは言っても、大軍を蹴散らし士気を高めた王国軍に対する万全な迎撃態勢を取る事は難しい。先遣軍達に至っては迎撃態勢を取る以前の問題だった。先遣軍は、アスタロトや指揮官達の戦死により指揮系統が機能していなかったからだ。
この先遣軍の再編成も急務だった。
如何にエルド帝国軍はラルキア王国軍の数倍の兵があるとは言え、兵は無尽蔵には湧いてこない。
ビルドルブは後に予定されている【王都ペンドラゴ攻略作戦】の為に、兵力を温存しておく責任があった。
ここへ更に付け加えるなら、王国軍が撤退する先遣軍に迅速な追撃を仕掛けたて来た点から判断するに、あの砦に居る王国軍は、籠城戦力だけでなく、積極的攻勢に出るだけの兵力...... 言うなれば攻撃兵力も有している可能性があるとビルドルブは考えた。
故にビルドルブは、慎重に成らざる負えず、王国軍の反撃に備え、安全圏たるエルド帝国領内に引き返す決断を下したのだった。
「済んだ事を悔やんでいても死者は生き返らぬ...... 我等はアスタロト大将軍の仇を取らねばならない!」
「はっ!おっしゃる通りにございます!」
「おぉ!アスタロト大将軍の無念、必ず晴らしてやりましょうや!」
「私もビルドルブ殿の意見に賛成です。しからば、私は退却してきた先遣軍の再編成をして来ましょうか?」
覇龍7将軍のグラシャ・ビルドルブは例外だが、現時点ではただの1将軍でしかないベリト、サブナック等は、アスタロト率いる龍騎兵隊の存在を知らされていなかった。
だが、雄々しく...... そして神々しく空を舞う龍騎兵隊の姿を見た時、彼等は声を上げ、その勇姿に体を震わせていた。
しかし、その龍騎兵隊はほぼ全てが為すすべも無く打ち砕かれた...... その光景は、後方のビルドルブ達からもしっかり見えた。
頼りになる強者の登場に期待したビルドルブ達の落胆は計り知れなかった。が、黒き鎧を纏う青年達は悲しみを押し殺し声を荒げる。
特にベリトは心ない事をアスタロト大将軍に言われたが、志半ばで倒れた大将軍の雪辱を果たそうと、紅い眼を見開いていた。
「うむ。グラシャ大将軍よ頼む」
「はい。それと、差し出がましいかと思いますが、再編成が終了し次第、再度侵攻計画を練り直すべきかと」
「私もグラシャ大将軍の意見に賛成です。謎の爆発に、龍騎兵隊を全滅せしめた攻撃、更には正規兵達を虐殺したと言う2人の少女達...... 此度の戦いは何か妙です。軽率に動くのは危険かと」
「そうだな、ワシもそう思う。よし、サブナック!お主は先遣軍正規兵部隊の生き残りから、あの爆発の正体と、攻撃を仕掛けた来た女達の詳細を聞きに行くのだ!ベリトは侵攻計画の練り直せ!」
「了解っす!」
「はっ!」
「...... ビルドルブ殿。私は念の為に【魔導兵】達に出撃の準備をさせておこうと思います」
颯爽とこの場を立ち去った青年将軍達を見送ったグラシャは、静かにビルドルブへ言葉を投げかけた。彼の言葉を聞き、ビルドルブは少し驚いた様な表情を浮かべる。
「魔導兵を?アレはペンドラゴ攻略の要だぞ?」
「重々承知しております。ですが、この状況下では、魔導兵の使用も考慮するべきかと...... それに試験では問題なく稼働した魔導兵ですが、実戦で性能通りの働きをすると言う確証はありません。ここは早い段階で魔導兵を投入し、その性能を確認する必要性もある...... と、私は判断いたします」
「む...... 」
グラシャはビルドルブと同じ覇龍7将軍とは言え、年齢も序列もビルドルブの下。【狂気の教授】の異名を持つ彼でも、目上の者に対する分別は弁えていた。だが、低姿勢の彼の言葉は、自分の発明した兵器...... 【魔導兵】を使えと暗に示していた。
魔導兵無くして、この戦は勝てない...... そう言っている様にビルドルブは感じた。
「確かに、このまま目の前の砦を落とせぬ様ではペンドラゴ攻略以前の問題か...... よかろう。グラシャ大将軍は部隊の再編成が終了した後、魔導兵の準備をせよ!
魔導兵の投入のタイミングはベリトと共に相談し、意思疎通を図れ!」
「ご英断でございますビルドルブ殿。では、まず先遣軍の再編成をしてまいりましょう」
少しの間思考した後、ビルドルブはグラシャに命令を下した。確かに、グラシャの言う事にも一理あったからだ。
ここで目の前の砦を攻略出来ない様では、ペンドラゴ攻略も夢のまた夢、取らぬ狸の皮算用となる。
出来れば、この魔導兵はその時が来るまで秘匿にしておきたかったビルドルブだが、この場で悪戯に兵と時間を犠牲にするのは得策では無いと判断。
ビルドルブはグラシャの意見を飲む事にした。
ビルドルブの言葉を受けた黒いロングコートの男は優雅に、そして静かに礼をして姿を消す。
周囲に誰も居なくなった大将軍は、ポツリと小さく声を漏らした。
「あのタイミングでの奇襲に、謎の爆発と攻撃...... やはり我等の侵攻計画は事前に敵に漏れていたのか?
それに正規兵達を壊滅させた女達...... 其奴らは一体...... 」
大将軍の位に就いているとは言え、ビルドルブもこの様な大規模戦争は初めての経験だった。
生まれて初めて経験する戦争の渦に、ビルドルブは飲まれかかっていた。
ここまでご覧いただきありがとうございます。
次回投稿は6/11。21:00頃です。