93話 一緒に
「た、助けてくれぇ!!」
「ひぃぃ!!」
「き、君達早くそのヴァイスヴォルフから離れなさい!」
「どうしたミカド! 何故攻撃しない!」
「あぁもう、どうすんだよコレ‥‥‥」
はぁ‥‥‥ と、思わず深い溜息を吐いてしまった。
今、ペンドラゴの西門前は悲鳴をあげ後ずさる市民と、俺達の周囲を取り囲んでいる完全武装のラルキア王国軍。 そしてラミラ達を始めとする制服を纏ったパレード参加組の部隊がひしめき合っており、まるで夏と冬に開催される某巨大イベントの会場みたいな状況になっていた。
いきなり体高1m、全長3m程あるロルフを見た市民達は一瞬呆気に取られていたが、直ぐに正気を取り戻し顔を真っ青にしながら後ずさりながら口々に『食べないでくれ』やら、『助けてくれ』やら『化け物だぁ!』やら好き勝手言っている。
が、皆が怖がってるその化け物は誰かを襲おうという気などサラサラ無く、お座りしたまま辺りを見渡して不思議そうに首を傾げている。
ちなみに完全武装しロルフに槍先を向ける軍人の中にはいつの間にやらラミラが混じっており、ロルフに細い剣を向けながら俺を睨んでいた。
さて困った。
どうやら俺とセシル、マリアとレーヴェそしてドラル、ロルフ以外の皆は予想外の魔獣の出現で完全にパニック状態になってしまっている。
しかもその現れた魔獣と言うのが、ブラウンヴォルフが長い月日をかけて、茶色い毛並みが雪の如く白く生え変わると知られているブラウンヴォルフの上位種、ヴァイスヴォルフ‥‥‥ つまりロルフだった。
ブラウンヴォルフはギルドに登録したてのポーン級の人でも狩る事が出来る低級魔獣だが、成長し毛が白く生え変わったヴァイスヴォルフはブラウンヴォルフより強く危険な存在で、ルーク級のギルド組員でないとそもそも討伐依頼を受ける事すら出来ない程凶暴な魔獣。
つまり、このヴァイスヴォルフと戦うなら手練れの猛者が複数人で挑み、やっと勝てるかどうかというレベルの魔獣なのだ。
それがいきなり現れたのだから、このパニックも当然と言えば当然なのだが‥‥‥
俺はどうするべきか? 此処で変に騒ぎを大きくしたらこの論功行賞式が台無しになる。
そうさせない為には‥‥‥
よし、これしかないな。
「ロルフ! 今から俺の言う通りに動け!」
ウァウ?
「「「「「は?」」」」」
「み、ミカド? 何をする気?」
「まぁ見てろ。ロルフ! 今の状態のまま、右前足を前に出せ!」
ウァン!
頭にハテナマークを浮かべる市民と同じ様に、コテっと小首を傾げたロルフだったが、俺が声を張り上げて命令するとロルフはお座りしたまま言われた通りに右手を前に突き出した。
これは犬がやる芸の【お手】だ。
これまで仕込んだ訳ではないのだが、ロルフは頭が良いので、俺の言う事をすぐさま理解して考えていた通りの動きをしてくれた。
良いぞ。このまま俺の考え通りに進めば‥‥‥
「よし! 次は左前足を前に出せ!」
ワウ!
「その場に伏せろ!」
ヴァウ!
