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風の稀人‐マレビト‐  作者: 菅藤一羽
1.一樹之陰
6/76

06話 「拠点を出て」

麗音にせっつかれて自分の部屋のクローゼットを開ける。

ふわりと鼻を掠める我が家の箪笥の匂いに不思議な気分になった。きっとこれを入れたのはじいちゃんだな。

……そもそも防虫剤ってここでも必要なのか?


「ボーチューザイなんてどうでもいいカラさっさと選べヨ!」


 おっしゃる通りで。


さて、改めて見たクローゼットの中身は、まるでRPGの登場人物のような服ばかりだった。

当たり前っちゃ当たり前か。

スチームパンクとかってじいちゃん言ってたしな。

日本人らしく装飾はあまり華美ではないが、それでも普段着ている服よりは数段派手だ。

和服を着ていたご先祖様はさぞかし違和感バリバリの服に苦労したことだろう。合掌。


パーカーとTシャツにジーンズというこの世界にそぐわない服を脱ぎ捨てて、まっさらな白いYシャツに袖を通す。

ズボンは動きやすそうで尚且つ新品じゃなさそうな、胡桃色のズボンを選んだ。

それに藍色のベストを着て、クローゼットに備え付けの鏡で全身を一瞥する。


……うん。この世界の人はまだ良く知らないが、少なくともこの屋敷には大分適した格好になっただろう。

後はクローゼットの奥から引っ張り出した黒の革靴を履いて、準備完了。


「麗音、終わったよー」


「ん。ダイブ見られる格好になったナ」


俺の格好を見てうんうんと頷いた麗音は玄関へと向かっていく。

その後を慌てて追いながら革靴の履き心地を確かめた。未使用じゃないからか割と柔らかい。幸いなことにサイズも俺の足よりさほど大きくなかった。

これなら靴擦れもしないだろうと判断して麗音に追いつくと、例のサイコキネシスで両開きのドアをものすごい音を立てて開け放つところで。


「ヨシ、ヴェント実地見聞に出発するゾ!!」


限界まで開かれたドアを静かに閉めると、俺は何故かテンションが上がりまくっている麗音に溜息を吐いた。



******



「コレがヴェント最大の都市、ウラガーノだゾ」


屋敷の前から続いている小道を辿って小さな林を抜けると、活気に溢れた賑やかな街に出た。

クリーム色や薄ピンクのような柔らかな色合いの壁を持つ建物が立ち並び、地面には薄く色付いた平らな石がしきつめられている。こういうの、石畳って言うんだったっけ。

そしてその道脇には、広い道路と歩道を隔てるように、萌黄色の葉を付けた街路樹が一列に並んでいた。

ぱかり、ぱかりと樹木越しに目の前を馬車が通り過ぎる。


「ココは大通りダカラ店がただ並んでるだけだケド、裏通りには出店が沢山出ててナ。もっと狭いし騒がしいゾ。ソッチの方が安いカラかフーゴはよく出店に入り浸ってたナ」


「へええ」


それはぜひ見てみたい。

今は所持金がないから何も買えないのが残念だ。

……屋敷のどこかにじいちゃんが残していった貯金とかがあったらいいんだけど。


「そういえば、お金はどうやって稼ぐの?」


「基本的にシゴトをきっちりこなせば依頼者カラ謝礼金が貰えるヨ」


「なるほど」


ふうむ、仕事って他の人が依頼してくるのを解決するんだ。

……ということは麗音はそれの仲介人の役目をしているんだろう。

俺はさしずめ派遣社員ってところか。


「引っ切り無しに仕事が入るくらいマレビトって忙しいんだ?」


「そんなコトはナイ。金がどーしても必要なトキは自分で雑用を探して稼ぐんダナ」


バイトするのは自由だからそれで生活費はなんとかしてね、ってことですかそうですか。

うーん、じいちゃんも「金の心配はするな」みたいなことは特に言ってなかったし、これは相当大変なのかもしれない。

上手い具合にバイトが見つかればいいけどなあ。


とりあえず傍らで意地悪く笑う麗音は、後で短冊尻尾を雑巾絞りの刑に処しておく。



大通りに出て実際に歩いてみると、思っていた以上に人が多い。

最初は道脇に並んでいる店にばかり気を取られていたが、ようやく視線を外して周りでせかせか歩いている人々を眺める余裕が出てきた。


男の人は殆どが俺と似たり寄ったりの格好をしている。

大方ベスト、タイ、ズボンにブーツか革靴ってところか。


