132話 地獄の訓練 2
本日は12月の第3金龍日。
今日この日、この瞬間、ティナやフロイラ達にとって地獄の訓練が始まった。
この訓練は彼女達に戦いを生業とする者として相応しい実力や、何物にも屈しない強靭な精神を養って貰い、一人前の戦士...... 軍人となって貰う事を目的としている。
俺が居た世界を見ても、女性軍人と言う存在はなんら珍しい物ではなかった。
その中でも有名な例を挙げるとすれば、ソビエト連邦時代のソ連軍だ。
ソ連軍は男女同権で女性狙撃手や女性パイロットが居た。これは同じ時代の日本軍やアメリカ軍、ドイツ軍では考えられない。
国を護るのに男も女もない。
ある種、最も合理的な考えがこの根本にあった。
それは俺が生きていた21世紀でも同じ。
多くの国に存在する女性軍人は己の国の為、力無き人々の為に過酷な訓練を積んで来た。
これは男性にも言える事だが、軍人になると言う事は相当の覚悟、精神力が無ければ難しい。
俺はそれをフロイラ達に期待していた。
この訓練期間で、彼女達に力を付けてもらうと同時に、本気でヴィルヘルムの隊員として力無き人達を助けたいか...... その覚悟を見極める。
さてさて。
ここで俺が予定している今後の訓練内容をチョロっと説明しよう。
この訓練は、日本国自衛隊・教育訓練とアメリカ海兵隊・新兵訓練の内容を元に、俺が手を加えた特別仕様になっている。
まず訓練期間の3ヶ月の内、最初の1ヶ月は主に基礎体力・筋力の強化を行う。
具体的に言えば、走り込みや腕立て、腹筋、背筋等だ。これと並行して、後半からは木刀を使った素振りや教本を使った座学も行っていく。
2ヶ月目はより実戦的な訓練を......
そして最後の3ヶ月目は実戦での総仕上げ...... と言った具合だ。
座学で使う教本には、軍人としての基本中の基本...... 気を付け・休めの姿勢から、ヴィルヘルムの部隊理念の解説、ヴィルヘルムを作るに至った過程。
他にもヴィルヘルム内で適応される法律...... 隊規や、各種武器の手入れの方法が事細かに書かれている。
座学を行う理由としては、人間性の向上を主な目的としている。
ただ剣を振ったり、銃を撃つのはバカにも出来る。
しかし間違った力の使い方は身を滅ぼす原因となるし、それは人々から怨みを買う事になる。
これを防ぐのが、隊規の項目に書かれている【守護者の心得】だ。
守護者の心得とは、『1人は部隊の為に、部隊は1人の為に』や、『常に人々の模範たれ』等、計6つの項目から成っている。
簡単に言えば、この隊規とは罪を犯した隊員を罰し、守護者の心得は人として、そして戦士としての礼節・道徳心を高める為の物だ。俺はこの部隊心得を今後訓練開始前に復唱させ、人として更に成長して貰えればと考えている。
それにこの座学を通して、ヴィルヘルムに愛着と誇りを持たせる思惑もある。
自分の所属する部隊に愛着と誇りが有れば、隊規や守護者の心得の効果と相まって、自ら部隊の名を汚す様な真似は絶対にしない、と己を律してくれる筈だ。
人として正しい道を歩めば、それは俺達を見てくれる人達へ良い印象を与え、それが新しい依頼に繋がる。
最後に...... この教本の1ページ目には、【ヴィルヘルム内で見た物、使った物、聞いた事を部隊関係者以外に伝える事を禁ずる。
もし破れば、対象者には厳しい処罰をする】と付け加えてある。
この1文は、銃火器や俺の加護の事が部外へ流出するのを防ぐ為の物だ。フロイラ達なら悪戯にこれ等の事を言いふらす様な真似はしないだろうが、念には念を入れて、この1文を認めた。
隊規、並びに守護者の心得は、こう言った様々な事案に対する抑止力と言う意味合いもあった。
ちなみにこの教本を製作する際、物は試しで俺の考えている事を文字に起こし、それを教本として召喚出来ないかなと思い試してみた。そしてそれは見事思惑通りになり、俺の思考を書き記した本も加護の力で問題なく召喚する事が出来た。
閑話休題
「はぁ...... ふぅ...... 」
「はっ...... はっ...... 」
「イザベラ!ナターリス!歩調が乱れてるぞ!歩調の乱れは無駄な体力を使う!歩調は一定に保て!」
「「さ、サー・イエス・サー!」」
「お前達クソ虫は歩く事さえままならない脆弱者の集まりか!
