127話 拠点購入
「カルトさんの弟さんが管理を任された屋敷って、ハールマンさんの屋敷だったのですか!?」
『なんと...... また此処に来る事になろうとは...... 』
「その反応...... もしや皆様、ハールマン殿を知っていらっしゃるので?」
カルトに案内され、馬を走らせる事40分後...... 俺達ヴィルヘルム一行は、以前アッフェの討伐を受ける為訪れた、あの大きな屋敷の前に到着した。
此処に到着してからと言うもの、様々な考えが俺の頭の中を飛び交う。
此処は腐れ外道ハールマンの屋敷だ。
だが、何故カルトは俺達を此処へ連れて着たんだ?此処にはハールマンが住んでいる筈だが......
「あぁ...... 以前ハールマンから依頼を受けた事がある。この屋敷にも、その時に訪れた」
「ん?なぁ、待ってくれよ!カルトの弟がこの屋敷の管理を任されたって事は、此処に住んでたハールマンはどうしたんだ!?」
「...... 今から説明します。長くなりますので、予めご理解下さい」
カルトはレーヴェの言葉に気まずそうな表情を返すと、一言断ってから静かに口を開いた。
「まずこの屋敷は皆様がおっしゃる様に、ハールマン殿のお住まいでした。ですが、それは2週間程前の話です。
何故かと言えば、ハールマン殿がこの屋敷を売り払ってしまったからです」
「う、売り払った?」
「はい。 ハールマン殿は今から2週間程前、この屋敷の購入を仲介した弟の元へ訪れるや否や、この屋敷を手放したいと申し出たのです。
ハールマン殿は相当に焦っていた様で、弟が詳しい事情を聞いても言葉を濁すだけ...... 最終的に、弟は不審に思いながらもハールマン殿の意志を尊重し、屋敷を引き取り管理する事となりました」
「何故いきなり屋敷を手放したのでしょう...... 」
「詳しい事は分かりません。ですが弟は、ハールマン殿は何らかの事件に巻き込まれた可能性が高い...... そう感じた様です」
「カルトの弟がそう思った理由は有るの...... ?」
「弟がそう思った理由は、屋敷を引き取った弟が屋敷の状況を確認する為に此処を訪れた際、奴隷商人と思しき10名以上の亡骸を発見したからです」
「「「「「っ!」」」」」
この言葉に心当たりしかない俺達は一斉に顔を強張らせた。それと同時に、何故ハールマンがこの屋敷を売ったのかも察しが付いた......
ハールマンが屋敷を売り払った理由...... それはハールマンに囚われていた犬獣人の女の子、イーリス達を助け出した時に同行していた彼女の兄、ヴァルツァーがコレでもかとハールマンを脅したからだろう。
あの時ヴァルツァーの脅しを受けたハールマンは、遠目からでも歳が一気に老けて見えた程だ...... ハールマンはそれ程までにヴァルツァーに怯えていた。
恐らくハールマンはヴァルツァーの脅しを受け、極度の恐怖から被害妄想又は恐怖症に陥ってしまった。
そんなハールマンは見えないヴァルツァーの影から逃れる為にこの屋敷を売り払い、雲隠れしたのだろう......
「そ、その後はどうなったのですか?」
カルトの話を聞き、怖いもの見たさと言った感じで、恐る恐るドラルが質問する。
「ハールマン殿が何らかの事件に巻き込まれたと悟った弟は、急いで警務局に連絡しましたが、既にハールマン殿の身元は分からず、警務局も証拠の少なさからそれ以上捜査が出来なかった様です」
「そう...... なんですね..... 」
「ちなみに、ハールマン殿は奴隷商人と奴隷を欲しがる貴族や豪商への仲介役をもしていたらしく、警務局はハールマン殿が奴隷商人とのいざこざに巻き込まれ、身を隠す為に屋敷を売らざる負えなかった...... と、結論付け捜査を打ち切った様です。
更に言えば、ハールマン殿が引き取った元奴隷の使用人達も1人残らず消えていたらしく、彼等もハールマン殿と一緒に失踪したと見られます」
俺はこのカルトの話を聞き、冷たい汗が背中を流れるのを感じた......そして改めて、自分のやった事が犯罪行為である事も認識した。
あの時はハールマンに対する怒りでそこまで気が回らなかったが、ラルキア王国と言う国は、中世に近い雰囲気ながらも以外と法制度は細かな点までしっかり定められている......
