108話 新たな事件
ピーン
ハールマンさんが駆け寄ってくる。
そんな時、俺の頭の中に例の甲高い機械音が響いた。
お、この音が聞こえたと言う事は!
【猿人魔獣アッフェ3匹討伐。経験値獲得。 レベルアップ。レベル39→レベル41。尚レベルが一定数に達した為、弾丸召喚数アップ】
案の定、レベルアップを知らせる音だった。さっきの戦闘でアッフェのボスを1匹、子分を2匹討伐した事で俺のレベルが1上がったみたいだ。
にしても‥‥‥ レベルが30を超えた辺りから、レベルアップするまで時間が掛かる様になって来たな。
まぁ、レベルが上がらないと強い銃火器とかが召喚出来ないとは言え、今のレベルで召喚出来る銃火器ですらこの世界ではチート級だから、余り気にしなくても良いっちゃ良いんだけど。
「ミカドさん大丈夫ですか!?」
「ハールマンさん。はい、大丈夫です。アッフェ達の討伐は無事に終わりましたよ」
「おぉ!良かった‥‥‥ 先程何やら落雷の様な音が聞こえたので居ても立っても居られず 」
「あぁ、さっきの音は自分が放った攻撃魔法の音ですよ。心配は無用です」
5人の男性の使用人を従えるハールマンさんが俺達の元へ駆け寄る。どうやら先程のベレッタの発砲音を聞き、心配になって駆けつけた様だ。
青ざめた顔でこちらを見つめるハールマンさんを安心させる様に、俺はアッフェ達の討伐を終えた事と、さっきの轟音は俺の放った攻撃魔法の音だと説明する。
何と言うか‥‥‥ 変な心配や誤解をさせない様にと、この世界に来てからこれまで沢山の嘘を付いて来てしまったが、最近は真顔で嘘を付くのが我ながら上手くなって来たと思う。
その内、俺の発する気も黒くなっていくんじゃないか。
「ミカドさんは魔法もお使いになるのですか! それにもうアッフェ達も討伐してくれた様ですし、いや〜本当に助かりました!ありがとうございます」
「いえいえ。あ、あとハールマンさん。実は先程、イーリスがアッフェのボスに襲われたんです。 怪我は無いと言っていましたけど、念の為検査してあげてください」
「何ですと?イーリス、大丈夫か?」
「 ‥‥‥ はい、旦那様。大事ありません」
「そうか...... だが、ミカドさんが言った様に念の為検査をするぞ」
「はい‥‥‥」
俺の手を握ったハールマンさんは、丸々とした顔に満面の笑みを浮かべブンブンと手を振る。
この時、俺は隣に立つイーリスの方を見たが、彼女の瞳には微かに恐怖の色が浮かんでいた様な気がした。
「では、イーリスさんの事を考えて一旦戻りますか?」
「そうですな。お前達、イーリスの面倒は頼んだぞ」
「「「「「はい、旦那様‥‥‥」」」」」
イーリスがなぜ今恐怖の表情を浮かべたのか。それにイーリスが俺達に頼みたい事とは何だったのか。
それを確かめる前に、ドラルの一言を聞いたハールマンさん達は歩き出した。
「ねぇ皆。さっきのイーリスさんの様子、何だかおかしくなかった?」
「そうですね、生気が感じなかった瞳に光が戻っている様に見えました。 最も何かに怯えている様でしたけど‥‥‥」
「あぁ。ハールマンが来てから妙にビビってる様に感じたぜ?」
「ハールマンやイーリスの関係には何かある‥‥‥ 」
「セシル達も気が付いてたのか」
ハールマンさんの後を追う様に歩き出した俺やマリア達にセシルが小声で話しかけてくる。
俺と同様に、セシルやマリア達もイーリスの異変を感じ取り不審に思った様子だ。
マリアが感じた気‥‥‥それにイーリスの妙な言動‥‥‥
ハールマンさんとイーリス達の関係には、少なくとも何かが有る筈だ。 直感でそう感じたが、今の俺達はただ依頼を受けたギルドの組員。依頼以上の事には踏み込めない。
俺は心の奥底に、ハールマンさんへの不信感をより募らせながら長閑な牧場を歩き続けた。
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「イーリス、今日は危ない目に遭わせちまって悪かったな 」
「いえ、それを承知で付いて行ったのですから気にしないで下さい‥‥‥」
ハールマンさんの家に戻った俺達は、依頼を完了したと証明するサインを書いて貰った。
本来ならこれで帰るだけなのだが、俺達はハールマンさんに頼み、最後にイーリスに危険な目に遭わせた謝罪をした後に帰る事にした。
と言うのは方便で、本当は彼女とハールマンさんの関係、そして彼女が口にした頼みたい事を聞きに来たのだ。
彼女は今、与えられた自室のベッドに身を休めている。今日は1日自室で安静にしている様にと、ハールマンさんに言われたらしい。
「ところで、イーリスさん。さっきミカドに言いかけた頼みたい事って何ですか?」
「そ、それは‥‥‥」
セシルは、まず先程イーリスが言いかけた頼み事について質問した。
その途端、また彼女の顔に恐怖の色が浮かんだ。