それに対して女の人は皆、誰もがメイドと聞いて思い浮かべるアレみたいなシルエットの服。

膝下までのふんわりとしたスカートに、上は綺麗なリボンが付いたシャツだったり刺繍の入ったベストだったり。


当たり前だけど男の人より随分と凝った服を着ていて、同じ緑とか赤でも微妙にそれぞれ色が違ったり柄が違ったりする。

もしかすると自分で仕立てているのかもしれない。すごい。


そしてそのどちらにも属さない、ひらひらと少し派手目な格好をしていて剣やら斧やらを(大体が腰や背中に)提げている人がちらほら目に付いた。

この人たちは麗音曰く冒険者らしい。


街中で武器を所持しているのには驚いたが、「大きな街には大抵警備兵が沢山いるカラ大丈夫」だそうで。

どうりで、赤い制服を身に纏って剣を携えた男の人達が道端の至る所に立っているわけだ。きっとこの人たちが警備兵ってやつだな。


ところで警備兵は当然給料貰えるんだろうけど、冒険者ってどうやって稼いでいるんだろう。

やっぱり俺と同じでバイトしなきゃならないのかな。

……なんだかちょっと華やかな格好をした彼らが可愛そうになってきた。



******



「コレでウラガーノの拠点近辺は大体回ったワケだガ」


頭の真上で煌々と輝いていた太陽もすっかり傾いて赤く染まった頃。

大通りに出てきた小道の前で、隣に並んでいた麗音は俺の正面に回りこんだ。


「屋敷に帰るんじゃないの?」


「チョット寄るトコロがアル」


「付いて来イ」とまだまだ人が多い大通りに戻っていく麗音を追いかけつつ、俺は思考を巡らせる。


食糧は昼に見た限りだとまだ十分に残っていたし、そもそもお金を持ってきていないのだから買い物ではないはずだ。

となると、仕事の話だろうか。

いやでも俺がわざわざ依頼人のところに行く必要は無い、と思う。

全然わからん。なんだろう。


首を傾げるが、今の俺には麗音の後ろを黙って付いて行くしかなかった。



「邪魔するゾ」


麗音が乱暴に扉を開けて入っていったのは、裏通りの隅っこにある小さな鍛冶屋だった。

からからとドアにかかっている木の飾りが揺れる音と共に俺も店の中に入る。

店内のカウンターに座っているおじいさんが「いらっしゃい」と、磨いていたナイフを鞘に納めて立ち上がった。


「おお、レーネじゃないか」


「アッという間に老けたナ、マーカス」


「そりゃあお前から見ればあっという間だろうさ」


とんとんと会話する麗音とおじいさん、否マーカスさんを尻目に、俺は店内をきょろきょろと見渡した。

どうやら武器屋も兼ねているようで、しっかりと壁に固定された武器は小型のナイフから大きな斧まで及ぶ。

平和な日本でごく普通に育った俺には分からないがきっといい武器なのだろう。

どれも埃ひとつなく綺麗に手入れされていて、鈍い銀色に照明の光を反射させて煌めいていた。


「それで」と俺の方に顔を向けるマーカスさんに、俺も辺りを眺めるのを止めて正面を向く。


「きみはフーゴのお孫さんだね?」


「あ、はい、そうです。……あの、じいちゃ、じゃなかった、祖父をご存知なのですか?」


「そう固くならなくても大丈夫だよ。フーゴとは昔一緒に旅した仲さ」


「えっ!?」


にこにこと人のいい笑顔を浮かべるマーカスさんは、とても自発的に魔物退治や戦いに参加するようには見えない。

しかし、さっき麗音とつつがなく会話していたことがその言葉は本当だと言外に告げていた。

「ちょっと待っててな」と店の奥へと入っていくマーカスさんを俺は棒立ちのまま見送る。


「れ、麗音、マーカスさんはじいちゃん一行の中で何をしてたの?」


「主に剣を振り回してたナ。あとは、たまに武器の修繕もしてたゾ」


「たまに」


「ソ、たまーに」


剣を振り回していたのにはびっくりだが、鍛冶屋が副業だったのにもびっくりだ。

てっきり穏やかな優しい人で、仕方のないときだけ武器を手に加勢する――――、みたいな立ち位置だと思ってたのに。

あれだ、若気の至りってやつなのだろうか。


「むしろ、フーゴとドッチが敵を多く倒せるか張り合ってたくらいダ」


……マーカスさん、恐るべし。

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