「早苗」(後半)
「『親鳥を騙して育てさせる為』だろうね」
カッコウの仲間には托卵という大きな特徴がある。それは他の種類の親鳥の巣に卵を産み、本来の卵を殺すということである。
「本当は知ってるよね、歩加」
「托卵についてだけはね。実に合理的な行為だと思うんだけど、不思議な現象ということで気になって」
「普通に産んだ方が楽とも聞いたことがある位だからな」
「でもさ、優希。人に置き換えると、できちゃった婚の妻を家から追い出して自分の赤ちゃん(夫にとって赤の他人)だけを育てさせるって考えると納得できない?」
「何、その不条理」
考えたくない、本能が体の震えで否定する。実の子を殺された代わりに赤の他人に傾倒する夫も、赤ちゃんだけを放置して旅経つ奴も。
「それがきっと本能ってことなんだよ。実際、病院のベッドに寝ている子を交換しても気づかないと思うし」
歩加の化けの皮が剥がれている気がする。怖いね、不思議だね、と受け流すよりかは好感が持てるけど、少々深淵を覗きすぎたようである。
「判別できそうにないから困る」
「『女ならそれ位は出来ないと』って言われる時代が来るかもね。天然乳児と養殖乳児を区別したりして。後、優希ちゃんなら判別出来ると思うよ」
優希ちゃんと呼ばれることに不快感を覚えるが、気にならない程度である。
「ちゃん付けは止めて欲しいな」
とはいえ連呼されたくないのではっきりと伝えておく。
「ごめん、ちょっとした冗談。少し話は飛ぶけど、優希の学校からは他に担当者がいたりする?」
水瀬に聞いてみないと分からないが、多分一人だけだろう。
「歩加の方には?」
「多分、いると思う。過去ログに二名ほど親友と同名の人がいるし、特に蛍の方は性格もそっくりだから」
今更ながら、一つ疑問に思う。優希は名前の登録を一切行っていない。それなのにも関わらず本名が画面の向こうの歩加に伝わっているのである。
「一つ聞くけど、名前の登録ってした?」
「……そういえばしてない」
「もしかして、それ本名?」
返事が突然途絶える。どうやら本名だったらしい。
数分後。一応起動させたまま待っていた所、歩加が帰ってきた。
「おかえり。結果はどうだった?」
「先生に聞いたら『こっちで登録しておいた』とだけ返された」
「でも、それでどうやって判別するかは教えてないよね」
「多分、パソコンにログインした時の個人情報を使っているんだと思う」
理屈は納得できるが、そこまでして学校が関わるという所に疑問を覚える。以前他の学校から差別的教育の技術を盗んでいる学園長のことだ、何か大きな所が主催しているのであろう。
ふと部屋の時計を見て、絶句する。時刻は1:25、次の授業まで残り5分である。
「その点は気になるけど、またでいい?」
慌てて文字を打ち込む。
「了解」
歩加はやはり物分かりがいいようで、短文で応じてくれた。
電源を落とし、荷物を纏める。次は国語か……急がないと。
放課後、部活動は自由参加のこの学校。優希は水瀬と教室に残っていた。
「企画の方はどうでしたか?」
「もう既に動いていたってなんで知ってるの」
水瀬には一言もこのことを伝えていない。水瀬は学園長との取引を教えてくれなかった。だから仕返しのつもりで隠していたのだが、無駄だったらしい。
「五限目。いつもなら五分前には着席しているクラス一の優等生。そんな優希が今日に限っていない。そう考えればなんとなく分かりますよ。それで、面白い人はいましたか?」
「深淵を覗きすぎた人に、厨二成分が抜けない人。むしろ平凡な方が少ないグループでしたよ」
「それは持ってきた甲斐がありました」
水瀬はそう言って微笑む。夕暮れも相まってやはり儚く感じる。
「病状は今の所大丈夫なの?」
「……大丈夫です」
少し無理をしている。そう直感した。水瀬の体調を蝕んでいるのは多分この教室だろう。時間はあまりないが動くべきだろうか、いや『動く必要がある』の間違いか。
「明日、朝に少し時間をもらっていい?」
水瀬の返答は無言の頷きであった。
奥村 歩加
「鳴かぬなら それもまたよし 卯月鳥」
相方が誰かさんと違って要領のいい方だったので安心して打ち込んでいた。
火神 優希
「鳴かぬなら 理由を探そう 時鳥」
歩加には女の子と予想されている。
優希に聞くと凄く不機嫌になるので、そこには触れない方がいいかもしれません(水瀬)