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風の稀人‐マレビト‐  作者: 菅藤一羽
2.二律背反
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69話 「立つ鳥と」

ひんやりと冷たい石造りの床を歩く。いちいち足音などに神経を尖らせなくてもよくなったため、その足取りは軽い。時々別れていた時間を取り戻すように麗音がふにふにと柔らかい頬を擦りつけてきた。


明るい部屋から再び闇照石のみの場所に戻ってきたため視界が悪く、うっかり転びそうになる。そんな俺に「しっかりシロ」と檄を飛ばしたあと、麗音はひょいと頭を傾けた。


「デ?」


「ん?」


「オマエ、アイツと上手くやれたのカ?」


「コンラッドと? うん、目的がエレンの奪還(いっしょ)だったしね」


「ソウカ」


帰ってきた相槌は素っ気無いものだったが、もしかすると心配してくれていたのだろうか。

よしよし、と頭を撫でるといつもの如く後頭部を叩かれた。


「イイカラ別行動の間にナニがあったかキッチリ話セ」


はいはい。

俺は麗音に叩かれた後頭部をさすりつつ、濃い数時間のことを追憶する。


「麗音と別れた後、すぐにエレンたちと合流できたんだ。向こうは向こうで脱獄してきてたみたいで」


「赤毛娘“タチ”?」


「そう、エレンと一緒にいたのがシャノンって人なんだけど――あ、今探しに行く人ね――その二人と合流して、まずは“商品”として捕まってた人たちを解放したんだ」


「ソノ、『シャノン』ってのはどんなヤツダ?」


「え、シャノン?」


麗音の言葉にうーんと頭を悩ませる。コツリ、コツリと革靴の足音が通路内に反響していた。

ややあって、最初に辿り着いた小部屋に戻ってくると「ココに繋がってイタのカ」と麗音が呟く。それに頷いて、俺は口を開いた。


「シャノンは不思議な人だよ。凄い度胸があって、口が達者で、エレンが言うには仕込み刀も持ってるらしいし、コンラッドが綺麗な太刀筋って言ってたし。あとすっごく美人で、めちゃくちゃ若く見える。二十代前半にしか見えないけど口ぶりからしてアラサー……二十代後半から三十代前半あたりかな」


「ヘェ。貴族カ?」


「それが下町出身なんだって。口調もちょっと乱暴で、なんかギルド長みたいだったよ」


「フゥン」


自分から聞いてきたくせに薄い反応だな、と少しムッとしたが割といつものことなので流しておく。

それで、ええと、シャノンで脱線したけど途中までしか話してなかったよな。


「それから本拠地を潰さないとって話になって」


「仕事ダカラナ」


「うん。さっきの、ルカたちが来てくれた部屋に行く前に、変な女の子に襲われたんだ」


「オンナ?」


「そうだな、忍者みたいな子だったよ。全身ぴたっとした真っ黒な恰好で、クナイっぽいの投げてきて。かと思ったら急に逃げていっちゃった。シャノンが言うには外部から潜入した諜報員じゃないかって」


「マァ、ウラ社会では珍しいコトじゃナイガ……イチオウ調べておくカ」


「うん」


暫く俺と麗音の間に沈黙が落ちる。部屋から続いていた通路を抜け、用水路に出た。左に曲がって、突き当りまで歩みを進める。

すぅ、と息を吸い込むと濁った水の匂いが鼻にこびりつくようだ。さっさと地上に出てしまいたい。

小さく息を吐きだすと、つんつんと麗音に頬をつつかれる。

分かった、続きも話す。話すから。


「……ルカと麗音と話した通り、やっぱりアーリックさんが黒幕だったよ」


「サッキ見タ。アノ痺れ薬はドコにあっタ?」


「アーリックさんが自分の武器に塗り付けてエレンと交戦したんだ。グローブに長い針が付いたような武器を使って」


「ソレを折って、ギャクに塗りつけてやっタのカ」


「そう。……っても俺はずっと周りでヒィヒィ言ってただけなんだ。アーリックさんと対峙したのはエレンとコンラッドの二人。意外に傭兵? が多くてさぁ、そっちにかかりっきりで何もできなかったよ」


