「水木」(後編)
水希と水木。偶然の一致なのだが、不思議と心が躍っていた。
「最初に、水木とは『日本の多くの地方に自生しているミズキ科ミズキ目の樹木。成長が早く、10m以上の大きさにまでなる』ということはいるよね」
「後、ミズキの定義が『春先に枝を切ると、水のような樹液がでることから』という点もですかね」
「なるほど」
優希と水希が続けざまに投稿する。うなずくだけの私の存在、いらないんじゃないだろうか。どうやらこの水希も、親友の水希と一緒で仕事が速いらしい。なんかむかむかするというか、とにかく余りいい気分ではない。
「水希は僕たちと違って文系よりなのかな。それならそっちを任せてた方がいいのかな?」
「構いませんよ、優希さん。それと検査があるので私からでもよろしいでしょうか。それと歩加さんはまとめ役に推薦します。先日の様子を見て適任だと思いました」
「それは僕も同感。歩加のおかげで言いやすかったから」
二人に認められていることは誇らしい。けど、哀れみからの言葉にも思える。
「それじゃ水希からどうぞ」
打ってから、投げやりな反応だなと思う。
「それでは行きます。『ハナミズキの花言葉の由来』についてです」
「確か『返礼』だよね」
「優希さんのいう通りです。約100年前に遡ります。当時、アメリカに日本の桜を植えるプロジェクトがありました。しかし、輸送手段が発展していないこと、桜が傷に弱い植物といった理由によりなかなか成功しなかったようです。最初は、ワシントン到着時には大量の害虫がいたとか……。そこで、計画者は兵庫県伊丹市東野村、静岡県興津園芸試験場といった園芸系の専門家に協力を願い、無事にワシントンに植樹できたそうです」
「そして、『その返礼がハナミズキだった』と」
「その通りです。因みに今でも両方とも残ってますよ。……すみません、検査があるので退室させていただきます」
「……何があったのさ」
「僕も気になるけど、聞いて大丈夫だった?」
検査直前にこんなことをやっているとは、こちらの水希もアホの血筋かもしれない。
「大丈夫です。貧血で病院に搬送されただけですから」
席を立ち、事前にコップに注いでおいたお茶を飲む。向こうの世界で話すのも、現実で話すのもどちらも楽しい。けれど、この喉を通る感覚はこっち特有のものかもしれない。なんて考えつつ深呼吸して画面を見る。
「それ、本当に大丈夫なの!?」
優希の質問に対する回答=(精神が)大丈夫ではない
今日、学校を休んだ誰かさんと同様のアホだと思う。その誰かさんのせい今日どれほど苦労したか。明日学校に来ていたら、理由次第で愚痴を話すとしようか。
つまり、この水希は検査入院しながらここにいたということか。暇なのは分かるけどさ、どうなの?
「私は優希の話の方を聞きたいな」
既に退出している相手にかける言葉はない。
「別にいいけど、水希に一言は――」
「知らん」
「ミズキの木材は白色で加工がしやすいという特徴があったりする。そこで質問なんだけど、歩加だったら何に使う?」
「加工のしやすさに目をつけると、箸とかかな?」
「大体あってる。そういえば、こけしって知ってる?」
こけし、日本の名産品の一つで木製である。これだけしか思いつかない。
「ほとんど知らないかな」
「まあ、知ってる人の方が少数派じゃないかな。少なくとも僕は詳しく知らない」
「それで、こけしの材料がミズキだと」
「簡潔に言うとそういうこと。緻密なとこもあって装飾しやすく見栄えもいいんだとか。それでも乾燥とかで年単位でかかってるらしいけど」
今回のまとめ「ミズキ」
・ミズキ目ミズキ科の植物
・日本の大半に自生している
・由来:春先に枝を切ると、水のような樹液がでることから
・ハナミズキ:アメリカ自生の植物
・花言葉:返礼(由来:日米にて桜とハナミズキを交換植樹したことから。この頃の日米関係が一番まともだった気がする)
・加工がしやすいからこけし(東北地方の名産品の一つ)等に使われる
「こんなもんでいいよね」
「歩加、ありがとう(ちょこちょこ追加されてるな)」
今日の分はこれで終了した。三人なのに簡潔で終わったのは、水希が検査で消えたせいだろう。そういう意味では助かったのかもしれない。
◇◇◇
過剰な装飾で彩られた室内。高級そうな家具の数々の上に、様々な小物が置かれている。冷蔵庫の中身には、新鮮でみずみずしい食材が陳列されている。しかし、この部屋には当たり前のものがなかった。窓は開かず、扉も見当たらない。……どうやら密室のようであった。
目の前の掲示板では一つの物語が展開されていた。アホの血筋と称された水希、想像の方向性が常人とは思えない歩加……
数人しかいないその世界。
質素な掲示板であった。
でも、例え華やかだったとしてもここよりは楽しいであろう。
「さてと、どうしようかな」
そう言って彼女は力を籠める。大気が軋もうと、地面が揺れようと表情を歪めない。
全てはこの部屋から脱出する為に。
参考文献 http://aranishi.hobby-web.net/3web_ara/sakura.htm
オマケ
見知らぬ医者から告げられた宣告に私は動揺していた。『絶対安静』というレベルの問題ではなかったのだ。
「改めて一つお聞きします。この傷はいつ付けられたものですか」
右の腰にある傷ではなく、右の胸にある傷を指す。既にほぼ消失しているこれを気づけたことに驚く。
「記憶がある時点で既にありました」
覚えているのは小学生になった直後から。不思議とその前の物は一切なかった。
「そうですか」
深刻な表情の医者。私は告げられるものを待つしか出来なかった。
「真に残念ですが、このままではもって数年でしょう」
想定以上に蝋燭は短いようである。