117話 其々の任務 3
時刻 00:05分。
場所 ハールマン邸応接室。
「えぇい!何なのだ!さっきから聞こえるこの落雷の様な音は!?」
宝石が散りばめられた黄金の壺や、見るからに名のある名刀と分かる剣が飾られる広々とした応接室...... その室内に魔法具の発する淡い光を浴びる肥満体型の男の怒号が響き渡った。
彼は苛立ちを隠そうともせずにバン!と酒や肴が置かれたテーブルを叩く。
彼は魔獣の遠吠えと、その後から断続的に聞こえる落雷の様な音に何時も以上に神経質になっていた。
ダァァァン......
こうして目の前に座る大男に話しかけている間にも、また落雷の様な音が微かに聞こえた。
またかと思い、眉間にシワを寄せながら肥満体型の男はソファに座り直した。
「落ち着いてくださいハールマンの旦那。
この音は多分、部下達が放っている攻撃魔法の音でしょう。
部下には攻撃魔法を放てる奴が居ますからね。もう直ぐ魔獣をぶっ殺して戻って来るでしょう」
何が起こっているのか分からず、苛立っている肥満体型の男とは打って変わり、反対側に座る無精髭を生やした大男は笑みを浮かべ、物騒な物言いでハールマンに語りかける。
無精髭の男は微かに口角を上げ、肥満体型の男に微笑みかけている...... が、何か思う所がある様でその目には鋭い光が宿っていた。
「当たり前だ!この前ギルドの部隊にアッフェを討伐させたのにばかりなのに、また魔獣の被害が出る様では溜まったもんじゃない!
それに加えてこの音だ!気になって仕方ない!
クソ!早い所契約を終わらせるぞ!どうも嫌な予感がする」
「それについては俺も同意見ですわ。
面倒事に巻き込まれる前に、ちゃっちゃか仕事を終わらせていつでも帰れる様にさせて貰いますぜ」
ダァァァン......
遠くから響く不安を煽る様な音を聞きながら、2人の男は難しい表情を浮かべテーブルに置かれた書類、奴隷の買取承諾書にサインをした。
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時刻 00:03分。
ダァァァン!
「が...... 」
「ちくしょう!何だよ!?何なんだよこの音は!?」
まず1人目の男の人生に終止符を打った私は、返す刃で2人目3人目と照準を合わせ、トリガーを引いた。
セミオートマチックのPSG1のお陰で、狼狽する男達へ瞬時に狙いを定め、慌てずトリガーを引く事が出来た。
ダァァァン!
ダァァァン!
「ごっ...... 」
「ぐぎっ...... 」
何処までも響く死の音色は、一度鳴る毎に男達を骸に変える。
死を運ぶ鉛弾を受け取った男達は、何が起こっているのか分からないと言った表情を浮かべ、その身を大地に沈めていく。
そしてまた1人、PSG1から放たれた7.62×51mmNATO弾を額に受けた男が眼を見開き、息を引き取った。
「ひ、ひぃ!!」
「ちくしょうが!攻撃魔法か!?」
「お、おい!あそこ!月の中に何か居る!」
「何だありゃ!?魔獣...... いや、龍人...... !?」
顔面蒼白で1人の男が私に向かって指を指す。その言葉を合図に、私は忌々しい男達とスコープ越しに目が合った。
男達は私の存在に気付いた。
だが私は焦らない。
私はただ粛々と、冷静に任務を全うする。
それが私の任務...... 使命だから。
「すぅ...... はぁ...... 」
「い、嫌だ...... 死にたくねぇ!!」
「助けてくれぇ!」
ダァァァン!
ダァァァン!
私は深呼吸をしてリズムを整え、赦しを乞う男達に躊躇なく鉛玉をプレゼントする。
男達はPSG1が奏でる音色が聞こえたら誰かが死ぬ..... そう分かった様だが、今更逃げようとしてももう遅い。
私は絶対に逃しはしない。
私から逃げようと背を向け走り出す男達を撃ち抜いてからものの数秒で、残す奴隷商人はただ1人となった。
「た、助けて...... 」
残った男は逃げる気力を無くし、力無く地面にへたり込んで涙を流しながら祈る様に両手を握っている。
「貴方はそうやって助けを...... 救いを求める人を、1度でも助けた事が有るのですか...... 」
誰に言う訳でもなく1人呟いた私はより苛立ちを感じ、月の柔い光を背に浴びながらPSG1の銃口を男に向けた。
この感情は私のエゴだ。誰かを傷付ける人には...... 他人の痛みが分からない様な人には私が罰を下す。
だからこそ、私は私のする事から眼を逸らさない。
私は人間の命を消しているのだ。
最後のその瞬間まで目を背けず、見届ける。
「し、死神...... 」
ダァァァン!