「確かにオマエ小さなキズ多いモンナ」


「うっそ、気付かなかった」


「“キズ”ダケニ? 洒落カ?」


「違うし寒い」


じとりと麗音を半目で睨む。麗音は「オマエ冗談も通じなくなったのカ」と吐き捨てるとぺちぺちと尻尾を肩甲骨のあたりに打ち付けた。

ふと前を見ると大きな扉の前。“商品”の部屋だ。


「失礼しまぁす……」


こっそりと覗き込めば、既に数人の兵が中に入ってきていた。シャノンの言った通りに檻を開けてもらったらしく、捕まっていた人たちはわいわいと心置きなく談笑しているようだ。扉のすぐ横に、シャノンから鍵を受け取った男の人が立っているのを見つけ、こっそりと忍び込む。


「あの、」


「あぁさっきの!」


「えっと、ここに俺と一緒にいた男の人が来ませんでした? 金髪の……髪が長くて」


このぐらいの、と背丈を示せば彼は合点がいったらしく頷いた。その表情は檻の中にいた時より明るく、生き生きとしている。


「鍵渡してくれた人だよな? その人ならちっちゃい姉弟(きょうだい)連れてさっさと出てったけど」


「あ、ありがとうございます」


「こっちこそどうもありがとな。おかげで助かったぜ」


俺はあまり役に立てなかったけど。そう言いたいのをぐっと飲みこむ。人の感謝を否定するのは何だか違う気がするのだ。微力なりとも、枷を外したりと手伝いはしたことだし。

だからにっこりと笑って少しだけ頭を下げた。


「いえ、無事でよかったです」


手を振る男の人を背に、兵に捕まる前に部屋を出る。事情聴取みたいなのをされたらシャノンたちと入れ違いになってしまうかもしれない。

扉をそっと閉めて、一つ息を吐いた。切り替え切り替え。まだやることは沢山ある。


「……えーっと、コンラッドは近くの部屋にいるんじゃないかって言ってたよね」


「トナリのトナリあたりじゃナイカ?」


「まぁ隣だとすぐ見つかりそうだしね」


じゃあ麗音に従って隣の隣を。

俺が手をかけようとするより一瞬早くサイコキネシスで開いた扉に驚く。そしてそれは中にいた人も同じようで。

フードを目深に被った人が素早く立ち振り返った途端、ふとその力を抜いた。


「何だあんたか。驚かせんなよ」


「……シャノン?」


僅かに持ち上げたフードの下から見える桜色の切れ長の瞳。そしてシャノンの後ろにはあの姉弟がくっついている。

二人に向き直ってしゃがむ彼の横に移動すると、彼は苦笑して二人の頭をぽんと叩いた。


「こいつら、こっから帰らねーって言うんだよ」


「だって!」


「『だって』?」


「だって……」


俯いて小刻みに震える姉を弟がおずおずと窺う。

束の間のあと、雫が姉の足元に数滴落ちた。しんとした湿り気の酷い部屋に細くかき消えてしまいそうな声が響く。


「かえるとこ、ないんだもん……」


「きれいなお兄ちゃん!」


そんな姉を見てキッと弟がシャノンに挑むように顔を上げた。小さな唇を噛み締め、泣くまいと涙がこぼれるのを必死に堪えている。


「ぼくたちを、おねえちゃんをたすけて!」


悲痛な懇願の叫びに俺はおろおろとシャノンを横目で見た。

シャノンは腕を組んで一寸だけ迷うようなそぶりを見せたが、勢いよく顔を上げるとにやりと悪戯げな笑みを浮かべる。


「よく言った! このオレが助けてやろうじゃねーか」


そうして履いているショートブーツを弄ったかと思うと、そこから仕込み刀を引き抜いた。

思わず俺と麗音は顔を見合わせる。これがエレンの言っていた仕込み刀か。

……しかし、何をするつもりだろう。

首を傾げていると、シャノンは懐から今度は何やらリボンを取り出した。それで自身の金髪をうなじの少し下で一つに束ねる。


「よっし」


それから微かな躊躇いもなく、バッサリと仕込み刀で長く綺麗な金の髪を切り落とした。

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