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風の稀人‐マレビト‐  作者: 菅藤一羽
2.二律背反
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64話 「苦有り」

その通路は今まで通ってきたものよりもほんの少し豪華だった。武骨な石造りだったのがレンガに変わっている。通気口が一定の感覚で作られ、闇照石があちらこちらに埋められていた。さっきよりも格段に明るい。シャノンを振り返ると「大丈夫だ」と言うように片手をひらひらと振られたので、何とか対応できているようだ。よかった。

……これはいよいよ敵の本丸が近いのかもしれない。

慎重に足を進めているとレンガの壁が見えてきた。


「行き止まり?」


「……ん、いや、分かれ道だろ。右か、左か」


「二択かあ……」


なるべく反響しないように小声で言葉を交わす。静かな緊張にごくりと唾を飲みこんだ。


「とりあえず人の気配が無い方に行ってみる?」


「そうだな」


エレンが言うのに頷いて、右側の扉へ近づく。反対側の扉へはコンラッドとエレンが行くみたいだ。シャノンは突き当りでランプを床に置き壁に背を預けていた。

つるりとした扉の表面に手を滑らせる。凹凸があまり無く、ひんやりとしていた。石か金属か分からないが頑丈な造りをしている。これ、向こうの音ちゃんと聞こえるかな。

不安に思いつつ目を瞑って、そろそろと冷たい扉に耳を押し当てた。ぶるりと背筋に震えが走る。寒い。


――――それ……あ……ら?


――――だめだ……ら、……だろ。


二人分の声。何を話しているのか全く分からないけど人はいた。小さく深く深呼吸して、音を立てないようにそうっと後退。それから素早く、じっとランプの灯を見つめているシャノンの元へと戻った。駆け寄るなりランプに手を翳す。


「お、早かったな。……何やってんだ?」


「扉めっちゃ冷たかった」


「まー見るからに木製じゃねーかんな。ここジメジメしてて肌寒ぃし」


水場と石造りと地下の三重苦だもんな。手を握って開いて強張っていないのを確認する。夏だからかそこまで影響は無さそうだ。

でも早く外に出たいよなあ……。

溜息をついていたら丁度エレンとコンラッドがこちらに戻ってきた。


「どうだった?」


「こっちは多分空き部屋だったよ。美術館に繋がる道とかがまたあるのかも。フースケは?」


「俺の方は少なくとも二人」


「そんじゃ、先にエレン達が行った方だな」


顔を見合わせて俺たちはさっきのように一列になる。そのまま通路を進んであと少しで扉というとき、キンッと何かが床に転がる音がした。後ろだ。


「伏せろ」


鋭い声がして慌ててしゃがむ。そのままずりずりと後ろに下がってシャノンを挟みエレンと身を寄せ合った。

エレンがぐいと右腕を伸ばし俺とシャノンに手の中の物を見せる。

黒い金属でできたそれは、クナイのような形をしていた。


「……暗器か」


「上から飛んできたの。フースケ、器具(それ)貸して」


「え、あ、うん」


筒の先を掴まれたのに頭の上までバズーカを持ち上げて屋根のようにする。と、瞬間金属と金属が接触した音がしてギクリとした。手に振動が伝わってくる。危ない。


「完全に防げるわけじゃないけど、無いよりはマシだと思うの」


「……みたいだね」


肯定して、二人越しにコンラッドを窺う。手に持った短弓でクナイを叩き落とすところだった。更に二つ、三つと襲い掛かるのを身を翻して躱し矢を放つ。降ってくるクナイが止んだ後、暫くしてまたコンラッドを狙い始める。合間合間にこっちも狙われているらしく、何度か衝撃がバズーカを揺らした。

シャノンが舌打ちをして俺とエレンの腕を引っ張る。


「このまま見てるわけにもいかねーだろ。先行くぞ」


「でもコンラッドが……!」


「こんな狭い通路じゃどっちみち不利だ。さっさと扉開けて引っ込んじまおう」


ちらりとエレンを見る。エレンは少し目を伏せて、それから頷いた。


「そうだね、ラドの荷物になるだけだ。あたしが行って扉開けてくる」


「エレンが!? 危ないよ、俺が行く」


「あたしの方が速いもん」


「それは……そうだけど」


「そんじゃ、こうしよう」


するりと入り込んだ言葉に俺とエレンはシャノンを見る。シャノンは指で唇をなぞりつつ口を開いた。くるりと桜色の瞳を回す。


「エレンが先頭でオレらは援護。エレンの代わりにオレがこのでけー筒持つから、コレを盾にしてエレンを守んぞ。……あとは」


エレンと俺の位置交換に満足げに目を細め、シャノンは次に床に転がったクナイを一つ手に取る。そしてそれを、上からの攻撃が止んだ隙にコンラッドの足元に投げ捨てた。

こちらを見るコンラッドに人差し指を立て、ちょいちょいと扉を示す。

コンラッドは眉をひそめ、小さく唇を尖らせた。言いたいことは分かるが不服、といったところか。


「……シャノン、何て言ったの?」


「別に。先進むから囮頼んだだけだ。エレン行けるか?」


「いつでも大丈夫」


「ほい行くぞー。右足からな」


せーの。シャノンの脱力した声に合わせて右足を踏み出す。次に左足。右足。ムカデのように這って進む。

二度、三度バズーカにクナイが当たったが、すぐに弦を引く音が聞こえたのでコンラッドが気を引いてくれているのだろう。直撃することなく扉の前に辿り着いた。

クナイが飛んできた方の壁にできるだけ近寄る。ここらへんなら多分死角になっていると思う。

エレンが少し扉を開き、中を覗いた。


「大丈夫だと思う」


「分かった、じゃあ呼んでくる」


エレンを扉に押し込みシャノンにバズーカを預けて俺は駆けだした。あまり大声を出すわけにもいかない。ただし、邪魔にならないように、近づき過ぎないようにして。

コンラッドの視界に入ったあたりで小さく手を振った。

途端、襲ってくるクナイをバックステップで避け、背を向けないまま扉の方へ戻る。

一つ、躱し損ねて肩口のワイシャツを切り裂いた。落ちたクナイが踵に当たってひやりとする。


「おい」


「だだだだいじょうぶ、びっくりした、大丈夫」


それから最後の一つをコンラッドが短弓で弾き、エレンが開けていてくれた扉に滑り込んだ。

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