138話 開戦当日 1
「それじゃ、改めて【魔通機】の最終確認を始めるわね」
「おう。よろしく頼む」
「「「「「お願いします!」」」」
「「サー!お願いします!サー!」」
グロウ連隊長殿の訓示を傾聴した俺達は、第7駐屯地の面々が使う兵舎に戻った。
開戦前日、しかもグロウさんの檄を聞いた所為かピリピリとした雰囲気が第1連隊駐屯地を包む。
そんな中で、俺達ヴィルヘルム...... じゃなく、ヒメユリは【魔通機】の最終確認を始めた。
ちなみにロルフは、目立たない様に近くの森に隠れて貰っている。
無論、目立つのを避ける為に、ロルフはその瞬間が来るまで森に居て貰う事になっている。
これまで暖かい布団で寝ていたロルフに野宿は辛いだろうが、ここはグッと我慢してもらう他無い......
全てにカタがついたら、お詫びも兼ねてロルフの望む事をしてやろう......
さてさて、話を戻して......
この魔通機とは一体何か?
魔通機とは、ティナが開発した魔法玉の改良型で、以前安らぎの草原で得た改善点等に手を加えた物だ。
ティナはヴィルヘルムに入隊するに当たり、ハールマン邸に引越しを終えた俺達の元へ来たが、実はあの時、一緒に魔通機も持って来ていたらしい。
あの時ミラ達と一緒に来たティナは大きな荷物を持っていたが、その正体は魔通機だった様だ。
食堂に集まった俺達は、グルっと机を囲む様に立つ。
机の上に置かれている道具は、魔法玉とは似ても似つかない見た目になっていた。
以前は巨大な球体だった魔法玉...... それが今では、片手に収まる手の平サイズ。しかも黒電話の受話器の様な形に生まれ変わっていた。
見た目もだいぶ変わった事で、最早『玉』とは呼べなくなったこの道具は、ティナの提案により、名を【魔通機】と改められた。
この魔通機は、俺達が今後戦っていく上で重要な道具になるだろう。
それは俺だけでなく、この場に居る皆も良く理解していた。
それだけに、其々の表情には微かな緊張の色が見えた。
俺は今だけ普段通りに喋って良いと許可を出し、この魔通機の生みの親。ティナ・グローリエの言葉を待った。
「まずは魔通機の概要や、性能の確認ね。
この子の大体の説明は座学の時間にしたけど、確認の為に再度説明するわよ?」
「ん、頼む」
「頼まれたわ。この魔通機は、以前ミカド達に指摘された事を織り込んで改良した通話用魔法具..... 魔法玉の改良型ね。
最も、改良した事で球体じゃ無くなったから正式名称も変えたのだけど」
ティナはまるで教え子に授業をする先生の様な口調で、机に置かれた受話器そっくりの道具を手に取った。
「私が手にしてるこの子。
この子が広範囲通話用魔法具、正式名称【魔通機】よ。
見ての通り、片手で持ち運びが出来る位の軽量化に成功したわ。
通話可能範囲は、半径1km。重量は1kg弱って所かしら」
「はぁ...... あんなデカい玉が、こんなに小さくなるんだな」
「えぇ。それでいて通話可能範囲は変わってないなんて...... 」
「流石ティナ...... 」
「うん!凄い!凄いよティナちゃん!」
改良前の魔通機の姿を知っているレーヴェやドラル、マリアが唸り、セシルは嬉しそうに微笑む。
確かにレーヴェ達が言う様に、俺も初めてこの魔通機を見た時は、コレが魔法玉の改良版だとは思わなかった程だ。
セシル達の賛美を受けたティナは、これまた見惚れる程優しい笑みを浮かべた。
「ミカド達のアドバイスのお陰よ」
「そ、そんなにミカド隊長達のアドバイスは素晴らしかったんですか?」
この魔通機が開発されるまでの経緯を知らないフロイラが、遠慮がちにティナの方を向く。
「えぇ。この魔通機はこの部分を耳に当てて、この部分に向けて話す事で、離れた場所にいる相手と意思疎通が出来る魔法具...... これは以前教えたでしょ?」
「は、はい!」
「でも、改良前は重いし大きいし、運搬し難いし、そもそも球体だったからバランスを取るのも難しいしで色々と大変だったのよ......