まだ歩き出してたったの3時間だぞ!根性を見せろ!」
「「「さ、サー・イエス・サー!」」」
ヴィルヘルムの新人隊員達は今、俺に罵倒されながら5キロの重しが入ったリュックを背負い、広大な敷地を行進している。
( この重しはフロイラ達が訓練に慣れてきたら、少しずつ重量を増やす予定になっている。が、フロイラ達はこの事を知らない )
この光景は、甲子園に出場する高校球児達を連想させた。
「くっ...... はっ...... 」
「っ...... ふぅ...... 」
「ファルネ!下を見るな!顔を上げろ!アミティア!ペースが落ちて来てるぞ!
その程度か!やる気を見せろクソ虫共!」
「サー・イエス・サー!!」
「さ...... サー・イエス・サー!」
俯きながら行進する鷹獣人のファルネ・フリューゲルと、歩くペースが落ちて来たファルネの相棒、妖精族のアミティア・ピーリスに檄を飛ばす。
俺が彼女達へ与えた記念すべき初日の初訓練。それはリュックを背負って敷地内を歩く訓練だ。
俺はこの訓練の目的も教えずに、ただひたすら彼女達を歩かせ続けた。
「わ、私をこんな目に合わせて...... どうなるか分かってるんでしょうねぇえ!?」
「おい、そこの小娘!口を動かすな!足だけ動かしてろ!」
「お、覚えてなさいよミカドぉお!」
ティナの絶叫が庭に木霊した。
広大な敷地を一周したら小休止、そしてまた敷地を一周。
俺はコレを朝飯・昼食を挟みつつ、夕日が落ちるまで続けさせた。
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「ねぇミカド。ミカドの考えに不満がある訳じゃないんだけど、なんでティナちゃん達を1日中歩かせたの?」
「そうだよ。基礎体力作りなら、ただ歩くより走り込みでもした方が効果的だろ?」
陽が落ち、晩飯も食べ終わった俺はヴィルヘルム設立当初から居る隊員...... セシルにレーヴェ、マリアとドラル。
そしてロルフを引き連れ、俺の自室となる部屋に置かれた机を囲んでいた。
フロイラ達は、明日に備えもう就寝させている。
この部屋は元々はハールマンの執務室だったらしく、此処には執務作業に必要な家具がひとしきり置かれ、この部屋から直接出入り出来る寝室までも備えられていた。
なので、俺はこの部屋をほぼそのままに、隊長室兼執務室として使う事にした。
部屋のドアには【ヴィルヘルム総隊長室】と書かれたプレートが嵌め込まれている。
俺はこの部屋で、セシル達と今後の予定の打ち合わせをしていた。その最中、セシルとレーヴェが本日の訓練で疑問に思った事を口に出す。
「そりゃ勿論理由があるからさ。確かにレーヴェが言う様に、単純に体力強化をするなら走り込みをした方が良い。
でも、この行進には体力強化以上にもっと重要な意味がある」
「そうなのですか?」
『主人殿。いったいあの行進訓練にどんな意味が有るのだ?』
「じきに分かるさ。そうだな...... 遅くても後3日4日したら、俺の言ってる意味が分かると思うぞ」
「「「「 ? 」」」」
「良く分からないけど、ミカドがそう言うなら今は見守る...... 」
「おう。今はフロイラ達を信じて見守っててくれ。
じゃ、今日はこれで解散だ。俺はやる事があるからもう少し起きてるけど、セシル達は先に休んでくれ」
「うん、分かったよ」
「はい。では、お先に失礼しますね?」
「お休みミカド...... 」
「おーっす。先に休ませてもらうぜー」
『お休みだ。主人殿』
「あぁ、お休み」
セシル達は俺の言葉にハテナを浮かべていた。そんなセシル達に休む様に言った俺は、1人総隊長室を後にした。
丁度その頃......