軍や市民の皆が困惑している中、俺は次々とロルフに命令していく。
ロルフは構って貰ってると思っているのか、俺の命令に嬉しそうに鳴きながら指示通りに動いた。
「あ、もしかしてミカド‥‥‥」
「なるほど。そう言う事ですか」
「あ? どう言う事だよ?」
「あぁ! わかった! つまりねレーヴェちゃん。ミカドは‥‥‥ って考えてるんじゃないかな?」
「おぉ! そう言う事か!」
「ロルフ立て! その場で3回回ってまた座るんだ!」
俺の珍妙な行動を見守っていたマリアとドラル、セシルは俺の意図を見抜いたらしい。
セシルがボソボソとレーヴェに耳打ちするのを横目で見ながら俺は微かに微笑みを浮かべ、またロルフに命令した。
そして俺達を取り囲む軍の中から望んでいた言葉が聞こえた。
「な、なぁ‥‥‥ もしかしてこのヴァイスヴォルフ、この黒い奴に手名付けられてるのか?」
「ま、まさか。魔獣が人に手名付けられるなんて聞いた事無いぞ」
「でもヴァイスヴォルフは命令を聞いてるじゃないか」
よしよし、良いぞ。
段々俺の狙っていた空気になってきた。
俺はどうやったら出来るだけ穏便にこの場を収める事が出来るか集中して考えた。
そこで思い付いたのがコレだ。
皆の見ている前で俺がロルフに色々命令する。頭の良いロルフはその命令通りに動いてくれるだろう。
そしてそれは俺達とロルフの関係を知らない人達から見たら、まるで俺がロルフを従えているかの様に見える筈だ。
そうなればロルフは俺の命令通りに動く安全で大人しい魔獣と捉えてくれる‥‥‥ 筈だ。
と少々楽観的な考えだが、コレが1番ハッキリと目に見える安心感の確保の方法だと思い、早速行動に移した。
そしてその思惑はほぼ狙い通りになっている。 俺の言う命令に1つ1つ的確に、素早く答えるロルフを見た軍の面々は目を見開き、後退りしていた市民の皆も楽しそうに動き回るロルフに興味が出てきたのか、遠巻きに此方を見つめている。
後ひと押し、ふた押し位でイケるか。
「ロルフ、ジャンプして空中で一回転! そのままお座り!」
ウォーン!
「おぉ!」
「すげぇ!」
「わぁ!」
この流れならイケる。
そう判断した俺は此処で皆の心を完全に掴む為に、少し派手な動きをロルフに命じる。
命令を受けたロルフは朝飯前だと言う様にバッと、高く飛び上がり綺麗なバク宙を披露して、自信に満ちた表情で地面に座った。
周りの皆の表情も、ロルフを初めて見た時とは完全に別の物になっていた。
そう、まるで大道芸を見ているかの様な楽しげな目線をロルフと俺に向けていた。
よし、皆の心は掴んだぞ。
このまま本来の予定通りパレードが始まれば全て解決だ。
この流れを逃さない。
この場の空気を掴んだと判断した俺は完全にこの場の主導権を掌握すると決め、深く深呼吸し声を張り上げた。
「俺の名は帝! 西園寺 帝! 此度はゼルベル国王陛下からの招待を受け、この論功行賞式に僭越ながら参加させて頂いた!
そして隣に居るこのヴァイスヴォルフは俺の使役獣、名はロルフ!
本来なら皆を不安にさせない為に連れて来るつもりはなかったが、ロルフは皆と共にこの歴史的瞬間を共に迎えんが為に着いて来てしまった。どうか頼む!
このロルフも俺達と共に、この歴史的瞬間に立ち合わせてやって欲しい!」
ワォォオン!!
わざと仰々しい言葉を交えつつ、隣で座るロルフを横目に皆へ語りかけた。
頼むぞ、良い流れなんだ。 誰も変な事を言うなよ。
ここで変に水を差されてまたロルフに対する不信感が芽生えたら、今度こそ手の施しようがなくなってしまう。
「ど、どうすれば‥‥‥ 」
「でも、あのヴァイスヴォルフは手懐けられてる使役獣なんだろ? 見た所危険はなさそうだが‥‥‥」
「ら、ラミラ殿、如何すべきですか?」
「う、うぅ‥‥‥ 如何すべきですかと言われても‥‥‥ 」
「何事です!」
「あ、ハル! ちょうど良かった! 急で悪いんだが、このロルフも論功行賞式に参加させてくれないか‥‥‥?
その‥‥‥ こいつには留守番を言い付けてたんだけど、勝手に着いて来ちまったみたいなんだ。 頼む! 何か問題が起こったら俺が責任を取るから、暫く一緒に行動する許可を与えてくれ!」
市民達がざわつき、ラミラや兵士達が持つ剣や槍の切っ先に迷いが生まれ、同時に困った兵士達は其々顔を見合わせる。
彼等は一介の兵士だから、どうすれば良いのかわからない様だ。
そこにハルが駆けつけた。
ナイスタイミングだ!
ハルはこの論功行賞式の監督官‥‥‥ 名前からして論功行賞式の統括を行う立場か、それに近い役割を担っている筈だ。
それにハルは以前にロルフと会っている。
ハルさんが許可を出してくれさえすれば、一先ずこの場は丸く収まる!