でも!ミカドのアドバイスとアイデアが全てを解決してくれたわ!」
スッと、ティナは自身の横に置いていたカバンから紙の束を取り出した。
この紙の束は、魔法玉の実地試験が終わった後、俺達が感じた事や具体的な改良点、改良の例案を記したレポート用紙だ。
「此処を見て頂戴!耳と口が来る部分に水色の玉が見えるでしょう?
これが改良元になった魔法玉なの!
ミカドは相手側から送られて来た声を受信する魔法玉、声を相手側に送る魔法玉を2つ揃える事で、使用魔力の伝導率の向上と、無駄な魔力の消費を抑える事を可能にしたのよ!」
技術者として変なスイッチが入ったらしいティナは、鼻息を荒くしてレポートに記入されている『魔力の消費を抑え、伝導率を維持するアイデア』のページを開き、フロイラに熱弁を振るう。
今、彼女の目は眩しいくらいに生き生きと光り輝いていた。
さて、この魔通機には今しがたティナが言った様に、耳に当たる部分と、口元に来る部分に水色の玉...... 極限まで圧縮された魔法玉がはめ込まれている。
直径は大凡5〜6cm程で、この2つの玉が相手側の声を受け取る役目と、こちらの声を届ける役目を担っている。
何故この処置をしたかというと、2つの魔法玉に送受信の役割を分担させ、消費魔力の削減をしつつ、魔力を効率良く使用する為だ。
「自分の声を送る時は、口元の魔法玉の魔力が反応して声を相手側に送る......
相手側の声を聞く場合は、耳元の魔法玉が魔力を発して、声を受信する......
これは、改良点前の魔法玉では出来なかった事よ!」
「そ、そうなのです?」
「そうなの!しかも、魔通機で会話をする時は、相手側も受信する為に魔力を放ってくれるから、送信する時に使う魔力は格段に少なくなったわ!
これで、この前みたいな魔獣襲来の危険性は大分少なくなってる筈よ!」
熱弁の矛先をフロイラからルールに向けたティナを横目に、俺はこのレポートを書いていた時の事を思い出し、目を瞑った。
魔法玉の実地試験の際、俺達は通常とは異なる行動をする魔獣の大群に襲われた。
これは、魔法玉が通話の際に発する強力な魔力が魔獣の脳機能を麻痺させてしまったからだと、後日魔研の研究で判明したらしい。
この改良型には、その対策も施されている。
改良型は送受信の機能を分けた事で、魔力を効率的に利用し、消費する魔力を抑えつつ、更に改良前と同じ通話可能範囲を持つに至った。
簡単に例えるなら...... 以前の魔法玉は1km離れた相手側に、全力で『声というボール』を投げ、相手側はそのボールが届くまでその場で待つしかなかったが、改良型は、相手側も『声を受信するというボール』を投げてくれる様に改良された。
つまり、この魔通機は改良前の半分、500m分の魔力で、改良前と変わらない距離への通話が出来る様になった訳だ。
これなら以前の半分の魔力しか使わないから、魔獣への影響も少なくなる。
更に、マリアは以前この魔法玉の実地試験の際、魔法玉から魔力が漏れていると言っていたのだが、その魔力は案の定、相手側に声を伝える際に出る電波の役割を持っていたらしい。
マリアのこの意見を受けたティナは、最終的に俺のレポートを元に、【声を送信する方角を任意で指定出来る機能】を設ける事で、魔通機の性能の底上げを実現した。
この処置をした事で、声を伝える為に漏れた魔力の一点集中が可能となり、同時に各方位に漏れていた魔力の消費を抑える結果となった。
更に更に、魔通機には其々に異なった個体専用の識別番号と、その識別番号を入力するボタン等も組み込まれている。
これにより、送信側は通話の際に受信相手が居る方角、受信相手が持つ魔通器の識別番号を入力しなければならないと手間が出来てしまったが、他の魔通機と混線の可能性は解消された。
これは将来、民間やギルドに魔通機が普及する時を見越した処置だそうだ。
付け加えるなら、この魔通機には緊急事態になった場合、どの方角にも同時に、全ての魔通機へ通話が出来る機能も備わっている。
ここで言う緊急事態とは、一々其々の持つ魔通機と通話をしている余裕が無い場合の事を指す。
例を挙げると、奇襲を受けた時や、撤退する時等、火急を要する事態に陥った際にこの機能が使われる事になる。
この改良型魔法玉...... 魔通機は、ほぼ完璧とも言える通信機に生まれ変わった。
「あ〜、ティナ。少し落ち着いたらどうだ?
