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風の稀人‐マレビト‐  作者: 菅藤一羽
2.二律背反
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71話 「沈思黙考のち熟睡」

カツカツと廊下に響く足音が四つ。ルカの別荘に来たのは昨日が初めてのはずなのに、なんだか馴染み深いものになっている気がする。

……そういえばルカと出会ったのも昨日なんだっけ。

はた、と思い至った事実に驚愕した。もうすっかり友人のノリでいたけどまだ出会って一日なのか。そりゃあ濃い二日間ではあったけれど。


そんなことを考えながらルカの後ろについて階段を上りきると、むっつりと押し黙っていたルカがくるりと俺たちを振り向いた。ほんの少し頬に赤みは残っているものの、何とか気を持ち直したようだ。……もしかしたらポーカーフェイスなのかもしれないけど。

こほん、と空咳をして口を開く。


「お前ら部屋は二つでいいか? 一応一人一部屋とデカイ部屋一つ用意させてるけど」


なんと細やかな気配り。つまり六部屋も用意させちゃったってことか。申し訳なく思いながらも、俺はエレンとコンラッドに視線を移した。


「どうする?」


「うーん……フースケ、二部屋でもいいかな」


「全然気にしないよ」


おずおずと俺を気遣うように見てくるエレンににっこりと笑う。

コンラッドもエレン不足で死にそうになってたし、エレンも一人きりよりコンラッドと一緒のほうが気が休まると思うし。俺には麗音がいるし。

コンラッドは窺うまでもなく賛成のようだ。


「二部屋だな?」


「うん、お願いします」


話がまとまったと見えて口を挟んできたルカにエレンが頷く。


「なら、こっちだ」


踵を返したルカの後について、階段をもう一つ上った。それから右へまっすぐ進み、廊下の突き当りで立ち止まる。

飾ってある大きな風景画を背にルカが二部屋を指し示した。


「ここだ」


「ありがとう!」


「こんぐらい何でもねぇよ。……おいちょっと待て」


満面の笑みで礼を言いエレンが扉を開く。それに少し頭を下げたコンラッドが続こうとするのにルカが慌ててストップをかけた。

虚を突かれたように二人の動きが止まる。俺も思わずルカを見て首を傾げた。


「どしたのルカ」


「どうしたもこうしたもあるか! 普通二部屋っつったら女と男二人だろうが!」


「え、でもコンラッドとエレンは幼馴染なんだよ?」


「幼馴染だからってなあ……!」


渋るルカにふと気が付いた。今までコンラッドが酷い過保護だったのとか、六年も二人で旅をしていたこととか、拠点で二人で一つの部屋使わせてたりしていたのもあって、別れるとなるとエレン・コンラッドと麗音・俺っていう構図ができていたわけだけど、普通に考えたら組み分けはエレン・麗音とコンラッド・俺だよな。

そっとコンラッドを見やる。睨まれるかと思ったが彼は俺の視線を意に介さず毅然とかぶりを振った。


「平気だ」


「平気ってお前、」


「幼馴染、だから」


何もない。きっぱりと言い、コンラッドは何かを振り切るようにそっぽを向くとエレンよりも先に部屋に入っていく。

呆然としていたエレンだったが、ハッと我に返ると気の抜けた笑みを浮かべてみせた。


「大丈夫だよ。これがあたしたちの“普通”だから」


「……そうか」


「それじゃあ部屋借りるね」


「夕食が出来たら迎えを寄越す」


「りょーかいっ」


ぱたん、と扉が閉められる。部屋の中に聞こえないようにため息をついたルカが俺にちらりと視線を送った。


「お前も大変だな」


「そう? 俺には麗音がいるから、一人部屋でも寂しくないけど」


「……ああもうそれでいい」


呆れた声で俺の言葉を遮ったルカがほつれた長髪を、金具でまとめ直す。金具は小さな土管のような形で、僅かにくすんだ金色をしている。それに桃色のきらきらした宝石がいくつも散りばめられていた。ぱかりと片側が半分に割れ、そこから髪を挟むようだ。