俺達がやった事はこの世界の法律の観点から見れば犯罪だ。それでも、あの時はあの方法以外に手段は無かった。
例え法律違反で間違った行いだったとしても、あの時あぁしなければ、イーリス達は外道なハールマンの手でそう遠くない未来、ハールマンと同じ様な外道の元に売り払われていた筈だ。
理不尽な悪に立ち向かうには、こちらも悪になるしかない......
俺はそう自分に言い聞かせ、考えを切り替えた。ひとまず警務局はこのハールマンの失踪を解決不可能...... 迷宮入りと言う形で処理した様だ。
これ以上の捜査は無いみたいだ。
「このハールマン殿の失踪は既にペンドラゴを中心に広まっており、誰も彼もこの屋敷を不気味がり近寄りすらしないのです。
ですが、弟としてはまだ使えるこの屋敷を遊ばせておく訳にもいかず、この屋敷をミカド様に使っていただけないか提案した訳でして......
詳しくはこの弟の手紙に書かれていますので、ご覧下さい」
「あぁ...... 早速読ませて貰うぞ」
俺はカルトが差し出した手紙を受け取り、封を開けた。
そこには見事な達筆で、カルトの弟が書いたのだろう長ったらしい文が書かれていた。
手紙の内容を要約するとこうだ。
この屋敷は以前カルトの弟がハールマンに売った物だが、当のハールマンはこの屋敷を急に売り払ってしまった。
ハールマンが屋敷を売り払った背景には事件に巻き込まれた可能性が有り、また敷地内で奴隷商人が亡くなっていた事が既にペンドラゴを中心に広まってしまい、不気味がって誰も此処へ近寄ろうとしない。
なので販売額を下げるから、この屋敷を購入してくれないか?
という感じだった。
そして、手紙の下の方にはカルトの弟が希望するこの屋敷の購入金額が記されていた。
「え、購入希望金額が1千万ミル!?土地込みの値段かコレ!?」
俺は手紙に書かれていた金額を見て色んな意味で驚いてしまった。
その手紙に書かれていた屋敷の販売希望金額は1千万ミル...... 日本円で言えば1千万円と大きく書かれていた。
1千万ミルは確かに大金だが、この広大な庭付きの屋敷を購入するとなると、1千万ミルでは到底足りない様に思える。
元居た世界の感覚が抜けていないだけなのかも知れないが、日本でこれ程の敷地そして屋敷を購入するなら少なくとも数10億円単位の金が必要になるだろう。
だが、この破格の安さもカルトの話を聞いて納得する事が出来た。
「えぇ。その値段は屋敷と土地込みの値段になります。
先に言った様に、この屋敷は中々の物件なのですが誰も住みたがらず、購入金額を下げざる負えない状況らしいのです。
これは何度も言いましたが、敷地内で人が死んでいますし、家主が突如屋敷を売り払った訳ですから、誰が見てもこの屋敷で何らかの事件が有った事はわかります。
ですが、それらの事を抜きにして弟はミカド様方に此処へ住んで貰いたいと思っている様ですよ」
「どういう事...... ?」
「弟は論功行賞式の際のパレードを見ていた様で、人間大陸で虐げられている他大陸の種族のドラル殿達を率いるミカド様を見て痛く感動していましてね。
あの時のミカド様達の勇姿を見れば弟に限らず、奴隷と言う制度に否定的な人達ならば力になりたいと思うのは当然ですよ。
それに、これはミカド様方に対する先行投資という奴でしょう」
俺達ヴィルヘルムの存在は、どうやら想像以上にラルキア王国の皆に認められている様だ。これまで何度も言ったが、ラルキア王国は奴隷と言う制度に否定的な考えを持つ人が多い。
だが、隣国のエルド帝国等はラルキア王国とは違い多数の奴隷を抱えており、奴隷はまさに家畜の様に働かされていると聞く。
この奴隷と呼ばれる人達は皆、遠く離れた大陸から強制的に連れて来られた人達だ。
龍人のドラルや獣人のレーヴェ、エルフのマリアが何故この人間大陸で暮らす様になったのかまでは知らないが、少なくとも自分の意思で此処へ来た訳では無いだろう。
ドラルやレーヴェ達がこのクソみたいな制度のある人間大陸で生きるには、俺やセシル以上に色々な物と戦って来たはずだ。
だが、先にも言った様にラルキア王国は奴隷に否定的な人が大多数を占める国だ。
この世界の常識で言えば、奴隷として扱われても仕方ないドラル達が誇りを胸に、王都ペンドラゴをパレードしたとなれば、それを見た奴隷に否定的な人達は心撃たれ...... そうでない人でも多少は応援したく思うのが人間の性と言うものだろう。
「最も...... この物件は俗に言う曰く付き物件ですから、私の本心から言えばあまりお勧めしたくなかったのですが...... 」
カルトは呟く様にそう言うと、顔をしかめた。うん...... 確かに普通の人からしたら、家主がいきなり雲隠れし、しかも敷地内で人が死んでいるこの屋敷に住みたいと思わないのは当然だし、仕方ない。
だが今回は別だ。
ハールマンが雲隠れした根本的な原因を作ったのが俺達だからだ。
ここに住むには多少思う所が有るのは確かだが、あの様子のハールマンが俺達に復讐を企てるとはまずあり得ない。
彼はヴァルツァーの脅しに心から恐怖していたし、何よりあの時俺達は素顔を隠していた。
故に俺達の行動がハールマンにバレる事は無い。
そして皆で訓練しても近隣に迷惑をかけないだろうこの広大な敷地に、19名程なら難なく住める程の大きな屋敷...... 1千万と言う破格の値段......
