表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
風の稀人‐マレビト‐  作者: 菅藤一羽
1.一樹之陰
9/76

09話 「人生はワンツーパンチ」

やっとメインメンバーの登場です。

石畳を超え、砂利道を超え、森の入り口へ差し掛かったあたりで足に負担が掛からないように緩く減速する。

暫しゆっくりと歩きながら、乾いて張り付いた喉を意識して整えた。


ガサガサと腿に当たる草が立てる音が辺りに大きく響いているように思えて、気が気でない。

汗で滑るゴルフバッグの紐を背負い直し、時折聞こえる叫声を追って獣道を早足で進む。



息を殺して、できるだけ足音を忍ばせる。

無駄だと思っていながらも高鳴る心臓をベストの上から左手で押さえつけた。

こめかみから流れる汗を肘まで捲ったシャツで拭う。


魔物は声量から考えてライオンやトラくらいだろうか。多分肉食獣のはず。

対する俺は魔物とは初遭遇の上にこの世界の解説役である麗音がいない。

慣れない武器(バズーカ)での不意打ちが失敗したら一巻の終わりだ。十中八九餌にされてしまうだろう。

そんなの、絶対にイヤだ。

走ったばかりで熱いはずの身体がぶるりと震えた。



森の奥へ進むほど大きくなる鳴き声に、少しでも落ち着こうと深呼吸。

吸い込んだ空気が枯れた喉に触れてひりついた。

水を持ってくればよかった、と遠く離れた屋敷に思いを馳せる。

――――もう麗音との合流は望めそうもない。



******



ギャオン、とすぐ近くで魔物が叫喚した。

木の裏に素早く身を伏せてゴルフバッグを開く。

中からバズーカを取り出して肩に乗せると、汗で滑るのに加え予想以上に重い。

明日は筋肉痛かな、と現実逃避し始める脳を首を振って阻んだ。



獣道から外れて背の高い草に隠れながら摺り足で進む。

歯を食いしばって、笑う膝を抑えながら一歩一歩慎重に地面を踏みしめた。

がさり、と後ろでバズーカが草に掠るたびに心臓が飛び跳ねる。

大丈夫、殺さなくても撃退すればいいんだから。

心の中で何度も何度も繰り返して自分を叱咤する。怖い。恐ろしい。

……でも、このままでは駄目だ。


ぴたりと歩みを止める。バズーカを押さえていない方の手で丹田に触れ、酸素を吸い込んだ。周りの気を吸収するように。全身に行き渡るように。

そして指先から気を発するイメージで二酸化炭素を吐く。

殺さなくてもいい、撃退するだけでいいんだ、と心の中で何度か唱える。

仕上げに親父に教わった合気道の教えを心の中で復唱しつつ閉じていた目を開いた。


すう、とさっきとは違って周りがクリアに見える。

バズーカを肩ではなく小脇に抱え、身体が上下に揺れないようにして足を運んだ。

染みついた動きを繰り返すうちに、強張っていた全身がリラックスしていくのを実感する。


頭の中にはもう何もなかった。

昂揚感と少しの緊張、あとは規則正しく動く自分の心臓を意識しながらただ前を見据える。



じりじりと歩いていると、正面から素早く地を蹴る軽い音を微かに耳が拾った。

……これは、魔物じゃない。

同時にピリリとした殺気を感じて反射的に上半身を弛緩させる。

脇腹を滑り硬い音を伴って地面に落ちる鉄の塊。それには目もくれず、後ろ足を少し外側に開いて両手を前方に構えた。

俺が動き終わるのとほぼ同時に唸りを上げて何かが空を切る音が響く。

細くて柔らかい何かを手のひらが捉えた――――。



******



ハッと思考が追いついて脳が警報を鳴らすも、時すでに遅し。

俺は先に(おもり)のついた棒のようなものを持っていて、目の前には多分同年代であろう女の子がひとり地面に転がっていた。

サーッと血の気が引いていくのが自分でも分かる。


これは、もしかしなくても、やってしまったかもしれない。


ごくりと唾を飲み込んで、目の前の少女に声をかけるべく口を開いた。


「すみませんでした! ああああの、大丈夫、ですか……?」


「…………うん、平気みたい」


じっと転がされた状態のまま身体の具合を確認していたらしい少女は、むくりと立ち上がって服に付いた土埃を払う。

そのまま俺を振り返ると快活そうにニッと笑った。


「こっちこそごめんね。……でもビックリした! あっという間にメイスを奪われて転がされるなんて、魔法かと思っちゃったよ! おまけにあたしもあなたも怪我一つしてないし」


