107話 アッフェ 2
ギュ!?
ギギッ!!
「ミカド! 援護するぜ!」
「おうレーヴェ頼む! てめぇら、そこを退けぇえ!!」
「だぁりやぁぁ!」
ギュゥゥウッ!?
誰よりも先にボス達へ突貫した俺の後ろを、遅れまいとレーヴェが続く。そして俺とレーヴェはボスを守ろうと立ち塞がったアッフェ達をまとめて薙ぎ払った。
ブォォオン! と刃物が空を切る重い音が聞こえた
まさに鎧袖一触。
俺の放った斬撃はレベル11と15のアッフェ2匹を吹き飛ばし、レーヴェが放った横振りの一撃はレベル16、レベル13のアッフェを1発で文字通り粉砕した。
ギャウ!?
「マリアちゃん、ドラルちゃん!ミカド達に続くよ!」
「了解‥‥‥」
「はい!ミカドさん達の邪魔はさせません!」
「たぁあ!」
「喰らえ‥‥‥!」
アッフェ達はまさか俺達がここまで強いとは思っていなかった様だ。最初は16匹も居たアッフェは早くも10匹となり、ボスは明らかに狼狽えた様に見えた。
それでも部下のアッフェ達は闘争心を剥き出しにし、俺とレーヴェに襲い掛かる。しかし、その攻撃はサポートに回ったセシルとマリアの前にあえなく防がれた。
ギャギ!?
グギャ!!
セシル・マリア両名の斬撃を受けたアッフェは声を上げる事なく地面に崩れ落ちる。
その瞬間、俺達の左斜め後ろから複数の醜い断末魔が聞こえた。
「ミカドさん! 家畜を襲っていたアッフェの排除完了です!」
「了解! 良くやった!」
4つ目の断末魔が収まると、ドラルが先程家畜を襲っていたアッフェの討伐を告げる。
ドラルには俺達やイーリスが襲われない様に、やや離れた場所に居た4匹のアッフェの牽制を頼んでいたが、ドラルはあっさりと4匹のアッフェを射抜いた様だ。
それにしても、ドラルの矢の命中率の高さには恐怖すら覚えるな。頼もしいったらない。
「へっ! 僕も負けてられねぇなぁ!」
そんなドラルの活躍に感化されたのか、対抗心を剥き出しにしたレーヴェが不敵に微笑む。 その瞳はまるで血に飢えた獅子の様で、レーヴェの目線は、憐れな獣達に向けられていた。
「吹っ飛びやがれぇぇえ!!」
グギィィ!?
レーヴェの対抗心の生贄となったのは、近くに居た3匹のアッフェ達。
此奴等は真横から襲来した分厚いバルディッシュの刃を胴体に受け、上半身と下半身は永遠を告げる。
「よっし! 雑魚は片付いたぜ!」
赤い血と臓物が宙を舞う中、レーヴェは頬に着いた血を拭いながら爽やかな笑みを浮かべた。
何この子、強過ぎて怖い。
「お、おう! セシル、マリア!ボスは任せた!」
「了解!行くよマリアちゃん!」
「ん、殺る‥‥‥!」
狂戦士顔負けのレーヴェの姿に軽く困惑しつつ、俺は背後を気にする必要が無くなったので、ボスを牽制していたセシルとマリアにボスを倒す様に指示を飛ばす。
邪魔なアッフェを全て薙ぎ払った事で、ボスとセシル達の前に障害は無い。
セシルとマリアは気合の入った眼差しでボスを睨みつけた。
シュッ!
鋭く空気を切り裂く音と共に、セシル渾身の突きとマリアの疾風の如き斬撃が鉈を構えるボスへと迫る。
ギャギャァ!
カキィン!
「あっ!?」
「ちっ‥‥‥ 」
しかし、その一撃をボスは手に持つ鉈で器用に受け止め、そして防いだ。
それでもセシル達は驚きこそすれ、慌てる事なく後方に下がり、ボスとの距離を取って武器を構え直す。
まさかセシル達の攻撃が防がれるとは。
今の攻撃は正面から突っ込みつつの攻撃だったから、ボスからしたら防ぐのは難しくなかったようだ。
客観的に見ても今の攻撃は中々の物だったんだがな。
ギャギ‥‥‥
「へぇ!此奴やるなぁ。でもこれはどうだ!」
不敵な笑みを浮かべたボスに対し、バルディッシュを掲げたレーヴェがボスに迫った。
「りゃぁぁあ!!」
ブォオン!
レーヴェはバルディッシュを上段で構え、雄叫びを上げながら振り下ろした。
闘志と威圧感が籠る分厚いバルディッシュの刃が、周囲の大気を無理矢理捩じ伏せるかの様な音を発しつつ、ボスへ迫る。
ギギィイ!!
