131話 地獄の訓練 1
パパパラ パパパラ パパパパラパパパ!
パパパラ パパパラ パパパパパパパ〜!
「ふぇ!?」
「な、何!?」
肌を刺す様な冷気と薄い霧が立ち込める午前6時。
ギルド部隊ヴィルヘルムの本部兼住居の屋敷。その屋敷の広々とした廊下に、軽やかなラッパの音...... 自衛隊では朝の訪れを知らせる起床ラッパの音色が響き渡った。
昨日の内に召喚した黒いブーツに迷彩柄のズボンと黒の長袖、その上から同じく迷彩柄のジャンパーを羽織った俺は、召喚したラッパからゆっくりと口を離す。
( 日本に居た頃、親父の同僚の方に教えて貰った起床ラッパの吹き方が役に立った。)
そして俺は沢山のドアを見つめて声を張り上げた。
「ヴィルヘルム各員起床!まだ相棒が寝ているなら叩き起こせ!
起きたか!起きたならお前達に3分間猶予をやる。
その間に着替えを済ませて部屋の前で待機しろ!大急ぎでだ!」
「こ、この声はミカド隊長!?」
「なによこんな朝っぱらから!?騒々しいわね!」
「おい、誰が口を開いて良いと言った?」
「「え...... ?」」
「俺の許可無く口を開くな!無駄口を叩いてる暇が有るならサッサと着替えろ!」
「えっ!? は、はいっ...... !」
「も、もう!一体何なのよ!」
「ね、ねぇミカド...... 流石に初日からいきなりこんな事は...... 」
ドア越しに困惑しているフロイラ、ティナと思しき声が聞こえた。だが、俺はその言葉に圧力を持って答える。
そんな俺の様子を見て、昨日の内にこれからやる事を説明しておいたセシルが不安そうにか細い声で話しかけて来た。セシルの隣に立つマリアやレーヴェ、ドラル達も同様に眉をひそめている。
ちなみに、セシル達も俺と同じ迷彩柄の服を纏っている。この服はこれから始まる事に備えてだ。
「セシルの言いたい事は分かる。 でも昨日説明しただろ?これは彼女達の為なんだ」
「それはそうかも知れませんが...... 」
「こんな事したら、全員ヴィルヘルムを辞めちまうかも知れねぇぞ?」
「そうなったら仕方ない。むしろこれから始まる事に付いてこれない様じゃ、俺達と一緒に働くのは危険だ。
ヴィルヘルムから去るなら、それが彼女達の為にもなる。だから去る者は追わない。絶対にだ。
繰り返すけど、これからやる事は彼女達の為なんだ」
「ん...... ミカドがそこまで言うなら、私は何も言わない...... これまで通り、私はミカドに付いて行く...... 」
「ありがとうマリア」
『うむ...... 確かにこれから行う事は、彼女達にとって厳しい物になるやも知れぬ...... だが主人殿の言葉も理にかなっている。
ならば今は彼女達の根性と信念を信じる他あるまい』
「そう言う事だ...... 今は皆を見守るとしよう。さて、そろそろ3分だな...... 装備に問題は無いか?」
「う、うん。ちゃんと確認したから問題無いよ」
「よし。後はフロイラ達が出てくるのを待つぞ」
俺は腕時計に目線を落として時間を確認する。フロイラ達が部屋から出て来たのは、俺が指定した時間の2分後だった。
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「遅い!命令した時間から2分もオーバーしている!
チンタラ着替えやがって、お前らは舞踏会に行く準備でもしてたのか!」
部屋から出た少女達をそのまま各ドアの前に立たせて罵る。
皆、俺の様子を見て明らかに動揺し、騒ついている。
それもそうだろう......
昨日まで和気藹々話していた人物が、次の日にはまるで別人になったかの様に声を荒げているのだから、動揺するなと言う方が無理な話だ。
だが俺はそんな少女達へ御構い無しに怒号を浴びせかける。
「誰が喋って良いと許可した!先程も言ったが、今後は俺の許可無く喋る事を禁止する!
