141話 開戦 2
「っ!ミカドさん!あの人達は!」
「くっ......!エルド帝国のクソ野郎共め!」
「卑怯者......!」
「まさかエルド帝国がここまで外道だったなんて!」
「た、隊長!攻撃するのですか!?」
「「「「「隊長!」」」」」
セシルの絶叫を聞き、対エルド帝国用に召喚した【RPG7】を持つドラルやレーヴェ、マリア、ティナを始め、【パンツァーファウスト150型】を持つフロイラや達が困惑した声を出し、俺を見つめた。
今上げた2つの物は、1人で持ち運べて使用出来る【携帯式対戦車擲弾発射器】と呼ばれる強力な火器の一種だ。
携帯式対戦車擲弾発射器と言うと小難しく聞こえるかも知れないが、簡単に言えば、巨大なロケット花火を撃つ武器と考えて貰えれば良い。
RPG7の全長は950mm、重量は約10kg。パンツァーファウスト150型の全身は1.000mmで、重量は6.8kgとなっており、これはレーヴェが使うM2重機関銃に次ぐ大きな物だ。
この【RPG7】を開発したのはロシア、【パンツァーファウスト150型】を開発したのはドイツと、国の違いは有るがどちら共通点があった。
それは、この2つの武器は構造が単純、取り扱いが他の携帯式対戦車擲弾発射器と比べると比較的容易と言う点だ。
ヴィルヘルムが使用しているHK416Dやベレッタ等は、連射力や多数の弾丸を携帯出来る等優れた点も多い反面、1発の攻撃力はRPG7、パンツァーファウストに劣る。何故なら、HK416Dは人を撃破する為に作られた武器で、RPG7やパンツァーファウストは、HK416D等の小銃弾を軽々と跳ね返す戦車を撃破する為に作られた武器だからだ。
HK416D等の小火器が放つ弾丸1発が人に当たれば、運が悪くて即死だが、通常は人1人を行動不能にするのが精々だ。だが、RPG7とパンツァーファウスト150は違う。
先程も言ったが、この2つは装甲で覆われた戦車を撃破する事を目的に作られた武器だから、使われている火薬の量からして数倍に登る。
これが爆発すれば、人間なんて文字通り木っ端微塵になる。
この2つの武器は、発射器の先端に長っぽそいロケット弾を装填し、暴発防止の安全ピンを抜く。そして肩や小脇に抱え構えた後トリガーを引くと、前方に装填された大きなロケット弾が敵に向かい飛翔する。
ちなみに、RPG7やパンツァーファウストは、発射後に後方から後方噴射と呼ばれる高温・高圧のガスが吹き出し、使用者が感じる反動を軽減する機能が備わっている。この機能は【クルップ式】と呼ばれ、この反動軽減方法はドイツのアルフレート・クルップ氏が発明した。
このクルップ式の原理を簡単に説明するなら、前方から発射されるロケット弾に対し、ほぼ同時に同程度の運動エネルギーを持つ高温・高圧ガスを後方から出す事で、ロケット弾の持つ運動エネルギーと、ガスの運動エネルギーが相殺し合い、結果としてその中間に位置する使用者の感じる反動を軽減してくれるという物だ。
ちなみに、クルップ式無反動砲にも欠点はあり、このガスを発生させる【発射薬】という爆薬をロケット弾に組み込まなければならず、ロケット弾本体が大型化するとか、後方から出るガス...... 後方噴射の範囲が広く、自分の居場所を露呈し易かったり、後方噴射の所為で密閉空間......主に室内での使用は自殺行為だったりする。
そりゃそうだ。前者2つはまぁ仕方ないとしても、最後の密閉空間での使用ってのは、例えるなら自分の部屋の中でプチガス爆発を起こす様なもんだからな。
一緒に召喚したパンツァーファウスト150型は、比較的後方噴射が少ないから、室内や塹壕の中からでも発射は出来るけど......