ガギィン!
「なに!?」
「嘘!? レーヴェちゃんの攻撃が!」
「受け流された!」
しかし、レーヴェが全身全霊を込めた攻撃は、頭上で防御の姿勢を取ったボスに受け流されてしまった。
アッフェのボスはこれまで戦ったヴァイスヴォルフやクヴァレルとは違い、頭が良くて道具を使う知能が有る。その頭の良さは道具を使うだけに留まらなかった。
セシルとマリアの攻撃はレーヴェの攻撃と比べると軽い。
それを見極めたボスは、セシルとマリアの攻撃は受け切れると判断し鉈で受け、レーヴェの重い一撃は完全に防ぐのは難しいと判断して受け流したのか。
セシル、マリア、レーヴェの攻撃を難なく防いだ所を見る限り、レベルはルディやクヴァレルより低いとは言え、少々手こずりそうだ‥‥‥ イーリスが近くに居るがベレッタを使う事も検討した方がいいかも知れない。
「隙あり!」
ボスの想像以上の戦闘能力に歯を噛み締めていると、この時を待っていたかの様に、後方に居るドラルがボス目掛けて神速の矢を放った。
その矢は、攻撃を防がれたレーヴェがボスから離れると同時に、吸い込まれる様にボスの右目へと命中した。
ギギァァア!!?
「やりました!」
「おぉ!ドラル、ナイス!」
「良くやったドラル!」
まさに絶妙のタイミング。
ドラルの動きはレーヴェの攻撃モーションに遮られ、ボスの死角になっていた様だ。
ドラルの矢を目に受けたボスは絶叫。その場で鉈を滅茶苦茶に振り回しながら暴れ始めた。
よしよし、いい流れだ。
倒す事は出来なかったが視覚の半分を潰せた。 鉈を滅茶苦茶に振り回しているから下手に接近は出来ないが、この暴れっぷりだと直ぐにスタミナも尽きるだろう。
イーリスとの距離も離れているから、このまま安全圏で警戒しつつ隙を待てば‥‥‥
グギギギァア!!
「なっ!?」
初めはセシル達の攻撃を防いだ此奴とどう戦えば良いだろうと思っていたが、何とか勝てそうな流れになって来た。
だが次の瞬間、ボスは予想外の行動に出た。
目を射抜かれ半狂乱したボスは、呪詛の様な叫び声をあげながら俺達に猛スピードで迫って来たかと思うと、何故か次の瞬間、俺達を無視してイーリスの方へ向かって行ったのだ。
イーリスは家畜達の避難に集中している所為か、ボスの接近に気付いていない。
「クソッ!」
「ミカド!?」
全く想定外の行動に、俺は考えるより先に重い太刀を投げ捨て走り出していた。
ここで声を荒げてイーリスに逃げろと指示し、イーリスが気付いてくれたとしても、彼女が逃げ始めた時には背後からボスに襲われる形になってしまう。
俺とイーリスとの距離は約20m。
ボスとイーリスの距離は約15m。
普通に考えれば、俺がイーリスの元に着く前にボスの攻撃範囲に入ってしまう。だから俺は身体能力強化を使い、脚力を強化した。
きっと間に合う。否、間に合わせる!
間に合え!
俺は心で強く念じ、地面を蹴った。
「え、援護します!」
「くっ!」
なんとかボスを引きつけようとするドラルはボスの背中目掛けて矢を連射し、セシルは最終手段として持って来ていたベレッタを抜き放つ。
しかしセシルとボスの射線上にはイーリスが居た為、セシルは引き金を引けない。
せめてもの救いは、ドラルの放った矢が全弾背中に命中した事。たが、それでもボスはスピードを緩めない。
ガァァァア!!
「えっ‥‥‥きゃっ!?」
「うぉぉおお!」
背中に矢が刺さり更に声を荒げるボスとイーリスの距離が10mを切った頃、ようやくイーリスはボスの存在に気付き、小さく悲鳴を上げた。
グギュァァア!!
ボスは唸り、鉈を振り回し続けている。
その目と鉈の切っ先はイーリスをしっかりと捉えていた。
このままではギリギリで間に合わない!
俺は野球選手が塁にダイブする時のように、イーリスに飛び付いた。
ザシュッ!
「ぐっ!?」
俺がイーリスに飛び付いた刹那、ボスが勢い良く鉈を振り下ろす。ブォン!と言う音と共に、俺の背中に鈍い痛みが走り、着ている防具が砕ける音がした。
「くっ!おい、大丈夫か!?」
「は、はい‥‥‥」
「よし、イーリス!耳を塞げ!」
「え、は、はぃ」
「ボスめ‥‥‥食いやがれ!」
数m程地面を転がった後、腕の中で小さく震えるイーリスに怪我は無いか確かめたが、幸いな事に無傷な様だ。
イーリスに怪我がない事を確かめた俺は、彼女に耳を塞ぐ様命じて腰にぶら下げたホルスターに手をかけ、重厚な光を放つ黒いベレッタを抜きはなった。
バァァァアン!!
