105話 アッフェ討伐依頼
「おぉ! お待ちしておりましたよミカドさん!本日は依頼を受けて頂き感謝感激です。 いや〜 噂通り凛々しいお方だ!」
「いえいえ‥‥‥今日はよろしくお願いしますハールマンさん」
「「「よろしくお願いします!」」」
ミラからエルド帝国についての噂と、俺達を襲った暗殺者集団【黒鷲の影】の話を聞いた次の日。俺達は依頼の手紙を出してくれた牧場主、ハールマンと名乗る男性の元を訪ねていた。
手紙に書かれていた場所に着くと、獣人や龍人エルフ等、多種多様な種族の男女10名からなる召使いを引き連れた小太りの中年男性、ハールマンさんが友好的な笑みを浮かべ、広大な土地をバックに出迎えてくれた。
ハールマンさんの後ろで静かに頭を下げる召使い達を見た俺は、直ぐに彼等が他の大陸から連れて来られた奴隷だと分かったが、皆顔色は良いし身なりも綺麗だ。
これはハールマンさんが使用人達の体調面や衛生面をしっかり気にかけている証拠だろう。
このラルキア王国には奴隷に否定的な人が大勢存在している。ハールマンさんもそのうちの1人らしい。
ハールマンさんは多少馴れ馴れしいが優しそうな人物だ。彼は不幸な奴隷を引き取り、召使いと言う職を与えて面倒を見ているんだろうか。
さて、ここで改めてハールマンさんから届いた依頼の内容を復習する。
今回の依頼は【醜猿】と言う魔獣の討伐だ。
この魔獣はチンパンジーの様な見た目の小型魔獣で、それなりの知能を持ち石や丸太を武器に使い、雄の個体をボスにした集団で行動する習性があるとか。
このアッフェはハールマンさんが所有する牧場に今月に入ってから毎日の様に忍び込み、家畜を襲ったり作物を食い散らかしているそうだ。ハールマンさんはこのままでは破産してしまうと考え、俺達に依頼を出したらしい。
アンナが言うには、アッフェは知能こそそこそこ高いが、岩熊や鎧鰐の様に硬い外殻や鱗は無く、筋力も人間並との事だ。
集団で囲まれさえしなければ、今の俺達なら問題なく狩れる筈だ。
「しかし何故俺達の様な出来て間もない部隊に依頼をして下さったのですか?」
などと考えつつ、俺は無粋だがハールマンさんに何故俺達を指名したのか理由を聞いてみた。
今まで俺達が受けてきた依頼は殆どが通常依頼で、(ミラの使命依頼は例外とする) 個人からの指名依頼は初めてだった。
指名してくれた理由が気になるのも仕方ない。
それにこのハールトンさんは広大な土地を持ち、数名の召使いを抱える牧場主だから俗に言うお金持ちな筈だ。
それなら俺達みたいな新設の弱小部隊に依頼せず、大金を叩いて部隊人数も経験も豊富な部隊に依頼する事も出来たのでは?とも思ったからだ。
「あはは、恥ずかしながら、アッフェの被害の所為で牧場の経営や彼等の面倒を見るので手一杯でして。こんな言い方をするとミカドさん達に悪いのですが、こちらの懐事情でミカドさん達を頼ったのです」
「なるほど。確かに懐事情は大切ですからね」
「勿論ミカドさん達は腕が立ち実践経験も豊富だと言うのも指名させていただいた理由ですよ! 私、先日の論功行賞式でミカドさん達の功績を聞いていましてから!」
「あ、そうなんですか?」
「えぇ! 迫り来る反乱軍を千切っては投げ千切っては投げ! 瞬く間に反乱軍を壊滅させたとか!
やはり仕事を依頼するなら、それなりの実績を持つ方々じゃないと不安でしてね」
ふむ。こう言った討伐系の依頼は、何も部隊を指名しなくても各地のギルド支部で依頼を掲示してもらえば、ギルド組員達がこぞって依頼を受ける。
だが、それだと依頼を受けるギルド組員達の実力にバラつきが出るし、依頼主に彼等の実力は分からない。
仮に複数の組員が依頼を受け、アッフェの討伐を成功させても報奨金の支払いは個人ごと別々に行うから、そう言った事後処理も面倒なのだろう。
だからハールマンさんは金銭面と、上記の様な不安や手間を払拭する為に、論功行賞式で知れ渡った俺達の経歴を聞きつけ依頼を指名してくれたんだな。
俺は改めて、通常依頼と指名依頼の違い。指名依頼制度の優位性を痛感した。
あと、いつの間にか俺達は反乱軍を壊滅させた事になっていた。
ユリアナ達を襲っていた反乱軍はフラッシュ・バンで戦闘不能にはしたが、それに変な尾ひれが付いて広まってるのか?
