102話 怪しい依頼 1
「よっし! 依頼のチェックはこれで終わりだな」
「入隊希望の手紙のチェックも終わったよ〜」
「ありがとうセシル。助かったよ」
外は墨を垂らした様な暗闇に包まれた。
ホーホーとフクロウの様な鳴き声をBGMに、俺とセシルは手紙の山と格闘していた。
テーブルに山の様に重なるこの手紙は、俺達への依頼の手紙と、ルーク級ギルド部隊:守護者への入隊を希望するギルド組員からの手紙だ。
俺は少しでも早く、これらの依頼の内容や入隊希望の手紙を出してくれた人の事を知る為にセシルに協力してもらい、依頼の内容等を確認した。
「ん〜 さすがにこの手紙を全部確認するのは骨が折れたぞ」
「お疲れ様。こっちも結構大変だったよ」
軽く体を伸ばしながら、確認を終えた手紙に目を向ける。
届いた依頼の総数は73通。
入隊希望の手紙の総数は55通だった。
俺は依頼の内容を確認し、セシルには入隊希望の手紙の確認をしていた。そして日付が変わる頃、やっと全ての確認が終わった。
「ん、セシルもお疲れさん。で、そっちはどうだった? どんな人が入隊希望の手紙を出してくれた?」
「えっとね」
セシルが説明してくれた内容は下記の通りだ。
まず、ギルドで交付されている部隊への入隊希望の手紙を出してくれた男性は42人。 女性が13人と、予想通り男性の入隊希望が大多数を占めていた。
更に詳しく分類するなら男性から届いた42通の内、人間からの入隊希望が29通。人間以外‥‥‥レーヴェやドラルの様な獣人や龍人と呼ばれる種族の入隊希望が13人。
女性の場合は、人間の入隊希望が1人。対して他種族の入隊希望は12人だった。
他の種族の入隊希望がそれなりに多いのは、恐らく論功行賞式でこの大陸では珍しい獣人や龍人、エルフであるマリア達の立派な姿を見た為だろう。
それに此処は奴隷制度に否定的なラルキア王国だ。 獣人や龍人がギルド組員として働いていたとしても不思議はない。
「なるほど。俺達と仲良くやっていけそうな人は居たか? まぁ、手紙に書かれた文字だけじゃ判断しにくいと思うけど 」
「あ、丁度その事でミカドに言いたい事があったの」
「ん? どう言う事だ?」
「えっと‥‥‥ 読んで貰えばわかると思うよ 」
「どれどれ」
セシルは苦笑いを浮かべると、2つの山にわけられた手紙の山の片方に目線を向ける。読めばわかるとの事なので、俺はとりあえずその目線の先にある手紙の山から1通を手に取った。
「えっと名前はハロル・スピアー。男性で種族は人間ね。入隊を希望した理由は‥‥‥」
俺が手にした手紙は人間の男性からの入隊希望の手紙で、差出人の名前はハロル・スピアーと言うらしい。
名前を確認して、ハロルが書いた入隊希望の理由に目線を落とす。
そこにはこう書かれていた。
「論功行賞式で綺麗な女性達が居る部隊だなと思い、入隊を希望しました。
やっぱ、一緒に働くなら綺麗な子達と働きたい」
「 ‥‥‥ 」
俺は何も見ていない。
そう決め込んで、改めて別の手紙を手に取った。
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「何だよ此奴等! 入隊希望の動機が不純過ぎるだろ!」
凡そ15分程掛けて、俺はセシルが目線を向けていた手紙全てに軽く目を通した。
そして深夜だと言うのに叫び声を上げた。
俺が確認した物は全て男性から届いた入隊希望の手紙だったのだが、どいつも此奴も、入隊を希望したのはセシル達が可愛かったからだの、セシル達と仲良くなる為だの不純な事しか書かれていなかった。
此奴等はダメだ!
こんな奴等を入隊させたらセシル達が不憫すぎる! 却下だ却下だ! 此奴等は絶対に入隊させねぇ!
しかも獣人や龍人の男から来た手紙も似たり寄ったりだったし!