話を戻して。
発射されたロケット弾は、当然だが障害物にぶつかると爆発する。今回は戦車が居ない為、本来の用途とは違ってしまうが、RPG7で使える対人・非装甲向けに使用される【榴弾】と呼ばれるタイプのロケット弾を召喚した。
( 尚、パンツァーファウストには対人用の榴弾が存在しない為、仕方なく本来の仕様である成形炸薬弾のままとなっている。 )
対人用の榴弾とは言えその爆発力は凄まじい。少なくとも、榴弾1発の爆風で5人から10人の敵を1度に行動不能にする事が出来る筈だ。
余談だが、HK416D等の銃の先端に付け、発射するタイプの少銃擲弾と呼ばれるロケット弾も存在する。
しかし、小銃擲弾はRPG7やパンツァーファウストの威力と比べるとだいぶ劣る。
それも当然。小銃擲弾はRPG7、パンツァーファウストと比べ小型...... サイズが全然違うからだ。なので今回は小銃擲弾の召喚は見送り、RPG7とパンツァーファウストを召喚した。
更に余談だが、本当は隊員全員にRPG7を持たせたかったのだが、現時点で俺が召喚出来るRPG7は、発射器( 本体 )が6本、ロケット弾は30発だけだった。( この30発とは、榴弾タイプのロケット弾召喚数で、戦車等に対て使用する成形炸裂弾は12発しか召喚出来なかった。)
ロケット弾が30発も召喚出来るとは言え、そのロケット弾を発射する発射器がだった6器だと、1度の攻撃で放てるロケット弾はたった6発だけと言う事だ。これでは有効な打撃を与える事が出来ない。
なので、俺は射撃に慣れたセシル、マリア、レーヴェにドラル、そして訓練期間中に中々の射撃の腕を見せたティナにRPG7優先的に配備し、俺は榴弾式ロケット弾24発を召喚。其々に4発づつ分配した。
そしてフロイラやファルネ、アウリと言った隊員達には、RPG7の代わりとしてパンツァーファウスト150型を与えたのだ。
このパンツァーファウスト150型はRPG7の射程距離500mと比べ、射程距離150mと大きく劣るものの、RPG7と同様に発射器の先端にロケット弾を装填すれば約10回の射撃が可能となっている。
召喚の決め手となったのが、召喚出来る発射器の数が20本、ロケット弾は40発もあった点だ。
パンツァーファウスト150型は、RPG7以上に構造が単純で、取り扱いが楽な携帯式対戦車擲弾発射機器だ。エルド帝国に勝つには、出来るだけ高威力の武器を揃えなければならない。故に俺は残りのヒメユリ全隊員にこのパンツァーファウストを召喚し、与えた。
このパンツァーファウスト150型も、RPG7と同じクルップ式の無反動砲だ。そもそもRPG7はパンツァーファウストシリーズを参考に作られているから当然だ。
最終的には運用のバランス等を考え、計14本のパンツァーファウスト150型の発射器と、ロケット弾計28発を召喚し、其々発射器1本とロケット弾2発をフロイラ達に持たせていた。
何故上限一杯までロケット弾を召喚しなかったのかと言うと、後々これらの武器を使う場面があるかも知れないと、念を置き、保険の意味合いも込めて全弾を召喚しなかった。しかし全弾を召喚していないとは言え、今俺達の持つロケット弾の総数は52発にも上る。
これだけ有れば、目の前のエルド帝国軍に無視出来ない被害を与えられる...... 筈だった。
「肉の壁ってヤツか...... エルド帝国!」
俺は目の前の光景に歯を噛み締めた。
頭上を矢が、攻撃魔法が飛翔していく。その攻撃はエルド帝国軍の前衛に吸い込まれる様に命中していく。
だが、その攻撃で命を散らすのはエルド帝国の軍人では無かった。
「他の大陸の人達を弾除けにするなんて!」
ドゴォォオン!!
セシルの悲鳴にも近い叫びの直後、魔術師が放ったのだろう攻撃魔法が地面を抉った。
それと同時に命を散らしたのは......
木や皮の防具に棍棒等の粗末な武具を身に付けた獣人や龍人、ドワーフやエルフと言った他大陸の種族達だった。
少し前、国境を越えたこの軍団に多数の他大陸の奴隷達が混じっていたのを俺は気付いていた。だが、あの時の奴隷達には、奴隷商人共やハールマンの様に、敵意や悪意が有る人物に浮かび上がるその人の職業が表示されていなかった。
だから俺はてっきり、この奴隷達は嫌々此処に連れて来られ、後方支援かそれに準ずる事を強制されているとばかり思っていた。
ドガァァン!と、また攻撃魔法が命中し、奴隷達の命が潰える。そんな光景を見て、俺はエルド帝国軍の考えが分かった様な気がした。
エルド帝国は他大陸から連れて来た人達に粗末な武具を持たせ、前面に押し出して弾除け、制圧戦力として利用しつつ、純粋なエルド帝国軍人達は、比較的安全な後方で成り行きを傍観すると言う外道な作戦を取ったのではないか?と......