「そ、そう言う訳なら任せて下さい。では、早速仕事に取り掛かります」
まぁ気にしても仕方ない。
俺は早速仕事に取り掛かる事にした。
「まぁまぁ、その姿勢は有難いのですが、まだアッフェは姿を見せてませんし、まずは一息ついて下さい。
皆さん早朝からいらしてお疲れでしょうから、紅茶位ご馳走させて下さいな!」
「え? で、でも」
「ご遠慮なさらずに。さぁお前達、ミカドさん方を家にご案内しろ」
「「「「「かしこまりました」」」」」
「わかりました。折角ですから、ご馳走になります」
「さすがミカドさん! では、私は一足先に戻って紅茶の準備をさせておきましょう。
案内はその者達が。お前達頼むぞ」
「「「「「はい」」」」」
が、ハールマンさんはセシルに取りつく島を与えず口早にそう言うと、複数の使用人達を残して1人先に行ってしまった。
半ば無理矢理お茶をご馳走になる事になってしまったが、折角の好意だ。
断るのも悪いし、ここは有難くご馳走になるとしよう。
「良かったんですかミカドさん?」
「依頼主のハールマンさんがあぁ言ってるんだ。少し位なら大丈夫だろう」
「ん、どうしたんだマリア? んな顔してさ」
ふと、レーヴェがマリアの異変に気付いた。
そう言えば、セシル達がハールマンさんに挨拶した時、普段はしっかり挨拶するマリアが言葉を発していなかった気がする。
マリアは眉間に皺を寄せ、離れていくハールマンさんの背中を睨んでいる様だ。
「マリアちゃん。何か気になる事でもあったの?」
「ん‥‥‥」
マリアの顔をセシルが心配そうに覗き込むと、スッとマリアが静かに顔を上げる。
そして‥‥‥
「さっきのハールマン‥‥‥ 私達を捕まえた奴隷商人達と同じ気を感じた‥‥‥」
ハッキリとそう呟いた。
マリアを始めとしたエルフと言う種族は、人の発する気配を読み取ることが出来る。
特にマリアはそのエルフの中でも高い察知能力が有る。と、以前レーヴェ達が言っていた。
「「「なっ...... !?」」」
「それって...... 」
そのマリアが、自分達を捕まえた奴隷商人達から感じた気と同じ気をハールマンさんが発していると言った。それが意味する事は‥‥‥
「どうかなさいましたかミカド様‥‥‥」
「っ、い、いや。なんでも」
マリアから予想外の発言を聞き、信じられないと言った様子で目を見開くセシルやレーヴェ、そしてドラル。
そんな俺達を不審に思ったのか、ハールマンさんが案内役として残っていた召使いの中で、一際目を引く白髪の女性が俺達に赤色の瞳を向けていた。
プリムを付けた頭の上から生える犬耳と、腰から覗く尻尾が彼女が獣人族だと言う事を表している。
「左様でございますか‥‥‥申し遅れました。 私、ハールマン様のメイドを務めております犬人族のイーリスと申します」
「よ、よろしくお願いしますイーリスさん。私は‥‥‥」
「皆様の事は存じております。貴女はセシル様ですね。さぁ皆様、ハールマン様がお待ちです‥‥‥ 屋敷までご案内致します」
「 ‥‥‥ 」
先程のマリアの言葉を聞き、ハールマンさんに不信感が芽生えた俺はこの場に残ったイーリスさん達を改めて見渡した。
その時、初めて気が付いた事がある。
このイーリスと言う女性や、他の使用人達の瞳に輝きが無い事を。
その瞳は暗く澱み、生きている様でその実死んでいるかの様な。言うなら彼等から自我を感じない。そんな瞳をしていた。
「あぁ、案内を頼む。 行くぞ皆」
「う、うん」
「わ、わかりました」
「おぅ」
「 ‥‥‥」
「では此方になります‥‥‥ 」
一件優しそうに見えたハールマンさんの怪しい気配。外見こそ綺麗だが瞳に生気の色が無いイーリス達。
言い様のない不安感を感じながら、俺達はイーリスを始めとした複数の使用人達に囲まれ、広大な庭を歩き始めた。