殆ど目線の変わらない俺の目をエメラルドの瞳でじっと覗き込んだ少女は、耳横で結ばれたツインテールを整えつつハキハキと話す。

目の前で揺れる茜色の癖っ毛を眺めながら、特に怪我していないと思われる少女に胸を撫で下ろした。


……が、彼女の服がついさっき流れたような鮮やかな赤に染まっているのに気が付いて俺は再度凍り付く。

彼女も俺の視線に気が付いたようで「ああ、」と軽く頷いた。


「あたしたちはさっきまで依頼クエストをこなしてて」


「クエスト?」


「うん。それがね――――」



ガサガサ、と唐突に彼女の横の草むらが揺れる。

すっかり油断していた俺が反応するよりも早く、飛び出してきたそれは彼女を守るように俺の前に立ち塞がった。


現れたのは俺と同じか少し上くらいの歳に見える、一人の青年だった。

彼が顔を上げることで、見えていなかった燃えるような金の瞳が鋭く俺を射抜く。


清潔感を損なわない程度に整えられている髪は青みがかった黒。

ぼさぼさの毛先からちらりと覗いた片耳には銀色のピアスがいくつも光っていた。

すらりとした長身に弓を背負っていて、右肩には大きなズタ袋と矢が入っているだろう筒が担がれている。

少女と同じく服にはまだ乾き切っていない血が滲んでいた。


その強面の青年が俺から目を逸らさずに、顔を僅かに動かして彼女を振り返る。


「おい、ネル。勝手に動くなといつも言っているだろう」


「だ、だってまだカニオンかもしれないのがいたから」


「だとしても、だ。おれの援護外に行くな」


「…………はぁい」


どうやら少年はネルさん? の仲間だったらしい。

ぶすりと膨れるネルさんを肘で小突いている様子は見ていて微笑ましい。

その眼光さえ無ければ。

さらに言えば無表情でなければ。

なんて失礼なことを考えていたからか少年は再び俺をギラリと睨み、太腿のシースから短剣を引き抜いた――――って短剣!?


慌てて少年から距離を取りハンズアップ。

その拍子に今まで持っていたままだったネルさんのメイスが地面に落ちた。

……やばい、原因はこれか。


両手を上げても少年が短剣をしまう気配はない。

それどころか飛びかかる瞬間を見極めているようにも思えた。

じわりと額に汗が滲む。

やむを得ず足を軽く前後に開いたとき、ぴしゃりとメゾソプラノの声が響いた。


「ラド、その人は違うの!」


一向に剣先を俺から外さない仲間を見かねたのだろう、ネルさんがラドくんの短剣を持ってる左手を抱き締めるようにして拘束した。

ギギギ、とオイル切れを起こしたロボットかの如くラドくんの動きが静止する。


「…………離せ」


「聞いてってば! あたしがこの人をカニオンと間違って襲っちゃったの!!」


「それで?」


「それで、んんと、メイスごと受け止めて痛くないように転がしてくれたっていうか……」


「そうか」


「待って待って何で今ので殺気立つの!?」


大人しく話を聞いていたラドくんが急に動き出して、ネルさんは慌てだす。

俺はただ両手を挙げてラドくんの怒りが収まるのを待つしかないという状況に心の中で涙を流した。

もう誰でもいいから助けて。ネルさんが頑張ってくれてるけど。


「あーっと、そうだ! まだカニオン全部倒したか分からないんだし、ね?」


「目撃情報によればカニオンは三体。全て動かなくなったのはおれが確認してある」


「ぐうぅ……」


唸って頭を抱えてしまったネルさんに助け舟を出すため、口を開こうとするとまたもやラドくんに全力で睨まれる。

無表情なのに眼光が鋭いって非常に怖いです。

穴が開きそうな視線に冷や汗を流しながらも小さな声で言葉を発した。


「えっと、ひとまず屋敷ウチで洗濯していきませんか? ついでに風呂も貸しますし。そのままだと血が取れなくなるかもしれませんよー、なんて……」


「そそそそうさせてもらおうよ! この人が信用できないなら短剣は持ってればいいじゃない! でも今は鞘にしまって!!」


もはや半泣きのネルさんの懇願にラドくんは渋々頷き、短剣の刃を鞘に戻す。

それをしっかりと確認して、俺とネルさんは顔を見合わせ深い溜息を吐いた。

単純な入れ物なら「ホルダー」、刃物の鞘なら「シース」、銃器なら「ホルスター」と名称が変わるそうです。ややこしやー。

男子なら知っててもおかしくないかな、と思い風介に言わせてみました。分かり辛かったら申し訳ないです。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