死神と呟いた男は次の瞬間、PSG1の奏でる音色と共に死を迎えた。
「 ...... 」
最後の男の死を確認した私は静かにその場から立ち去った。
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時刻00:04分
場所 ハールマン邸地下室
「ドラルが動き出した様だな...... 」
遠くから断続的に聞こえる小さな発砲音に、俺は耳を澄ませた。
この発砲音はドラルの持つPSG1の発砲音で間違い無い。
俺はドラルにサプレッサーを付けさせていない。理由は、俺が屋敷の外の状況を詳しく知る為だ。
俺の考えを詳しく説明すると......
ロルフには外で奴隷商人達を引きつけ、彼等が逃げれば遠吠えをあげる様に命令している。
10分程前にロルフの遠吠えが聞こえた点から判断するに、ロルフの囮が見破られたか...... 奴隷商人達は一旦逃げて態勢を整えるのか...... はたまたロルフに反撃を喰らい、傷付き逃げているか......
詳しくは分からないが、少なくとも奴隷商人達が此処へ戻って来ると言う事が分かる。
そしてその後にPSG1の発砲音が聞こえた...... これはロルフから逃げ、此方に戻っている奴隷商人とドラルが接触、攻撃を開始したと言う合図だ。
これまで聞こえた発砲音は計10回。
銃でも驚異的な命中率を誇るドラルが狙いを外す事はほぼ無いだろう。
奴隷商人は15人居たはずだが、発砲音が10回しか聞こえなかった事から、他の5名はロルフに攻撃され命を落としたと判断出来る。
携帯電話や無線が無いこの世界で、俺はロルフの遠吠えとドラルの発砲音で外の状況を出来るだけ見極める作戦を立てていた。
また、ドラルには対応不可能な事態になったらベレッタを2回撃てと伝えて有るが、まだこの合図はない。
つまり、作戦は順調に進んでいた。
後はハールマン達が俺達の存在に気付く前にイーリス達を救出、逃げ切ればこの依頼は無事に終わる。
「ミカド、急ぐ...... ドラルなら心配ない」
「あぁ、そうだな!ヴァルツァー、扉を開けてくれ!」
「おう!」
ギィィ......!
鈍く軋む鉄の扉をヴァルツァーが開けた。
その扉の向こうは畳90畳程の広さがあり、簡素な長テーブルや椅子が置かれていた。
そしてこの空間の奥には、また鉄製の扉が2つあった。
「何だ...... 此処は...... イーリス達は!?」
「落ち着いて...... この奥...... この2つの扉の向こうにイーリス達が居る...... 」
恐らくこの空間は、イーリス達が食事をしたりする為のスペースなのだろう......
「よし、俺とヴァルツァーが左の扉を。
マリアは右の扉を開けてるぞ!」
「了解...... 」
俺達は置かれている長テーブルの間を抜け、隣り合っている扉を開け放った。
ギィィ......
「み、皆!」
俺とヴァルツァーが開け放った扉の向こうには、白いボロボロの服を着た多種多様な種族の男性達が20人程居り、濁った目で力無く座り込んでいた。
この中の何人かは見覚えがある。
彼等は俺達がハールマンの依頼を受けた際に出迎えをしてくれたり、紅茶を入れてくれたりしてくれた人達だ。
見覚えが無い獣人や人間は、さっき居た奴隷商人達がハールマンの元に売りに来た人達だろう。彼等も例外なく催眠魔法を掛けられた様で、生気のない目で地面を見つめていた。
「ヴァルツァー。彼等がヴァルツァーの言っていた村の皆か?」
「あぁ!間違い無い!ダントス!ギード無事か!?」
ヴァルツァーに確認したが、どうやら彼等が村から連れ去られた人達に間違い無いみたいだ。
ヴァルツァーは部屋に入るや否や、仲が良いのだろう兎の獣人、赤い羽根と赤い鱗の尻尾を持つ少年達に駆け寄った。
だが......
「あぁ...... 私を知っているのですか.....」
「初めまして...... 」
「くっ......! やっぱり此奴らは自我を...... 」
親しい筈のヴァルツァーと合った彼等は、僅かに顔を向け力無く他人行儀な言葉を発するだけだった。
その顔にはヴァルツァーを見た喜びや、驚きが一切無かった。
これで間違い無い。
彼等はハールマンにより催眠をかけられ、本来の自我を押さえ込まれて盲目的に仕事をこなす、ただの機械の様にされてしまったのだ。
ヴァルツァーの言葉は正しかった。
「ミカド...... 大変」
「マリア、どうかしたのか」
「隣の部屋には女性の人達が居たんだけど...... イーリスが居ない」
「なに!?」
マリアの言葉を聞き慌てて隣の部屋に飛び込むと、其処には隣の部屋の男性達と同様、ボロボロの服を着た女性達が座って居た。
人数は15人。しかし、その女性の中には白い髪の犬獣人イーリスは居なかった。
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時刻 00:03分
場所 ハールマン邸執務室
「イーリスさん!なんで此処に!?」
「セシルさん達こそ、なぜ此処に......」
執務室の扉を開け、私達を見たイーリスさんは信じられないと言った表情を浮かべている。
でもこれは好都合だ。
イーリスさんに協力して貰えれば他の人達の居場所や、自我を抑え込んでいる魔法具の場所がわかるかも知れない!