これまで俺達は数多の依頼をこなして来たから、金銭面では有る程度の余裕も有る。
加えて、この前ティナから受けた魔法玉の実地試験の報酬金300万ミルと、その際に討伐した魔獣達の報酬金200万ミルが入ったのも大きい。
後者は不可抗力的遭遇戦として処理され、個別で出でいた討伐依頼に沿い、報酬を受け取った。
前者の魔法玉の開発は、国王のゼルベル陛下が主導で行なっているので、その分報酬金もティナの所属する魔術研究機関からたんまり出せた様だ。
ちなみに金がかかる武器や防具は俺の加護を使いタダで用意出来るから、俺達が金を使うと言ったらもっぱら消耗品や食材の購入時のみだった。
よし、設備には何ら不安はないし、金も足りるだろう......
なら迷う事は無いな。
「この値段の安さの理由は分かった。カルト。この屋敷、買うぜ」
「え、良いのですか?」
「あぁ。確かにハールマンの行動とかは不気味だけど、ヴィルヘルムにはセシル達やロルフも居る。
危険が迫れば直ぐに気付くさ。皆!それで構わないか?」
「うん。私は大丈夫だよ」
「私もです。ミカドさんがそう決めたなら、反論はありません」
「僕も異議なしだぜ!」
「私も...... 」
『我輩も異議無しだ』
セシルやロルフ達が一瞬苦笑いを浮かべたが、この屋敷を購入する事に賛成してくれた。
やはり敷地内で人が死んだ場所に住むのに抵抗が少なからず有る様だ......
だがこの機会を逃せば、今後この屋敷並に良い物件が見つかる保証もない。
それに俺としては出来るだけ早く、皆と住める家を買いたかった。だからこの機会を逃さない。
「って訳だ。早速購入の手続きをしたいんだけど、構わないか?」
「えぇ、勿論です。では...... ご帰宅しましたらこの契約書をご一読の上サインをお願い致します。
後日この契約書と購入金を受け取りに参りますので」
「了解した。弟さんにもこの屋敷を購入するって事を伝えておいてくれ」
「任せて下さい。では、本日はこれにて解散で宜しいですか?」
「おう。良い物件を紹介してくれてありがとなカルト」
「いえいえ、礼には及びません。それでは、私はこれにて失礼します」
「はい!カルトさんお気を付けて!」
カルトは俺達の方を振り返り、ペコリとお辞儀をすると馬に跨り颯爽と去って行った。
「まさか、この屋敷に住む事になるとは考えもしませんでした.....」
「そうだね...... ちょっと複雑な気持ちだよ...... 」
「まぁ、ドラルやセシルの言いたい事は分かるけどさ、想像以上に良い物件で良かったじゃん?