寝ぼけた頭でも其れ位は理解出来るだろ!」
「「ひっ...... 」」
丁度俺の目の前に立っていた人間族のアウリ・ウーバーと彼女の相棒、猫獣人のルール・シャッツが体を強張らせ小さな悲鳴を上げる。その小さな悲鳴を合図に、喧騒がピタリと止んだ。
普段ハイテンションなフロイラや、小生意気なティナでさえも今は口を硬く紡ぎ、不安げな表情になっていた程だ。
俺はこれからフロイラ達がギルド部隊ヴィルヘルムで働くにあたり、昨日の晩御飯の時に新隊員を其々2人1組から成る相棒...... ペアを作った。
( 尚、新隊員の人数の関係上、例外が1人居る )
この相棒が、今後彼女達がヴィルヘルムの隊員として行動する時の基本単位となる。
つまり、どんな時でも最低2人1組のペアで常に行動させる。勿論部屋も相棒同士の2人部屋だ。
この屋敷の各部屋は余裕を持たせた作りになっていたので大分助かった。
そしてこの相棒制度は、これからの予定の際にも重要になってくる......
ちなみにティナにも相棒を組ませている。相手は中級魔術師のエルフ族、リート・アルメキアだ。
ティナがヴィルヘルムに入隊したのは、もっぱら俺達が運用試験をする魔法玉の実用化の為...... 言うなれば、ティナは名前こそヴィルヘルムの隊員だが、実際は魔法玉に関する相談役と言うか...... 特別顧問的な立ち位置になる。
だが形だけでもヴィルヘルムの隊員になった以上、区別はしない。
例えティナが魔法玉に関する相談役だとしてもだ。これから行う事にティナだけ参加させないとなると、他の皆が不満を募らせる。
そうなってしまうと、部隊として皆が纏まる事は不可能だ。
だからティナにも、今から皆と一緒にある事を頑張ってもらう。
さてさて...... それは一先ず置いておいておくとして.....
俺は心を鬼にし、ドアの前で気を付けをしているフロイラ達をギロッと睨みつけた。
「よし!なら今度はクソが詰まったお前達の頭でも理解出来る、もっと簡単な命令だ!
セシル達、前へ!」
「う、うん!」
「今からお前達には今着ている私服からこの服に着替えてもらう!
この服やブーツは各種3着づつ与えるから、各自洗濯をして着回せ。
それと着替え終わった私服、並びに各自引越しで持って来た私物は同時に渡す箱へ入れてセシル達に渡すんだ!」
俺はセシルが持つ箱の中身へ目を向け、早口で新たな命令を発する。
セシルやドラル達が持つこの箱の中には、フロイラやアウリ、ファルネといった其々の名前が刺繍されているジャンパーやズボン、部屋着等の衣服が一式入っていた。
そしてロルフの横には空の段ボール箱の山が出来ている。この段ボール箱は縦が40cm、横35cm高さ32cm程の標準的な物だ。
これ等全ては昨日、俺の加護を使い召喚した。
彼女達には、セシル達が持つ服に着替えて貰い、着替え終わった私服や小物等、彼女達が個人で所有する物を一旦この段ボールに入れて貰う。
そしてそれ等の私物は一時的に俺達が預かる。
これ等私物の没収や罵声の嵐は、アメリカ海兵隊の新兵教育訓練の過程で今なお行われている。
こうする事で、今まで暮らして来た世界への未練を断ち切らせると同時に、自分の立場を再確認させ、自分達は戦う事を生業とする戦士だと覚悟を決めさせるのだ。
( 最も、アメリカ海兵隊の新兵教育の場合、訓練初日は眠らせないらしい。
が、睡眠不足で倒れたら元も子もない。
だから多少甘いかも知れないが、睡眠だけはしっかり取らせた )
ここまで言えば、俺が何故彼女達の私物を没収したり、罵倒したりしたのかが理解出来るだろう。
そう...... 俺は彼女達と今後仕事をして行く上で万全を期す為に、彼女達を新兵と見立てて1から鍛え上げる事にしたのだ。
セシルやマリア達はこれまで多くの苦境を共に乗り越えてきたから心配していないが、フロイラ達は別だ。
フロイラ達はギルドの依頼で魔獣の討伐も経験していた様だが、詳しく話を聞くと、彼女達は基本的にポーン級...... 最高でビショップ級の魔獣の討伐しか経験していなかった。
しかもこれ等魔獣の討伐は大人数で行い、1人で魔獣の倒した事はほぼ無いとか。
今のままでの実力では、今後の依頼を受ける際に不安が残る......
