92話 予想外の珍客
「お、始まるみたいだな」
俺達はハルにパレードのスタート地点となる西門の前まで案内して貰った。
それから数分後。まるで天使の賛美歌の様に優美で、それでいて威厳に満ちたファンファーレが周囲に響き渡った。
このファンファーレは金管楽器で奏でているらしく、その神秘的な音色は何処までも響いていた。
そろそろパレードの開始時間だから、このファンファーレはパレードが始まるぞという合図なのだろう。 この後の流れは紋章官と呼ばれる人が各部隊の功績を集まった人達に伝え、それが終わると門が開きパレードが始まるといった流れらしい。
俺は緊張と興奮から微かに武者震いした。
「み、ミカド‥‥‥ 私大丈夫? 変な所無いかな?」
「ん? 大丈夫だよ。制服も良く似合ってるし、可愛いぞ」
「はうっ!? も、もう! ミカドったら」
「甘いですね〜」
「全くだぜ 」
「同感‥‥‥ 」
「うっせぇ。それよりお前達は緊張してないのか?」
もう直ぐパレードが始まるからか、これまで見た事ない位に緊張しまくっているセシル。 少しでも落ち着かせようと、らしくない事を言ってみたらドラル達から生暖かい目で見られた。
自分でもらしくないと分かってて言ったのだが、改めて指摘されると意識して言ったぶんだいぶ恥ずかしい。
それにしてもこの子達は緊張してないのか? 仮に緊張してないとしたら肝っ玉が座り過ぎだろう。
「いえいえ、緊張はしていますよ? でもラルキア城まで歩くだけですよね?」
「その後の表彰も作法に則ってやれば良いだけだろ? 特に緊張する程の事か?」
「それに私達は目立つから、今更目立つ事をしても余り緊張しない‥‥‥」
「あ、そうか‥‥‥」
確かに。ドラル達の言う通りだ。
これはまごう事なきパレードだが、ラルキア城まで続く真っ直ぐな道を市民の皆に見守られながらただ歩くだけだ。
加えてマリア達はこの国‥‥‥ 俺達が居る人間大陸では珍しい他大陸に住むエルフや獣人、龍人だ。
俺もこの世界では珍しい黒髪と黒い瞳のお陰で好奇の目で見られた事が有るから良く分かる。
マリア達も産まれ持った外見が理由でこう言った好奇の目に慣れてしまっているみたいだ。
良かったのか悪かったのか‥‥‥ 少なくともマリア達は特に気にしていないみたいだけど。
「本日お集まりの皆様。先日、このペンドラゴに未曾有の悲劇が襲いました。
それはラルキア王国を混乱と恐怖に陥れ、多くの命が失われる事となる悲惨な物でした‥‥‥ 」
「あ、誰か話し始めましたね。紋章官さんでしょうか?」
ファンファーレが終わると、閉じられている西門の向こうから良く響く男性の声が聞こえた。
この巨大な門の向こう側から俺達の所まで声がハッキリと聞こえるのは凄いな。
ドラルが言う様に、この声は紋章官さんが話している声なのだろうか。
「まずは今回の事件の犠牲となった方々に謹んで哀悼の意を表します。皆さん黙祷を‥‥‥」
「「「「「 ‥‥‥」」」」」
門の向こう側から聞こえた男性の言葉に従い、俺やセシル達は帽子を取り胸に当て、静かに目を閉じた。
後方に並ぶラルキア王国軍の皆も静かに目を閉じ、胸に手を当てていた。
俺はベルガスの私利私欲の行の為に犠牲になったアルトンや、亡くなった人達が安らかに眠ってくれる様にの中で祈りを捧げた。
「既に皆様もご存知かとは思いますが、ラルキア王国各地で起こった誘拐事件や軍、ギルド施設の爆破‥‥‥ そしてペンドラゴが奇襲を受けるというこの悲惨な事件‥‥‥ これはこの国の前丞相ベルガス・ディ・ローディスによって計画された反逆だったのです!
