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風の稀人‐マレビト‐  作者: 菅藤一羽
2.二律背反
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58話 『打破』

「おっお前らは!?」


「もーそれ聞き飽きた」


向かってくる男の足を払い背中を踏みつけて気絶させるという華麗なコンボを決めたシャノンは、だるそうにコキリと首を鳴らす。

あたしもそれを横目で見て、斬りかかってきた男の錆びかけた剣を弾き飛ばし腹に蹴りを叩きこんだ。男が起き上がらないのを確認し、また一人長い脚で昏倒させたシャノンを振り返る。


「シャノン、近くの部屋に荷物がどうのって言ってなかったっけ? もう三部屋目だよ」


「うるせー、思ってたより部屋数多かったんだ、よっ!」


「やっぱりここの部屋にも無いし~……」


部屋を隅から隅まで見て泣き言をもらすあたしに「うるせー」とシャノンがもう一度喚いて、飛びかかってきた男を屈んで避けるとすっ転んだ男の手から剣を奪い取る。それが最後の男だった。もがく男の頭をべしりと打って気絶させる。

シャノンがざっと倒れ伏した男たちを一瞥してくるりと部屋に背を向けたのに、あたしは置いて行かれないように慌てて駆け寄る。


「もういい! 次だ次!」


「シャノンって剣使えるの?」


「基礎は習った」


誰にだろう。

ぱちぱちと瞬きすると「昔の話だ」とシャノンは気まずそうに目を逸らした。


「それより、次はどーする? とりあえず最初の部屋からずっと右に来ているわけだが」


「向かい側は?」


「あそこ使われてると思うか?」


「……」


あそこ、とシャノンが指差した方を見て黙り込む。用水路を挟んで向かいにも部屋は並んでいた。しかし、木の扉は腐りかけて緑色に変色し、分厚い擦りガラスがはめられた窓には蜘蛛の巣が張っていた。

というか、今更だけどこんなじめじめしたところで木製の扉ってどうなの。


「……お貴族様が使うとこだから適当なんだろ」


「どういうこと?」


「だから、ここ作ったのはどうせ近くに住んでる一般市民だろ? お貴族様のために作れって言われて大した見返りも無いのにちゃんと作るわけねーじゃん。どうせこんな汚ぇとこに来るヤツもいないんだろうし」


「……シャノンって、なんというか、詳しいんだね」


上手く言えないけど、と口をまごつかせたあたしにシャノンはひょいと肩を竦める。


「ずっとスラム街暮らしだからな。ま、そこそこは」


「……あれ、コックは?」


「やっすい貧民向けの厨房だよ。お医者ごっこも靴磨きも、全部生きてくのに必要だから覚えたのさ。どんな仕事を押し付けられてもそこそこ出来るようにしとかねーと、金は一向に稼げねえ。あんたも似たようなもんだろ?」


「え?」


じっと全てを見通すような薄桃の瞳に見つめられ、思わず怯んでしまう。

確かに、ハンターギルドに入るまでは大変で、ラドと二人で動物を狩って毛皮を売ったり、作ったジャムとパンなんかを交換してもらったり、寒さに凍えながら野宿したり、今思えば割と貧しい生活を送っていたと思う。

それでもあのまま村で暮らすよりはずっとマシだったし、二人なら何だってできた。ハンターギルドに入ってからは宿泊施設や報酬が保障されたし、ラドがいたから別段苦戦することもなかった。


「あたしには……ラドがいたから……」


「ふーん? それは例の幼馴染か?」


「……うん」


「そいつ、大切?」


「そりゃあ、もちろん」


「んじゃ、ほら、さっさと次行こーぜ。悪かったよ、変な話して。早くここ出て大切な幼馴染に会いに行こう」


わしゃわしゃとまた頭を撫でられる。ぶんぶんと首を振ってその手を振り払えば、目を丸くして見下ろされた。


「どーしたエレン」


「シャノンあたしのこと子供扱いしてるでしょ!」


「あんたまだガキじゃねーか」


「もう十と八つ(じゅうはっさい)です!」


「へえ」


「あっ、もう、やめて! 髪がぼさぼさになっちゃう!」


「ははっ今更だろ」


尚もぐしゃぐしゃと頭を混ぜっ返すシャノンの手を潜り抜けて怒れば、シャノンが声を上げて笑う。今度はあたしが目を丸くする番だった。

闇照石でぼんやりと薄暗いじめじめとした用水路の中でもその笑顔はきらきらと輝いていた。肩を揺らすたびに金色の髪がさらさらと流れ、形の良い眉がひそめられている。まるで、シャノンだけ豪華な舞台上でスポットライトを浴びているようだった。