だから俺は、彼女達が1人でも楽にポーン級・ビショップ級レベルの魔獣を狩れる程度まで鍛え上げる必要が有ると判断した。
この訓練は3ヶ月を予定している。本来軍人と言う職業に素人が就く場合、最低でも3ヶ月、長くて1年程の訓練を施さねば、銃をぶっ放す事は出来る様になっても戦闘要員としては扱えないと言われている。
なので俺は上記の言葉を参考に、取り敢えず様子見で彼女達を3ヶ月間、徹底的に鍛え上げる事にした。
「み、ミカド隊長!発言の許可をお願いします!」
頭の片隅でフロイラ達の訓練をするに至った経緯を思い出していると、思いっきり声を震わせている鷹獣人のファルネ・フリューゲルが俺の方を見て声をあげた。
彼女はこの大陸で暮らす同族に、自分の頑張る姿を見せて勇気を与えたいとヴィルヘルムに入隊した子だ。熱意とやる気は人一倍。
だから、俺の高圧的な態度にも勇気を持って立ち向かって来た。
「ほう...... お前中々度胸が有るな。良いだろう気に入った!お前のそのクソ度胸に免じて、特別に発言を許可しよう!お前の名前はなんだ!」
「あ、ありがとうございます!鷹獣人のファルネ・フリューゲルです!」
「ファルネ・フリューゲル? お前には勿体無いクソみたいな名前だな!そのクソが俺に何の質問だ!」
「うぅ...... な、何故私達の服や私物を集めるのでしょうか!そ、それとこの服は一体何なのですか!」
何故こんな事を言われないといけないのか......
そんな感情が浮かんでいるファルネは、目に溜まった涙を零さない様に拳を握り締めて声を張り上げる。
「理由が知りたいか!」
「は、はい!」
「なら簡単に説明してやろう!それはお前達を血肉の詰まった能無しから、一人前の戦士に生まれ変わらせる為だ!
質問は以上か!
ならとっとと服と箱を受け取って着替えて来い!
各員06:15までにセシル達に私物が入った箱を渡し、玄関前に集まれ!わかったか!」
「「「「「は、はい!」」」」」
激昂する俺に怯えた彼女達は、大わらわでセシル達の持つ箱から衣服とブーツ、そして段ボールを受け取り、我先にと部屋へ駆け込んで行った。
うぅ...... 正直な所、もの凄く心が痛い......
でもダメだ。心を鬼にしなければ......
俺が甘えを出してしまうと、彼女達の為にならない......
「さて...... 皆。受け取った荷物はロルフが見つけてくれた倉庫に其々名前を書いて保管しておいてくれ。
もしかしたら、直ぐに返す事になるかも知れないからな...... 」
「わ、わかった...... 」
まだ納得していない様な、セシルのか細い声が俺の心に響き渡った。
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カツカツカツ......
時刻は06:15分。
俺は眉間にシワを寄せつつ、ブーツを鳴らして玄関前に姿を見せた。そんな俺の傍には、険しい目付きのロルフが付き従う。
セシル達はフロイラ達から預かった私物を倉庫に運んでもらっている為、今はこの場に居ない。だから俺はもっと汚い言葉で彼女達を罵る。
「今回はちゃんと時刻通りに集まったか!出来るなら初めから命令通りに動け!この雌豚共!」
ちゃんと時刻通り玄関前に集まったにも関わらず、俺は既に玄関前で待っていたフロイラ達に早速罵声を浴びせる。
まだ着替えさせただけなのに涙目になっている子が殆どだが、俺は手を緩めない。
ここでコレでもかと罵倒しておけば、それが後程役に立つはずだ......