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「うっ...... うぅ...... 」
初日の行進訓練を終えたヴィルヘルム新人隊員アミティア・ピーリスは頭まで布団を被り、声を噛み殺す様に啜り泣いていた。
この光景は何も此処だけで無く、ほぼ全ての部屋で見受けられた。
彼女達はいきなり人が変わってしまったかの様な自分達の隊長の姿に困惑し、恐怖し、悲しみ...... 泣いていた。
彼女達が泣いているのは肉体的な苦痛よりも、帝から浴びせられた罵詈雑言と意味不明な行進から来る精神的ダメージが大きい。
彼女達は級は低く、戦闘経験も少ないとは言え、列記としたギルド組員だ。
それでも...... 目的も知らされず、延々と罵倒されながらただ歩くだけと言う理不尽な訓練は、戦士としての心構えが出来ていない彼女達に涙を流させるには充分だった。
アミティアの嗚咽は、同じく布団を被る相棒の鷹獣人、ファルネ・フリューゲルの耳にもしっかり聞こえていた。
「アミティアちゃん大丈夫......?」
「う、うん。ごめんね、ファルネちゃん...... もう寝ないといけないのに...... 」
「そんな...... 気にしないで」
「ファルネちゃんは凄いね...... あんなに酷い事を言われても、理不尽に歩かされても泣かないなんて...... 」
アミティアの心は折れかかっていた。
帝の罵倒は彼女達に不信感、不満感を募らせ、意味不明な行進はアミティアを始めとした新人隊員のヤル気を削いだ。
帰りたい...... 家に帰って理不尽な思いをする事なく、平凡に暮らしていたあの頃に戻りたい...... 殆どの隊員が本気で考えていた。
だが、アミティアの相棒は違った。
「むぅ...... もう、それじゃ私が鈍感みたいじゃない」
鷹の羽根を持つ少女は、布団から顔を出したバディーに優しく微笑んだ。
「あ...... ち、違うの。そうじゃなくて、ファルネちゃんは強いなって意味で...... 」
「...... ううん。別に私は強くなんて無いよ。
今も涙を堪えるので必死...... 明日なんて来なければ良いのにって思ってるし......本当は逃げ出したい...... でも...... 」
「で、でも?」
「私は逃げない」
「え...... 」
「この国で暮らしてる妖精族のアミティアちゃんなら分かると思うけど、この国の人達って良い人が多いけど、必ずしも皆が良い人って訳じゃないでしょ?」
「う、うん...... 私もこれまで嫌な事を言われた事がある...... 」
「私が両親と暮らしてた街も同じ......街の人達は殆どが良い人達だったけど、中には意地悪を言う人も居た......
だからこそ、私はこの訓練から逃げ出さない。
ここで逃げ出したら、私を送り出してくれた皆に顔向け出来ないし、私や家族を悪く言う人を見返せない...... 」
「っ...... 」
「私がヴィルヘルムに入隊したのは、私達は弱者...... 奴隷じゃない。
私達だってやれば出来るんだって姿を、意地悪を言った人達に見せる為......
それとこの大陸で暮らす同族達に勇気を与えたかったから。だから私はミカド隊長に何て言われても、どんなに理不尽な命令をされても、絶対に逃げ出さない」
「ファルネちゃん...... 」
「アミティアちゃんも私と同じ気持ちでヴィルヘルムに入ったんでしょ?
なら、アミティアちゃんも一緒に頑張ろう。
アミティアちゃんが辛い時は、私が側で支えてあげるから...... それが相棒でしょ?」
「う...... うん。私も...... 私もファルネちゃんみたいに頑張る!もう少し頑張ってみるよ!」
「うん!一緒に頑張ろう!他の皆とも力を合わせれば、3ヶ月の訓練なんてあっという間だよ!
それにあんな酷い事を言われっぱなしは癪じゃない?なら、ミカド隊長を見返す為にも頑張らなきゃ!」
「そう、だよね...... ここで逃げ出したら、隊長にはずっと意気地なしだって思われちゃうもんね!私、そんなの嫌!」
「ふふっ...... その意気だよアミティアちゃん!」
ベッド越しに彼女達は頷き合う。
そこにはお互いを鼓舞し合い、高め合う戦士の姿があった。
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俺は皆が居る部屋の前で目を細めた。
其々の部屋からは小さくだが、互いを励まし合う声が聞こえてくる。俺の望んでいた成果が、早くも芽吹き出した瞬間である。
俺が新人隊員其々に相棒を組ませ、日中罵声の嵐を浴びせた理由はコレだ。
敢えてこれ以上無い理不尽な思いをさせ、俺が嫌われ者になる事で、彼女達は俺に不満感を持つと同時に、無意識下で反骨心を持つ。
ファルネの場合がコレに当てはまる。
反骨心を持てば、意地でも訓練に喰らい付き、訓練を乗り越えようとする。