「あはは‥‥‥って感じだよ。女性からの手紙はそんな感じは無かったんだけど」
「そりゃ安心した。でも念の為確認させてくれ」
「うん! 女性からの入隊希望の手紙はコレだよ」
「ありがとう」
俺は男性陣から届いた入隊希望の手紙を乱暴に袋へ戻すと、念の為にもう1つの手紙の山‥‥‥ 女性から届いた入隊希望の手紙を確認する事にした。
「なんだ野郎と違って皆真面目そうじゃないか」
更に10分後。
女性から届いた入隊希望の手紙を軽く見てみたが、どれも文句の付けようがないくらいしっかりしていた。
女性からの手紙にはマリア達同様孤児院で育ち、ギルドに入って生計を立ててるとか、奴隷商人に無理矢理この大陸に連れて来られたといった事が書かれていた。
加えて志望動機もしっかりしていて、人の為に働きたいとか、この国で暮らす同族達に勇気を与えたいとか胸を打つ言葉が書かれている。
うん、この人達なら入隊しても信念を持って働いて来れそうだな。
「ね? 皆真面目で良い人そうでしょ?」
「あぁそうだな。この人達は入隊させても良いかも知れない。 と、言っても1度直接会って話を聞いてみないとな」
「ん? どう言う事?」
「俺が居た世界では面接って呼ばれてるまぁ、一種の適性検査かな?
直接話を聞いて、俺達の考えに賛同してくれてるか。人柄は良さそうか。そう言う事を見極めるんだ」
「なるほど! なら、この人達にはその面接の案内を書かなきゃだね」
「それは後日かな。まずはこの依頼の山を何とかしないと‥‥‥」
「届いた依頼はどんな内容だったの?」
「舞踏会会場の警護とか、商隊の護衛かな」
「と、言うと‥‥‥ティナちゃんが言った様な依頼が殆どだった感じだね」
入隊希望の手紙を確認し終えた俺は、女性から届いた手紙を袋に入れて、依頼の手紙に目線を移した。
「あぁ。 差出人はラルキア王国の貴族や商人からの依頼が殆どだった」
首を傾げるセシルに、届いた依頼の内容を簡単に説明する。
内容は先に言った通り、貴族が催す舞踏会会場の警備依頼や、豪商人が地方に営業に向かわせる商隊の警護等。特に緊急性も無く、かつ絶対に俺達でなければならない理由が見当たらない依頼が9割を占めていた。
これもティナが言っていた様に、目新しい物に敏感な貴族や商人達が、興味本位で俺達に依頼を出したのかも知れない。
指名依頼をしてくれるのは有難いんだけどねぇ。
「ん〜 その依頼は私達じゃなくても問題なさそうだね」
「そうだな。緊急を要して、俺達を本当に必要としてくれてそうな依頼はこれ位かな」
俺達は力無き人達の代わりに戦う部隊。
セシルもそれは重々承知している。
警備や警護の仕事を蔑ろにする訳ではないが、これ等の依頼は別に俺達じゃなければいけない理由はない。
要は優先度の問題だ。
しかし、俺の手にある手紙は別だ。
俺はセシルに3通の手紙を差し出した。
「これは?」
「まず、アッフェって魔獣の被害に遭ってる牧場主からの救援依頼。 場所はペンドラゴとノースラント村の中間地点らしい。
次にローデンラントって街の近くに出没する、クロコディールって言う魔獣の討伐依頼。で、最後が‥‥‥」
「どうかしたのミカド?」
セシルに渡した手紙の内容を順に説明し、最後の1通‥‥‥ セシルが持つボロボロの茶色い手紙を見つめ言い淀んでいると、セシルが不思議そうに首を傾げた。
この依頼に限っては何か嫌な予感がするんだよなぁ‥‥‥
とりあえず言うだけ言ってみるか‥‥‥
「その茶色い手紙なんだけど、正直良くわらからないんだ」
「よく分からないって?」
「宛名は俺達宛なんだけど、中には【頼みがある。12/8日の午後10時にペンドラゴ第1城下街西区にあるショットに来てくれ】とだけしか書かれていなかったんだよ」
「ショットって? 名前からして酒場かな?」
「正解。ショットって言うのはペンドラゴの貧民街にある酒場だって、クリーガが言ってた。
場所柄、表を大きな顔して歩けない奴が溜まり場にしてるらしい 」
「指定された日は5日後。怪しいね、依頼の詳細が書かれてないなんて‥‥‥ミカドはどうするつもり?」
「もしかしたら訳あって依頼の詳細を書けないのかも知れない。だから他の2つは当然受けるとして、この依頼も受けようと思う」
「ん、わかった。ミカドがそう言うなら、私は賛成だよ」