「この騒ぎはそう言う理由ですか‥‥‥ ふむ。 此処でダメと言ってもこのヴァイスヴォルフを隔離しておく場所も人手もない‥‥‥ 予想外ですが致し方ありませんね。 わかりました。
市民に危害を加えないと言う条件が呑めるなら、特別にパレードまでの動向を許可しましょう。
ただ、ラルキア城に着いてからは彼方の指示に従って貰いますよ?」
「あぁ! ありがとう!」
良かった。 これで一先ずこの場は乗り切った。
後の事はラルキア城に着くまでに考えておこう。
「ハル中官よろしいので?」
「ここでこのヴァイスヴォルフ‥‥‥ ロルフ殿が暴れ、市民達に危害を加える可能性は低そうです。
それに一時的に隔離するとしても、そんな場所も人手もありませんからやむ終えないのです。 ただし、最悪の事態に備えて警備を増やしておいて下さい」
「了解しました」
「皆様! 少々予定外の事が起こりましたが、このヴァイスヴォルフは先のベルガスの反乱を阻止した勇気ある民間人、ミカド・サイオンジ様の使役獣です!
この魔獣はミカド様に調教され皆様に危害を加える事は御座いませんので、安心下さい!
それでは、予定通りパレードを始めます! 軍の各員は所定の位置に戻れ!」
「「「「「は、はっ!」」」」」
「はぁぁ‥‥‥ 良かったなロルフ。でも、こんな事はもう無いようにしてくれよ?」
クゥン‥‥‥
「まぁ、こうなっちまったらロルフも一緒にパレードを楽しもうぜ!」
「ロルフも一緒‥‥‥嬉しい」
ワウ!
「ふふ。ミカドさんの作戦成功ですね」
「さすがミカドだね!」
「ははっ、やっぱドラル達には俺の考えはお見通しか」
「はい。ロルフさんが無害だと言う事を目に見える形で示す為に、皆さんの前であんなパフォーマンスをさせたのでしょう?」
「あぁ、あの方法が1番手っ取り早かったし、効果も分かりやすかったからな」
ドラルが言う事と全く同じ事を俺は考えて実行した。
それは見事功を奏し、まだ多少の混乱は有るもののパニック状態は目に見えて沈静化した。
その証拠に、持ち場に戻る様命令された兵士達はロルフをおっかなびっくり見ているが、警戒心は格段に下がっており誰も武器を向けていない。
遠巻きに見ていた市民達も俺の言う事を聞き、完璧なパフォーマンスをしたロルフを興味深そうに見つめていた。
その目からは恐怖の色は完全になくなっていた。
とにかく、何事もなく済んで良かった。
後はパレードを終わらせて、ゼルベル陛下から表彰を受けるだけだ。
「よし! セシル! ドラル! レーヴェ! マリア! 行くぞ!」
「うん!」
「はい!」
「おう!」
「了解‥‥‥ 」
「出発だ!」
ワォォォォオ〜ン!!
ロルフと言う予定外の仲間が加わった俺達は、しっかり馬に付けられた手綱を握り締めゆっくり歩き出した。
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オォォオオ!!
「すげぇぞあんた達!」
「貴方達はこの国の英雄よ!」
ロルフの雄叫びに背を押され巨大な西門を潜ると、割れんばかりの歓声が俺達を包んだ。
今こうして大人しく俺の隣を歩くロルフの姿はとても雄々しく、気高く見える。
皆はロルフのパフォーマンスと人畜無害な雰囲気にすっかり落ち着き、この場に集まった市民の中には無邪気にロルフに手を振る人も見て取れた。
老若男女様々な市民が集まり、俺達を讃えてくれている。
だが。
「おい、見ろよあの先頭を歩いてる男。 黒い髪に黒い瞳だ‥‥‥ 初めて見たぞ」
「それもビックリだけど、本当にヴァイスヴォルフを従えてるぞ」
「魔獣を従えるなんてあり得るのか? そんな話今まで聞いた事ねぇぞ」
「でも現に目の前には付き従ってるヴァイスヴォルフが居るじゃない‥‥‥」
中には、まだ俺の見た目や魔獣のロルフに抵抗がある人も居るらしく、ボソボソと何やら耳打ちしている人達の姿も確認出来た。
まぁ、俺としては外見はどうしようもないから諦めるとして、集まった人達の1割でもロルフを受け入れてくれれば良いと割り切ってあのパフォーマンスをしたから、別に1人や2人が怪訝な顔をしても悪いが無視させてもらう。
「お、ラルキア城が見えてきたな」
ロルフを怯えた表情で見ている市民の姿を横目で見つつ、第2城下街に入る為に使う2つ目の門を潜る。 遠くにはボンヤリとラルキア城の輪郭が確認出来た。
パレードの道のりはまだ半分程度だった。