皆が混乱してるぞ」
「と、そうね。ごめんなさい。説明に戻るわ」
心を落ち着かせる為に深呼吸をしたティナは、淀みない口調で改めて魔通機の説明を始める。
「ミカドのアイデアで、限界まで消費魔力の低燃費化が実現出来た魔通機は、課題でもあった『魔力の少ない人でも扱える魔法具』って目標もクリア出来たの。
以前の魔法玉は、使用者の持つ魔力を注がないと通話が出来なかったけど、この魔通機の場合は、内臓魔力に余裕が出来たから、魔力の少ない人でも扱える様になった訳。
ちなみに使い方も改めて復習するけど、まず会話したい相手の居る方角を指定して、相手の持つ魔通機の識別番号を入力、最後に通話開始ボタンを押せばOKよ」
「って事は、僕もその魔通機を使えるんだよな?」
「その通り!唯一の欠点を挙げるとすれば、組み込まれた魔法玉の魔力が無くなると新しい魔法玉に交換しなきゃいけない位かしら」
俺はこれまでのティナの話を聞いて満足した。
今、俺達の目の前に置かれて居る魔通機の数は計5個。
5個と言う事は、ヴィルヘルムの各兵科に1つづつ与えてもお釣りがくる。
残りの1つは俺が持っても良いだろう。
最も、この魔通機はこれまで訓練で1回しか使用していないから、実戦で使えるかは未知数だが......
兎に角、この発明が訓練通りの性能を発揮してくれれば、俺達はこれで今まで以上に迅速かつ、効率的に動ける様になった。
「ん。説明ありがとうティナ。
よし、魔通機の最終確認はこれで終わりにしよう。各員!問題無いか!」
「「「サー・イエス・サー!」」」」
「セシル達も大丈夫か?」
「うん!大丈夫だよ!」
「はい、問題ありません」
「応!問題無し!」
「以下同文...... 」
フロイラやファルネ達が元気に敬礼し、セシルやドラル達は笑みを持って答える。
これでやるべき事は全てやった。
後は誰1人、欠ける事なく無事に生き残るだけだ。
「っし!これで準備は全部終了だ!やれる事は全部やった!来るなら来いエルド帝国!
テメェ等なんかに負けるかってんだ!」
「「「「「おぉ!!」」」」」
時刻は午後18:00。
日の出まで12時間を切っていた。
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「ミカド!セシル・イェーガーと他10名!歩兵科2個班、総員揃ったよ!」
「レーヴェ・グリュック他2名!攻撃科1個組、総員揃ってるぜ!」
「ドラル・グリュック並びに他2名。支援科1個組、総員揃いました!」
「マリア・グリュック...... 他1名。偵察科1個組..... 皆揃った...... 」
「よろしい!総員気を付け!」
「「「「サー!イエス・サー!」」」」
「各員装備に問題は無いか!」
「「「「サー!イエス・サー!」」」」
薄っすら明るくなって来た兵舎の前に、頼もしい声が木霊する。
今日は年が明けた1月1日。
この目出度い日に、俺は生きて来た人生の中で最も過酷な瞬間に立ち会おうとしている。
俺は目線を国境に向けた。
目線の先には、地平線まで連なる長い煉瓦の壁が見える。
今日、この壁の向こう側に殺意と悪意を含んだ人の大群が現れる......