ここなら敷地も広いし、M2をぶっ放しても近所に迷惑が掛からないからな!」
「レーヴェ...... あんたは何も考えてなさそうで良いわね...... 」
「まぁまぁ、ドラルちゃん...... でも、レーヴェちゃんの言う通りだね。
この広い庭を使って実戦的な訓練も出来そう!」
「ん、それに屋敷も広いから、今後ヴィルヘルムの隊員が増えても問題なく住める...... 」
『うむ。我輩もこれまで通り主人殿達と一緒に暮らせて嬉しいぞ』
「そうだな。でもロルフ、此処で暮らし始めたらいい加減1人で寝ような?」
『考えておこう』
「考えるだけかよ!?」
「まぁまぁ、ロルフはミカドのベッドが1番落ち着くんだもんね?」
『うむ。幼い頃より主人殿と一緒に寝ていた所為やも知れぬ。
それを抜きにしても、主人殿の匂いは自然と心休まるのだ』
「ふふ...... 良かったですねミカドさん」
「まぁ悪い気はしないけど...... さて!無駄話は此処までだ。
早速帰って引っ越しの準備をするぞ」
「「「「はーい!」」」」
『うむ!』
この広大な敷地と、それに見合った大きな屋敷の購入を決めた俺達は、無意識にこの屋敷で起こった事から目を逸らす為か、皆普段より少し大きな声で会話しながら帰路に着いた。
そして明くる日。
俺達が皆で一緒に住める程の大きな屋敷を買った事と、良かったら皆でこの屋敷に住まないか?と記した手紙をフロイラ達に出していた丁度その頃、再びラルキア王国とエルド帝国の国境に黒い影が迫っていた。
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場所はエルド帝国領内。
エルド帝国軍に僅か7名しか居ない名誉ある階級、覇龍7将軍の序列第4位に就位するビルドルブ・ダントーレ大将軍が住まう屋敷の一室...... まるで有名ホテルのロビーを思わせる広々とした部屋に、3人の男性が其々ソファや椅子に座り身を休めていた。
四方を囲む淡い乳白色の壁には、落ち着いた色合いの風景画が飾られ、部屋の脇に置かれた壺には色取り取りの花が活けられており、空間を華やかに演出しつつ仄かに甘い香りを漂わせる。
「なぁ、ビルドルブのオッさん。
なんで栄えある覇龍7将軍序列3位のアスタロト大将軍や、序列7位のグラシャ大将軍はラルキア王国の国境に向かったんすかね?
あの辺りの地形調査なら、この前俺達がやったじゃないっすか」
この静閑な部屋に青髪の青年の声が微かに反響した。
この青髪の青年は部屋に置かれた椅子に体を預け、背もたれの部分に腕を乗せながら同じ部屋にいる初老の男性へ目を向ける。
「アスタロト大将軍とグラシャ大将軍は、実際に自分の目で戦場となる地を見たいと皇帝陛下に進言したらしい」
そんな青髪の青年の問いに、湯気を立ち昇らせるティーカップを手にした赤髪の青年が応えた。
「は?陛下に命令された訳じゃなくて、自分から率先して国境に行ったのか?
確かアスタロト大将軍は、皇帝陛下に何か命令されてて、忙しかったんじゃねぇのか?
それにグラシャ大将軍は兵站軍の所属だろ?
何でワザワザ国境なんかに......
って、言うか...... 俺はビルドルブのオッさんに聞いたんだぞベリト。何でお前が答えんだよ」
青髪の青年の正面に置かれた椅子に座る赤髪の青年は、ティーカップに唇を当て優雅に紅茶の奥深い味を楽しむと、音も無くティーカップをテーブルに置く。
「うるさい。お前は事前に説明してくれた軍師長の話を聞いていなかったんだろ。
そんなお前の質問に閣下が応えるまでもないと言う事だ」
「へっ。あんな長ったらしい軍師長の話なんか聞いてられるかってんだ。
軍師長の言葉はアレだ、まるで睡魔を誘う魔法だな」
「サブナック...... ワシは大目に見るが、軍師長や他の大将軍の前では決してその様な口を叩くなよ」
何時もの様に軽口を叩き合う2人の青年の声を聞いていた初老の男性は、静かに声を発する。
初老の男性の台詞には硬いものが有るが、その声色の中に心無しか半ば諦めの様な...... 此奴に何を言っても、この性格は治らないだろう...... と言う感情が見て取れた。
「へ〜い」
「やれやれ...... 兎も角、アスタロト大将軍とグラシャ大将軍が国境に向かったのは、今ベリトが言った通りだ」
「はぁ...... ?」
「サブナック...... 本当に何も聞いていなかったんだな」
「サブナックの事だ。気にしても仕方あるまい。やれやれ...... もう1度説明してやろう」
「うっす。頼んます」
「では、まずはアスタロト大将軍が国境に向かった経緯だ。
アスタロト大将軍が国境に向かったのは、彼奴も自分の目で戦場となる場所を確かめたかったからだ。
彼奴は、自分の観た物しか信用せぬからな...... それに【龍騎兵隊】を直属の部隊として得た彼奴は、ラルキア王国との戦争の際には我等と共に侵攻する事になっておる。
アスタロト大将軍は、自分の率いる部隊の進路は自分達で観て決めると言って聞かなかったらしい」
「成る程。所で、その【龍騎兵隊】ってなんすか?そんな部隊初めて聞きましたけど」
「龍騎兵隊...... これはアスタロト大将軍が皇帝陛下の命を受け新設した、対ラルキア王国戦の切り札となる画期的な部隊の名称だ。
詳しい編成等は言えぬが、アスタロト大将軍は皇帝陛下からこの部隊を作る様命を受け、各地を駆け回っていたらしい。
だが龍騎兵隊の編成も終わり、練度も一定のレベルに達したらしいから国境に向かう余裕も出来たのだろう」
「俺等が知らない所でアスタロト大将軍は、新しい部隊なんか作ってたんすか...... で、グラシャ大将軍の方は?」
「グラシャ大将軍もアスタロト大将軍の部隊と同じく、戦場となる場所の確認の為に国境へ出向いたらしい。
ちなみにグラシャ大将軍は、アスタロト大将軍の龍騎兵隊とは別に、対ラルキア王国戦の為の秘密兵器を製造していた。
その秘密兵器が先日完成したらしいのだが、グラシャ大将軍は軍内外でも有名な変わり者......