「 ‥‥‥何でもありません‥‥‥忘れて下さい」
「忘れてくれって言われてもな」
微かに声を震わせながら彼女はハッキリとそう言った。忘れて下さいって言われても、こんな怯えた目で言われたら忘れるなんて無理な話だ。
「わかった。 それじゃ、最後に1つだけ質問しても良いか?お前、本当にハールマンさんに良くしてもらってんのか?」
「っ‥‥‥ 」
一先ず俺は先程の頼み事の件は忘れてくれと言ったイーリスさんの気持ちを考え、それ以上の追求は辞めた。
そして代わりにイーリスさん達使用人と、主人のハールマンさんの関係について質問をした。
「はい‥‥‥ 奴隷に売られそうになっていた私達を旦那様は助けて下さいました‥‥‥ それだけでも有り難いのに旦那様は私達に安心して眠れる場所、食事、着るものも用意して下さいました‥‥‥感謝してもし足りません」
嘘だ。
何故なら、そしてイーリスさんはハールマンさんの名前を出した時、明らかに怯えていたからだ。
「そうか‥‥‥ なぁイーリス、もし気が変わったら何時でも俺達の所に来い。話くらいは聞けるからさ。それじゃ、またな」
「「「「さようなら」」」」
「はい。お気遣い感謝します‥‥‥皆様、お気を付けて」
イーリスさんの言葉は嘘だらけだ。
本当は俺達に頼みたい事が有る筈だろう。
ハールマンさんとの関係は彼女が口にした事とは違うのだろう。
だが、彼女がそれを言ってくれなければ俺達に出来る事は無い。
俺達は不安を感じつつも、痛々しい笑みを浮かべるイーリスさんに見送られ、彼女の自室を後にした。
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「ヴィルヘルム帰還したぞ」
『おぉ、主人殿。依頼は無事に終わった様だな』
「あ、皆様お帰りなさいませ」
「うむ。ご苦労だったな」
ノースラント村に戻った俺達は、依頼を無事終えた事を報告する為にノースラント村ギルド支部に来た。
ギルドの入り口の横にはミラにアンナ、そしてロルフが居り、楽しそうに世間話に花を咲かせていた。
「おう、ただいま。と、悪いなロルフ、留守番ばっかりで」
『何、依頼が依頼だ。致し方無いだろう。
我輩は魔獣だからな』
俺はロルフの前に屈み込み、座っているロルフの頭を撫でる。
ロルフは今回のアッフェ討伐には連れて行かなかった。
今回の依頼場所が家畜が沢山居る牧場だったからだ。念の為ハールマンさんに配慮して連れて行かなかった訳だが、ロルフが居ればイーリスが危険な目に合う事はなかっただろうな‥‥‥
「そう言ってもらえると助かるよ。ロルフは本当に出来た子だ」
『ふふ、褒めて貰う程の事では無いさ』
「それより‥‥‥皆様どうかしましたか?」
そんな具合でロルフを撫でまくっていると、アンナは俺達を包むドンヨリとした空気に気付き、心配そうな顔を向けて来た。
「ちょっと色々ありまして‥‥‥」
「色々? 依頼に失敗したのか?」
「いや、依頼は無事達成したよ。ほら、その証拠のアッフェの皮と依頼主のサインだ」
「では何故そんなお通夜みたいな顔を?」
「実は‥‥‥」
俺はミラに討伐成功の証拠となるアッフェの皮が入った袋と、ハールマンさんのサインが書かれた手紙を差し出しつつ、ハールマンさん、イーリスさん達から感じた事を素直に説明した。
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「なるほど。つまりミカド達はハールマンと言う男が良からぬ事に手を染めている。そう言いたいのだな?」
「あぁ。エルフのマリアだからこそ見えた黒い気‥‥‥ それに生気を感じない使用人達の目にイーリスの怯えた表情‥‥‥ 証拠は無いが、ハールマンさんが何かしているのは明白だろ」
「しかし、証拠が無ければ警務局は調査をしてくれませんよ」
「ですよね‥‥‥」
俺の話を聞いてくれたミラとアンナは顎に手を置き考える仕草をする。
ちなみに、アンナが言った警務局とはラルキア王国内で民間人の安全を守る機関の事だ。
平時は貧民街の治安維持を主任務としているカリーナさん達第7駐屯地隊等とは違い、この警務局は事件性のある案件の調査や犯罪者を追う専門の機関らしい。
噛み砕いて説明するなら、カリーナさん達第7駐屯地隊等は事件を未然に防ぐ見回り役。そして警務局は事件が発生したらそれを解決する役‥‥‥と言う具合だ。
この警務局と言うのは、この世界で言う警察と言う事になる。
「ミカドはどう考えているんだ?」
「怯えたイーリスを見たら、ハールマンって言う男は少なくとも善意でイーリス達を買った訳じゃないだろうな」
「あ、ちなみにそのハールマンさんの事なら聞いた事あります。
確かミカドさんが説明してくれた様に、奴隷として売られている人達を雇って仕事を与えるだけでなく、周囲の貧しい人達にも色々と施しをしているそうですよ?