「私達はヴァルツァーさんから依頼を受けたんです。ハールマンに捕らわれてるイーリスさん達を助けて欲しいって」
「兄さんが!?」
ヴァルツァーさんの名前を聞いた瞬間、イーリスさんの瞳に希望の色が浮かんだ。
あれ...... ?
何故だろう、何処か違和感を感じる......
ヴァルツァーさん達の話を聞く限りだと、イーリスさんは催眠魔法具で操られている可能性が有ると言っていたけど、今はそんな感じがしない。
イーリスさんと初めて合った時、イーリスさんから生気を感じなかったが、今はその瞳は涙で潤んでいた。
「ん?ちょっと待て!イーリスは催眠魔法具で操られてたんじゃないのか?」
「あっ!」
そうだ。私が違和感を感じたのはコレだ。
催眠魔法具により操られているなら、さっきの言葉を聞いて声を荒げる事は無いはずだ。
まさかイーリスさんに掛けられた催眠魔法は解けている?だとしたら何で......?
「何処でその事を...... 」
「『その事を』って事は...... イーリスさんは催眠魔法に掛かっていなかったと?」
「いえ、違います...... 私もハールマンの催眠魔法に掛かっていました。
しかし、あの日...... 初めてセシルさん達とお会いしたあの日に、催眠魔法が解けたのです」
「詳しく説明してくれますか...... ?」
「はい。数日前まで私は自分の考えた言葉を発するという事が出来なかったのです。
理由はハールマンの持つ怪しげな魔法具で、自我を押さえ込まれていたからなんです。
その魔法具から放たれた光を見て以降、私は自己紹介や簡単な会話はする事が出来ましたが、それ以外の事がほぼ出来ない様にされてしまったのです......
具体的な例を挙げれば、過去の事やその時感じた言葉を口に出せなくなっていました......
私や皆は、ハールマンの手によりただその日の仕事をこなす機械にされていたのです...... 」
「それが解けた原因が、あのアッフェ達の討伐か...... 」
「恐らく...... 実際、アッフェに襲わてから、私は以前の様に自分の考えを口に出来る様になっていました。
もっとも、ハールマンの前では操られている風を装いましたけど......
あの時感じた死への恐怖が、催眠魔法を打ち消したのだと思います......
その証拠に、今こうしてセシルさん達とお話出来ているでしょう?私はこの機会を逃さない様、隙を見て皆が閉じ込められている部屋から抜け出し、自我を抑え込んでいる魔法具を壊そうと...... 」
「成る程...... あ!なら、イーリスさん!イーリスさん達に催眠をかけた魔法具がどれだか分かりますか!?
それさえ壊せば、他の皆も元に戻るはずです!」
「あぁ!それに今頃ミカドやヴァルツァー達が他の皆を救出してる筈だ!」
「っ!分かりました!私達に催眠をかけた魔法具は...... 有りました!コレです!」
イーリスさんが指差す先には、分厚いガラスの棚に厳重に保管されていた杖の様な魔法具が有った。
コレが自我を抑え込む魔法具......これさえ壊せば!
「コレだね?えぇい!」
私は持っていたベレッタの台尻をガラスの棚に振り下ろした。
ガシャン!
少し大きな音と共に、ガラスの棚は粉々になった。私はガラスの角で怪我をしない様に注意しつつ、催眠魔法具を取り出した。
この魔法具は細い杖の様な見た目に反し、意外と重かった。
「こんな物が有るからイーリスさん達が...... こんなの!」
何故こんな人の尊厳を踏み躙る魔法具が有るのか。何故こんな魔法具を平然と使える人が居るのか......
私は怒り、そして悲しみを感じながら手にした魔法具を床に思いっきり叩きつけた。
パキィィン!
重い見た目に反し、まるで薄いガラスが割れる様な音が執務室に木霊した。
その瞬間杖から眩い光が溢れ、そして消えた......
今のは何.....?
いや、今は考えるのは後回しにしよう。これで私達の任務は終わった。
後は他の皆を助け出したミカド達と合流するだけだ!
「よし!これで私達の任務は終了だよ!急いで合流地点に向かおう!」
「おう!イーリスも行くぞ!」
「で、でも兄さんは!?」
「ヴァルツァーさんならミカド達と行動してます!
ヴァルツァーさん達も皆を助け出して逃げる手筈になってます!だから私達は先に逃げましょう!」
「わ、分かりました」
「こっちだ!」
私とレーヴェちゃんはイーリスさんの前に立ち、集合地点に向けて走り出した。
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