恐怖が無いと言えば嘘になる。
だが、俺は何処か落ち着いていた。
昨日、グロウさんの訓示を傾聴した俺達ヒメユリは、これから暫くの間、第7駐屯地部隊と行動をする様にとグロウさんから言われている。開戦すれば、こんな風にゆっくり1人1人の顔を見て話す時間は取れないかも知れない。
だから、俺は早朝に皆を集め、声を掛けようと思った。
俺は目線を前に戻す。其処には、黒い光沢を放つ銃器を持ち、ダークグリーンの服と、黒いCIRAS等の装備を纏う戦士達の姿があった。
「お前達!今日は俺達にとって、最も最悪な日となるだろう!
しかし!今日!俺達は、誰も死なない!」
俺は隊員達1人1人の目を見て、檄を飛ばす。
「敵は強大で強力だ!だが、俺達には力が有る!戦う為の覚悟が有る!ヒメユリ総員!俺達の心得、第1条は何だ!」
「「「「『我等は弱きを護り、弱者に害を与えし者を挫く存在である!』」」」」
「その通りだ!今、目の前に見える壁の向こう側には、悪意を持ち弱き者を虐げようとする者達が集っている!
俺達の使命は、その外道共の手から、後ろで俺達の無事を願ってる皆を護る事だ!」
「「「「サー!イエス・サー!」」」」
「良いかお前等!目を見開け!もし挫けそうになったら!諦めそうになったら隣を見ろ!
お前等は1人で戦ってるんじゃ無い!
お前等の隣には一緒に戦う仲間が居る!」
「「「「サー!イエス・サー!」」」」
「意地を見せろ!俺達は皆揃って!生きて帰るぞ!」
「「「「「イエス!サー!!」」」」」
俺やセシル達の咆哮が、明るくなって来た空へ響き渡る。
ゴゴゴゴゴ......
丁度その瞬間、微かな地鳴りと揺れを感じた。
「ミカド...... 」
その地鳴りと揺れを感じなのだろうマリアは、闘志の篭った目で俺を見つめる。
来たか。
俺は拳を握り締め、マリアへ頷いた。
「あぁ...... お前等!招かれざる客が来たぞ!」
「「「「「サー!!!」」」」」
「お前等の初任務だ!ラルキア王国に侵略して来たクソ共を、エルド帝国に叩き返してやれ!
行くぞヒメユリ達!戦争の時間だ!」
「「「「サー!イエス・サー!」」」」
俺達20人の義勇兵部隊は、其々の銃器を抱え、見晴らしの良い駐屯地の城壁に向かって走り出した。
▼▼▼▼▼▼▼▼
「「「「Erweiterte! (進め!)
Schwert hebt in den Himmel!(剣を空へと掲げ!)」」」」
俺は城壁の階段を登りながら耳を澄ませる。
地鳴りが徐々に大きさを増す。
その地鳴りはザッ!ザッ!とテンポよく、地面を揺らしながら近づいて来る。
「「「「Wir sind stolz darauf, mit dem Schwert!(我等が誇りは剣と共に!)」」」」
それと同時に歌が聞こえた。
その歌は獣の咆哮の様に荒々しく、終末の訪れを告げるかの様に......
「「「「Wir sind Soldaten Gottes Majestät und!(我等は陛下の神兵なり!)」」」」」
少しづつだが、ゆっくりと狂気の歌声は近づいていた。
「「「「Und wow, Leute! Der Namen verherrlichen yo!(おぉ民よ!その名を讃えよ!)」」」」
「「「「ELDO Kaiser.!Bitte bringen Sie uns!(エルド帝国皇帝よ!どうか我等を導きたまえ!)」」」」
「「「「Unsere kaiserliche ELDO!
Kein Feind vor uns!
Folgen Sie unseren Weg zum Ruhm!
(我等はエルド帝国軍!我等の前に敵は無く!我等の後には栄光への道が出来る!)」」」」
「「「「Unser ELDO-Imperium!Sieg!Sieg! Alles ist in Ordnung!(我等エルド帝国軍!勝利!勝利!全てはその為に!)」」」」
「「「「ELDO reich mit ewiger Herrlichkeit!!!(エルド帝国に永久の栄光を!!!)」」」」
第1連隊駐屯地の城壁に登った俺達の眼下には、大地を埋め尽くさんとする漆黒の軍団が国境の壁を隔て、武器を空へと掲げていた。
その数は、明らかに6万人を超えていた。
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