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風の稀人‐マレビト‐  作者: 菅藤一羽
2.二律背反
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66話 「再エンカウントゾーン」

前回投稿したものに、キリのいいところまで足しました。

さっき駆け抜けた廊下を逆戻り。かつかつと革靴の小走りの足音が響き、鼓動とシンクロして喉の奥がギュッと閉まった。無性に麗音が恋しい。耳元でぎゃんぎゃん騒がれればまだマシかもしれないのに。

最近何度も言っている気がするが、嫌だ嫌だと思っているときほど時間が経つのは早い。気が付けばあっという間に扉の前で、コンラッドが部屋の中の気配を探っていた。


「……どう?」


「どうも何も」


行くしかない、か。一つ大きく深呼吸をして覚悟を決める。

全員がこくりと頷いたのを確認して、コンラッドは重い扉を大きく開け放った。

すぐさまバズーカを室内に向けるが、部屋の中を見て筒の先を下ろしそうになる。今までの部屋は武骨で室内に何もない部屋が殆どだったが、ここは違う。

奥の壁際にはずらりと本棚が並び、惚れ惚れするような装丁の本が綺麗に収まっていた。ランプシェードは色硝子でできていて、床には絨毯が敷かれている。横の壁際の木の扉があって、部屋の中央に鎮座する頑丈そうなテーブルと立派な椅子。それ以外にも至るところに装飾がじゃらじゃら。

下手しなくてもルカの部屋よりもずっと豪華な室内に俺は息を呑んだ。


――――そして、何より。


「駄目じゃないか、勝手に出てきちゃ」


にこり、と昨日見たのと何ら変わらない笑顔を浮かべるアーリックさんが椅子に腰掛けていた。後ろに立っているのはさっきの女の子。暗い瞳で唇を噛み締めている。

アーリックさんは俺たちを見回して、椅子から立ち上がった。


「エレンさん、コンラッドくん、それからフースケくん……だったかな? そちらの方も、いけない子ですねぇ」


「『子』呼ばわりされるような歳でもねーけど」


緊張を瞳に宿した俺たち三人とは違い、鼻で笑い飛ばしてあっけらかんと言うシャノンにアーリックさんが笑みを深める。

ぎゅう、とメイスの柄を握りしめたエレンが一歩前に出た。


「先生」


「貴女が彼を唆し牢を出て、彼らを引き込んだの?」


「逆です。皆がいなかったら、あたしはまだあの檻の中でした」


「それは失敗したね。まさか綺麗な顔の彼が魔法使いだったなんて思いもよらなかった」


柔らかく甘い声で話すアーリックさんをエレンはキッと睨み付ける。


「……先生、いつからですか。いつから、こんな、」


「初めからだよ」


エレンが、コンラッドまでもその言葉に虚を突かれた顔をした。

初めからって、それじゃあ二人の知ってるアーリックさんは既に人身売買に着手していたってこと? そんな人が、二人に物事を教えたりしていたの?

俺と、話の概要がよく分かっていないだろうシャノンですら眉間に皺を寄せた。


「貴女たちの村に行ったのは、村から街に出たいという意欲を育てるため。見目のいい人に仕事を斡旋してあげる、と言えばすぐに手の中に落ちてきたよ」


「え……」


「貴女たちももう少しだったんだけどな。なまじコンラッドくんが天才だから、僕が声をかける前に二人でさっさと村を出て行ってしまったよね。割とショックだったんだよ?」


またこうして偶然出会えたからよかったけど。

再び口角を上げるアーリックさん、それから呆然とするエレンとコンラッドと俺に舌打ちして、シャノンは鞘をがらんと床に投げ捨てた。アーリックさんの視線が二人からそちらに向けられる。


「そーいうの、ベラベラ話しちゃっていいわけ?」


「優しいんだね」


「何のことだか」


「ふふ、でも大丈夫。貴方がたは皆さんまとめて牢に逆戻りなので」


ひらりと右手を振ったアーリックさんに後ろの女の子が笛を一つ吹いた。甲高い音。耳をつんざくそれに顔をしかめたとき、周囲の扉からぞろぞろと男たちが姿を現した。


「まだこんなにいたのか……!」


「げぇ。わりーけど、オレを戦闘要員に数えんなよ。どんだけやれっか分かんねーかんな」


「俺も……っ!」


これだけごちゃごちゃした部屋の中だとバズーカは使いにくい。

装飾に当たれば硝子が割れて破片が辺りに散乱してしまうかもしれないし、本棚に当たればあの重そうな本がばさばさと落ちてきてしまいそうで危ない。

あーもー何でウチ合気道の道場なんてやってるんだろう。祐荻の家みたいに空手一家だったら攻撃手段があるのに! 基本護身術なため、頑張っても相手の攻撃を躱して無効化するぐらいしかできないのがもどかしい。


