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風の稀人‐マレビト‐  作者: 菅藤一羽
2.二律背反
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57話 『剣戟』

脱走することなど考慮されていないのだろう、脆い木のドアをシャノンが振り返る。何をするのだろう、と瞬きをしたとき、シャノンがグッと体重を乗せてドアを踏みつけた。ミシミシ、と嫌な音がしてドアの向こうが一瞬ざわめく。


「ちょっとシャノン!」


「んぁ? 何度も相手するより一度に来んのをブッ倒した方がラクだろ」


「そうじゃなくて!」


小声で首をかしげたシャノンの胸倉に掴みかかるような勢いであたしは身を乗り出した。


「シャノンは闘えないんじゃなかったの!?」


「あんたみたいにスゲー動きはできねーってだけだ。……あぁ、それでもあんたの負担にはなるか」


わりーな、とシャノンは肩を竦める。その背後でドアが勢いよく開いた。慌ててどやどやと入ってきた男はさっきの二人にもう一人プラスした計三人。


「お前らっどうやって檻から出た!」


「魔法を使ったのさ。駄目だろ、ちゃんと魔法の杖を持ってないか確認しねーと」


「デタラメ言ってんじゃねぇ!」


怒鳴る男たちと「うるせーな」と耳を塞いだシャノンをちらりと見て少しだけ考える。狭い出入口付近では小柄なあたしの方が有利。前から順に一人ずつ倒していけば余裕かな。

ふぅ、と息をついて身体を弛緩させるとそれに気付いたシャノンがあたしを振り返った。


「……シャノンは下がってて」


「え、大丈夫か?」


「こんぐらいなら楽勝」


ニヤ、と笑ったあたしにとうとう激昂した男たちが襲い掛かってくる。


まずは手前の男――さっきあたしの髪を掴んだ男だ――の伸ばした手を払い、胸に蹴りを入れる。あたしの軽い蹴りでも十分咳き込むぐらいの威力はあるはずだ。思惑通り肺の空気を吐ききってよろけた男が後ろの男――鳩尾に肘を入れた方――にぶつかった。

見たところ三人に仲間意識はあまり無い。そう思って狙ったのだが、やはり後ろの男が「邪魔だ!」とこちらに押し返してくる。あたしは待ってましたとばかりに床を蹴り飛び上がって返って来た男のこめかみを脚で蹴り抜いた。ドサリと男が倒れる。

まず一人。ピュウ、とシャノンが小さく口笛を吹いた。


さて、これで向こうの動けるスペースはかなり絞られたはずだ。

倒れた男を蹴飛ばしてこちらに踏み出してくるもう一人の男の脛を、勢いをつけてブーツの爪先で打つ。ラドのほど固いブーツじゃないからそんなにダメージは与えられないだろうけど、怯ませることはできた。

顔を歪めた男の鳩尾に拳を入れる――――が、男の大きな手に捕らえられてしまった。


「捕まえたぞ!」


「バーカ!」


ニンマリと笑みを浮かべた男からグイと握られた手を引き戻し、ねじる。バランスを崩した男の鳩尾に改めて膝を入れると、ガクリと崩れ落ちた。ふふん、本日二度目の鳩尾はキツイでしょ!

背中に踵を落とし、石の床に伏せさせると背中を全体重をかけて踏む。ぐえっと潰れたカエルのような声を出して男は動かなくなった。

さぁあと一人。


「スゲーなエレン」


「あはは、ありがと」


「……でも最後のヤツは結構冷静みてーだ」


頷いて最後の一人に視線を移す。今倒したゴロツキのような男二人に比べ、些か細身だが無駄のない筋肉が付いているように思えた。飄々としているがあたしが間合いを詰めようとすると足元に倒れ伏した男二人が来るような位置に立っている。

うげえ、とシャノンが呻いた。


「アイツぜってー性格悪いぜ」


「犯罪集団に性格良いも悪いも無いでしょ。……シャノンほんとに歳上?」


「どういう意味だよ」


「べっつにー」


軽口を叩きながらも男から目を離さない。どうやって打開しようかな。男を退かそうとすればその隙を狙って来るんだろうし。男の腰に下がっている武器を拾う暇もない。

そうこうしている間に男が腰をスッと落とした。殺気でピリリと空気が痺れて、冷汗が流れる。

じりじりと向かい合っていると、不意に男に向かって靴が飛んで行った。瞬時に叩き落されるのに、もう一度靴が飛ぶ。シャノンだ。


ありがとう、と胸の内だけで感謝して、男が靴を払い除けたと同時に倒れた男たちを跳び越えた。

あたしの蹴りと男の腕がぶつかり合う。すぐさま床に着地して上体を伏せるとその上を男の蹴りが通った。後ろに下がって距離を取る。

これで、広いところに出られた。足元の男に気を取られることもない。

――――と、目を細めた男の頭上を何かが通り抜けた。それはあたしから少し離れた壁に当たって落ちる。

危なげなくそれを躱した男から目を逸らさず視界の端で飛んできたものを確認すると、倒した男の腰にぶらさがっていた長刀だった。あたし剣はそんなに上手く扱えないんだけどなあ。……なんてワガママ言ってる場合じゃない。そっとしゃがんで長刀に手を伸ばす。

