「早苗」(前半)
この学校は異常であると優希は思う。
数年前から始まったらしい競技、『受験戦争』がその発端であった。とある学園が最初に始めたものを輸入した物らしいのだが、こんな設備があるのは未だに少数派であろう。
『受験戦争』の為に教室にランクを定め、成績を考慮して振り分ける。システムデスクから机まで10段階にも細分化されている。教育委員会に黙認されているのが不思議でならない。
「今日、アレが発売されるんだが県議はどうする」
「最近火の車で買う余裕がない!」
「そんな県議の為にとっておきのバイトを用意してきた訳ですよ」
「ほうほう、話を聞かせてもらおうか」
さて、優希はというとその中の最下層のクラスに所属していた。冷暖房どころか扇風機さえないクラスである。
一つ優希の名誉の為に弁明しておくと、別に成績が悪い訳ではなかった。唯、中途半端な時期に転校してしまった故にここにいる。
「優希。この課題を任せてもいいかしら?」
目の前にいるのが、このクラスの代表の水瀬である。最下層のクラスという印象からかけ離れた清楚な出で立ちをしており、殺伐としたクラスのオアシスとも呼べる存在であった。
「僕は構わないけど、よくこの課題を持って来たね」
対外活動は一般的に上位のクラスが行う、この学校ではそれが普通だった。
「これ位の事はしないと代表失格ではないかと思うんです」
水瀬は本来ここにいる筈はなかった。本番での体調不良による早退、それだけで最下層に落とされたのだ。そんなことを考えると無下に断る訳にはいかなかった。
◇◇◇◇
昼休み、優希はクラスを離れコンピューター室にいた。課題を達成すれば、クラスにとって大きなメリットになり得る。だからこそ、出来る限り早く達成するべきだろう。
入るべきチャット欄には【現在1名 合計7名】と書かれている。相手側も即座に行動してくれているらしく、心が躍る。躊躇いもなく、そのルームに入っていった。
最初に優希が確認したのは過去ログであった。これさえ分かれば特徴が読み取れるからである。真面目に議論している人たちもいれば、議論になる前に逃走している人もいる。特徴的な趣の人もいれば、一般的な人もいる。統率されていないグループを前に、内心笑みをこぼした。
「誰かいませんか?」
歩加と名乗る方が声を挙げる。当然鼓膜が振動するわけではないのだが、タイミングが良すぎたので相手の位置が気になってしまった。
「います」
焦りがばれないように短文を打ち込んでおく。
「(誰かいて良かった)優希さん、今時間ありますか?」
本題への入り方で悩んでいたところに、相手が手を差し伸べてくれた。感謝しつつ、時間があることを伝える。
「そちらは大丈夫ですか」
「1時間位なら。それで、今日の議題はどうしましょうか」
歩加は気を遣うのが上手な方と覚えておこう。議題と言われると少し悩む。出来れば他の方の議題の延長線上にあるものがいいだろう。
「『早苗』なんてどうでしょうか」
卯の花から連想した物を提案する。
「早苗=田んぼに移し替える時の苗、ということしか知らないんだけど。優希さん、どうしよう」
「名前の由来とか、早苗鳥とかいろいろあるから」
「名前の由来は、『さ』は古代の田植えの時期を意味するってこと?」
「うん。ついでに五月雨も同じ意味。『みだれ』は『水垂れ』のことだから」
「優希って物知りなんだね。それで早苗鳥って何のこと?」
「ホトトギスのこと。時鳥とか子規とか漢字で書くとややこしい鳥なんだよね」
「確か、あの武将の俳句の鳥だよね?」
あの武将の俳句の鳥とは、多分天下人となった三人の違いについて後世の人が述べた「鳴かぬなら――」のことであろう。
そろそろ種が尽きそうである。ふと思いついた質問をぶつけてから考えようか。
「一つ歩加に問題。ホトトギスの大きさはどれくらいだと思う?」
「大体スズメ位の大きさかな」
「スズメより2倍もホトトギスの方が大きくて大体30cm位。それでもハトよりかは小さいんだけど」
「そうなんだ。ウグイス位のを想像してたんだけど」
ウグイス。ここから繋げたい話に的確に結びつく。さっきからこんなことが続いて、歩加は全てを知っているんじゃないかとさえ思える。
「それなのに卵はウグイスと大差ないんだよね」
「つまりウグイスの卵に擬態させているということだね」
大した時間差なく送られてくる返信を見るたびに、疑いは強まるばかりである。
「ならどうして擬態する必要があるんだと思う?」
優希と歩加の設定は次回の後書きにでも。
ここで切ったのは読者に考えて欲しかったからという思惑から。なので次も短いと思います。