ですが、この大罪人の反逆は我らの国の英雄達の手によって挫かれました!」
ワァァァアアア!!!
「そして今回の論功行賞式には、ラルキア王国軍設立以来初めての事となる例外が御座います!
このペンドラゴがベルガス率いる反乱軍に攻撃された際、軍も多大な功績を挙げましたが、その際なんとラルキア王国軍に籍を置かない民間人達が勇敢にも大罪人ベルガスに天誅を下しました!
この勇敢な民間人達はギルドに籍を置いており、ギルドからの依頼を受けた事でベルガスの反乱を察し、ペンドラゴが襲撃された際には窮地に陥ったゼルベル国王陛下を始め、ユリアナ姫殿下をお救いして下さりました!
此度の論功行賞式にはこれらの功績を讃えたゼルベル国王陛下が直々に、この勇気ある民間人達を論功行賞式に招待なされました!」
ワァァァァアアア!!!
「これって私達の事ですよね」
「大歓声だな!」
「凄い‥‥‥ 」
「あわわわ‥‥‥」
「お〜い、セシル大丈夫か?」
「む、無理かも‥‥‥」
「いや、無理かもって!?」
黙祷をしてから数秒後、話題は俺達の事に移ったようで男性の声のトーンは少し上がり、集まった人達の歓声がペンドラゴ中に響き渡った。
正直ここまでの反応は想像以上だ。
先程まではまだ余裕があったドラル達だが、この歓声を聞いて遅まきながら緊張してきた様子だ。
セシルはさっきよりも緊張してしまったみたいで、うわ言の様に奇妙な声を漏らしている。
「ん? ミカド、何だか後ろがザワザワしてる‥‥‥」
「え?」
「本当ですね、何か有ったのでしょうか‥‥‥ 」
今にも門が開くかも知れないと言うタイミングで、マリアがいきなり不安を仰ぐ様な事をボソッと呟いた。
言われてみれば、後方に並ぶ軍の面々が騒ついている様な気がする。
もしかして、何か良くない事が起こったのか!?
ワォォォォオン〜!!!
「 ‥‥‥ いやいやいや。まさかな‥‥‥」
後方で何か有ったのか心配になり後方を向いてみると、後方から聞き馴染んだ遠吠えが聞こえた。
幸か不幸か、ペンドラゴの内部は歓声に満ちているから今の遠吠えは聞こえていないみたいなのが救いだ。
それと同時にふと、俺の頭にはアイツの事が浮かんだが、そんな訳ないだろう。
もし仮に俺の予感が的中でもしたら‥‥‥ だいぶマズイ!!
「な、なぁミカド‥‥‥ 今のって獣の遠吠え‥‥‥だよな?」
「え? 獣の遠吠え? 何の事だ? 俺には聞こえなかったけ‥‥‥ 」
「大変だぁぁあ! ヴァイスヴォルフが突っ込んでくるぞぉぉぉお!!!」
「あぁー 今日は良い天気だなー 」
「ミカドさん現実から目を背けないでください。それより、私嫌な予感がするのですが‥‥‥ 」
「奇遇‥‥‥ 私も嫌な予感がする‥‥‥ 」
「き、気のせいだろ? ほら、あれだ。皆最近忙しかったから疲れで幻聴が聞こえたんだろ」
「いや、でもあの遠吠えってどっからどう聞いてもよ‥‥‥ 」
俺が言葉を発し終える前に1人の兵士が絶叫した。
俺は頭に思い浮かんだ予想がより現実味を帯びてきてしまった事に動揺していると、心ここに在らずと言った状態のセシル以外の面々が顔を見事に引き攣らせ、チラリと俺の方を見た。
あぁ、この3人も俺と同じ予想を‥‥‥
「くっ! 何故こんな所にヴァイスヴォルフが!!」
「皆の者応戦しろ! もしもペンドラゴ内に入り込まれたら軍の面目は丸潰れぞ!」
「し、しかし! 我らには防具がありません!」
