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風の稀人‐マレビト‐  作者: 菅藤一羽
2.二律背反
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70話 「帰りはよいよい」

唖然とする俺と二人の子供を前にシャノンが束ねた金髪をしっかりとまとめ直す。リボンをぐるりと巻いて、何重にも結び目を作って。

そうして無造作に首を振った。肩あたりまでに短くなった髪の毛がぱさぱさと乾いた音を立てる。


「ウワァ」


「シャ、シャノ、え? なんで?」


「か、かみ……かみのけが……」


「いたそう……」


「あのな、髪の毛切って痛いわけねーだろ」


思わず瞳を潤ませた姉にシャノンは反応し半目になった。

それからポケットに入っていた小さな布を取り出し、手に持っていた金髪を包みこむ。なるべく小さくなるように試行錯誤を重ね、満足のいく出来になったそれを弟の懐にしまった。ぽんぽんと服の上からそこを軽く叩く。


「おにいちゃん?」


「ん?」


ぽかん、と口を開けた姉弟が見上げてくるのに、シャノンはあの意地悪気な笑みを浮かべた。

次いで小さなメッセージカードのようなものとインク瓶と木の棒をどこからか取り出す。

カードは黄ばみ、インク瓶には赤茶のインクが入っていて、木の棒は綺麗に磨かれ使い込まれているようだ。シャノンが棒の端を嚙んで掴んだ手を横に引くと、キュポ、と音を立てて蓋が外れる。鋭く尖った金属片が埋め込まれているのを見て、木の棒はペンだったのだとようやく分かった。

シャノンはそれをインク瓶に付け、さらさらとカードに何やら書きつけ始める。


「何書いてるの?」


「紹介状……っと。ほら、これも持っとけ」


そしてそれを姉の手に握らせ、ポケットの中にしまい込むのを見守ると二人と目を合わせてしゃがみ直した。


「ここ近くの村でオレが一番信用してるバァさんを探して渡してくれ。たっぷり恩売ってるから多分何とかしてくれんだろ。そこの村までは後で連れてってやるよ」


「う、うん……」


「そんで髪の毛(それ)はそのバァさんと一緒に売りに行くんだ。そこそこの額にはなるはずだぜ。ぶんどられないように金はちょっとずつ使えよ」


「わかった」


「うし、いい子だ」


ぐりぐりと二人の頭を撫でる。嬉しそうに笑う姉弟に思わず麗音と目を合わせて笑う。三人に聞こえないように小声で囁いた。


「なんか、こうしてるとさ」


「キョウダイみたいダナ」


「……あんだって?」


「何でもない」


耳聡く聞きつけたシャノンに慌てて首を振る。

いや別にシャノンには麗音を紹介してもいいと思うんだけど、この状況でわざわざ言うことでもないだろう。少し寂しいがここでお別れなわけだし。


「シャノンはこれからその村に行くんだよね。じゃあその前に、」


「そーだな。でも明日には戻ってくる。あんたら、どうせルカって奴の家に泊まるんだろ?」


「……へ?」


想定外の言葉に目を瞬かせる。シャノンが行ってしまう前にコンラッドとエレンともう一度会ってほしい。そう言うはずだった口がぴたりと止まる。

確かに今日もまたルカの家に泊まらせてもらうことになるだろうけど……。


「ええっと、シャノンにはコックの仕事があるんじゃ……?」


「んなもんキャンセルだキャンセル」


俺がぎこちなく首を傾ければ、シャノンがひらひらと片手を振った。

それから肩を竦め『やれやれ』と言うようなポーズをとる。


「オレ、痛感したんだわ。まだまだ一人でやってけると思ってたんだけど、もう十を三(みそじ)過ぎてこーやって危ない目に遭うことも多くなってきてさぁ」


「はぁ」


「ナニが言いタイ」


聞こえないはずの麗音の言葉に返すように、シャノンはにんまりと笑ってこう言った。


「オレもあんたらと一緒に連れてってくれよ」





ルカの言っていた馬車に乗り込むと、もう既にエレンとコンラッドとルカが乗車した後だった。何やら話していたのを止め、三人の視線が俺に向く。それに気が付かないふりをして、コンラッドの前、ルカの隣に腰を下ろした。