「……シャノンさあ」


「あ?」


「……ほんっと顔面詐欺だよね」


「はぁ?」


「女の敵」


じとりと半目で見やると、無邪気な笑いをひっこめたシャノンはまた胡散臭げにニヤリと口端を吊り上げた。


「よく言われる」


「むかつく」


唇を尖らせてようやく次の扉へと向かう。からからと笑ったシャノンが後ろからゆっくりとついてきた。

そうしてまたノブに手を掛けたとき、唐突にドン!と大きな破壊音が用水路に響く。

……いや、多分これを大きな音だと認識したのはあたしとシャノンだけだろう。わーん、と用水路が反響したものの、どこの扉も開く気配が無い。

おそらくこの用水路はどこかに直結していて、そこから聞こえてきたんだ。扉で遮断された奥には聞こえていないみたいだけど。

「何の音だろ?」「さぁ」とぼそぼそ囁いて顔を見合わせていると、今度はガラガラ声の断末魔が響いてきた。それはブツリと途中で事切れたように静かになる。


「……揉め事?」


「何の?」


「こ、交渉決裂したとか……」


「まさか。早すぎる」


「おおよそ金の分け前とかで揉めてんだろ」と呆れたようにシャノンがくるりと瞳を回したとき、ガタガタと扉の奥で数人が蠢いた音がした。流石にさっきの叫び声には気付いたらしい。

がちゃ、と僅かに開いた扉をシャノンは乱暴に抉じ開ける。ノブから伸びた腕を打つと扉を開けた男が蹲った。それをブーツの先で蹴飛ばして、堂々と部屋に侵入する。


「なァ、オレたちの荷物、どこにあるか知らねえ?」


「おっ、お前らは!」


「だからそれ聞き飽きたっての」


顔を顰めるシャノンに苦笑して、あたしはぐるりと室内を見渡した。隅っこの方に大きな木箱が見える。……あれ、開けてみようか。

シャノンが玉突き状に三人纏めて吹っ飛ばした、その隙間を縫って対角線上の木箱へ駆ける。一人、馬跳びの要領で飛び越えた。木箱を開ける前に後ろから殴りかかってきた男を躱して、シャノンの方へ押しやる。

ぎょっと目を剥いたシャノンがさっき奪った錆びた剣で男を沈めた。血が出ていないところから、どうやら上手く峰打ちしたようだ。


「おいっバカ! 自分の分は自分で何とかしろ!」


「ゴメン今あたしちょっと取り込み中!」


シャノンに口先だけで謝り、気を取り直して木箱に対峙する。

うん、この大きさだとメイスもすっぽり収まりそうだ。重石になっていた酒瓶やらを手早く落として軋む蓋を開く。

そこにはあたしの所持品がそっくり詰まっていた。見覚えがない細々としたものはシャノンの持ち物だろう。思った通りリボンは見当たらないしコルセットの紐はズタズタに切り裂かれていたが、見つかって良かった。ひとまずメイスだけを手に取って、シャノンに向かって声を張り上げる。


「あった! シャノン! 荷物あったよー!」


「分かった! よくやった! だから早く手伝え!」


「ごめーん」


シャノンに斬りかかろうとしていた大男の後頭部を柄でなぎ倒す。石突で太腿を打つとゴキリ、と嫌な音がしてメイスを思わず取り落としそうになった。……久しぶりに握ったから力加減を間違えた。せっかくここまで大怪我を負わせないように頑張ってきたのに! 太腿は治るの遅いからなあ、と胸の内だけで合掌。ごめんなさい、手加減出来たら次は気を付ける。


少し反省して、続いてシャノンが対峙していた男の右肩を打った。傾いだところをシャノンが追撃して沈ませる。

それから柄をブンと回してまだ立っている男たちを威嚇。シャノンの隣に立ってメイスの先を向けると、シャノンがまた口笛を吹いた。


「こっからが本気ってか」


「最初の部屋で気絶させた人たちがそろそろ起きちゃうかもしれないから、早いとこ終わらせよう」


ニヤ、と二人で笑い合うとあたしたちは一斉に残党へと飛びかかった。

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