「武器もこの剣だけです! 鎧も無しにヴァイスヴォルフに接近戦を挑んだら甚大な被害が!」
「くっ‥‥‥ ならば攻撃魔法で応戦せよ!」
俺達が盛大に苦笑いを浮かべている間、外で待機していたラルキア王国軍は蜂の巣を突いたかの様なてんやわんやの状況に陥った。
外に待機している皆は見るからに防御力が心許ない軍の制服を着ており、更にほぼ全員が装飾の施された細い剣しか持っていなかったから余計に浮き足立つ。
この装飾が施された剣も実戦用の剣とは違い、力任せに振り下ろせば折れてしまうのではないかと言う程細く、そして頼りなく見えた。
満足に防具を身に付けず、頼りない武器で凶暴な魔獣に挑む‥‥‥ それは自ら死地に赴くと同義だ。
常に危険と隣り合わせの軍人達はそれが身に染みているからか、突然のヴァイスヴォルフの出現に完全にパニック状態。
その混乱が混乱を呼び、後方に並んでいた部隊の列はヴァイスヴォルフを避ける為、さながら旧約聖書に出て来るモーゼが海を割ったという言い伝えの如く、左右に分裂した。
そしてその白い獣は俺達目掛けて全速力で迫ってきた。
「ミカド! そのヴァイスヴォルフを何としても止めろぉお!! もう門が開くぞ!!」
そんな中、他の部隊同様後方に並んで居たラミラが勇敢にも頼りなさげな細い剣を抜き放ちながら叫んだ。
「止めろねぇ‥‥‥ んな事言っても‥‥‥」
ヴァウ!!
「お前がこの先に向かう理由なんてないよなロルフ」
突如現れた巨大で白い毛並みの狼、ヴァイスブォルフは俺の前に来ると元気に鳴きながらペタンとお座りした。
足に付けた黒い防具に大きな首輪。そして俺達が被る制帽にあしらわれた物と同じ太陽のエンブレムが輝く厳つい仮面‥‥‥
俺の目の前で大人しくお座りする此奴はどこからどう見てもロルフだった。
「ふぇ‥‥‥ ? あ、あれロルフ!? 何で此処に居るの!?」
「ロルフ! 何で此処に居るんだ! ちゃんと留守してる様にミカドが言ったろ!」
クゥン‥‥‥
「そんな声で鳴いてもダメですよ!」
「ど、どうなってんだ‥‥‥?」
「ヴァイスブォルフが怒られてる?」
正気を取り戻したセシルがロルフを見て驚きの声を上げ、レーヴェやドラルがロルフにお説教をする。
そして怒られてションボリしているロルフの姿を見た軍の皆は呆気に取られていた。
分かる‥‥‥皆の言いたい事は凄い分かる‥‥‥ 分かるけど、どっから説明すれば良いのか。
今は何故ロルフが此処に居るのかは一先ず置いといて、何とかこの場を誤魔化さないと。
「ミカド‥‥‥ そんな事より門‥‥‥ 」
「え? 門? あ‥‥‥ 」
側から見たら奇妙なこの光景を何とか誤魔化そうと集中して頭をフル回転させていると、マリアがクイクイと俺の袖を引っ張っる。
その行動に促され顔を門の方に向けると、いつの間にか閉まっていた巨大な門が開いており、門の向こう側に居た市民の皆はいったい何が起こってるんだ? と言いたげなキョトンとした表情で、ロルフを叱る俺達の姿を不思議そうに見つめていた。
「あ、あはは‥‥‥ ど、どうも〜‥‥‥ 」
ヴァウ!!
「「「「う、うわぁぁぁぁぁあ!!」」」」
俺はこれまで生きてきた中で、間違いなく人生ベストスリーに入る苦笑いを門の向こう側に居る皆に向けた。
そんな俺の反応にロルフが答えるかの如く元気に吠えると、ペンドラゴには先程まで響いていた歓声とは真逆の甲高い悲鳴が木霊した。