確かに現時点で兵力の差は歴然。何も自分達が危険を侵さなくても、他に命を投げ捨てる消耗品の様な存在が多数居れば、その消耗品に全てを押し付けるのが人間の差がだろう。
誰しも自分の身が可愛い。
それはエルド帝国軍人とて同じな筈......俺はそれを確かめる為、思いっきり歯を噛み締めながら奴隷達の後方を望遠鏡越しに睨みつけた。
そして目当ての連中は直ぐに見つかった。奴隷達の後方には、全身を金属製の板で覆うプレートアーマーを纏っている一団が確認出来る。此奴等の頭上には、しっかりと【エルド帝国軍人】という文字が表示されていた。
これで確定した。目下、第1連隊駐屯地を攻めているこの奴隷から成る軍は、エルド帝国からしたらラルキア王国戦での消耗品...... 使い捨ての駒で、奴隷達を傍観する様に待機している重装備部隊は、純粋なエルド帝国人で形成された部隊なのだ!
まさかエルド帝国が此処まで非道な作戦を取るとは思っていなかった。だが、良く良く考えればこれはエルド帝国軍にとって普通の事なのかも知れない。
俺の居た世界でも昔は奴隷を最前線に押し立てて敵と戦わせていた国が在ったし、エルド帝国は他大陸から連れて来た人達を奴隷として平然と酷使する奴隷国家だからだ。そんな奴隷国家が奴隷を軍事に利用しない筈がない。
奴隷という存在が広まり100年以上が経過したこの世界では、奴隷はただの『道具』でしかないと目の前の現実が物語っていた。
「許さねぇ...... 絶対に許さねぇ!ヒメユリ総員構え!狙うは敵軍後方!クソ野郎共をぶっ潰せ!」
「「「サー!イエス・サー!!」」」
「後方の安全確認!」
「「「後方の安全確認良し!!」」」
「撃てぇぇえ!!」
バジュゥゥウ!!!
「「「「「っ!?」」」」」
心がマグマの様に沸騰する。
シュターク達ラルキア王国軍は、目先の他種族軍を倒す事で手一杯。
よしんば後方に居るエルド帝国軍人に気が付いたとしても、其奴等からは500mは離れているし、先に言った様に此奴等は防御力の高いプレートアーマーを着込んでいる。これほど離れていれば、矢や攻撃魔法で攻撃しても距離と防御力の高い防具の関係で微々たる損害しか与えられないだろう。
本来なら、俺達も王国軍と連携を図り、迫り来る他種族奴隷軍に攻撃をしなければならない。
だがそんな事は出来なかった。
俺には目の前で爆発が起こっても、隣の仲間が体に矢を受けても悲鳴を上げず、澱んだ瞳を見開き、淡々と前進する彼等を攻撃する気が起きなかった。
彼等に罪は無い。
罪の報いを受けるのは、安全地帯から彼等の死を傍観している奴らだ!
ではどうすべきか。
簡単だ。やるべき事は1つ!
そしてそれは俺達にしか出来ない!
俺達は憎悪の気持ちを込め、RPG7に付けられた照門を覗き、後方に居る重装備部隊を見つめ、トリガーを引いた。
爆音と白煙を撒き散らし、20本のロケット弾が敵目掛けて飛んで行く。正面に居る敵は元より、左右に居る王国軍からも息を飲む音が聞こえたが、それは雷を何十本も落としたかの様な轟音に掻き消された。
▼▼▼▼▼▼▼
エルド帝国軍が第1連隊駐屯地へ迫り、それに対しラルキア王国軍は矢と攻撃魔法の雨で対抗する。
そんな様子を、第1連隊駐屯地から少し離れた場所にある丘の上から、興味深そうに眺める2つの人影があった。
「へぇ、中々壮観だねリズベル!」
「そうね、まさか私達が生きている内にこんな大戦争を体験出来るなんて..... 私達は7龍様に愛されてるのね」
「そりゃそうだよ、リリベル達はこれまで頑張って人を殺してきたじゃない!
リリベル達の頑張ってる姿を、7龍様はしっかり見ててくれたんだよ」
2人の人影は無邪気に手を取り、無邪気に笑い合う。
その表情には、眼下で殺し合いが行われていると知っても尚、恐怖するどころか真逆の感情...... 喜びが溢れ出ていた。
「嬉しい...... 此処なら、私達の夢が叶うかも知れないわね」
「うん!戦争なら人も沢山居るからね!リリベル達の夢も絶対に叶うよ!」
「うふふ...... そうね。私いつも以上に頑張るわ。頑張って頑張って頑張って頑張って頑張って頑張って立派に戦うの」
「その意気だよリズベル!」
ドゴゴォォォオン!!!
