118話 怒りの鉄拳
時刻 00:05分
場所 ハールマン邸地下室
「あ、あれ......? 喋れる...... 」
「ほ、本当...... 私達喋れる!喋れてる!」
「皆!催眠が解けたのか!?」
「ヴァルツァー!助けに来てくれたの!?」
「皆...... あぁ!もう大丈夫だぞ!」
イーリスが居ない事に混乱していた俺の耳に女性達の声が聞こえた。
ヴァルツァーの声と同時に振り返ると、ハールマンに捕らわれ使用人として働かされていた女性達が、微笑を浮かべてヴァルツァーに駆け寄っていた。
皆の瞳には生気が戻っており、その表情は先程の人形を思わせる無表情から一変。
喜びと微かな戸惑いが感じられた。
彼女達の瞳に生気が戻り、歓喜の表情を見せたと言う事は......
「セシル!やってくれたか!」
「ん...... 皆の放つ気も大きくなってる...... セシル達が皆の催眠を解いてくれた...... イーリスの催眠も解けてるはず」
「はっ!それよりイーリスは!?イーリスは何処に居る!?」
「ごめんなさい...... 私達も知らないの...... 少し前まで此処に居たんだけど、気が付いたら居なくなってて...... 」
皆の催眠が解けた事を確かめたヴァルツァーは我に返り、周りの女性達にイーリスの行方を聞いた。
...... が、彼女達もイーリスの行方は知らなかった。俺の脳裏に不安が過ぎった。
「っマリア!セシル達の大体の現在地は分かるか!?それとイーリスの気を感じたら教えてくれ!」
「ちょっと待って...... 」
マリアはそう言って目を瞑り、神経を研ぎ澄ます。
「 ん...... だいたい分かった。セシル達は此処とは正反対の場所に居る。でも今は入り口の門に向かっているみたい......
それと、セシルとレーヴェの近くで別の気も感じる...... この気は多分イーリスの物...... セシル達はイーリスと一緒に行動している」
「本当か!ツイてるぞ!っし、ヴァルツァー!」
皆の様子を見る限り、ハールマンに掛けられていた催眠が解けたと見て間違い無い。
マリアの言う言葉が、更にその信憑性を高めてくれる。
セシル達は無事に与えられた任務を遂行したのだ。
しかもセシル達は此処に居ないイーリスと一緒だと言う。と、なれば長居は無用だ。
セシル達は作戦通り脱出している最中の様だから、俺達も直ぐに此処を立ち去ろう!
俺はヴァルツァーに声を投げかける。
「セシル達が催眠魔法具を壊してくれた!
それとイーリスはセシル達と一緒に居るみたいだから長居は無用だ!直ぐに此処から抜け出すぞ!」
「イーリスが!本当か!?」
「間違い無い...... 今門に向かってるみたい」
「良かった...... 」
「あ、あの貴方達は...... 」
ヴァルツァーにイーリスの無事を伝え終わったその時、猫の様な獣耳が生えた獣人の女性が声を掛けてきた。
この人には見覚えがない。
今日奴隷商人に連れてこられた人だろうか?
「俺達は皆を助けに来ました。詳しく説明している時間が惜しいので、今は俺達を信じて付いて来てください」
「ミカドの言う通りだ。俺達は皆を助けに来たんだ。よし、皆聞いてくれ!
皆の自我を抑え込んでた魔法具はぶっ壊した!
急いで逃げるぞ!皆は先にあの黒髪の奴とエルフの子と先に逃げろ!此奴等は味方だ。安心しろ!」
「わ、わかったわ!」
「う、うん!」
「は、はい!」
「よし、ミカド!マリア!先に女達を連れて行け!俺は男共と後から行く!」
「了解!気を付けろよ!」
「皆は任せて...... 」
「あぁ、集合地点で会おう!行け!」
「おう!皆、こっちだ!俺達はこのまま奴隷商人達の馬車を奪って此処を逃げるぞ!」
「「「「「は、はい!」」」」」
さすが暗殺者集団とは言え、大勢の部下達を纏め上げてきたヴァルツァーだ。
彼は冷静に状況を判断し、的確な指示を出す。
俺が考えていた行動と全く同じ事を考えていたヴァルツァーの指示に従い、俺とマリアは女性達を引き連れて地下室を飛び出した。
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時刻 00:06分
場所 ハールマン邸通路
「セシルさん!何処へ向かってるんですか!?」
「屋敷の入り口です!私達は魔法具を破壊した後、奴隷商人の馬車を奪って脱出したミカド達と合流する計画を立ててますから!」
「わ、わかりました!」
「セシル!イーリス!この扉を開けたら外だぜ!」
「了解!ミカド達が外に居たら合流して一緒に逃げよう!」
「もし居なかった時はどうする!?」
「もし馬車が残ってたら、少しミカド達を待とう!馬車が無かったら、徒歩で合流地点に行くよ!」
「了解!」
任務を無事にやり遂げた私とレーヴェちゃんは、合流したイーリスさんと一緒に屋敷の外へ飛び出した。
後は全速力で逃げ切るだけだ!