俺は誰に言われるでも無く気を付けの姿勢をする少女達の前に立ち、鋭い表情で皆を見つめる。
「俺が今日からお前達雌豚を、一人前の戦士に生まれ変わらせるギルド部隊守護者の隊長、兼訓練教官の西園寺 帝だ!」
「ち、ちょっと待ちなさいよ!
いきなり何なの!?ちゃんと説明しなさいよ!」
「おい、そこの雌豚!威勢が良いのは結構だが、口を閉じろ!
俺は発言を許可していないぞ。
俺の言葉を黙って聞けないなら、今すぐこの場から消えろ!」
「なっ......く...... 」
先程口を開いたファルネがボロカスに言われたにも関わらず、ティナは俺を睨み抗議して来る。俺はこれ以上ない程の殺気を籠らせ、ティナを睨み付けた。
流石のティナも、これ以上抗議する気力が無くなったのか...... それとも俺の迫力に気圧されたのか、静かに俯いた。
「「「「「っ...... 」」」」」
そんなティナの様子を見たヴィルヘルムの隊員達は恐怖...... 困惑...... 負の要素が詰まった瞳で俺を見つめた。
俺は彼女達へ歩み寄り、今にも泣きそうな顔の少女達を至近距離で1人1人見下ろしながら声を荒げる。
「さて、頭の足りないお前達クソ虫は、何故着替えさせられて此処に居るのか疑問に思っているだろう。その理由は先程言った通りだ!
俺達ヴィルヘルムは、これまで数え切れない魔獣共と闘ってきた。それはこれからも変わらないだろう!
その時、満足に戦えない能無しは邪魔なだけだ!
だから今日から3ヶ月間、俺がお前達を嬉々として戦いに臨む立派な戦士に鍛え上げてやる!雌豚ティナ・グローリエ!お前も例外じゃないぞ!
お前はヴィルヘルムに入隊したんだ!お前も戦士になる義務がある!」
俺の隣を歩くロルフが唸り声をあげ、少女達を睨んで行く。それが更に彼女達の恐怖を助長させ、顔を強張らせた。
ティナは冷や汗を垂らしつつ、何かを悟った様な表情をしている......
恐らく、俺が昨日言った『色々と頑張って貰う事になる』と言う言葉の意味を理解したのだろう。
この罵倒の嵐と、3ヶ月間の訓練がミカドが言っていた頑張って貰う事なのだと。
「まず頭が足りないお前達には返事を覚えさせてやる!
いいか!今日からその口でクソみたいな言葉を垂れる前と後には『サー』を付けろ!
了解した、わかったと言う時は『サー・イエス・サー!』。
違うと言う時は『サー・ノー・サー!』だ!
わかったか!」
「「「さ、サー・イエス・サー!」」」
「巫山戯ているのか!それともまだ眠ってるのか!」
「「「さ、サー・ノー・サー!!」」」
「貴様らは声を出す事さえ出来ないのか!腹から声を出せ!」
「「「サー・イエス・サー!!!」」」
俺の叱咤を受け、覚悟を決めたらしいティナやヴィルヘルムの隊員達は精一杯声を上げる。
「お前達、昨日の様子を見て感じたが、ヴィルヘルムに入隊出来た事で気が緩んでいるんじゃないか!?
甘えは捨てろ!お前達が此処へ来た瞬間から、気を緩めて良い時はもう無い!
俺達は血で血を洗う戦いを仕事にして飯を食ってくんだ!
昨日までの生温い日常と別れを告げろ!」
俺は彼女達の周りをグルグルと歩き、話し続ける。
「俺がお前達に与える3ヶ月の訓練を見事成し遂げれば、お前達はクソの詰まった肉塊から悪を挫く戦士に生まれ変わる!
弱者を苦しめるクソッタレ共を、煉獄の底へぶち落とす地獄の使者に生まれ変わる!!
俺が訓練終了を告げるその日まで、お前達はクソ程の価値もない雌豚だ!」
「「「サー・イエス・サー!!」」」
「訓練は辛く、そして死にたくなる程厳しいが安心しろ。俺は厳しいが平等だ!
例え能力が人と比べて多少劣っていようと、種族が違おうと差別はしない!
なぜなら!
お前達は皆平等に無価値だからだ!