何を思い立ったか、いきなり現地へ赴いて、実際にその兵器が使われる地形を確かめたいと言い出したらしい」
「そう言う事っすか...... グラシャ大将軍の所属する兵站軍は後方支援専門の部隊。
ワザワザ最前線に赴く必要は無いのに、国境に向かったのはまた何時もの奇行だったんすね。
って、秘密兵器?なんすかソレ?ソレも初めて聞きましたけど」
「すまぬが、いくらサブナックと言えどまだこの秘密兵器に関する事を教える事は出来ぬ。
この秘密兵器と、アスタロト大将軍の龍騎兵隊の事は【第1級機密情報】だからな」
「【第1級機密情報】...... なら無理には聞かないっすよ。
つまり纏めると、アスタロト大将軍は自分が指揮する龍騎兵隊とか言う部隊の進行するルートを自分達で決める為......
グラシャ大将軍は、完成した秘密兵器が使われる地形を確かめる為にラルキア王国の国境に向かったって訳っすね」
「そうだ。全く...... 数刻前に軍師長もそう仰っていただろう...... 」
初老の男性と、青髪の青年の会話を静かに聞いていた赤髪の青年が呆れる様に呟いた。
だがその言葉に悪意は感じない。
何時もの軽口だ。
「へいへい、申し訳ございませんね。
軍師長のお言葉は有難過ぎて、意識が飛んでましたよ」
「お前と言う奴は...... ええぃ!この際だ!お前には言いたい事が山の様に有る!
今日はお前のその巫山戯た精神を叩き直してやる!」
「んだよ、熱くなりやがって...... 面倒くせぇ...... ま、武術の訓練で叩き直してくれるってなら幾らでも付き合ってやってやるぜ?
ベリト位の腕じゃねぇと、俺の訓練の相手にならねぇからな!」
初老の男性は飽きもせずまた言い争いを始めた青年達を横目に、少し緩くなった紅茶を口に含み、思考を巡らせる。
そろそろアスタロト大将軍とグラシャ大将軍は国境に着く頃か......
1週間前の国境調査には、アスタロト大将軍の部隊やグラシャ大将軍の部隊の侵略予定進路を決める目的もあったが、やはり彼奴等は我等が調べた情報が有ろうとも、実際に自身の目で現地を調べる事を選んだか......
アスタロト大将軍はエルド帝国軍内でも屈指の偏屈者。彼は自分の目で見た物しか信じない。
そして、それはグラシャ大将軍も同じだ。
いや、グラシャ大将軍の場合は少し違うな.....彼は行動型の技術者だ。
彼の行動原理は分からぬが、恐らく今回の国境視察は自分が開発した秘密兵器がどの様な場所で使われるかを知りたかったのだろう......
ともあれ、これで準備はほぼ整った事になる。後は皇帝陛下の御心次第......
ラルキア王国との戦争が始まれば、こうして皆でゆっくり茶を飲む機会も無くなるやも知れぬな......
だが致し方無し。
我々は皇帝陛下の為、エルド帝国の為、そして過去に受けた屈辱を晴らす為に戦わねばならぬ。
ならばこそ...... 今と言うこの瞬間を心に刻み込むとしよう。
これから歩む事になる修羅の道の慰めになる様に......
初老の男性は騒がしく、たがお互いの事を理解し有った青年達の怒号を聞き流しつつ、口元に笑みを浮かべて紅茶を味わった。
ここまでご覧頂きありがとうございます。
誤字脱字の報告、ご意見ご感想なんでも大歓迎です。
並びに、作者の一身上の都合により小説の更新が2週間から3週間程行えなくなってしまいます。
なので、次回投稿は2月19日以降の21時頃となってしまいます。