そこに艱難辛苦を共にするバディーが居れば、お互いを励まし、鼓舞し、高め合う。
自分は1人じゃない。自分には仲間が居る。
そう実感させる事で、これが結果として部隊の団結...... チームワークを生むのだ。
無論この例の通りにならない事もある。
アミティアはどちらかと言うと、上記の例が当て嵌らなかったパターンだ。
だが、ファルネの気骨が挫けそうになっていたアミティアを蘇らせた。
これと同じ様な光景が、他の部屋でも見受けられた。
ヴィルヘルムの新人隊員達は、俺の想像以上に逞しかった。
「この様子なら皆大丈夫そうだな。問題は...... 」
コンコン。
其々の部屋から聞こえてくる声に安堵した俺は、ある部屋のドアをノックした。
「はい...... 」
「俺だ。入っても良いか?」
ドアの向こうから重苦しい声が返ってくる。
でも此処までは想定内。俺は慌てずに部屋の中の人物へ声をかける。
「み、ミカド隊長!?」
「邪魔するぞ」
これは先程も言ったが、俺が其々にバディーを組ませた意図は、辛い訓練の中にあっても互いを励まし合って辛い訓練を乗り越えて貰う為だ。
だが、今ヴィルヘルムの新人隊員数はティナを含めて15人。この人数の関係上、フロイラはバディーを組めなかった。
フロイラはヴィルヘルムで1番の元気娘だから、少しの間1人でもこの訓練に耐えてくれる筈だと判断したが...... それでも不安がないと言えば嘘になる。
だから新たに隊員が加わるまで、俺がフロイラのバディー変わりとして様子を見る事にしていた。
「た、隊長!少し待って....!? 」
「え?」
フロイラに一声かけ気が緩んだ俺は、彼女が言葉を言い終わる前にガチャっとドアを開けてしまった。
そこには......
長い栗色の髪を持つ少女では無く、髪色こそ同じだが肩上で短く切り揃えられたショートヘアの子供が居た。
「え、だ...... 誰だお前?」
「っ...... ふっ!!」
「あ!?ちょっ!?」
フロイラの部屋に居たショートヘアの子をマジマジと見つめていると、目からハイライトが消えたこの子に部屋から締め出されてしまった。
「何だってんだ......?」
訳もわからず部屋の前で立ち尽くしていると、数分後......
「サー。失礼しましたミカド隊長。入ってください。サー」
「お、おう...... 」
先程の子と同様、目のハイライトが消えたフロイラが長い髪を靡かせ、教え込んだ軍隊口調でドアを開けてくれた。
フロイラからは此れまで感じなかった妙な気迫を感じる...... 俺は促されるまま大人しく部屋へ入り、無言で気を付けの姿勢をしているフロイラの横...... 彼女の未来の相棒が使うベッドに腰掛けた。
「 ...... 」
「あーフロイラ。今は自由に発言を許す。楽にして良いぞ。
とりあえずベッドに座ったらどうだ?」
「サー。ありがとうございます。サー」
「ん、よろしい」
フロイラは静かに敬礼し、自分のベッドへ腰掛けた。
さて...... ちょっとフロイラの様子を見に来ただけなのだが、先程のショートカットの子が頭から離れない。
それに普段の印象とは真反対のフロイラを見て、俺は彼女が何かを隠していると悟った。
「フロイラ、さっきの子は誰だ?」
「サー。さっきの子とは誰の事でしょうか?サー」
「え、いや...... この部屋に居たショーツヘアの子だよ」
「サー。私は知りません。サー」
あ〜...... フロイラの瞳から生気を感じない。
言葉も淡々としており、何時も元気な印象は見る影もない。
まるでハールマンに自我を押さえ込まれて居た時のイーリス達みたいだった。
うん。こりゃ確実に何か隠してる。
「フロイラ。言いにくい事を聞くかも知れないけど、正直に教えて欲しい。お前、何か隠してるよな?」
フロイラの反応は明らかに何かを隠している。ここまで分かり易い反応をされれば俺でも分かる。
だから俺は、一緒に同じ釜の飯を食う仲間として、一歩踏み込んだ質問をした。
「はぁ...... まさかこんなに早くバレるなんて予想外でした......
相棒を組まなくて良かったと思った矢先にコレですもん...... 」
フロイラは観念した様に呟くと、自分の頭に手を持って行き......
「ミカド隊長、隠していてすみませんでした...... 私...... 本当は男なんです」
ファサッと栗色の長髪...... 被っていたウィッグを頭から外した。
ここまでご覧頂きありがとうございます!
さてさて、私事なのですが、本日愛する妹が専門学校を卒業しました。
着物姿の妹は大変可愛らしかったです ( シスコン )
卒業シーズン・入学シーズンと言う事でこの物語を読んで下さっている方の中にも卒業、入学を間近に控えている方が居るかと思います。
この場を借りまして、前途ある皆様のご活躍を祈りつつ、次回投稿予定日をお伝えしたいと思います。
次回投稿は、3/22日の午後21:00頃を予定しています。