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風の稀人‐マレビト‐  作者: 菅藤一羽
2.二律背反
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68話 「破綻」

ギリギリとエレンとアーリックさんが睨み合っている。……いや、睨み合っているという表現はそぐわないかもしれない。

エレンは眉間に皺を寄せ、歯を食いしばってアーリックさんを悲しい目で睨み、アーリックさんは口元に変わらぬ笑みを湛えしかし瞳孔が開いた目でエレンを見据えていた。

エレンがメイスを振る。躱される。またメイスを振りかぶった時を狙い、アーリックさんが拳を突き出す。そこから伸びた針をメイスの長い柄で払いのけ後ろに飛び退って距離を取る。


それをちらちらと横目で見ながら先程ひっくり返した男を縄で拘束していると、後ろの扉からドンドンと荒々しい音が聞こえた。ビクリと肩を跳ねさせる。

重い扉でよかった。これが木の扉ならバーンと開けられてまた混戦になるところだった。

俺は大慌てで扉に駆け寄り、今にも開けられそうになるのを背中で押さえる。


「おーい、何とかなりそうか?」


「う、ん、なん、とか」


「……何とかならなそーだな。待ってろ」


そう言うとシャノンは俺とシャノンとコンラッドで倒した男たちから数人見繕い、襟首を掴んだ。それから「おっもいな!」やら「脅して自力で歩かせた方が早いか」やらブツブツと呟きながら赤い顔で引きずってきた。その人たちを纏めて縛り、重石代わりにする。

それらをテキパキと済ませると俺の隣に来て扉に背を預けた。一応、扉を押さえているつもりらしい。


「年上の、っはぁ、オニーサンに、ゲホッ、こんなことさせんなよ……」


「……ぜぇぜぇ言ってるけど大丈夫?」


「大丈夫じゃねー……」


ドン、と一度強く扉を押され、ガクンと視界が揺れた。

僅かながらバランスを崩したシャノンが額に青筋を浮かべながら扉の向こうにがなりたてる。


「ちったぁ黙ってらんねーのか! あんたらのボスはもうすぐ倒れんだよ! 大人しく指しゃぶりながらそこでお座りしてろ!」


無茶言うな。

ジト目になる俺からシャノンは目を逸らし苛立ちを込めた溜息をつく。


そんな俺たちにエレンと対峙していたアーリックさんがクスリと笑った。


「面白い方達だね」


「……先生が、こんなに動けるなんて思いませんでした」


振った話題を流して呟いたエレンに、アーリックさんは目を細める。エレンが反射的に身を竦ませた。


「村では機会がなかったんだよ」


「…………」


「僕は残念ながら、弓を使えないから」


「!」


「貴女と同じようにね」


「――――っ」


何かを堪えるようにぶるぶるっと首を振ったエレンはメイスを力強く構えた。見えるのはエレンの背中だけなのでどんな顔をしているか見えないが、何か嫌な記憶に触れたようだ。

