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風の稀人‐マレビト‐  作者: 菅藤一羽
2.二律背反
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67話 「逃げも隠れも」

目の前で消えた女の子に唖然とする。さっき投げた球体は気を逸らすための爆竹と煙幕を兼ねたものだろうか。

ちらりとコンラッドを見やれば天井の隅に空いていた通路をじぃと見つめている。大方あそこから出て行ったのだろう。

それにしても、あの薄紫の襟巻が破れた途端様子がおかしくなったな……。


「まさか……」


「シャノン?」


脳内と微妙に合うような合わないような呟きを落としたシャノンを振り返れば、ハッと慌てて顔を上げしっしっと振り払うような手の動きをした。

……確かに今はあの女の子に気を取られている暇はない。

依然として襲い掛かってくる男たちを往なしながらアーリックさんを横目で窺う。

この期に及んでもにこにこと変わらない笑みを浮かべている彼に、ぞくりと肌が粟立った。

キキキ、と弦を引っ張る音がして、コンラッドがアーリックさんに矢を向けているのが相対している男越しに見える。


「ラド、待って」


「……」


「あたしがやる」


再びメイスの先を突きつけ、エレンは大きく深呼吸をした。

アーリックさんが黄土色の瞳の瞳孔を開いて舐めるようにそんなエレンを見ている。

まるで、大蛇が雨蛙をねらっているように。


「フースケ!」


「っとと、」


急にシャノンに呼びかけられ、寸でのところで羽交い絞めにされそうになるのをひらりと躱した。

続いて、ブン、と長刀の大振りを避け、握っている手を掴むと捻りあげる。それから落ちた物騒なものを部屋の隅に蹴り飛ばし、手ぶらになった男を伏せさせた。その背中にシャノンが容赦ない追撃を入れる。


「気になんのは分かるけど、あんま余所見してんな。怪我すんぜ」


「そうだね、ごめん。ありがと」


「ん」


こっくりと二人で頷き合い、やっと少なくなってきた男たちと改めて対峙したとき、アーリックさんの不気味な高笑いが聞こえてきた。

と同時に漂ってくる香ばしい匂い。

どうしても気になって視線を送れば、エレンは数回メイスを振った後のようで、はっはっと少々乱れたエレンの息遣いが微かに聞こえてきた。

それにアーリックさんが長い針のようなものが付いたナックルを手に嵌め、向かい合っている。


「おいやべェぞ! この匂いは痺れ薬だ!」


痺れ薬? シャノンの言うことに首を傾げてまじまじと見つめなおすと、針が薄黄色の液体で濡れているのに気が付いた。

……これは流石に危なすぎるんじゃないか。コンラッドの援護もあるし、ここはシャノン一人で大丈夫かとエレンの方へ向かおうとした俺の前に、今までとは明らかに空気が違う男が立ち塞がった。

男は手ぶらであったが、勝手にビリビリと身体が震え背筋が伸びる。


「……そりゃ雑魚だけなわけないか」


「最終決戦だしな。アイツの方も苦戦してるみたいだぜ」


ふとシャノンが示すほうを見ればコンラッドは弓を片手に持ったまま短剣を振るっていた。どうやら仕舞う暇がなかったらしい。

遠距離武器は近接攻撃を仕掛けられると弱い。

コンラッドは短剣を持っている分、普通の弓使いよりも近接武器に対応できる方なんだろうけど、それでもこういう時はやっぱり不利だ。

あちらもこちらも気になるけど、やっぱり今は目の前に集中しなくちゃ。


静かに深く息を吸って、細く少しずつ吐く。

視野を全体に均一になるように広げ、且つ細かいところを鋭く察せるように。

相手がゆったりと手足を動かす。まるだけそこだけ空気が重くなったようで息を飲み込む。

男がおもむろに伸ばしてきた手を素早く払った。次いで蹴り、突き、もう一つ回転で勢いを付けた蹴り。それらを何とか受け流し、間合いを取って息をつく。

男から視線を外さないまま周りの空気を探る。


シャノンは一人で残された男たちの相手をしている。とは言え決して弱いわけではないので、あまり心配しなくてもいいだろう。

コンラッドの方は微妙に苦戦している。どれだけ躱そうにも相手がぴたりと付いてきて、やはり矢を放つことは難しそうだ。明らかに苛立っているのでそのうち蹴りやらの肉弾戦が始まるんじゃないか。

エレンはもっと最悪だ。憧れていた人と本気で戦い、相手に勝たなければならない。油断した刺されれば行動不能となり、悪ければ檻の中に逆戻り。それでも懸命にメイスを振っている。キンッと針とメイスが軽くぶつかる音を聞いた。


俺の気が一瞬逸れたのを感じたのか、相手が突進してくるg。間合いに入られる前に後ろに下がって――――何かを思い切り踏んずけた。やばい。ぐらりと傾く視線に相手の踵が迫ってくる。

しかしそれは眼前で後ろから伸びてきた刀に力任せに押し返された。

同時に、べしゃりと床にしりもちをつく。手にシャノンが初めに投げ捨てた鞘が当たった。これに躓いたらしい。


「おいおい危ねーな」


「っシャノン、後ろッ!」


咄嗟に指先に触れていた鞘を引っ掴んで、シャノンの後ろから迫っていたおっさんに投げつける。目に当たりそうになったそれにおっさんが仰け反った。その隙に反動をつけて起き上がる。太い手首に手を添えた。ぐいと押し上げて身を反転させる。

何が起こったか分からぬうちに地に伏せたおっさんをシャノンが押さえつけた。


「すっげー、今のどうやったんだ?」


「これが本来の合気道なんだよ……一気に獲物持った敵がグワーッとくるのなんてまともに相手できるわけないし……いや父さんとかじいちゃんならできるかもしれないけど……」


「ブツブツ怖ぇよ。んな深刻な顔して頭抱えんなって」


「……でも、うん、なんか自信出てきた」


「えっここで?」


「相手が素手ならいける。相手が素手ならいける」


「もう聞いてねーな」


素手! なら! いける!

俺の言葉に挑発された男が額に青筋を浮かべ間合いを詰めてくる。だが先ほどとは違い、その動きは読みやすい。

摺り足で後ろに避け伸ばされた右腕を掴もうとしてみせた。ひょいと躱され逆に両手を掴み返されるのにほくそ笑む。一度力を抜いてから、下に引っ張りバランスを崩させると一回転。次の瞬間には男は腰から床に落ちていた。油断せず手を離さずにシャノンを呼ぶ。


「シャノン、まだ縄ってある?」


「ある。代われ」


代われって言っても……立っている人が殆どいないのに目を瞬かせた。いつの間に援護してくれていたのか、肩や脇腹に矢が突き刺さってる人もいる。

妙に静かになった室内にふとコンラッドを窺えば彼も丁度終わったところのようで。彼とシャノンに怪我が無さそうなのを確認して、エレンに視線を移した。


さて、残るは――――。

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