「先生、あたしたちの仕事」


「ん?」


「ここを、潰しにきました」


エレンが深いエメラルドの瞳を光らせメイスの先を突きつけるのに、アーリックさんが「ははっ」と笑う。左手を振った。ピッと笛の音。


「それじゃあ再会は必然だったのかな」


アーリックさんの静かな声が室内に響いた途端襲ってくる男たちに、俺たちは静かに戦闘態勢をとった。


右から左から迫りくる男を躱しては沈める。といっても合気道じゃ確実に戦闘不能にはできないので、そこをシャノンが叩く。二人で一人を倒しているようなスローペースにやきもきするが、それで取り逃してしまえば元も子もないので、逸る気持ちを抑えて一人一人に対応していった。


唐突に、ビュン、と顔の横を矢が通過して、目の前の男の左肩に突き刺さる。よろめいた男の右太腿に追撃。

振り返れば、俺たちから何歩か後ろにさがった位置に陣取ったコンラッドが高速で弓に矢をつがえては射て、矢をつがえては射てを繰り返していた。

やっぱりコンラッドの弓の技術は相当だ。スリングショットの扱いも上手かったけど、こうやって見ると弓は段違いに上手いのが分かる。素人の俺でも惚れ惚れするような射形とコントロールなのだ。

矢の進路を気にしながらまた一人、男の体勢を崩すとシャノンの峯打ちが決まって、男は気絶した。シャノンが溜息をつき、汗で湿った前髪を掻き上げる。ちらりとコンラッドを見やって少し顔をしかめた。


「やっぱ化けモンだな」


「シャノン」


「ん? あー、いや、悪い意味じゃなくて。ありゃ秀才ってやつだ」


「……秀才?」


初めて聞いたコンラッドの評価に首を傾げれば、シャノンは剣を握っていた手をぶらぶらと振りながら「おー」と頷いた。


「あんなキレーな射形見たことねぇ。確かに才能もあったんだろうが、多分何万回、下手したら何十万回も反復練習して身に付けたんじゃねーの」


「そんなに……」


「あぁ。強いて言うなら、努力の天才ってやつだな」


肩をすくめたシャノンが左から来た男の剣を蹴って押し返す。俺がすかさずその剣を奪って床に転がせば、その背中を思いきり踏み潰した。カエルが潰れたような声をあげて気を失った男に、ほっと息を吐き出す。何人倒しても慣れるもんじゃないな。

それから次の男を倒すべく顔を上げたとき、右端からピリリとした殺気が伝わってきた。


「シャノン!」


「お? ぅえっ!?」


グイとシャノンの手を乱暴に掴み引っ張った、その後ろを黒いものが通過する。キン、と床に落ちたのは見覚えのある暗器で。慌ててそちらに視線を向けると、エレンが再びあの女の子と闘っていた。これは隙をついて放たれたらしい。


「こっえー……なぁ、これオレ完璧狙われてねぇ?」


「……どうだろう」


「ガキと一緒にしたからか? それとも嘘泣き見破ったのが悪かったのか……」


「……それ今考えることじゃないよ。ただ単に金髪が狙いやすかっただけかもしれないじゃん」


「あー、あんたら両方黒いしな。あいつが褐返(かちかえし)、あんたが黒檀(こくたん)


緊張感の欠片もなくひょいひょいと俺とコンラッドを指差すシャノンに呆れていると、今度はギィンッと金属同士がぶつかる音がした。コンラッドがクナイを矢で撃ち落としたらしい。続いて放った一矢が女の子の首スレスレを通過し、薄紫の襟巻を切り裂く。

ビリ、と響いた嫌な音に女の子が動きを止めた。みるみるうちに顔の血の気が引いていく。もしかして、大切なものだったのだろうか。

それからぎゅうと切り裂かれた部分を手で押さえ、目だけで室内を見渡すと、懐から取り出した小さな球体を床に叩き付けた。バラバラッと酷く耳障りな音と少量の煙が出てきて思わず目を瞑る。

そして、瞼を開けた時には、もう女の子はいなくなっていた。

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