「「......?」」
笑みを浮かべ話す2人の眼下で、不意に爆音が轟いた。
それはまるで落雷が何十本も落ちた様な轟音だった。
産まれて初めて聞く轟音に、2人の人影は眼を前方に向ける。
その轟音がした方向には、太く黒い煙が何本も空へと立ち昇っていた。
「リズベル...... 」
「えぇ、リリベル。もしかしたら私達の夢は直ぐに叶うかもね...... 」
「そうだね。7龍様、お導きに感謝します!」
「ありがとうございます7龍様...... 」
2人は跪き、両手を重ねる。
2人の瞳は怪しく、そして美しく光り輝いていた。
「さぁ行こうリズベル。私達の夢を叶える為に!」
「えぇ。行きましょう。あの闘争へ」
2人は立ち上がり、身長を優に超す大振りの鎌を手に走り出す。その顔には笑みが浮かんでいた。
2人は嬉々たる表情を浮かべ、鎌を振り上げ、戦いを...... そして血を求めて丘を下った。
▼▼▼▼▼▼▼
ドゴゴォォォオン!!!
「な、何なのだコレは!?攻撃魔法なのか!?」
「間違いない攻撃魔法だ!しかもこの威力!王国軍め!魔術師の精鋭部隊を配備していたか!?」
轟音と共に絶叫が響き、地面を抉る。
鎧の残骸が周囲に散乱し、血肉が飛び散る。
ラルキア王国軍の異様とも言える攻勢に、其々1万4000の奴隷軍と1000の正規軍を率いる2人の将軍は混乱した。
偵察隊は、この砦に居た筈のラルキア王国軍は撤退した様だと報告した。
だが、実際は撤退などしておらず、勇猛果敢に応戦してきている。しかも砦に乱立する旗から察するに、王国軍の兵は2000以上居る様だ。
この時、2人の将軍はラルキア王国軍の意図を理解した。
王国軍は姿を隠し、我等を油断させ最も接近したタイミングで奇襲をしかける策を弄していたのだと。
王国軍の奇策を用いた不意打ちと、先程から奴隷達の軍を飛び越え、正規軍に飛来する謎の攻撃に、この2人の将軍は元より、他の正規軍兵士達も完全に浮き足立っていた。ロケット弾の攻撃を受けた事が無い彼等は、RPG7とパンツァーファウストの攻撃を攻撃魔法と勘違いしたらしい。
だが、今頃王国軍の真意を見抜いたとしても2人には打開策が思い浮かばなかった...... しかし、謎の爆発から数秒後、2人の頭には退却の2文字が頭に浮かんだ。
彼我の戦力差はまだ数倍はあるとは言え、この場に居たら自分達は無事では済まない。先程純粋なエルド帝国人で構成された先遣軍正規兵部隊に飛来した攻撃で、此方は200人以上の死傷者を出している。
ここは一旦後方へ下り、後ろに控えている主力や先遣軍大将のアスタロト大将軍と合流し、改めて攻勢に移れば......
混乱し、弱気になった将軍達が一時退却を指示しようとした、その時だった。
ギャォオォオオ!!!
「あ、あれは!」
「アスタロト大将軍の龍騎兵隊!」
「おぉ!アスタロト大将軍が助けに来てくれたぞ!これで形勢を逆転出来る!アスタロト大将軍万歳!」
「「「「万歳!我等が大将軍!」」」」
燦々と降り注ぐ太陽の光を幾つもの影が遮り、大地を震わせる咆哮が響き渡る。
その影を見たエルド帝国正規軍達は、自分達が尊敬して止まない大将軍が来てくれた事を悟り、落ち着きを取り戻した。しかもこの大将軍は、この日の為に編成された部隊を率いている。大将軍の勇姿を見て、気持ちが折れかかっていた将軍達は立ち直り、歓喜の雄叫びをあげた。
「よし皆の者、アスタロト大将軍が来てくださったぞ!アスタロト大将軍が率いる我等は無敵!先程の攻撃魔法なぞに怯むな!」
「我等も龍騎兵隊に続くぞ!奴隷軍にも侵攻を急がせよ!」
「「全軍、とつげ...... 」」
馬に乗る2人の将軍は先程とは一転、闘気に満ち剣を掲げ、声高らかに「突撃!」と配下の部隊に命令しようとした。だがその言葉が最後まで発せられる事は無かった。
代わりに響いたのは、物言わぬ骸とかした2人の将軍が新血を流し、落馬した音だけだった。
「なんだ。あれっぽっちのラルキア王国軍に押されてる位だから、エルド帝国の将軍も弱いとは思ってたけど、流石に弱過ぎ...... ガッカリだよ」
「そうね......期待外れも良いとこだわ」
「「「「「え......?」」」」」
何が起こったのか理解出来ず、ただ呆然と立ち尽くす帝国軍の真っ只中には、血塗られた鎌を手にした2人の少女が立っていた。
ここまでご覧いただきありがとうございます。
次回投稿は5/24。21:00頃を予定しています。