「よし、ならこのアッフェとクロコディールの討伐、それとこの怪しい依頼を受けるぞ!」
「了解! この3つの依頼をこなしたらティナちゃんの依頼を受けるの?」
「そうするつもりだ。明日ノースラント村に言ったら、ティナにこの事を伝えよう。
さて‥‥‥ それじゃ今日は休もうか。明日から忙しくなるからな」
「そうだね。ミカドもゆっくり休んでね?」
「わかってるよ。そんじゃ、おやすみセシル」
「おやすみミカド」
明日からの大まかな方針を決めた俺は、セシルにおやすみと伝えて自分の部屋に戻った。
『主人殿、手紙の確認は終わったのか?』
部屋に戻ると、当たり前の様にベットを占拠しているロルフか語りかけて来た。
優雅に身を休めるロルフは絵になるが、話せる様になってもベットから退いてくれる気はない様だ。
「今し方終わったよ。色々と物申したい事が多かったけど」
『ふむ、主人殿達も大変なのだな。我輩も力になれる事があれば手を貸すぞ」
「おう。頼りにしてるぜロルフ」
『任されよ。ん? 主人殿、主人殿の右胸が光っておるぞ』
「え? あ、本当だ。この光は‥‥‥」
「久しいな帝よ。息災か?」
ロルフの言葉に目を胸に落とすと、右胸の周辺が赤く輝いていた。右胸のポケットには、咲耶姫から貰った旭護袋が入っているからこの合図は‥‥‥
そう感じた時、頭の中にロリババアの声が響いた。
「誰がロリババアじゃ」
「よぉ、ロリババ‥‥‥ごほん。咲耶姫。お陰様で元気だよ」
忘れてたけど、そう言えば咲耶姫は読心術が使えたんだった。失敗失敗。
「はぁ‥‥‥もうお主の言葉に逐一反応していたら気が滅入る。これからは無視する事にしようかの」
「で、なんか用か?」
「いやなに、そこの気高き狼に一言挨拶せねばなと思っての」
『我輩の事か?』
どうやら咲耶姫はロルフに挨拶する為に通信して来た様だ。
前にセシル達と咲耶姫が会話をした時は、旭護袋の力を強めてセシル達と会話出来る様にしたと言っていた。
今ロルフと会話出来ている事から察するに、今回も旭護袋の力を強めてロルフと会話しているのだろう。
「左様じゃ。妾は帝をこの世界に送った咲耶姫と申す者。お主はロルフじゃな?」
『うむ。我輩はロルフ。主人殿に仕える魔獣だ』
「ふむ、ロルフよ。お主も感じておるやもしれぬが、そこの坊主はどうやら危ない事に巻き込まれる体質の様じゃ。
じゃから頼む。どうか帝の助けとなってくれ」
『ふっ。異な事を。 我輩は主人殿に拾われたその日から、我輩の命は主人殿の物。
もし主人殿に危機が迫れば、我輩が命を賭して主人殿を守る。 サクヤヒメ殿に言われるまでもない」
「ロルフ‥‥‥」
「ふふっ、それを聞いて安心したぞ。ロルフよ。帝を頼む」
『しかと承った』
「そうじゃ帝よ。お主にも伝えなければならん事があった」
改めてロルフの考えを聞き、俺は思わず胸の奥が熱くなった。そんな熱い気持ちを感じていると、不意に何かを思い出した咲耶姫が話の矛先を俺に向けた。
「なんだ?」
「具体的な事は言えぬが、どうも嫌な予感がする。充分に気を付けるのじゃ」
「‥‥‥わかった。忠告感謝するよ」
「さて。では挨拶も済んだ事じゃし、通信を終えるぞ」
「おう。おやすみ咲耶姫」
『また会おうサクヤヒメ殿」
「うむ。またの」
咲耶姫は最後に気になる事を呟くと、そのまま通信を終え、旭護袋を包んでいた紅い光は静かに消えていった。
「咲耶姫の奴、最後の最後に気になる事言いやがって‥‥‥」
『主人殿、余り気にし過ぎるのも良くないと思うぞ。 サクヤヒメ殿の言った事は頭の片隅に置いて置く程度にした方が良い、と我輩は思う」
「そうだな、気にし過ぎて墓穴を掘る可能性もあるからな。 とにかく、やる事は済んだし今日はもう寝るぞ」
『賛成だ。正直、我輩も少々疲れた』
「でもベットから退いてはくれないんだな」
『我輩と主人殿の仲ではないか。何よりここは、幼き頃より我輩の指定席でもあるのだからな』
「そうですか。まぁ良いや。それじゃロルフおやすみ」
『うむ。良い夢を主人殿』
俺はロルフの暖かく優しい香りを放つ体に寄り添い、意識を闇の中へと手放した。
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