65話 「のべつ幕なしに」
扉の中はまた明るかった。シャノンを見るとさっきランプの灯をじっと見つめていたからか、そこまでダメージはないようだ。胸を撫で下ろしつつ比較的大きな室内をぐるりと見渡す。
赤褐色のレンガの壁に並ぶランプはガラスで覆われ、ちょっとやそっとじゃ火は消えなさそうだ。木製の大きな椅子一脚とクローゼットがオレンジの光に照らされている。部屋に二つ扉がついているのに首を傾げた。
片方は立派だからどうせ通路やらに繋がってるんだろうけど……。
「あっちの扉の向こうは誰か見た?」
「見たぜ。沐浴場だった」
「もくよ……?」
「身体をキレイにするトコ」
「なるほど」
だとしたら、ここの部屋は……? 軽く首を傾げた途端、ずっと何も言わなかったエレンが詰め寄ってきた。
「フースケ! 心臓止まるかと思ったよ!」
「ごめん、でも俺が行った方が早く済みそうだったから」
エレンに苦笑を返しながらちらりとコンラッドを窺うと、そっぽを向いて短弓の状態を確認していた。
「さて、こっから――――」
どうする? というシャノンの言葉は唐突に鳴ったガコンという音に遮られた。
慌てて後ろを振り返ると天井近くの隙間から一人の人間が降り立つ。両手に例のクナイを持っていたのでさっき狙撃してきた奴だと分かったのだが、奴はなんと俺たちと同い年くらいの女の子だった。
薄茶色の髪に紫の瞳。くるくるとした肩辺りまでの髪を耳に掛け、前髪は三つ編みで斜めに流している。髪が邪魔にならないよう両耳の上をピンで留めていた。ぴったりとした黒の長袖上下とジャケットと手袋の姿で、膝上までの柔らかいブーツ。口元は薄紫のネックウォーマーのようなもので隠されていて。
彼女が構えるのに応えてエレンが前に出る。
「エレンっ!」
投げられた三つのクナイをメイスの一振りで叩き落とす。そしてその遠心力のまま相手に向かって横に薙いた。身軽な動きで躱される。そんな攻防がしばらく続く。
はらはらと落ち着きなく今にも飛び出してしまいそうになるが、いきなり背中をつつかれて跳び上がった。
「おいあんた、フースケ?」
「は、はい」
「その筒でコレの先叩いてくれよ」
「え?」
シャノンがちょいちょいと指差したのは椅子に固定したクナイ。先っぽだけ椅子から飛び出ている。
これで何するの? いいから。
言われるままバズーカを思い切り振りかぶって落とした。ギィン、と嫌な音がして、鉤爪のように曲がる。それからシャノンは持ち手にぐるぐると縄を巻きつけた。
「で、これを、……コンラッド、あんたが投げてくれ」
ほい、と渡された縄を顔を顰めて見たコンラッドだったが、諦めたように一つ頷くと片側を左手に巻きつけた。
「ネル」
「! 分かった」
僅かなアイコンタクトで通じたのか、エレンが一際大きくメイスを振ると後ろに下がった。そうして相手がクナイを投げ切った途端、何度か回して勢いをつけたコンラッドが、縄を放つ。鉤爪部分がネックウォーマーに引っかかり、相手は地に膝をついた。その隙にコンラッドがぐるぐると縄を巻きつける。
「よっし、捕獲完了」
「シャノンすごい!」
「いやいやいやスゲーのはコンラッドだって。……一発で成功させるとかどんな化けモンだよ」
小声で溢すシャノンに空笑いをする。それ多分言っちゃいけないやつだ。二人を横目で見ると聞こえてなかったようでホッとする。コンラッドが「天才」やら「化け物」になるまでに色々あったんだろうから、そういうのはあまり言いたくない。
微妙な顔をする俺を見てシャノンはひょいと肩を竦めた。つかつかと足を進めて女の子の少し前にしゃがみこむ。
「あんた、あの馬鹿共の仲間じゃねーな? 何つって雇われたんだ?」
「……」
「喋んねーってことはやっぱ外部のヤツか。あんたの役目は脱走者の始末?」
「……」
「なるほど、よっぽどちゃんとした組織のヤツらしいな」
滔々と淀みなく言葉を続けるシャノンに感心していると、急に女の子が目を潤ませた。
「違うんです、私も攫われて捕まった一人なんです。脅されて仕方なく……」
涙声にギクリとすると、眉を下げた彼女が俺を見上げてぼろぼろと涙腺を決壊させる。それから若干前のめりになって「ごめんなさい……」と震える唇で囁いた。
「え、え、シャノン、こうやって言ってるけど? 縄外してあげなくていいの?」
「……あんたチョロすぎ」
「へ?」
「泣きマネはそんぐらいにしとけ、お嬢さん」
「泣き真似なんかじゃないです……っ!」
「今のあんた、スリがバレた時のガキとおんなじ顔してんだよ。分かるに決まってんだろ」
女の子が目を見開いた。信じられない、という顔でシャノンを見る。
暫しの間、無言で二人は見つめ合っていたが、沈黙は女の子の方から断ち切られることとなる。すっくと立ち上がったのだ。はらりと床に落ちるロープ。涙に濡れたまつげの奥の瞳は冷たくも、ほんの少し揺れていた。
しまった、と伸ばしたシャノンとコンラッドの手をすり抜け、女の子は入ってきた隙間へ軽々と飛び上がるとそのまま去って行ってしまった。
「あちゃー……わりー、油断した」
「……いや」
「大丈夫だと思う。シャノンの言った通り雇われだと思うし、言っちゃ悪いけど特別強いわけでもなかった。きっとここを探るために潜入してた人だと思うよ」
「諜報ってこと? ……そういえばルカが、どっかの組織が睡眠薬の素になる花を栽培してるって言ってた。アーリックさんからする花の匂いは強かったし、だからもしかしたら、ここで栽培してる可能性もあるのかもしれない」
「その線はありそーだな」
俺とエレンの言葉に素直に頷いたシャノンが、一転して苦々しく目を細めた。
「しっかしその、ルカってのは何モンなんだ?」
「前々からこの事件を調べてた貴族の人だよ。多分俺と同い年くらいかな。ロヴェーショの方からハリの別荘に来てて、実家はめちゃくちゃお金持ちらしい」
「ロヴェーショ!?」
「え、うん、そうだけど?」
「へー……ルカ、ルカね……」
「知り合い?」
「いや、別に……何でもねーよ」
バツが悪そうにガリガリと後頭部を掻いたシャノンが立ち上がって俺たちを振り向く。
「それよか次どーするか決めようぜ。このまま先に進んでみるか、その前に最終決戦か」
最終決戦、ってことはやっぱり俺が聞き耳を立てた部屋が本丸なのかな。そうだよな、どう考えてもここで『商品』の見た目を整えるんだろうし、その前に合流するのが自然だと思うし。
――――でも本丸ってことは、もしかしたら。
エレンに控えめに視線を送ると目が合った。俺とコンラッドと腕を組んでにこりと笑う。
「皆がいるからだいじょーぶ!」
「……そっか」
「オレもいるんだけどなー?」
「はいはいお世話になりましたー」
舌を突き出すエレンにニヤニヤと口端を吊り上げたシャノンが「さて」と伸びをした。
ぐい、と腕を引かれてバランスを崩すと、エレンの腕を引っ張ったコンラッドが俺とエレンを見ていた。ギラリと金の瞳が危うげな光を宿す。
「行くぞ」