「それ、綺麗だね」


「ん? これか。ガキん頃に貰った物だ」


「物持ちいいんだ」


「まぁこれだけはな」


目を伏せ苦々しい声でそう言うルカに目を瞬かせる。

時々ルカが思い詰めたような雰囲気を醸し出すのは『やるべきことがある』とか『こんな立場放り出したいぐらい』とかって言ってたのと関係あるのかな。

内心疑問符でいっぱいの俺を見透かしたように、ルカは平然とした顔を繕い直した。その切り替えの早さに舌を巻く。


「今は関係ねぇことだ。それよりお前、夕食後か早朝に時間取れるか?」


「時間? 今からでもいいよ」


「いや、とりあえす夕食までは休め。朝から大変だったろ」


「……そうだね、うん、ありがと」


素直に頷いたあと、少し考えを巡らせる。どうしようか。

麗音はぐっすりと眠っちゃって未だに起きないし、二人にシャノンが連れてってほしいって言ってたことも話さないといけないんだよな。だったら夕食後よりも、


「早朝かな。朝飯前にルカの部屋に行けばいい?」


「あぁ。七つ時くらいがいい」


「分かった」


「じゃ、エレンにも言ったが夕食前でき次第迎え寄越すから」


俺の了承の返事を聞くとひらりと手を振ってルカが廊下を戻っていく。

遠ざかる背中から目を背け、麗音を片腕に抱え直し正面の扉に手をかけた。ぎぃ、と微かな音を立てて開く。

日が暮れた後だから、当然部屋の中は暗い。カーテンの掛けられていない大きな窓から紫色の夜空に浮かんだ月が見えた。その仄かな明かりに照らされたテーブルの上に、金属の少しだけ装飾のついた棒に刺さったロウソクが立てられているのを見つける。

これで何をしろって言うんだろう。不思議に思いつつ、とりあえず隣に置かれているマッチを擦り、それに火をつけた。

それだけで部屋の中が一気に明るくなる。

視界が確保できると、今度は部屋のあちこちにランプが付いているのを見つけた。なるほど、これでランプに火をつけていくのか。

まずは麗音をベッドの端に寝かせ、何かにつまずいたりしないようにゆっくりとランプに火を灯していく。部屋を一周するころには、すっかり室内は明るくなっていた。カーテンを閉める。


温かい光の中に浮かび上がったのはシンプルだが清潔感のある上品な部屋だった。

シーツも枕カバーも真っ白できっちりと整えられたベッド。ふかふかなソファー。埃一つ落ちていない床。ランプシェードにはほんの僅かな曇りもなかった。

ぽかんと開いていた口を閉じ、ベッドに座る。程よいスプリングが利いていて寝心地が良さそうだ。端っこにいる麗音をきちんと枕元に寝かせ、シーツをかけてやる。


俺もひと眠りしようかな、と思ったものの、未だ興奮状態にあるのか身体は疲れているのに一向に睡魔がやってこない。

仕方なくソファーに深く腰を下ろし背もたれにぐったりと寄り掛かった。

……借りた巾着は辛うじて持って来てたけど、バズーカとゴルフバッグは置いてきてしまった。ゴタゴタしていたとはいえ、迂闊だったな。バズーカも術書もマレビト以外には使えないからいいものの。

麗音の寝息に俺の深い溜息がかき消される。

人間は魔物とは違う。魔物は討伐すればいいみたいだけど、人はそうもいかない。バズーカで吹き飛ばしたら死んじゃうかもしれないし、そもそも俊敏で武器を持っててバズーカなんて思いものを持っていたら全く対応できない。


どうすればいいんだろう。

らしくもなく考え込む。あのままじゃ足手まといになるだけだ。じいちゃんには悪いけどバズーカは魔物用にして、もう一つ術式短縮器具を作るか? でも俺にできるのかなあ。それかマーカスさんに全部任せてもいいものなのかな。

両手で顔を覆い、目を瞑る。

俺にできることは何だろう。すぴすぴと眠る麗音の呼吸に耳を澄ませながらじっとしているうちに、いつの間にか俺の意識は眠りに落ちていた。

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