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風の稀人‐マレビト‐  作者: 菅藤一羽
2.二律背反
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61話 「灯し火」

シャノンが押し開けた部屋の中は煌々と燃える松明が壁際に並び、今までの部屋とは比べ物にならないくらいに明るい。思わずしばしばと瞬きをして、予想以上にざわつく室内に首を傾げた。

……ああ、そうか、扉が分厚かったから、外の音が聞こえなかったんだ。合点がいき、やっと目が慣れてきた俺は冷静にぐるりと部屋の中を見渡す。

居座っている男は数人。部屋の奥に大きな牢があり、そこに子供から大人まで、十人ほどが詰め込まれていた。ルカが言っていた通り、全員見目がいい。


誰よりも早く動き出した男が一人、牢の方へと走った。手には鍵束。それを見たコンラッドが素早く短弓に矢をつがえると、その進行方向すれすれに三本矢を放つ。カカカッと小気味いい音がして壁に突き刺さり、男が足を止めた。そこをすかさずエレンがメイスで殴る。倒れ込んだ男が落とした鍵はシャノンが拾い上げた。

俺は残りの男たちに銃口を向ける。特別腕が立ちそうな男たちだったが、マレビトの術には敵わないだろう。反応が良く術で撃ち漏らしてしまった男はコンラッドとエレンが片付けてくれた。


不意に、わあっと歓声が聞こえた。シャノンが檻の鍵を開け、中に囚われていた人たちを助け始めたのだ。幾人もの男女が鉄格子にかじり付き、俺たちをきらきらとした目で見つめている。

特に目立つ外傷は無さそうだ。ほっと胸を撫で下ろしていると、「おい」とコンラッドに呼びかけられる。振り向けば、檻の方を顎で示された。


「お前も行け」


「え、でも」


「後はおれとネルで事足りる」


……確かに、そんな感じはします。それとコンラッドが言うなら何か意味があるのだろう。「わかった」と男に視線を戻したコンラッドに頷いて、俺も牢の中へ入っていった。

すると外からじゃ見えなかった、床に膝をついたシャノンと泣きそうになっている女の子と男の子に気が付く。どうやら兄弟らしい。


「おにいちゃん、きれいなおにいちゃん、大丈夫?」


「……あぁ。大丈夫だからあっち向いてろ、今その枷外してやっから」


シャノンはじっとりと脂汗をかき、震える手で枷に差し込んだ鍵束をがちゃがちゃと回している。俺は慌てて駆け寄った。


「シャノン! どうしたの!?」


「っあー……あんたいいとこに来たな。代わりにコイツらの外してやってくんねーか」


「それはもちろんいいけど」


鍵束を受け取って、覚束ない手つきで心配そうにシャノンを見つめる子供の手足の枷を外してやる。目を瞑ったシャノンは、はぁ、と苦しそうな息を吐いて壁に寄りかかった。

どうしたのか聞きたくて堪らないといったような俺の様子を感じ取ったのか、ぽつぽつと言葉を落とす。


「オレさ、こんな目してるだろ。光に弱いんだよ」


「光に?」


「光にっつーか、突然眩しくなんのが無理。闇照石から壊れかけのランプ程度ならまだへーきだったんだが、ここ、明るいから」


「色素とか、そんな感じの?」


「そ。そん代わり暗いとこにはそこそこ強ぇんだけどな」


あー……とまた少し唸ってシャノンはじっと動かなくなった。一瞬ヒヤッとしたが、深い呼吸音が聞こえるので体力回復に努めているのだろう。

女の子の枷を外し終えて、次に男の子の手枷に鍵を差し込むと、女の子にぐいとワイシャツの袖を引っ張られる。うるうると赤い瞳を潤ませてシャノンの方を心配そうに見つめていた。ルカと同じ目の色だから尚更そう思うのかもしれないけど、利発そうな子だ。