お前達は魔獣の死骸に集るクソ虫以下の雌豚だからだ!!」
「「「サー・イエス・サー!」」」
「お前達は今後俺を恨み、憎むだろう。
大いに結構!俺を恨め!俺を憎め!それがお前達を更に成長させる!
俺の役割は、この3ヶ月の訓練にも付いてこれない様な根性無しのクソ虫を見つけ出す事だ!
ギルド部隊守護者に能無しは必要ない!
俺と共に地獄の道を歩んで行きたいと心から思うなら、根性を見せろ!
血反吐を吐こうとも弱音は吐くな!
地面を這い蹲ってでも訓練を成し遂げてみせろ!」
「「「サー・イエス・サー!」」」
「何度も言わせるな!声を出せ!」
「「「サー・イエス・サー!!」」」
「はぁ...... まだまだ小さいが及第点だ!
では、これより記念すべき初日の訓練を始める!
お前達のその頼りない足腰が立たなくなるまで、徹底的に可愛がってやるから覚悟しろ!」
「「「サー・イエス・サー!!!」」」
フロイラ達はコレでもかと声を荒げる。
その様子を見た俺はカツカツと、規則正しくブーツを鳴らしながら再び彼女達の目の前に立ち、雄叫びを上げた。
今この瞬間、後にラルキア王国軍の新兵教育の参考にされ、ヴィルヘルムに入隊した子達の通過儀礼となる地獄の訓練..... そしてフロイラ達にとって初めての試練
【これさえこなせば、お前も排泄物製造機から一人前の戦士へシフトチェンジ☆ ドキドキワクワク!仲間と過ごす地獄の強化訓練】
別名、ミカド式・ブートキャンプが幕を開けた。
時を同じくして、ラルキア王国の西に位置する巨大軍事国家エルド帝国......
広大なエルド帝国の心臓部。帝都ドラゴニア。エルド帝国歴代皇帝が住まうこの都市の中心に、荘厳にして壮観、豪華絢爛な巨大宮殿......
【聖偉大な龍の大宮殿】は在った。
その名に恥じぬ巨大な宮殿の長い廊下を、荒々しい空気を纏った将軍が不快感に満ちた表情で歩く。
その将軍は一際大きな扉の前に立ち、自ら扉を開け放った。
「皇帝陛下!」
「騒がしいな...... アスタロト大将軍。如何した」
扉の向こう側に居た老人...... エルド帝国皇帝は声を荒げる将軍に冷たい言葉を返す。
全てを見通すかの様な冷たいグレーの瞳が、将軍を捉える。
「ご機嫌麗しゅう御座います我等が皇帝陛下。
本日は僭越ながら、皇帝陛下にご質問が有り馳せ参じました」
将軍は口調こそ礼儀正しいが、皇帝に跪かず、吐き捨てるかの様に言葉を述べる。
軍人が国の長に取る態度ではないが、この将軍の行動から、彼はそれ程までに苛立っているのだと皇帝には分かった。
「質問とはなんだ。大将軍よ」
「はっ。無礼を承知でお聞き致します!
憎っくきラルキア王国への宣戦布告!並びに侵攻命令はまだで御座いますか!
既に我等は万事抜かりなく、過去の雪辱を果たす用意が整っております!
ですが用意が整ってから本日で早5日......
このまま陛下のご命令無く悪戯に時間を浪費し続ければ、如何に陛下へ絶対の忠誠を誓う帝国軍将兵らと言えども、士気が下がってしまいます!」
「左様な事か...... 」
「陛下! 如何に我等が過去、ラルキア王国を始めとした諸国に受けた屈辱を果たそうとしても、陛下の命が無ければ動く事が出来ませぬ!
何卒!何卒ラルキア王国侵攻のご命令を!」
「待て待て、そう急くでない......無論私も将軍らと同じ気持ちぞ。
だが今暫し待て...... まだその時では無い」
「その時では無い...... とは?」
皇帝の言葉を聞き、将軍は微かに首を捻った。
『その時では無い』と言う事は、ラルキア王国へ侵攻出来ない...... 侵攻しない重大な理由が有るのか?と、将軍は思ったからだ。
「我等がラルキア王国と戦うと言う事は、それ即ち過去の因縁に終止符を打つと同時に、エルド帝国が真の強国として人間大陸に君臨する事に他ならない.....
