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風の稀人‐マレビト‐  作者: 菅藤一羽
2.二律背反
55/76

55話 「進むため」

少し暴力的な表現が入ります。

戸の下には石造りの階段が続いていた。少しじめっとしていて、暗い。先はほぼ見えないぐらいなのに、足元はうすぼんやりと光って道を示している。ぐるりと見渡してみても明かりはどこにもないはずなのに、不思議だ。


「これ、明かりはどうなってんだろ」


「闇照石ダナ」


「あんしょうせき?」


「オマエに難しいコト言ってもドウセ分からナイだろうカラ簡単にイウと、ヨウするに発光する石ダ」


「へー……」


そんなものがあるのか。前半の毒は聞き流す。

よくよく目を凝らしてみれば、確かに段差のところにオレンジ色の石が埋め込まれているのが見えた。これが発光しているらしい。

階段が終わっても闇照石は通路の両脇に等間隔で埋め込まれているようだ。暗さに慣れてきた目には石でできた狭い通路の全体が浮かび上がってくる。


「先」


「アァ。フースケ、足音に気を付けろヨ」


「え? あぁ、うん」


先? どういうこと?

疑問符を頭から飛ばしながら足音を忍ばせると、麗音が溜息をついてベシリと俺の肩甲骨あたりに尻尾を打ちつけた。


「コンナ狭くてシカモ石造りなのに、ナンでラクに息ができると思ウ?」


「えーっと、換気孔、は無いし……」


「マエにデカイ空間がアルカラダロ」


「……なるほど。それで“先”か」


それで意志疎通ができるなんてお前ら本当は仲良いんじゃないのか。それとも同族嫌悪ってやつなのかな。……ああいや、麗音の方は不気味だから苦手なんだっけ。

つらつらとそんなことを考えながら角を曲がると、急に明かりの点いた空間が現れて、慌てて角に身を隠す。

先に歩いていた俺はコンラッドを振り返った。


「こっから、どうする?」


「人は」


「……ちょっと待って」


疲れている麗音にふよふよと見に行ってもらうわけにはいかない。

角からそうっと顔を半分程度出して、足音と気配を探る。ぼそぼそと話し声が聞こえた。少なくとも二人。続いて、その二人にがなる声がした。三人目。おそらくここを仕切ってるやつだ。それ以外の音はしない。


「ええっと、とりあえず、三人かな」


「フム……フースケ」


「ん?」


「ブッ飛ばセ」


はい? いや、三人程度なら余裕で吹っ飛ばせると思うけど、それこそ凄い音が出ちゃうし、良くないんじゃないの?


「バァカ、ココが本拠地なワケナイダロ。タブン、マダマダ先に通路がアル。ココの音なんて余程のコトがナイ限り、聞こえナイはずダ」


「……分かった。コンラッドは、万が一撃ち漏らしたらカバーよろしく」


「あぁ」


やばい、コンラッドさんがすごく頼もしい。

ごそごそとウエストポーチからスリングショット――ルカからパチンコではないと教わった――を取り出すコンラッドの頭に麗音を乗せる。思いっきり嫌な顔してもダメです。麗音までふっ飛ばされたら意味ないからな。


「それじゃ、行くぞ」


小脇に抱えていたバズーカを肩に担ぎ直して、わざと足音を立てながら隠れていた角から躍り出る。

何だ、と声がして、まずは下っ端らしき二人が飛び出して来た。狭い通路にいる俺を捕まえようとひとかたまりになったところを、撃つ。

ドン! と響いた大きな音と飛んできた部下二人に狼狽したのだろう、険しい顔をしたガタイのいいおっさんが視界に入り込んできた。しかし残念ながらこのバズーカに記憶させてきた術は、三発一気に撃てる術なのだ。あえなくおっさんは二発目の風の塊に吹き飛ばされた。

三発目は、空撃ち。何もない壁に向かって発射すれば、ぐらりと通路が揺れる。


「やっば、こんなに威力があるとは……こ、殺しちゃってないよね……?」


「ドウだろうナ」


「ひえっ」


「……生きている」


俺と、俺の肩に戻ってきた麗音がくだらない会話をしているうちに、さっさと前に進んでいたコンラッドが倒れ伏した男たちの脈を計っていた。

それからズタ袋から長いロープを取り出すと、ぐるぐると三人まとめて縛る。結び目は複雑で、多分絶対に解けないやつだ。最後に男たちの持ち物を確認して、出てきたナイフや錆びた剣を回収した。