「おにいちゃん、だいじょうぶなの?」


「うん、きっと大丈夫。自分で何が原因かしっかり分かってたから、多分慣れてるんだと思う。すぐに動けるようになるはずだよ」


「ほんとかなあ」


「ほんとだよ」


よしよし、と頭を撫でてやって、男の子の枷を外していく。こちらが下のようで、おねえちゃん、と泣きそうな女の子に声をかけている。


「はい、できた」


「ありがとう」


しっかりした子だ。


「いえいえ。――――他に、まだ枷を外されてない人はいますか?」


はぁい、と声がかかった方に向かう。四苦八苦しながら鍵を回している途中、横目でシャノンにさっきの姉弟がつきっきりになっているのを見た。





全員分の拘束を外し終えて気疲れからへたり込んでいると、急にぐしゃぐしゃと頭を掻き混ぜられる。節くれだった長い指。少し低い体温に顔を上げれば、目尻に少し涙の痕を残したシャノンがにやと笑っていた。


「よっ、お疲れさん」


「シャノン! 大丈夫なの?」


詰め寄る俺に一つ瞬きをしてシャノンは「あぁ」と頷くと自身の目尻を拭う。


「眩しけりゃ誰だって涙ぐらい出るだろ。こんだけ休めば平気だ。……それより、向こうも終わったみたいだぜ」


その言葉にふと檻の外を見れば倒れ伏した男たちをエレンとコンラッドがぐるぐるとロープで縛っていっているところだった。

「首を落とすわけにもいかないからな」というコンラッドの呟きに背筋が凍る。エレンがそれを諌め、俺たちを振り返った。


「それじゃあ、みんなで、」


「待て」


シャノンが立ち上がる。ぐるりと捕まっていた人たちを見て言った。


「あんたらはここに残っててもらう」


どよめき。そして目を見張る俺に手を差し出した。慌てて鍵を差し出す。

それから周囲をぐるりと見渡すとと深い溜息をついた。


「いいか? オレらは四人。できるだけブッ倒して来たが、まだ馬鹿共が残ってる可能性はある。もしかすっと目を覚ましたヤツもいるかもしれねぇ。心配しなくても、コイツらの仲間が応援を呼びに行ってるから、間もなく助けは来るはずだ。だから、あんたらは、ここでじっとしてろ」


シャノンが言い聞かせるような声音で言うのに、さっきの女の子が「でも」と口を開く。


「ここにいたら、またあの人たちにつかまっちゃうよ」


「だろーな。だから、」


シャノンは鍵束を顔の横で揺らしてみせる。


「外からオレが鍵をかける。そんで、鍵束はあんたらに渡すから、助けが来たらこれを渡して開けてもらえ。いいな?」


もう一度シャノンが辺りを眺めた。異を唱える者はもういなかった。それに満足げに頷くのを見て、俺は檻越しにエレンにひそひそと尋ねる。


「……シャノンって、何者?」


「……あたしもよく分かんない。というか、一緒にいればいるほど謎が深まってきたっていうか……いや初めから謎だったけど」


「初めから?」


「捕まってるのに凄い度胸であの男たちを言い負かしてたし、仕込み刀は持ってるし、自称『そこそこ歳いってる』だし、ラドが言ってた通り綺麗な太刀筋だし。……あとすっごく美人だし」


「それは謎すぎる」


「そこ、聞こえてんぞ」


半目になったシャノンが檻の出口へ向かうのに慌てて付いて行く。それからさっき言った通りに外から鍵をかけると、中にいる背の高い男の人に鍵を渡した。


「念のために拘束されてるフリしとけよー。腕を後ろに回して、座ってるだけでいーから」


おずおずとシャノンの言葉に従って動く檻の中を見てもう一つ頷くと、俺たちを振り返る。こてん、と首を傾げて訊いてきた。


「そんで? これからあんたらどーすんの?」


「ここの本拠地を潰しに行く」


「はぁ? さっさとトンズラしねーの?」


呆れた、という顔をする彼に苦笑して首を振る。


「仕事だからな」


「仕事、ねえ」


くるんと桜色の瞳を回したシャノンは小さく息を吐く。


「ま、ここまで一緒に来たんだし、最後までお供しますよ」


「ありがとう、シャノンが来てくれるなら心強いよ!」


「ありがとう!」


喜ぶ俺とエレン、それから顔を顰めあからさまに溜息をつくコンラッドに、シャノンが「やれやれ」と苦笑した。

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