間髪入れず、小さく弦を引っ張る音がしたかと思うと、アーリックさんの右肩に矢が突き刺さった。次いで側頭部と脇腹をかすり、白い服にじわりと真っ赤な染みが広がる。

少しよろめいた隙を逃さず、エレンがメイスをブンと回して、思いきり針に向かって振り下ろした。

ポキン、と軽い音が室内に響く。


「せんせい」


エレンが屈む。ぎこちなく手を伸ばして折れた二本の針をつまみ上げる。アーリックさんが床についた両手の手首の上にメイスを置き、膝で固定。力を籠めて簡単な拘束をする。

アーリックさんはここで初めて笑み以外の表情を浮かべた。

何か言おうとするその口を、針の持っていない方の手のひらでそっと塞ぐ。


「さようなら」


いつの間にか近寄ったコンラッドが、愕然とするアーリックさんの肩から何も言わず矢を抜いた。じわりと流れる血。

そしてその傷口に、針に塗られていた液体を、塗り付ける。


「……ありがとう、ございました」


エレンの声と背中は震えていた。コンラッドの目を伏せた横顔が見える。

暫くもごもごと口を動かし目で何かを訴えていたアーリックさんだったが、そのうちに瞳がぼんやりとしてきた。そこからもう少しすると、びく、びく、と痙攣するのみになる。

ぽつり、とコンラッドが呟いた。


「……悪かった。射ねば気が済まなかった」


「……ううん、助かった」


ありがと。エレンがほんの少し微笑みを浮かべたのが声音で分かる。

シャノンと目を合わせた途端、どしんと背に衝撃が伝わった。続いて幾人かの硬い足音。

取り押さえろ! と凛とした声が扉の向こうから聞こえた気がした。


「だっ、誰だ?」


「もしかして、ルカ!?」


「ルカ? ルカだって?」


シャノンが狼狽して扉から背を離す。

俺がうんうんと男たちを退かし始める横をすり抜け、室内の開けっ放しの扉の一つへ身を潜らせた。

こちらを手伝おうとしてくれたのかまだちょっと青い顔をしながら、小走りで駆け寄ってくるエレンが小さく呼びかける。


「……シャノン?」


「“ルカ”ってことは、よーするに助けが来たってことだよな。オレちぃっと行くとこあっからまた後で」


「え、後でって?」


「そんじゃ!」


「あっちょっと!」


エレンはシャノンに手を伸ばしかけ、ちらとコンラッドを窺った。コンラッドも少し眉を顰めたが、今はこっちだろうと言うように何も言わず俺の隣に並んだ。

ぐぐぐっと重い身体を引きずり扉の前を開ける作業を三人で繰り返して数分も経たず、分厚い扉は開かれた。

瞬間、ぼふん、とふにふにした物体が俺の顔を直撃する。


「フースケ!」


「れ、麗音?」


「オマエおっそいゾ!」


「えぇっ何が!? 俺めっちゃ頑張って」


「うるサイ!」


ぐりぐりぐりと頬に麗音の頭がドリルのように回転しながらめり込み、視界が揺れる。

言葉にならないうめき声をあげた俺の肩を苦笑しながら誰かが叩いた。


「おい、感動の再会は分かったから、そこ通してくれねぇか」


「あっ、ご、ごめん」


麗音のせいで前が見えないまま後退する。

ばらばらと足音が聞こえ、隙間から制服を着た沢山の兵隊っぽい人が部屋に入ってくるのが見えた。


「えーっと、ルカ、だよね?」


「あぁ。エレン……は見つけられたんだな」


「色々迷惑かけてごめんね。ありがとう!」


「いや、どちらにしろ近々潰す気だったからな。むしろオレが礼を言う側だ」


そう言いながらひらりと片手を振ったルカが、俺の顔面に張り付いて離れない麗音を「いい加減離れろ」と引き剝がしてくれる。

今朝ぶりに見たルカはやっぱり真っ黒な格好をしていた。そこそこ派手な制服を着ている兵の中でかなり目立っている。

その小麦色の長髪と真っ赤な切れ長の目にふと慌ただしく部屋を出て行った彼を思い出し、俺は二人を振り返った。


「ルカも来たし、俺ちょっとシャノン探してくる」


「でもどこにいるか分かんないよ?」


「……“商品”の部屋」


パッと俺とエレンの視線がコンラッドに集まる。相変わらず何を考えているんだか分からない仏頂面で俺をじろりとねめつけた。


「もしくはその近隣」


「な、なんで?」


「あいつが妙に気にかけていた子供がいた。赤目の」


「あぁ、」


あの賢そうな姉弟か。

一つコンラッドに頷くと、きょとんと小首を傾げているルカと麗音に向き直る。麗音は何を言わずとも俺の頭の上に乗っかってきた。


「さっきまで一緒にいた仲間がいて、それで」


「……ここの通路を真っ直ぐ行った先の部屋から外に繋がってんだ。そこに馬車を停めてあるから、終わったら来い」


「! ありがとう!」


がばりと頭を下げた俺にしっしっと手を振ったルカは、すぐに兵やエレンと話し始めてしまう。


「よし、麗音行こう!」


「チャント道すがら話せヨ」


「もちろん!」


久しぶりに頭に乗る重みをくすぐったく感じながら死角の麗音を見上げる。ややあって肩に下りてきた麗音の頭をちょっと撫でてやってから、人がごった返している通路を駆け出した。

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