「あ!ミカド!」
「セシル!レーヴェ!イーリス!」
「良かった!皆の救出は成功したみたいだな!」
扉を開け放ち外に出ると、タイミング良く大勢の女性達を引き連れたミカドとマリアちゃんが少し離れた所にある扉から姿を見せた。
ミカド達の後ろにいる人達の瞳には少し恐怖の色が浮かんでいたけど、それが逆に彼女達の自我を抑え込んでいた催眠が解けた事を示していた。
良かった...... 皆の催眠は解けたんだ!
「あ、あの兄さんは!?兄さんは何処に!?」
安心したのもつかの間、私とレーヴェちゃんの後ろに居るイーリスさんが不安げな声を上げた。
そうだ、ミカド達と一緒に行動していた筈のヴァルツァーさんが居ない。
まさか!?
「ミカド!ヴァルツァーさんは!?」
「此処に居ないって事は、まさか捕まったのか!?」
「大丈夫...... ヴァルツァーは捕らわれてた男達と遅れて来る。
私達は先に女性達を連れて、ドラルとロルフに合流する...... 」
「了解!わかったよ」
「おう!なら、さっさとトンズラしようぜ!」
ミカド達と一緒に行動していたヴァルツァーさんが居ない事に一瞬不安が過ったけど、マリアちゃんの説明を聞いてヴァルツァーさんが此処に居ない理由がわかった。
ヴァルツァーさんとはこれまで2度も私達と戦い、その強さに苦戦した。だから不安は無い。
捕らわれてた男の人達はヴァルツァーさんに任せておけば大丈夫。
私達は、この女性達を一刻も早く安全な所まで逃がさないと!
「皆もう安心して!もう少しで皆を自由にしてあげられるから。さぁ、嫌だろうけど馬車に乗って逃げよう!」
私は静かに頷く女性達を、鉄格子の嵌められた馬車に乗る様に促した。
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時刻 00:08分。
場所 ハールマン邸 庭。
「皆乗ったな!」
「うん!何時でも出られるよ!」
「よし!行くぞ!」
俺は捕らわれていた女性達とセシル達が馬車に搭乗したのを確認し、馬の手綱を引いた。
それを合図に馬が静かに歩き出す。
後はドラルとロルフに合流し、逃げ切るだけだが、まだ安心は出来ない。
俺達は兎も角、ヴァルツァー達はまだ屋敷内に居るからだ。剣術の心得があるヴァルツァーだから大丈夫だとは思うが、それでも不安が無いと言えば嘘になる。
ゆっくり動き出した馬を操りつつ、チラッと後方を確認する。
すると......