ああ、そういえば上座とか下座とかあるんだったっけ。そう思ったのは一瞬で、ルカも何も言わないしいいか、と背もたれに体を沈める。麗音が俺の頭の上によじ登った。


「……遅くなってごめん」


「ど、どうしたのフースケ? シャノンは?」


「帰る場所がないって泣いてた姉弟を信頼できるおばあさんのところに連れて行くんだって」


「ふぅん、随分と面倒見のいい奴なんだな」


「あたしの面倒も見てくれたしね」


少しだけ目を丸くするルカにエレンが苦笑する。コンラッドはちらりとエレンを横目で見やったが、すぐに窓の外に視線を移した。

ややあって、ゆっくりと馬車が動き出す。

各々が物思いにふけり静まり返る中、「あ」と俺の間抜けな声が広い馬車の中に反響した。慌てて口を押さえるがもう遅い。

言うつもりもなかったことだが麗音にやや乱暴に促され、渋々と口を開いた。


「ほんとにどうでもいい話なんだよ」


「ソウカ。で、ナンダ?」


「うう……いや、あの、シャノンとルカってどことなく似てるな~って」


「へぇ」


「ホウ」


「ええっ!」


ルカと麗音に比べて過剰反応したエレンが気まずげに俺と麗音とルカから目をそらす。


「えっそんな意外?」


「だ、だって、シャノンは確かに面倒見良くて賢くて優しい人だったけど、滅茶苦茶なことするし相談無しにハッタリかますし適当だし人のこと子供扱いするし……」


二人でいたときに色々あったのだろう。俯いてブツブツと文句をこぼすエレンが新鮮で思わずまじまじと見つめてしまった。その視線を感じたのか、段々と声量が小さくなっていく。ルカが小さく笑った。


「ははっ、でもフースケが似てるっていうなら、会ってみたかったな」


「……でも馬は合わないかもしれない」


「そいつ、どんな奴だよ」


笑みを引っ込めて呆れたような表情になったルカに空笑いをこぼしていると、静かに馬車の振動が止まる。

窓の外を見ていたコンラッドがぽつりと呟いた。それと同時に馬車の外から声がかけられる。


「着いた」


「坊ちゃん、到着いたしました。扉を開けてもよろしいですか?」


「……みたいだな。いいぜ」


「では」


錆びた音一つ立てず馬車の扉が開いた。外はもう夕暮れになっていて、傾いたオレンジ色の太陽が別荘を照らしている。

ルカは執事の手を借りて地面に下り立ち、俺たちを振り返った。下りるのに手を貸そうと思ってくれたのだろう。こちらに腕を伸ばしてくれるのを執事が押しのける。


「何すんだよ!」


「それは私めの仕事にございます」


「いいだろもう! 今更じゃねぇか!」


「なりません」


他の屋敷に遮られ陽が入らない、ほんの少し薄暗い足元をランプで照らしてくれている執事にルカが噛みつく。

まあまあ、と宥めつつステップを下りればふと馬車の側面に金色の線が見えた。何だろう。エレンの邪魔にならないように馬車から離れ、眺めてみて思わず声を上げそうになった。

側面にルカの家の印、ワニが大きく刻まれていたのだ。この馬車ってルカの私物だったのか。


「見て麗音、……麗音?」


頭の上からまんじりとも動かない麗音を訝しんで手に乗せてみると、すよすよと心地良さそうな寝息が聞こえてきた。どうやら寝入ってしまったようだ。たくさん働いてもらっちゃったもんな。

最後のコンラッドがステップから下りると同時に馬車が再び動き始める。麗音を腕に抱えつつ見上げていたら、その背面にも模様が付いていたようで、金色のワニがゆっくりと遠ざかっていった。

余韻に浸りつつルカを振り返ると既に玄関扉の前に立っていて、エレンと慌てて駆け寄る。コンラッドは後ろからついてきた。

ギィ、と大きな扉が執事によって開かれる。ずらりと並んでいた従業員が一斉に頭を下げた。


「おかえりなさいませ」


「あぁ、ただいま。ほら、お前ら疲れただろ、中に入れ。今部屋用意してやっから」


「ごめんね、お世話になります」


「もうなんてお礼をすればいいのやら」


「……どうも」


ルカが俺たちに向き直って後頭部をがりがりと乱暴に搔きむしった。綺麗にまとめられた小麦色の長髪がほつれ、うろうろと赤いガラス玉のような瞳が宙を彷徨う。


「あー、そういうのはアレだよ、柄じゃねぇけど『困ったときはお互い様』ってやつで」


「坊ちゃん、失礼ながら頬が赤く」


「うるせぇ!」


茶々を入れた執事を一喝したルカは「お前らもさっさと来い!」と火照った顔で怒鳴ると、すたすたと足音高く別荘の奥に進んでいった。

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