その隙に男が跳躍した。落ちてくる踵を拾った剣で払う。重い。やっぱ体重差キツイなあ。


「シャノン! 鞘ちょうだい!」


「鞘ァ?」


「はやく!」


また男が距離を詰めてくる。右こぶし、左脚、一回転して勢いをつけた右踵。長刀で捌きながらほぞを噛む。やばい、あと五歩で壁際だ。

男がニヤリと笑った。それを睨みつけるあたしにまた右こぶしが繰り出される。体重のかかった攻撃を必死で払うと、からん、と軽い音が響いた。あたしにとっては救いの音だ。


気合を入れ直して男に向かって斬りかかる。左肩から右脇腹にかけて斜めに斬りつけ、跳び退った男に追撃。下から斬り上げる。トン、トン、と楽々躱す男に向かって舌なめずりをした。余裕ぶっこいていられるのも今のうちだ!


「シャノン、避けて!」


「は? ……っおい!」


シャノンの立っていた出入口に向かって持っていた長刀を放る。そして素早く鞘を取り上げると男に足を踏み出した。男は力がありながらもしなやかな動きをするけど、スピードで負ける気はしない。

振り上げた左腕に鞘を叩きこむ。構わず繰り出してきた拳は避けて、手の動きだけで男の手首を打った。響いたであろう激痛に男が顔を歪めた。でも攻撃の手を緩めるつもりはない。

僅かに左に傾いた男の右肩を強打する。またよろめく男に鞘を軽く握り直して鳩尾に鞘の先を突き入れた。とうとう前かがみになった男の頭頂部に思いっきり振りかぶって鞘を叩き落とす。

倒した、と思ったのに男はまだ起き上がろうとする。向かい討つために鞘を構え直すと、男がいきなりべしゃりと潰れた。ふと見上げればいつの間にかこちらに来ていたシャノンがその背に乗っている。

そのままのんびりと部屋に投げ込んだショートブーツを履き、立ち上がった。


「よっ」


「シャノンかぁ、ありがとう~……流石にあれ以上相手するのキツかったから助かった~」


「いーや、こっちこそ助かったぜ。あんたホントつえーな」


「そんなことないよ、一緒に旅してる幼馴染のがもっともっと強いんだよ! その幼馴染だったらあたしみたいに苦戦しなかったと思うもん」


はは、と疲れた身体を持て余しつつ力無く笑うと、シャノンがぐりぐりとあたしの頭を撫でくり回した。ちょっと痛いけど、あたたかい大きな手だ。


「なーに言ってんだ、今こいつらを倒したのはあんただろ? その幼馴染がどんだけできるヤツかは知らねーけどさ、あんたがいてオレはマジで助かったよ。もっと胸張ってろ」


「……あ、ありがとう」


「んじゃ、さっさと出んぞ。ホントはこいつらから他のヤツが捕まってる所とかオレらの荷物置いてる所とか聞きだすつもりだったんだけどな。思ったより強かったから起こさないでおこーぜ。こっちの馬鹿共はキャンキャンうるせーし」


そう言うとシャノンは長刀やらをまとめて拾うと一度あたしたちの入れられていた部屋に戻る。そして檻の中に手に持っているものを放り投げた。

それからまたこっちの小部屋に帰って来て、次は反対側の出入り口を開ける。一応顔だけ出して誰もいないか確認。

あたしもその間に呼吸を整えて、大きく伸びをした。


「ん、大丈夫そうだな」


「次どこ行くの?」


「あー……そうだな、まず荷物取り戻すの優先か? なら、隣の部屋かな。オレらから奪い取ったあと遠くに運ぶよりラクだから、多分近くの部屋にあると思うんだよな」


「オッケー」


そして部屋を出て行こうドアノブに手を掛けると、シャノンが「その前に訊いていいか?」とあたしを引き止めた。小首を傾げるあたしに、薄い唇をなぞりながらシャノンはくるりと薄桃色の瞳を回す。


「さっき何で鞘投げろって言ったわけ?」


「あぁ、あたしの武器がメイスなんだよね。あんまり肉を斬る感じが好きじゃなくて。それに叩く方が慣れてるし」


「……へえ、なるほどなー。やっぱあんたおもしれーわ」


「?」


くつくつと笑いながらあたしの髪をかき混ぜてシャノンがドアを開けた。瞬間、むわりと湿った空気が肌を撫で「うげ」と心底嫌そうに舌を出した。あたしも思わず眉をひそめる。


「んだこれ。ここ下水道か?」


「知らなかったの?」


「オレだってあんたと同じで意識無ぇときに連れて来られたんだよ」


「そっか」


一つ頷いて、前に立っているシャノンで見えにくい外を見渡した。


「シャノン、足元濡れてる?」


「んー、いや、湿ってるけど濡れてはいねーな」


それなら闘うときにあんまり気を遣わなくても平気かな。濡れていても十分動ける自信はあるけど、やっぱり動きやすい方がいいに決まってる。


「よーし、じゃ、隣に突撃すっか」


軽い足取りで隣の木のドアの前に立ったシャノンがコンコン、とノックする音に、慌ててあたしもシャノンの横に並んだ。

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