「それ、どうすんの?」


「ヘタに置いといてソレ使って縄切られたら面倒ダゾ」


「……」


コンラッドは少し考えて、部屋の隅に固定された木のテーブルの脚に三人の男を括り付けようとする。俺と少しだけ麗音の力添えで成し遂げると、ふう、と自然に溜息が漏れた。


……だが、まだコンラッドの行動は終わっていなかった。太腿の短剣を鞘ごと引き抜くと、振りかぶる。

俺は慌ててコンラッドの前に立ち塞がった。


「ちょっと待って、それで何するの!? こ、殺したりとか、」


「起こす」


「……へ?」


グイ、と俺を押し退けたコンラッドが、短剣の柄でゴツイおっさんの頬をぶん殴った。バキィッと音がして、おっさんが口から血を流す。めちゃくちゃ痛そう。

思わず顔を顰める俺に構わず、コンラッドはおっさんの爪先をギリギリと踏みつけた。あの堅いブーツでだ。

あまりの痛みに男は目を覚ましたのだろう、ガラついた悲鳴を、容赦なく胸を蹴って咳き込ませることで無理矢理止める。もう一度言う、あの堅いブーツでだ。

……敵ながら不覚にも少し同情してしまった。


「おまえらが連れ去った赤毛で緑目の女はどこにいる」


「な、なんだァ、てめぇら!」


「訊いているのはこちらだ」


吠えたおっさんの膝を踏む。反対側に折れそうな激痛におっさんが呻いた。


「ガ、ァッ……!」


「答えなければおまえの骨を一つずつ折っていく。まずは……そうだな、どこがいい」


ちらりと俺を見てくるコンラッドに飛び上がる。俺も参加するんですか!?

明らかにピリピリしている雰囲気のコンラッドに俺が逆らえるはずもなく、必死にどこがいいか考える。こんなのを必死で考えるのは後にも先にも今だけだろう。


「えーと、えーと、まずは足首かなあ」


「だそうだ」


「……フースケ、オマエ意外に鬼畜ダナ」


じとりとした目で見てくる麗音から顔を背ける。……だって移動手段を奪うのは大事だろ。

こっくりと頷いたコンラッドは早速実行しているのだろう、おっさんの右足の甲にじわじわと体重をかけていくのが視界の端に見えた。


「いッ、言う! 言うからッ!!」


「どこだ」


「こ、この先をずっとまっすぐ行けば下水道に出るんだ! そこを左に曲がって突き当りのドアの向こうだ! 他の商品と一緒にいるはずだ!」


「へえ」


ボキン、と軽い音がした。また叫ぶおっさんのみぞおちを蹴り上げて、コンラッドは淡々と訊く。


「本当のことを言え」


「え、え、待ってコンラッド、この人嘘は言ってないように思ったけど」


「他の人間がいるのは確かだろう。だが、ネルはそこにはいない。そうだな?」


「あ゛ぁああ゛ッ!」


「左脚も折られなくては答えられないか」


「みッ右の突き当り!! そこに特別高値で売れそうな商品を置いてあるッ!」


「そうか」


温度の無い相槌を最後にこめかみを蹴りつけると、おっさんはガクリと頭を垂れて大人しくなった。気絶したのだろう。コンラッドは動かないおっさんの口を開けて舌を引っ張り出すと、眉間に皺を寄せて隣の男のシャツで拭った。

それを不思議そうに見る俺に、麗音が補足してくれる。


「キゼツするとシタが巻かれて窒息死するコトがアル」


「へ、へえ、それで……」


「……殺せばネルに怒られる」


手に持っていた短剣をするりと太腿に戻しながら居心地悪げに目を逸らすコンラッドは少し幼く見えるが、さっきの拷問もどきを見た後だと恐怖しか感じない。

ほんっとエレンのことになると色々吹っ切れるな……。俺は短剣を向けられただけだから、まだ良かったのかもしれない。

……しかしそんなことよりも。


「麗音、どこで取引きするかは予測ついた?」


「ソウダナ……コッチ方面になると、ニタクまで絞らレル」


「まだ二択かあ。まぁ、取引き場所押さえるよりも先にエレンを助けに行かないとね」


ガシャン、とコンラッドが男たちから奪った錆びた剣を振るってランプを壊すのを見届けてから、俺たちは再び暗い通路を進んでいった。

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