「卯の花」
前日章第二弾。今の所第四弾は作る気はありません。
ここから十二話区切りで○○縛りが始まります(多分)
外では、澄み切った茜色の空に凍える風が吹き荒れる。どんよりとさせる雲もこういう時にはある方がありがたく感じる。
こういう時位は全寮制のこの学校が誇らしく思えた。問題と謎が山積みでなければもっと良かったんだが。
蛍伍は廊下の窓淵にもたれかかり、髪をいじくりながら紙を改めて見る。やはり目が狂っているのだろうか。軟禁している加害者から手渡されたそれには「プレゼント 奉仕活動のお知らせ」という題がお菊書かれていた。贈り物なのに参加を要求している様にしか思えない。それも、「仮にこれに参加しない場合、該当科目の単位は無いものとしてみなす」と太字で書いてある辺り、断ることを計算に入れていないのだろう。
とはいえ、悪態をついていても始まらない。早く終わらせればいいのだけだ。纏め上げた髪を整えて、寮にあるコンピューター室に向かうとしようか。
◇◇◇
寮にあるコンピューター室は幸い個室となっている。一人一人の大きさこそ小さく、防音も中途半端だけど、一介の高校にしては先端的な施設ではないだろうか。
奥の方にあり、見知った顔がいない場所を狙う。最近ストーカーがいると直葉から聞き、自然と周りが気になってしまうからである。幸い、教室の奥の方に一つ席が空いていた。カーテンをそっと開け、中にある椅子に腰を掛ける。相変わらずふかふかの椅子で集中しにくいという魔設計はどうにかした方がいいと思う。
プリントの指定通りに作業し、何の苦労もなくチャットルームに入る。【ルーム1 現在1名総計1名】とだけ書かれたシンプルなページ。どうやら最初に到達してしまったらしく、定型文の挨拶だけしておいて、暇なので先日図書館から借りた本でも読んで2人目を待ってみることにした。
長針が一周しそうになっていた。「一時間位ここにいます」と打っておいたのだが、未だに音沙汰がない。それが少し寂しく感じつつ、本にしおりを挟む。
そんなときだろうか、ふと更新ボタンを押してみると1件の新着が入っていた。
「始めまして、私は幹原高校二年の斎藤です。蛍伍さん、まだログインしていますでしょうか?」
「蛍」という名前でログインしてきた画面越しの一人。彼女? が偶然来てくれたことによって後悔が霧散して安心する。
「初めまして。そちらはどれくらい時間がありますか? こちらは放課後なので心配いりません」
慌てて返信する。これ以上人が入ってくると思えないので、さっさと業務を始めたいのだ。
にしても、やはりチャットというのはもどかしい。相手が打ち込むのに時間がかかり、話の軸が揺らいでしまうからだ。
「1時間以内であれば大丈夫です。それで蛍伍さんはどうしてこの業務を?」
「教師に半強制的にさせられてる」
「私も教師に懇願されてですね」
こちらは懇願ではなく押し売りだったのだが、こんな些細な話に有限の時間を使う気はない。向こうは好きかもしれないが、さっさと本題に入らせてもらおう。
「それで、今日の議題はどうしましょうか?」
なんでもいいから分かったふりの言葉について纏めてくれ、ということらしい。向こうに選択権をあげれば相手の素も少しはつかめるだろう。
「『卯の花』なんてどうですか? 初夏に咲くきれいな花ですよ」
「大豆じゃなくてきれいな花?」
卯の花と聞くとおから料理の印象が強い。昔実家で食べていた懐かしい思い出がよみがえる。
「確かにそれも卯の花だね。私は空木の白い花の印象が強くてね」
蛍自慢の空木の花については後で調べるとして、おからの方にも触れるべきなのだろうか。
「確かおからの「から」の印象の悪さが理由だったか?」
「本来搾りかすから来た「から」に「お」がついたものだったよね。『その割に「空」を連想するからと別名をつけてる説もあるんですよね。私は白色と「空」という共通点から来た洒落が由来だと信じてますけど』と水希が言っていたような」
「水希ってそれ仮名だよな」
非公開のネットワークを利用していても、友達の本名を出すのは流石に言うべきだろう。水希という友達の為にも蛍の将来の為にも。
「水希はこの企画の参加者だから問題はないと思うよ」
言外に本名だと言っている様な気がした。水希という少女がどんなのかは知らないが、多分気の弱い大人しい子であろう。
「後、空木の由来って枝の芯が空洞ってことも追加するべきだよね」
「それは好きにしてくれ。一応今の所の状況を纏めてみると、
・卯の花には「空木の花」と「おから」の二つの意味がある
・空木は枝の芯が空洞なのが由来
・白い花は初夏に咲く
・おからの「から」は搾りかすのから
・白と「から」の共通点からおからは卯の花とも呼ばれている
となるが後何かあるか?」
「栄養素とか産業廃棄物とかうな重とかいろいろおからから話が広がりそうだけど。今はこれ位でいいんじゃないかな」
時計を見る。いつの間にか当初の予定の時間が経っていた。
「そうだな。そちらも時間が危ないだろう」
「自転車を速く漕げばSTには間に合うから大丈夫。それではお先に失礼するね」
時間軸がずれているらしく、向こうは今朝のようであった。
ようやく一つの課題が纏まり、電源を落とす。これを後どれくらいこなせば目標に到達するのだろうか。そんなことを考えていると頭が痛くなる。
一先ず体を伸ばすが、同時に眠気もどっと押し寄せてきた。夕ご飯は20時からでも問題なかった筈だから……椅子にもたれかかり瞼を閉じる。意識が消えうせるのにそんなに時間はかからなかった。
蛍伍:料理は寮の食堂が大半なので最近作っていない。たまに直葉が弁当を持ってくることもあるが、それだけである。
蛍:地学部所属。空木は学校内で別の部活が育てているので知っていた。