あの近くに居る人達は皆、ハールマンさんを善人だ神様だと、讃える人も居るとか」
「でもハールマンから感じた気は奴隷商人達と同じだった‥‥‥」
「それは‥‥‥いえ、エルフのマリア様が言うなら間違いないのでしょう」
「ふむ、何等かの悪事に手を染めてる可能性はあるな」
アンナがハールマンさんの周囲の評判を言うが、それにマリアがすぐさま反論する。
アンナは反論しようにも、気を感じる事の出来るマリアに反論は無理だと悟り、口を紡いだ。
「よし!そう言う事なら、私の知り合いの警務局の人間にそれとなく相談してみるとしよう」
「本当か!」
「あぁ、そのハールマンと言う男、善人っぽいが妙に臭うからな」
「有り難いぜ。よろしく頼む」
ミラはハールマンさんと言う人物に何かを感じ取った様だ。
しかしミラは本当に顔が広いな。確か、少し前に軍の諜報部にも知り合いが居るとか言っていたし。
兎に角、有り難い事に変わりはない。
ここはミラの友好関係の広さに感謝して、有り難くその人脈を頼らせてもらおう。
「あ、でも! 仮にハールマンさんが何か悪い事をしてたとしても、その‥‥‥奴隷関係なら警務局の人達も捜査をしてくれないのでは‥‥‥?」
「あ」
そうだ。ドラルの言葉を聞くまですっかり失念していたが、このラルキア王国が有る人間大陸では他大陸から連れて来た種族は奴隷としても良いと言う胸糞悪い条約があった。
仮にハールマンさんが奴隷関係で悪事を働いていたとしても、条約で認められている事にたかが一国家の警察が調査に踏み込める物なのか?
「そこは任せておけ。奴隷関連以外の悪事が発覚すれば、警務局も動いてくれる筈だ。 伊達にこの歳でギルドの副支部長に収まったのは運だけで無い所を見せてやる」
「おぉ〜 頼もしいぜミラ!」
「はい!ミラさん凄くカッコ良いです!」
「ふふん、そうだろうそうだろう」
「なんでミラはそこまでしてくれるの?」
頼もしく胸を叩くミラに、レーヴェやセシルが賞賛の声を上げる。
ミラもそれに調子を良くした様で、盛大にドヤ顔を浮かべていた。
そんなミラにマリアが質問すると‥‥‥
「女の勘が何かあると告げたからさ。それに‥‥‥ 」
「「「「「それに?」」」」」
「面白そうな事が起こりそうだからだ」
さっき以上のドヤ顔を浮かべ、ズッコケそうな言葉を自信満々に言い放った。
「面白そうってお前‥‥‥」
『それも女の勘と言うヤツか?』
「その通り‥‥‥と言うのは半分冗談だ。真面目な話、そのハールマンは十中八九何らかの悪事に手を染めているだろう。問題はそれをおくびにも出さないと言う事だ。
奴隷商人と同じ気を発しつつ、周囲からは善人と讃えられる‥‥‥このハールマンと言う男、中々に役者な様だ。 調べてもらう価値は充分に有ると私は思うぞ。兎に角、ハールマンの件は私に任せておけ」
「わかった、よろしく頼む」
一瞬巫山戯た事を言っていたが、やはりミラは真面目に考えてくれていた。
まさかこの後、ミラの言葉とは裏腹に、俺達にとっては全然面白くない事が起こる事になるなんて、この時はまだ誰も知らなかった。
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