「あ!ヴァルツァー!」
「兄さん!」
多数の男性を引き連れたヴァルツァーが屋敷から出て来た。
男性達はヴァルツァーの指示に落ち着いて従っている。この様子なら、ヴァルツァー達も無事に逃げられそうだ。
しかし、現れたのはヴァルツァー達だけでは無かった。
「お、お前達!?」
「貴様ら!俺の馬車に何してやがる!!」
俺やヴァルツァー達が出てきた扉から少し離れた所にある大きな扉...... 玄関から俺の身長を越す大男と、肥満体型の男が姿を現した。
1人は小汚いチェインメイルと皮の上着を着込み、腰にぶら下げた分厚い剣に手を掛けようとしている大男だった。
この大男の頭の上に【奴隷商人】と言う単語が浮かぶ。
そしてもう1人は肥満体型の男性...... 【奴隷バイヤー】と頭上に表示されたハールマンだった。
2人の頭上に名前とレベルは表示されない。
これまでの状況から判断するに、奴隷商人と浮かんでいる大男がハールマンの元へ奴隷を売りに来た奴隷商人達のボス...... お頭と言われていた人物だろう。
それと同時に、俺はこれまでの経験からある事を察した。
以前ユリアナを襲った鎧武者の頭上には【騎士】と浮かび、ヴァルツァー達黒鷲の影に襲われた時には【暗殺者】と浮かんでいた。
そして今、ハールマン達の頭上にもそれと同じ様な文字が浮かんでいる。
どうやらこれらの名称は明確な悪意・敵意を持つ人の頭上に現れる様だ。
そう思った理由は、門の前に屯していた奴隷商人達は俺達の存在に気付いておらず、その時には頭上に奴隷商人と言う名称が浮かんでいなかったからだ。
思い返せば、マリアやドラル達を捉えた奴隷商人達の頭上にも奴隷商人と浮かんでいなかった。
上記の事から、俺達に明確な悪意・敵意を向ける人物の頭上にはその人の職業と言うか、名称が浮かぶんだと分かった。
加えて名前とレベルが表示されないと言う点だが、人間は魔獣と違い産まれながらにして名前が決まっている訳では無い。
親に名付けてもらって初めて、その人の名前が付く。
だから、名前が表示されないのは彼等には親から名付けられた名前が無いか...... もしくはただ単に人間の名前は表示されない仕様になっていると言う事になる。
レベルが表示され無い点は、この世界の人間には魔獣と違いレベルが無い事を示していた。
遅まきながらこの事に気付いたが、そんな事はどうでも良い!
ハールマンは兎も角、一緒に居るあの大男はヴァルツァー達を殺すつもりだ!
早く助けなくては!
「ヴィルヘルム各員!ヴァルツァーを助けろ!援護射撃開...... 」
俺が馬車の最後尾に乗るセシル達に、ヴァルツァーを助けるために援護射撃開始と命令しようとした瞬間......
「ふっ! 」
ヴァルツァーが残像を残し消えた。
刹那。
瞬きをし、目を見開いた俺の目に飛び込んで来たのは、ドサっと言う音と共に奴隷商人のボスが仰向けに倒れる光景だった。
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時刻 00:10分。
場所 ハールマン邸 庭。
「お前の様な奴等が居るから...... 」
俺は呟いた。
俺の手にする剣には血が滴り、傍らには赤い水溜りの上で大男が横たわっている。
俺はこれでも鍛えられた元暗殺者だ。
動揺し、初動が遅れた敵に一撃を叩き込むのは造作も無い。
軽く剣を振り剣に滴る大男の血を吹き飛ばた俺は、骸へと変わり果てた大男に軽蔑の眼差しを向け、もう1人の男に顔を向ける。
「ひっ!お、お前...... 彼奴らの親族か!?」
「あぁ、その通り。俺の仲間を...... 家族を返して貰うぞ...... 」
デブの奴隷バイヤー...... ハールマンは体を震わせ後退る。
我ながらこれ程の殺気を出したのは初めてだ......
それでもどこか冷静な俺は、ハールマンが後退った分だけ歩み寄る。
「ま、待ってくれ!君の家族を此処へ連れて来たのは、君が今倒した奴隷商人なんだよ!
私はそんな彼等に同情し、引き取って面倒を見ていたんだ!
彼等が元気になれば、住んでいた所に返すつもりだったんだ!7龍に誓おう!私は君に恨まれる様な事はしていない!」
「貴様...... 此の期に及んで往生際が悪過ぎるぞ...... 」
「ひぃぃい!?」
此の期に及んでこの男は売られたイーリス達を憐れみ、面倒を見ていたとぬかした。
その言葉に俺は我慢出来なかった。
ハールマンに駆け寄り胸倉を掴み上げた俺は、胸倉を掴んだままこのハールマンを屋敷の壁に追いやった。
ここで自分の過ちを素直に認め、真意に謝るなら俺はココまで怒らなかっただろう。
だが、大切な妹や村の皆...... そして他の同族や人間達を買った此奴はあくまでシラを切るつもりだ。
俺にはそれが我慢できなかった。
「てめぇの言う事が本当なら、何故イーリス達の自我を抑え込んだ?
何故イーリス達をあんな狭い牢獄の様な場所に押し込んでいた?俺が何の調べもなく、此処へ来たと思ってるのか?
7龍に誓って?寝言は寝て言え。誰がてめぇの言葉なんか信じるか」
「そ、それには訳が...... 」
「訳がある?そいつは興味深いなこのクズめ。
なら説明してもらおうか?