この様な歴史に残る瞬間を迎えるにあたり、今は年の瀬...... 我等が勝者として歴史に名を残す瞬間に、今の時期は相応しく無い...... と余は考えておる」
皇帝はゆっくりと玉座から立ち上がり、背後に飾られている赤と黒の龍が描かれた旗......
力と繁栄を表しているエルド帝国の国旗を見つめた。
「ベルガスの反乱失敗により、無駄な犠牲を出さずラルキア王国を乗っ取り、雪辱を果たすと言う軍師長の計画は失敗に終わった......
故に私は此度、武力によりラルキア王国を討ち亡ぼすと決めたが...... 我等がラルキア王国へ鉄槌を下すのは...... そう...... 年が明けたその瞬間だ」
「年が明けた瞬間...... つまり、新年の1月1日ですな......理由をお伺いしてもよろしいでしょうか」
「1月1日は新たな年の始まりの日...... この目出度い日にエルド帝国は屈辱に塗れた過去と決別し、決して過去の屈辱を忘れぬ強国だと世界に知らしめる......
それと同時に積年の恨みを晴らす為、ラルキア王国へ宣戦布告するのだ。
それにはこれ以上の日は無いであろう」
「なるほど...... 」
将軍は呟く様に声を漏らした。
陛下は歴史に己が名を刻むおつもりだ。
ならばその歴史的瞬間にこだわりを持つのも納得出来る。
我等がエルド帝国では新年初日の1月1日は、エルド帝国皇帝の生誕日と並び最も目出度い日の1つだ。
それは他の国も同様。
故にこの日にラルキア王国へ宣戦布告すれば、ラルキア王国は勿論の事、諸外国の動揺も誘える......
加えて陛下はラルキア王国へ侵攻するにあたり、戦術・戦略的観点からだけでなく政治的観点から物事を見ていらっしゃった。
なれば我等が過去と決別し、誇りを新たに歩み出すには新年の門出、1月1日程相応しい日は他に無い...... か。
「アスタロト大将軍よ。我等は新年を迎えると同時に、ラルキア王国へ宣戦を布告し覇者の道を行く!
それまでラルキア王国との聖戦に備え、各部隊での連携を整えておくのだ!」
なんたる自信。
なんたる豪気。
陛下は例え敵に準備の時間を与える事になろうとも、エルド帝国が負けるとは微塵も考えていない......
これが我等が皇帝陛下。
これこそが絶対強者、神聖エルド帝国皇帝の在るべき姿。
このお方が居られる限り、我等は負けぬ。
否、負けられぬ!
「ははっ!陛下がその様な事をお考えだったとは...... 数々のご無礼をお許し下さい。
確かに、歴史的瞬間を迎えるのに年の瀬はいささか役不足......この様な記念すべき日には、新年初日が最も良き日ですな。
帝国臣民達は1月1日を陛下が世界に名を知らしめた日として、永遠の誇りとしましょうぞ!」
「アスタロト大将軍ならそう言ってくれると思っておったぞ。今は暫し待て。
焦らずとも、お主等の出番は必ず来る。必ずな...... 」
「はっ!ラルキア王国侵攻の際は、私と配下の龍騎兵隊が武功第1号となってご覧にいれましょう!
本日は急な謁見をお受け頂き感謝致します。
では、私はこれにて失礼つかまつる!」
将軍は皇帝の前に来た時とは真逆の表情を浮かべ、膝を着き一礼すると勢い良く立ち去った。
新たな1年を迎える目出度い日。1月1日...... エルド帝国がラルキア王国へ宣戦布告するまで、残り10日を切っていた。
「大変な事になったぞ...... 」
この時、部屋の1番奥の柱の影に顔を青く染め上げている人物が居た事を、彼等は知らなかった。
寝坊して投稿が遅れてしまいました。
申し訳ございません......
ここまでご覧頂きありがとうございます。
次回投稿は、3/15日の21:00頃になります。