「っ!?」
銃口をボスの頭に向けトリガーを引く。
次の瞬間、まるで落雷を思わせる轟音が周囲に響き渡った。
▼▼▼▼▼▼▼▼▼
ドサッ‥‥‥
硝煙を上げるベレッタの前方1.5mにまで迫っていたボスは、俺が放った9ミリパラベラム弾を受け仰向けに倒れ込む。
周囲は静けさに包まれた。
咄嗟の事だったが、どうやら狙い通りに命中してくれたみたいだ。
最も、この至近距離なら外しようが無いか。
「はぁ、危なかったぁ‥‥‥」
「ミカド!」
「大丈夫!?」
「怪我はありませんか!」
「ミカド‥‥‥!」
「俺は大丈夫。イーリスも怪我は無いみたいだ」
「「「良かったぁ〜」」」
久しぶりに危ない目にあった気がする。
緊張が解けた事と安堵から足の力が抜け、俺はその場に座り込んだ。
その様子を見たセシル達が勢い良く駆け寄ってくる。セシル達に何事もないと微笑みかけると、彼女達は安心した様に息を吐いた。
それにしても‥‥‥
やっちまったぁぁぁ!
イーリスの目の前でベレッタ使っちまったぁぁ!
あの時は少しでも身軽になって、イーリスの元へ駆け着く事に集中してしまっていたから、ボスへの攻撃手段を二の次にしていた。 それが結果的に、銃の存在を知らないイーリスの目の前で使用する羽目に繋がった。
だが、ベレッタが有ったおかげで無事だった事に変わりない。ベレッタは本来そう言う最終手段として持って来てた訳だから、この結果は仕方ない。
ベレッタの事を追求された時の言い訳は考えておかないと‥‥‥
「って、ミカド! 後ろヤベェ事になってんぞ!?」
「え、マジで?」
そんな事を考える俺の後ろ姿を見たレーヴェが声を上げる。
さっきボスに攻撃された時に怪我でもしたか? ちょっと打ち身した時の様な鈍い痛みは感じるけど、刃物で切られた様な痛みは無いんだが。
あ、そう言えばイーリスを助ける時ボスの攻撃が防具に掠った音がしたな。
「うわ、 ボロボロじゃねぇか 」
「あー、これはもう使えないね‥‥‥」
とりあえず後ろの状態を確かめる為に防具を脱いで、防具に目を落とす。
俺が身に付けていた皮と鉄のプレートで出来た防具は、背中のプレートが外れかけ、皮はビリビリに引き裂かれていた。
この防具の惨状を見る限り、さっきのボスの一撃は結構ヤバかったみたいだ。
イーリスに飛び付くタイミングが遅かったら‥‥‥ ボスの鉈がもっと大きかったら‥‥‥ そう考えると我ながら無謀な事をした。
「あ、あのミカド様‥‥‥助けて下さりありがとうございました」
「ん? あぁ、お前を守るのも仕事の1つさ。気にすんなよ」
大破した防具を見て冷や汗を垂らしていると、俯いたイーリスが目の前に立ち申し訳なさそうに頭を下げた。
その目には、少し前まで感じなかった生気が宿っていた様な気がした。
「ですが、自らの命を危険に晒してまで‥‥‥」
「それが俺達の仕事だからな。それより、本当に怪我はないな?」
「ミカド様‥‥‥ はい、大丈夫です 」
「良かった。これで騒ぎの元凶アッフェは倒したから、家畜達を此処へ放しても大丈夫だろう。 って訳で、アッフェの皮を貰ってハールマンさんの所へ戻るぞ」
「うん!」
「了解です!」
「うぃーっす」
「わかった‥‥‥」
今回の依頼の標的、アッフェを無事討伐出来た俺は、アッフェを討伐した証拠となる皮の剥ぎ取りを開始しようとセシル達に指示を飛ばす。
皆が其々返事をしてアッフェの元へ駆け寄って行く。
さて、俺はボスの皮の採取を‥‥‥
「あっ、あの‥‥‥」
と思い立ち上がった時、イーリスさんに呼び止められた。はて、助けたお礼は言って貰えたんだが、まだ何か言いたい事が有るのかな?
「ん、何だ? 礼はもう言って貰ったぞ?」
「あ、いぇ‥‥‥ 実はミカド様にお願いしたい事が‥‥‥」
「おぉ〜い! 大丈夫ですか〜!?」
「っ!?」
だがイーリスの言葉は、駆け付けたハールマンさんの声に遮られ、最後まで発せられる事は無かった。