表向きは色々な事業を手広く行い、裏では奴隷商人から買った奴隷を悪趣味な貴族共に売る奴隷バイヤーさんよ」
「がっ!?」
俺は胸倉を掴む手に力を込める。
フッ...... と、体重が3桁を越しているだろうハールマンの体が微かに浮いた。
「ち、違う...... 君から見たらそう思われるかも知れないが......
此処へ来る人達は大半が情緒不安定なんだ...... だから、彼等を落ち着かせる為に...... 」
「催眠魔法具を使ったと...... 」
「ど、どこでその事を......」
「んな事はどうでもいい。お前の言葉に嘘偽りはないんだな?」
「そ、そうだ......彼等を地下室に住まわせていたのは暫く集団で暮らす事になるから、それに慣れて貰おうと...... 」
「...... 違うな...... やはりてめぇの口から出る言葉は全部この場を取り繕う為のデタラメだ!」
だが改めて聞く必要は無かった。
此奴は口が上手い。
咄嗟の嘘を並べ、何とか俺の機嫌を取り許して貰うつもりだろう。往生際の悪いこの男は、自分の過ちを絶対に認めない。
そうとしか考えられない位、ハールマンの話は此奴にとって都合が良過ぎた。
時間を無駄にした。
「あの催眠魔法具はエルド帝国の物だろう。
お前がどうやってアレを手に入れたかは知らねぇが、お前は買った彼奴等を次の買い手が見つかるまで自我を抑み、逃げられない様に鍵が掛けられた地下室に住まわせた。
そして彼奴らに表向きの仕事を手伝わせ、買い手が付いてから催眠を解いていたんだろ」
「う...... 」
「図星か......だからお前は許さない。
お前には地獄の苦しみを味あわせてやる...... 」
「た、助けてくれ!誰か!誰か居ないのか!」
「誰も来ねぇよ。そこで死んでる奴隷商人の部下共も今頃皆死んでる。
さぁ...... まずは目でも抉ってやろうか...... 」
「い...... 嫌だぁ!助けてくれ!頼むぅ!金でも何でもやるから助けてくれぇえ!」
「断る。金も要らない。これまでの行いを悔いながら...... 死ね!」
手にした剣の切っ先をハールマンに向け、左目に突き刺そうとした瞬間......
「兄さん駄目ぇぇえ!」
「っ!?」
ガギィン!
「あ...... あぁ...... 」
遠くから絹を裂くような叫びが聞こえた。
その叫びを聞き狙いが逸れた剣の切っ先はハールマンの顔の真横を素通りし、後ろの壁に突き刺さった。
この声は...... イーリス!無事だったのか!
でも......
イーリス...... お前は奴隷商人に捕まり、売られ、此奴に自我まで押さえ込まれていたのにこの男を許すのか...... ?
こんな罪深い男に慈悲を与えろと言うのか...... ?
イーリスは純粋で心の綺麗な優しい子だ。
堕ちる所まで堕ちた俺とは違い、イーリスは人の不幸を一緒に悲しみ、一緒に怒り、一緒に泣ける...... そんな子だ。
だから俺はコンマ数秒考え、妹の願いを尊重した。
だが俺は妹の様に出来た人間では無い。
このままでは俺の気が済まない。
「ハールマン...... 命だけは助けてやる...... だが、忘れるな。
鷲の目は...... いや、白狗の目は常にお前を見ているぞ......そしてまたお前が悪事に手を染めた時...... その時はお前が殺してくれと懇願するまで痛め付けてから、俺がこの手で殺してやる...... 」
「っ!っ!」
ハールマンは顔を真っ青にしながら、凄いスピードで何度も頷く。
極度の恐怖からか、その表情は一気に歳を取ったかの様に老けて見えた。
「 ...... 」
「あ、ありがとう...... ありがとう...... 」
俺は無言で胸倉を掴んでいた手を解いた。
ハールマンは許して貰えたと安心し、地面にへたり込みながら感謝の言葉を呟く。
だから俺は微笑を浮かべる。
ハールマンを安心させる様に......
「最後に...... 」
「え...... 」
「てめぇ、人の妹に何してくれてんだぁぁぁあ!!!」
「ごはぁあ!?」
そして俺は、ハールマンの顔面に全身全霊を込めた怒りの鉄拳をぶちかました。
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