「水木」(中編-2)
白色の天井と対面する。彩も何もなく、効率だけを重視した天井。……最後にここに来たのは半年前だっただろうか。
なんとなく体を起こす。途端に視界が歪み、目の上に痛みが走る。反射的に右手で頭を支え、なんとか倒れないようにする。
視界が定まった時、知らない人が立っていることに気が付いた。誤解を招かない様に言わせていただきたい。個室(だと思う)に見知らぬ人が立っていたのである。近所の高校の制服を身にまとった青年。目つきが若干鋭く、しかし優しい雰囲気の彼には不審者でなければ好感が持てたであろう。
「この度はありがとうございます」
多分、助けてくれた人なのだろう。そう信じておく。警戒するのは不審な動きを見せてからでも遅くはない。
「成り行きだからいいって」
「それでも……」
成り行きだったとしても、疑ったこともあって返礼はしたい。でも彼の住所を知らないから物品は渡しにくい。
相手も少しの間悩む素振りを見せる。そして、いいことが思いついたのか上機嫌で語りかけてくる。
「一緒に買い物に行って欲しいんだけど、いいかな?」
「私は(体調さえ問題なければ)構いませんよ」
小型の呼吸器を鼻につけて、それでも頭がふらついているのである。しばらくは無理でしょう。
「アドレスを預けておくから、退院したら日時を教えてくれないかな」
面会用のメモ用紙から一枚抜く。それに不規則な文字列を書いて差し出す。
私が返信しなければそれまでの口約束。そんなものを絶対の自信で彼は提示してきた。それだけ私を信用しているのだろうか、それとも……歩加のがうつったのか邪推が止まらない、
「……分かりました。だけど本当にそれだけでいいんですか?」
「十分だって。そんな大した義理じゃないんだし。それじゃな、安静にしてろよ」
確実なものを追加したい。そんな思いもむなしく、それだけ言って去ってしまった。
私に残されたのは一枚のメモだけ。今すぐに破っても気づかない、偽造のアドレスだったら意味のない。そんな些細なメモ。私はそれだけの為に視界をぐらつかせていた。
携帯に登録しようと辺りを探る。どうやら窓際に立てかけてあるらしい
数歩歩くだけの当たり前のこと。それでも呼吸器と点滴がついているこの体にはつらかった。鞄を持ち上げて、ベッドの横に置く。これで少しは楽になるだろう。
すぐに鞄から携帯を取り出す。知り合いの輪は広くても、携帯の中は質素な物だった。
大半の連絡先は委員長会のメンバー、他校の代表といった仕事の相手。プライベートの連絡先は、指の本数くらいしかないと思う。ましてや異性のなんて、部活の後輩のしかない。
そこにさっきのアドレスを打ち込む。……偽造だったらどうしよう、そんなどうしようもない不安から早く解放されたかった。丁寧に、慣れていない操作で入力していく。
――@、指定のアドレスに『こんにちは。こちらは登録しました』とだけ書いて送信する。結果は今日中にでも届くだろう。
大仕事も終わってほっと一息吐く。医者に状況を聞くべきだろうか。呼び出し用のボタンを押す。また待ち時間である。
課題も知らず、教科書は学校である。本もストックが尽きていて……考えれば考えるほど(今本当に暇なんですね)と実感する。
そういえば、この病室にはパソコンが設置されている。こんな状況の私に仕事を頼む人はいないと思うので視界から背けていた。しかし、これがあれば暇は直に潰れるだろう。
無事にログインできた。運のいいことに他に二人もいるらしい。前回は『直葉』という方に逃げられてしまい何もできなかった。他の人が議論を進めている中、私は何も出来ず、それが心残りだった。
「失礼します。そして優希さんと歩加さん、初めまして……なんですかね」
歩加、偶然なのか親友と同じ名前であった。偽名でないことは過去ログで分かる。性格もそっくりなこの歩加は親友の歩加なのだろうか。
「初めまして。今から始めるけど水希も参加していかない?」
「水希さん、初めまして。私の友達にも同じ名前の人がいるんだけど凄い偶然だよね」
返事は×……なのだろうか、言葉の選び方もそっくりであった。どちらにしろ、今回は逃げられる心配はしなくてもいいらしい。
「それではお願します」
視界が微かに歪む。……一番心配なのは私かもしれません。
(3人の紹介文は次回「水木」(後編)にて書きます)
中編の存在意義はないんじゃないかと思う人へ、このエピソードも水木と関係が(一応)あるのです。